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きう
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次回は二人で朝食を
ワンズオ(禾⇄左)
※性的な表現を含みます。
目を覚ましたホーシェンがこちらを見た時、ズオ・ラウは自分の失恋を自覚した。その表情が愛しい相手を抱いた朝に見せるものではなかったので。彼はこちらに視線を移し、互いに服を着ていないことに気が付くと顔面蒼白になった。それだけで全部理解した。何かの間違いだったのだと。
最初に意外だと思った。ホーシェンは真面目で、どちらかといえば堅物で、とても一夜の過ちを犯すタイプには見えない。しかしアルコールが入ればそういうこともあるかもしれない。なんたって自分も彼も酔うこと自体に慣れていない。
次に自分がフォローしなければと思った。ひとつとはいえ、彼より年嵩であるし、それが酒の勢いでも誘われて是と答えたのは自分だ。
「気にしないでください」
「えっ?」
「シャワーを借りたら出ていきますので」
「あ、いや、ズオ、これは
……
」
背を向けベッドを立つと彼は何も言ってこなかった。床に落ちている衣類は、今の自分たちとは違ってもつれあっている。幸いロドスの宿舎の作りはどこも同じなので、聞かずとも場所も使い方も分かる。温かなシャワーを浴びていると皮膚に湯が染みた。鏡を見ればいたるところに赤く跡が残っている。それでなくともあちこちに赤い跡が散らばり、肌が元々そういう模様であったかのようだった。
「ズオ、もっと舌を出して」
昨夜の記憶が蘇る。熱い手が服の下を這い回り、どこに触れられても気持ちが良かった。舌を呑むように吸われて呼吸ができず、彼がひどく手慣れているように感じて混乱した。
「このまま、君を抱いてもいいですか」
寝台に押し倒されて問われると、もう頷くことしかできなかった。自分が抱かれる側なのかと驚きもしたが、普段より光を纏う意志の強い瞳に、ぎゅっと心臓を握られてしまった。
「あなたがそうしたいのなら
……
私に異論はありません」
受け入れると先程の顔が嘘みたいな、子供のような無邪気さで喜んで、背が浮くほどに抱き締められた。キスがあちこちに降ってきて、後はもうお互いが求めるままだった。
でも考えてみれば、一度も好きだとは言われていない。
「
…………
そうですよね」
急に眼の奥が熱くなってシャワーに顔をさらす。慰めるように湯が目蓋を打ち、頬を濡らした。求められたのだから、そうなのだと思い込んだ。冷静に考えれば彼が年上の、それも私のような人間に好意を寄せることはないと分かるのに、酒に飲まれ判断能力を失っていた。過ちを犯したのは自分だった。
ホーシェンに、悪いことをした。私が毅然と断っていれば、こんな結果にはならなかっただろう。それができなかった。私は彼に懸想していた。だから事故のように唇が触れた時、あっという間に正常な思考を失ってしまったのだった。
頭が痛い、二重に。僕は酒に飲まれて、あろうことかズオ・ラウに手を出してしまったらしい。最悪だ。
脳が揺すられているかのような頭痛に目を覚ますと、部屋の空気は淀んでいて、嗅いだことのないにおいが充満していた。アルコールと
……
。昨夜何か農薬の類を作っていたんだっけ? 不思議に思いながら身体を起こすと隣に全裸のズオがいた。カーテン越しの陽しか入らない薄暗い部屋でも、彼の身体についた情事の跡ははっきりと見てとれた。首どころか、肩から胸、その全身に悪い虫に食われたように赤い跡が散乱していた。隣にいるのが僕なのだから、きっと相手は僕なのだろう。血の気が引いた。その情事が、まるで思い出せなかった。
昨日はズオが部屋に来て、珍しく酒を交わした。知り合いから送られてきたらしい、江南で取れた果実を使った蜜のように甘い酒だった。飲みながら見たラベル、そのアルコール度数に想像より大きい数字が並んでいたのをぼんやりと覚えている。
「以前玉門に住んでいた先輩で、今は
……
信使をしているのですが、たまにこうやって特産物を送ってくれるんです」
アルコールが顔に出やすいのだろう、白磁の肌を染めてズオが言う。
「
……
それ、君に気があるんじゃないですか?」
賄賂でも謝罪でもなく、贈り合っているわけでもなく、ましてや友人でもない。そんな人がこまめに彼の喜びそうなものを見繕っては贈ってくる。それは好意なのではないのか。若干の苛立ちを覚えながら指摘すると、ズオは心底おかしそうに声を立てて笑った。
