夜明けの歌を2人で

ロドwebオンリー【今日も明日も明後日も】の展示小説です
パスを外してこっちに持ってきました

ぽいぴくの方にたくさんスタンプありがとうございました!!嬉しい!!

「明日早いから寝るわ」
そう言ってソファの背もたれを倒したロナルド君と、ぱっちりと目が合った。
ここに同居して早数日。
この若者の生態の面白さに笑い転げる毎日を送っているが、さすがに寝る前には大人しくなるようで、口を開けば出てくる嵐のような罵詈雑言も鳴りを潜める。

ソファで寝ると知ったときは大層驚いたもんだが「呼び出しがあればすぐに行けるからこれでいいんだよ」と仕事のことしか頭にない顔で言われ、それならばと多少の気を使うことにした。
「じゃあ私たちはあちら側にいるとしよう。ジョン、おいで」
片手に膝掛けとスマホを持って事務所側へ続く扉を開け、ジョンが通れるように扉を押さえ、すっかり慣れた位置にあるスイッチに手を伸ばした。

ぱちん。

小さな音を立てて部屋を暗くすると、ソファで寝る前のメールチェックをするロナルド君に声をかけた。
「おやすみロナルド君」
「ヌヌヌヌ〜」
「おやすみ!ジョン!!」
相変わらずジョンにしか挨拶をしない若造に「私には?」と聞けば「うっせ」と目を逸らして言い放ち、布団を頭から被ってまん丸に。
まるで蓑虫のような寝姿を視界の隅に収めると、事務所へ一歩踏み出して扉を閉め、眠るための暗闇を作ってあげた。

こんな月の綺麗な夜は、出かけてもいいけれど

事務所のブラインドを上げ、窓をからりと開ければ、そよそよと気持ちの良い風が入ってきた。
街の明かりに掻き消されそうになってはいるが、空気が澄んでいる今夜の月は、研ぎ澄ました猫の爪のように美しい。
窓枠に肘を置き、明かりが灯る窓の数を飽きるまで数えて下を向けば、仕事帰りなのか足早に歩く人間の男がいた。
足音を数えながら姿を目で追いかけ、角を曲がって見えなくなったところでつまらなくなってやめた。
この私に退屈は似合わないのだ。

「こんなに美しい月夜なのに、人は下ばかり見ているね」
にゃん。
両手を丸めて、猫の鳴き真似をひとつ。
「ヌッヌイヌイヌ」
ニュン。
丸い身体を伸ばし、窓の下を眺めてひとつ。
「ロナルド君は月齢気にしてるけど、見上げたことはあると思う?」
「ヌゥ
主従揃って首を傾げ「起きたら聞いてみようか」と笑って窓を閉め、しゃんとブラインドを下げた。

出かける気持ちは、あっさりと消えてなくなった。

持ち込んだスマホで時間を見れば、日付が変わって一時間と三分。
秋の夜長の真っ最中。
おかげさまで日の出までにはたっぷりと時間はあるが、日付が変わって更新されたデイリークエストを終わらせることに決めた。

っとゲームを始める前に。

かたん、と事務机の二番目の引き出しを開けて手帳を取り出し、確認するのは明日いや、今日の予定だ。
ボールペンの挟まったページを開いて見れば。
『公園掃除・七時』
インク汚れに混じって、癖の強い字で書いてあった。
「公園掃除と退治人って関係ないのにね?」
「ヌン」
「ギリギリまで寝てるとしてう〜ん」
「ヌ〜ン」
いつものパターン、と言うほど長い付き合いではないが、凡そ分かってきた朝のルーティンを思い出して導き出したのは。
「六時に起こしてあげておくれ」
「ヌン!」

素晴らしい返事に小さな額にキスをして、膝掛けをかけてソファに座り、事務所で一人と一匹の楽しい夜を過ごした。


▽▽▽


あれから半年が経ち。

「俺もう寝るけど、お前こっちにいていいぞ」
真夜中過ぎ。
蛍光灯の明かりが照らすリビングで、ロナルド君が口を開いた。
それは彼が寝支度を始めたことに気付き、ジョンと共に事務所側へ行こうと、マントを持って用意をしていたところだった。
振り返ってロナルド君を見れば、ド派手なパジャマの背中を丸めて背もたれを倒していて。
ぽすん、と枕を端に置いている後ろ姿もいつも通りで疑うところは何もなく

