Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
ろころころ
2024-10-28 00:08:12
5846文字
Public
Code:000
Clear cache
Code:??? Pandemonium
落ちる。
解っていて、落ちることを選んだのに、いざその時になるとこんな馬鹿げた事を感じてしまうのは人間の性なのだろうか?
おかしな話である。死を目前にして、そんなことを考えていられるくらいには自分の頭は冷静だった。少なくとも、大切な何かが奪われたり、日が暮れて真っ暗な世界で一人ぼっちの日々よりは、冷静さを保てていた。
少女の悲鳴がどんどん遠ざかっていく。
彼女には悪いことをしたと思う。目の前で仲間とも言える存在が自ら死の道を選んだ姿など、心優しい彼女は尚のこと見たくはなかっただろう。もしかしたら自分と同じように心を病ませてしまうかもしれない。
どうか許して欲しい。もう俺は、この残酷な世界で生きていたくは無かったんだ。
きっと俺が大地へ辿り着く頃には、見るに堪えない姿になっているかもしれないけど。
逃げた弱くて身勝手な俺の事を忘れたっていいし恨んだっていい。
だからもう、終わりにさせて欲しい。
──────その願いは、消して叶うことの無い願いであった。
Code:??? Pandemonium
「
…………………
エステル」
「本当に、なんで
…
なんであんなことしたんですか
…
!トトくんのおばか
…
っ!」
「ご、ごめんって
…
」
ポカポカと背中を叩かれる。
アルバートの胸で泣きじゃくる少女──────エステルは、彼の唯一の"仲間"と言える存在であった。
味方がいるのに自殺とは、贅沢なものだと思われるかもしれない。
けれども。生きる意味を見失い、ただの罪と期待を背負ったアルバートにとって、この世界から逃げることが、唯一の救いだったのだ。
人々は何時だって、救いを求めて生きている。
アルバートは、欠損者保護組織を名乗る"パンデモニウム"の構成員だった。とある欠損者救助の任務にて、長年チームを組んでいた3名を亡くし、唯一生き残ったエステルと共にその後の人生を歩んできた。大体一年程前の出来事である。
ところが、少し前。パンデモニウムの上層部の者が集まり組織の方針についての会議を行っていると聞いていたアルバートだが、本当に偶然、彼らの真実を耳にしてしまう。
女性の悲痛な声
おかあさん、おかあさん、泣き喚く子供の声。
扉の向こうに飛び交う数々の暴言と暴力の音
恐怖に身がすくんだ彼は、綺麗に磨かれた廊下を走りその場を離れようとした、
ドンッ
「
…………
っ!?」
「うわぁっ!」
何かが腰辺りにぶつかる。その何かは思ったよりも軽く、突撃の反動で倒れ込んだ。
──────そこに居たのは、片腕の無い子供。断面はクリスタルで覆われている、青白くやせ細った子供。
見知らぬ欠損者の、子供だった。
「
……
ひっ!な、なんだよ、こっち来るなよ
…
!」
少年はアルバートの胸元
…
構成員の証であるバッジを見ると顔に怯えを滲ませ、いそいそと立ち上がり反対側に走り去ろうとする。が、
『おい!こっちの方から声が聞こえたぞ!』
『追え!逃がすな!』
「
…………
っ!」
少年が進もうとした方面からは複数の足跡が聞こえる。追手が迫ってきているのだ。
一方のアルバートには、未だに事態が理解出来なかった。出来なかったが、このままでは目の前の少年が捕まり、どんな目に遭わされるかは一目瞭然であった。
「
…
こっちだ!」
「
……
なっ!?」
アルバートは少年の手を強引に引き、白い廊下を駆け抜ける。この階はパンデモニウム全体の管理に関わる重要な部屋が多く、その分見張りも多い。とにかくここから下へと下らねばならないが、階段では他の構成員と遭遇する確率が高い。
そうして、アルバートはエレベーターを使うことを選んだ。この時間なら、恐らく使用者は少ない。