「ありえませんよ。そうですね、私の父と彼の父は懇意なので
……
理由はそれじゃないですか」
返答に納得できず、僕は唇を尖らせた。ズオ・ラウには変なところがあって、何故か自分への好意は全て別の理由があると思っている節がある。後方支援部の女性に二人で食事へ誘われるのも見たことがあるが、彼は「たまに後方支援の作戦に参加するので、私の身辺を調べるためじゃないですか?」とまるで意に介していなかった。相手の顔を見ればそうじゃないと分かりそうなものなのに。
なので当然僕の好意も伝わっていなかったし、二人で飲むことだって友人の枠を越えないことにも気が付いていた。彼が隣で気を許して、楽しそうにしているのを見ているだけでよかった。
だから誓って、彼に手を出す気はなかった。彼にとって自分がいい友人止まりなのは理解していたし、元より酒の席で言った言葉なんて信用ならない。告白するなら誠意が伝わる形でと思っていた。
思っていたのに。
「気にしないでください」
ズオは起きた僕に短くそう言うと、さっとベッドを立った。その背に、胸と変わらないほどの執着の跡が残っていて言葉を失った。彼の腰は薄っすらと赤く、それが自分の手の跡であることぐらい比べずとも分かる。性行為というより無体を働いたという方が事実に即しているのではないか? だって妄想の中でどれだけ彼を抱いたか分からない。無理矢理ことに及ぶ想像を、したことがないわけじゃない。
もしそうだとしたら、どう謝れば、償えばいい? 覚えていないことを謝ることは難しい。かといって記憶にないのでと逃れるつもりはもちろんない。責任を取ると言っても、彼はそんなこと望んでいるだろうか? 二度と顔を見せるなと言われたら、ロドスから除名してもらう他ないだろう。
「ホーシェン」
名前を呼ばれて身体が強張った。顔を上げると大判のタオルを肩にかけたズオがベッドの前に立っている。何も着ていない身体に視線を向けるわけにもいかず、顔を見るしかなかった。ズオは肩のタオルを軽く振ってみせる。
「タオルをお借りしました」
「あ、はい。どうぞ」
「あと着るものも借りられますか。昨日のものはとても着れる状態ではなくて
……
隣とはいえ、これで廊下を歩くわけにはいかないので」
「もっ、もちろん。待ってください、支給されたものが」
あたふたとベッドから出ると下着も身に着けていない自分にぎょっとしたが、今は気にしていられない。引き出しを探り、ロドスの支給品の下着と比較的綺麗な服を彼に渡した。
「ありがとうございます。助かります」
「あ、あの、ズオさん」
「ホーシェンもシャワーを浴びたほうがいいと思いますよ」
「え、」
「食堂が閉まります」
「そ、そうですね。入ってきます」
促されるまま浴室へ向かう。こんなことをしている場合じゃないと思う反面、逆らうこともできなかった。ともかく全裸ではできる話もできないだろう。シャワーを浴びると背に染みて、鏡で確認すると肩甲骨に沿うように何本も赤く腫れた線があった。ところどころ血が滲んでいる。ズオにしがみつかれたと考えるのが妥当だろう。我慢強い彼がこちらに爪を立てるほど手酷くしたと思うと自分が怖い。傷害という言葉が頭をよぎり、ぞっとする。もはや許す許さないの問題ではない可能性がある。一刻も早く事実を確認し、謝罪しなければ。例えそれで許されなかったとしても。
手早く身体を洗って浴室から出る。適当な服に袖を通し、部屋に戻るとズオが机を拭いているところだった。
「おや、早いですね」
「すみません、片付けを」
「私が気になっただけですので」
よく見ると窓も開けられ部屋には朝の空気が入っていたし、シーツや散らばっていた衣類もランドリーバスケットに入れられている。部屋は綺麗に片付けられて、まるで何もなかったかのようになっていた。
「服は洗って返します」
「いや、そのままでいいです。こちらで洗いますから」
言いながら視線を向けると当たり前ながらズオは僕の服を着ていた。彼の方が背が高いのに、全体的に布が余っている。ズボンも後ろのベルトがベルト通しに通っておらず、おかしなことになっていたが、すぐに尾を通す穴がなかったのだと気が付いた。尾の付け根はシャツによって隠されていたが、恐らく下着もまともに履けていないのではないだろうか。急に朝の光景が思い出されて心拍が速くなった。