「それだと落ち着いて眠れないだろ?」
一体どうしてと言う気持ちで腕を組んで見せたら「あ〜」と間延びした返事と共に。
「さすがに慣れたっつーか音がしても気にならなくなった」
ぽりぽりと首を掻くロナルド君も振り返って、ぱちりと目があった。
気の抜けたその顔は実際の歳よりも幼く、睡眠時まで緊張していたものが剥がれ落ちたように見えて。
たったの半年ぽっちでどんな心境の変化があったのかは知らないが、リビングで過ごせるならその方が色々と便利なのに違いはない。

ジョンと顔を見合わせて意思疎通をすると。

「電気は消すからね」
「ヌン」
「え、暗くね?」
「私は吸血鬼だぞ?」
「お前はいいだろうけどジョンは」
「吸血鬼の使い魔だからね。大丈夫だよ」
壁のスイッチの前に立つ私の足元には、ジョンが迷うことなく歩み寄ってきた。
サムズアップをキメるジョンを抱え上げ「ほら寝るんだろ」と声をかけて、返事を待たずに電気を消した。
真っ暗闇になった部屋で見守ると、ロナルド君は手探りでタオルケットを被って丸まった。

静かに待っていたとはいえあっさり寝入ったロナルドに拍子抜けはしたが、規則正しい呼吸音を耳で拾うと。
「映画でも観ようか」
「ヌン」
いつもよりは控えめにした声でそう決めて、ロナルド君の顔にテレビの光が当たらない位置に座布団を置いて腰を下ろした。

点滅の激しいクソ映画を流していても、しっとりと恋愛叙事詩を流していても、寝息が乱れることはなかったけれど、さすがに料理はやめておこうと『朝ごはんは作り置きのをジョンに聞いてから温めること』と小さな紙切れに認めた。
「メモ帳用意しようか」
透ける広告の模様に声を潜めて笑い合って、テーブルの真ん中に置いた。

この先こんなメモを毎日書いていくのかなと思ったら、歌い出すように胸がひとつ鳴った。


▽▽▽


それからさらに半年。

再び訪れた秋の夜長。
「あ、もう明るくても平気だぞ」
早朝からの依頼に備えて早寝をするロナルド君が、けろりとした瞳で言った。
ネグリジェにエプロンを着けてキッチンに立ち、彼が寝てしまう前にと朝食の仕込みと、お弁当の用意をしていた手を止めて。
「いやいやさすがにダメでしょ。脳が休まらないよ」
何を言ってんだこの若造は。と言う気持ちを込めて菜箸で指して言ってやった。

歯磨きを終えたばかりの白い歯を見せると、同じように指差してくるロナルド君。
「毎日じゃねぇから大丈夫だろ」
「でも疲れが取れないんじゃないかね?」
「俺がいいって言ってんだからいいんだよそれにっ、夜中に走り回ってることに比べたら全然平気だ!」
そんなもんかね?」
「んなもんだよ」
会話はここまでだと言いた気にばさりと布団をかぶると、枕を抱えて固く目を閉じてしまった。

(気をつかってる感じじゃないし本当に慣れたのか?)

そうは思っても、どんなに若くとも毎日駆け回って疲れない人間はいないだろうと、少しでも眩しそうな素振りが出れば電気を消してやろうと決めて、作業の続きを始めた。

キッチンの明かりと、リビングの明かり。
その二つに見守られるロナルド君。
音は立てないように気をつけつつ、朝食を温めるだけでいいように準備をして、頑張り屋さんなロナルド君のために、大きなお弁当箱にぎっしり好物を詰めてあげた。

朝捨ててもらうゴミをまとめ終わったところで時計を見れば、もう少しで出かけているジョンも帰ってくる時間。
『ロナルド君寝てるから静かにね』
短いメールを送り、計画通りの時間に終わったことに自画自賛をして、静かにソファの肘掛けに腰を下ろすと、ロナルド君の寝顔を眺めてジョンの帰りを待った。

「寝顔は天使ってこう言うことを言うのかな」

ぼかすかと殴ってくる時の拳は緩く解けていて、硬く引き締まった口角はふにゃりと今にも涎を垂らしそうになっている。

柔らかくなった髪を摘んで遊んでも起きる気配はなく、ふさふさのまつ毛はしっかり蓋をしていて、暖かな寝息にほっとして嬉しくなった。


▽▽▽


「めっっっっちゃ熟睡してる
あれから何回も繰り返した同じやりとりと、同じように続いたジョンとドラルク、キンデメに死のゲームとメビヤツの監視。
眩しい素振りもなく、寝苦しそうに寝返りをすることもなく、規則正しい呼吸と時々出てくる寝言。
トイレ以外で起きることもなく吸血鬼たちに見守られ、吸血鬼退治人は今日もすやすやと穏やかな寝息を今日も立てている。

見守り代表のドラルクとしては、このまま自然に起きるまで寝かせてやりたい気持ちもあるが、残念ながら依頼が朝早くから入っている。
アラームが鳴ってもすぐに消して寝直してしまうロナルド起こしの天才ジョンも、今夜はフットサルの県外合宿で不在。
依頼に遅れるようなことがあれば、せっかく育てている自己肯定感が、またマイナスになってしまう。
育成成功への道しか描いていないドラルクとしては、そうなってしまうのは大層面白くない。

面白くはないが。

凹んでしまったなら、もう一度育成し直すのもいいのかも?
今度は自分を愛してやまない【ロナルド様】に仕立てていくのも一興
しかしそんなことをすれば『ロナルド君を起こしてあげてヌ』と言って出かけていった愛する使い魔に怒られてしまう。

誘惑を打ち消すように、ドラルクはネグリジェの袖を捲って気合いを入れ。

「ロナルド君、そろそろ起きる時間だよ」

ぽんぽん。
薄手の布団から見える肩を叩き、もう一度。
「起きてロナルド君。依頼に遅れちゃうよ」
今度は軽く揺すると、反応を返すように力が入るのがドラルクの手に伝わった。
「ほらほら、もう起きなさい」
ん、はょ」
まだまだ寝起きの掠れた声だが、返事が返ってきたからいいだろう。
できることなら朝食も最後まで用意してやりたかったが、そろそろ射光カーテンの隙間から朝日が差し込む時間。
爽やかな朝に焼け死ぬのはごめんだと、ドラルクはソファの後ろに回り込んだ。
「私は棺桶に入るよ」
あと少しの用意ならできるだろうと、しっかり起き上がるのを見届ける前に棺桶の中に入って蓋をした。

「ぉお
かなり間の開いた、寝起きの掠れ声。
ごそりと寝返りをうつ音に「ちゃんと起きなさい」とドラルクが声をかければ、ぎしりとスプリングの軋む音と、部屋中の空気を吸って吐くような大きな欠伸と、ぺちん、と響いた手を叩く音が返事の代わりに響いた。

朝のルーティンを始めるロナルドに。
「おはよう、ロナルド君。朝ご飯はあとパン焼いたら食べれるよ」
ゴリラでもトースターくらいは使えるでしょ。とくすくすと笑い目を閉じた。

ごん。と拳で叩く音と「早よ寝ろや」と不貞腐れた声。
勝手に持ち上がる口角で『レンジを爆発させたのは誰かな?』と言えば、きっと蓋をこじ開けられてしまう。
ここはひとつ咳払いをして。
「マーガリン付けすぎないようにね」
せっかく焼いたパンだからできれば何も塗らずに食べてもらいたいけれど、きっとそれは無理だろう。
ロナルド君曰く【若い男には油が必要】だそうだ。
「わぁってるよ」
もうひとつ叩かれる蓋を内側から撫でて労り。
「おやすみロナルド君」
返事はないのが当たり前の挨拶をして、ドラルクは眠りについた。




静かになった部屋に響くのは、ロナルド一人分の生活音。
カーテンと窓を開け、空気を入れ替え。
「よし!」
朝の雰囲気に全く馴染まない棺桶に忍び寄り、すり、と指先でひと撫ですると朝の支度を始めた。