「私は着替えてから食堂へ行くので」
「あ、いや、待って」
出ていこうとする手を引き留める。掴んだズオの手は酷く冷たかった。
「昨日はすみませんでした
……
その、身体は」
「平気です」
かぶせるように言われた言葉に顔を上げるとズオは不思議なほど真っ直ぐこちらを見ていた。そこには共寝後の照れや羞恥はない。まるで僕の記憶の通りに、二人で飲んで迎えた朝のようだった。
「あなたは優しくしてくれましたし、どこも痛くありません」
「本当に?」
「はい。ですので、気にしないでください」
掴んだ手は柔らかく、しかし拒絶するように引き離された。ただそれだけのことに動揺した。罵倒される覚悟はしていた、嫌われる覚悟も。だけどこんな風に、穏やかに、白紙にされることは考えてもいなかった。
「私の方こそすみません。あなたに嫌な思いをさせました」
「えっ、嫌な? いえ、そんなことは全く、全然」
返しながら歯切れが悪くなる、ひとつも覚えていないのだから本当のところは何とも言えない。とはいえ、好きな相手を抱くことが嫌だったわけがない。彼の身体についた幾つもの跡がそれを物語っている。
「
……
私も着替えたいので
……
もういいですか?」
形のいい眉が困惑の形に下がる。それ以上引き留めることなんて、できるはずもなかった。
そうして三日が経っても、ズオと話す機会はないままだ。
あの後、彼は食堂に顔を出さなかった。頼んだスープが冷めていくのを見ながら、もしや彼は僕から早く逃れたかっただけなのではないかと思い当たった。食堂の話題が上がっただけで、共に食事をする約束があったかどうかすら分からない。単純に顔を見たくないという可能性もある。「気にしないでください」と言った彼の意図が分からない。牧獣の脂が白く浮くスープを口にしながら、暗い気持ちになるのを止められなかった。
彼は今日もまだ宿舎に戻っていないようだ。ズオはロドス本艦に長期に渡って留まっているが、僕はここに住んでいるわけではない。あと数日もしたら大荒城に戻る。その前に話がしたかった。気にしないというのがどういうことなのか、確認したかった。話しかけないで欲しいと言うならそうするし、誠心誠意謝れと言うならそうする。
愛しいと思っているのは嘘じゃないのに、こんな形では全部が偽りだったみたいで、それが酷く悔しい。でもそれさえ自分のせいだった。
「ホーシェン!」
カードキーを当てて部屋に戻ろうとすると、廊下の奥から呼び止められる。昇降機から下りたズオが小走りに駆け寄ってくる。外套の裾が翻り、床を蹴る靴音が静かな廊下に響いた。まだ三日しか経っていないのに、随分と顔を見ていなかったような気がした。
「よかった、探していたんです」
「僕をですか?」
「はい。これを返したくて」
手渡された袋には貸した服が入っていた。下着はわざわざ買い直してあったし、餡子餅の箱まで入っていた。ズオは練習したみたいに如才なく微笑んでこちらを見た。
「商業区画で購入したもので、珍しくもないでしょうが
……
」
「いや、こんなに気を遣ってもらうことでは」
「私がしたかったのです。引き留めてすみません」
「待ってください!」
呼び止めると一瞬驚いた表情を作ったが、すぐに穏やかな顔に戻った。彼はこんな表情をする人だっただろうか。いつもどこか近寄りがたい雰囲気で、融通が利かなそうで、それが話すと意外にも子供みたいなところがある。凛とした佇まいからは想像できない笑顔を作る、そういうところが好きだった。だからこんな、取り繕うような顔をすることはなかったのに。彼を掴もうとした手が宙に浮いた。
「
……
あの、夜のことなんですが」
「はい」
「気にしないでというのは、どういう」
「忘れてくださいということです」
はっきりとした声に言葉を失くした。表情を変えないズオがこちらを真っ直ぐに見ている。あの朝と同じに。
「大丈夫、何もなかったんです」
ズオの手がこちらの手を握る。駆け寄ってきたとは思えないほどに冷え切っている。硬い皮膚が手袋の上を、ことさらに優しく撫でる。それは大人が子供を落ち着かせるときの仕草に似ていて悲しく、己の不甲斐なさに腹が立った。
「だから
……
また友人としてやっていけたら嬉しいです」
「それなら
……
どうしてシャオホーと呼ばないんですか」
彼の手が止まる。その手を握り返すことさえためらわれて、そのまま言葉を続けた。
「あの朝から、一度だってそう呼びませんよね」
「
……
そうでしたか?」
「本当はもっと他に言いたいことがあるんじゃないですか? 僕のせいで君がそんな顔をするぐらいなら、言ってくれた方がずっといいです」
ひたりとこちらに焦点を合わせていた瞳が僅かに泳ぐ。迷うように眉が下がり、ズオの乾いた唇の端が引き攣った。
「どうして
……
」
ズオの声がほつれるように震え、白い咽喉が短く引き攣る。深い青色をした目が潤んで、耐えるようにまばたきを繰り返す。今にも泣いてしまいそうに見えて、今度はためらわずに冷たい手を握った。
「どうして、私を抱いたんですか、シャオホー
……
」
睫毛が震えて瞳の色を隠すように、目蓋がきつく閉じられた。手が強く握り返される、血が止まりそうなほど、まるでこちらを責めるように。
「
……
君が好きだからです」
感情を堪えるように手に更に力が加わった。骨が軋む。色を失くした目蓋は堅く閉じられて、こちらを見ようとはしない。
「
……
酒の勢いと、信じてもらえないかもしれませんが」
「信じられません」
はっきりと切り捨てられて呼吸が止まる。咽喉が引き攣って言葉が続かない。自業自得だというのに、僕はまだ彼に信じてもらいたかった。だって、今も好きなのだ。記憶がひとつもなくたって、そこだけは間違いない真実だった。鼻の奥が痛んで涙が出そうになるのを堪える。泣きたいのは彼の方だ。
不意に、痛いほど力の入っていたズオの手が緩んだ。彼は赤くなった鼻を空いた手で一度擦って、ゆっくりと目蓋を上げた。涙の膜が張った目は明かりの下で光を纏っている。この人は泣き顔まで綺麗だなんて、的外れなことを思った。
「
……
でも、冷静に考えればあなたが誰にでも手を出すのは、もっと信じられないかもしれません
……
」
肩の力が抜けた。彼の信用を完全に失ったわけではなかったらしい。ズオがそう考えてくれたのが嬉しかった。
そこまで考えて初めて、どうして僕を受け入れてくれたのかという疑問が湧く。同じ理屈で考えれば、ズオは酒の勢いだったという話になる。そして、彼がそんな人じゃないことを僕は知っている。
「むしろ、君は何で」
「あなたが好きでした」
「
…………
え?」
「でもシャオホーは、隣の私に気付いて、顔色を変えて
……
」
「それは、き、
…………
記憶が
…………
」
今、話してしまっていいのか迷う。忘れてくださいと言った、彼の言葉が飲み込めずにいる。そして事実僕には記憶がない。そう伝えたら彼の手は離されてしまうのではないかと不安になった。いつかは話さなければいけないだろう。でもそれは今か?
俯いてしまった顔を上げるとズオがこちらを見ていた。続くだろう僕の言葉を待っている。
「
……
あの夜の記憶がないんです
……
すみません
…………
」
嘘が、つけなかった。ズオは目を見開いて「え」と短く呟いた。今度こそ軽蔑されるのではないかと冷や汗が背を伝う。
「ま、全く、ですか?」
「はい
……
」
「私にあんなにしたのに?」
「えっ、いや、あの、本当に分からないんですけど、僕は君のことがずっと好きで
……
だから
……
」
今度は顔が熱くなってくる。尾の付け根がくすぐったくて動きそうになるのを堪える。何を言っても墓穴だ。いっそ今掘っている穴に埋めて欲しい。
何度も夢に見た。優しくも激しくも抱いたことがある。だから何をしでかしたのか、まるで分からないし、何をしていてもおかしくない気がする。彼が言った「優しかった」という言葉を信じて、手荒なことはしていないと考えるしかない。
ふ、とズオが笑った。
「ズオ
……
?」
「いえ
……
すみません、完全に私の瑕疵です」
「えっ、僕が」
「私はあなたがそんな人でないと知っていたのに」
「いいんです、元はと言えば忘れた僕が悪いので」
謝るズオの向こう、昇降機から人が降りてくるのが見えて慌てて掴んでいた手を引いた。
「あの、ここ廊下ですし、あんなことがあって嫌かもしれないんですけど、部屋で話をしませんか?」
「
……
嫌だなんて」
「本当に、あの、何もしないので」
言い募る僕の言葉にズオが笑った。作り笑顔じゃない、いつもの、僕の好きな笑い方で。
「
……
私はされてもいいと、思っていますが」
「
………………
そんなこと言わないでくださいよ
……
」
僕は君が、本当に好きなんだから。
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