ボタンを押すとドアは重みを感じさせる動作で開く。少年を中へと引っ張り、内向き矢印のボタンを連打する。追手の姿が見える前に、どうにかエレベーターの扉は閉まったようだった。
「
…………
はぁ」
つ、疲れた。久しぶりの疲労だった。
そして、エレベーターの扉は閉まったものの、行き先を指定するのを忘れていることに気が付き、慌てて1のボタンを押す。
エレベーターはゆっくり下降し始めた。
「な、なぁ。お前、なんで」
少年が不安を乗せた声で、アルバートに問いかける。
「
…………
これ、着といて」
アルバートは上着を脱ぎ、少年に被せる。彼が欠損者であることは腕さえ見られなければわからないだろう。
「お、おい!質問に答えろって!お前たち、悪いやつなんだろ?俺のことどーするつもりだよ!」
「
………
ご、ごめん」
「はぁ!?なんで謝るんだよ!謝るくらいなら何もしなきゃいーだろ!?」
そんなこと言われたって、アルバートもよくわかっていないのだ。
今までアルバートが聞かされてきたこと。それは、
"パンデモニウムは欠損者と能力者の共存を目指している"
だから、アルバートは今までも自分達の行いが、少なからず社会の役に立っていると信じていた。欠損者達を保護し、彼らに衣食住を与え、能力者差別から守っているのだと。
「謝るくらいならさ、悪いと思ってるならさ、こういうことすんのやめろよ
…
俺の母ちゃんはお前たちのせいで死んだんだよ
…
」
少年は肩を震わせ涙を流す。
「だ、だって、知らなかったんだ
…
おれたち、何もしらないんだ」
「はぁ
…
?知らないって、知らないってなんだよ!?都合が悪いことからは逃げるのかよ!?
お前たちが
…
お前たちが欠損者を連れてくるせいで、俺たちは、好き勝手働かせて、要らなくなったら殺されるんだ!母ちゃんだってそうだった!俺よりも先に連れてこられて、俺がここに来た時にはもう
…
!」
そんなはずはなかった。それならば、自分達が、彼らが、命懸けで救い出したのは何だったのか?
助けられると思って、そう思って何時だって痛みも苦しさも耐えて救い出してきたのに。
仲間を目の前で失っても、その代わりに救われた人がいると、自分自身を納得させてきたのに。
全て、無意味だったというのか?
そんなの、そんなの──────
『1階です』
「
…………
っ、
…………………
、
…
降りよう」
目的地に着いたことを知らせるエレベーターの電子音で、アルバートは現実に引き戻された。
もう何も考えたくなかった。
けれども、ここまで来てしまったからには後戻りはできない。せめてこの少年だけでも、ここから脱出させなければと思った。
「
………………
」
少年は無言で着いてくる。顔を見られぬよう、フードを被り裾を強く握りしめていた。
エレベーターの扉が開くと、真っ直ぐ進めばロビーに辿り着く。しかしこちらは人の目も多く、正面玄関から見知らぬ子供を連れて外へ出ることは不可能だろう。
人の目を避けて外に出られる場所と言えば、アルバートには一つ心当たりがあった。
エレベーターを出てからロビーとは逆方面へと足を進める。その間も少年は口を開くことは無かったが、アルバートの手を振り解こうとはしなかった。
進んだのは従業員用の化粧室。男女兼用の簡易な個室が一つ。鍵が青を示している事を確認すると、少年を中へと引き込み扉の鍵を閉めた。
そう、ここには換気用のそこそこ大きめな窓があった。少なくとも小柄な少年は軽々と出ることが出来、アルバートであっても身を縮めれば出られるくらいの大きさであった。
便器の蓋の上にアルバートは屈んで立つと、少年に手を差し伸べる。
おずおずと掴まれた少年の手を引っ張ると、便器の上をつたって窓枠に足を掛けさせる。
少年は、そこからぴょんと跳ねて軽々と外の芝生へ着地した。
あとは自分で何とかしてくれ、ここでそのように突き放すのも薄情な気がして、アルバートも窓枠をどうにか越えて外へと降り立つ。
その間、少年は律儀にも待っていた。
「
…
行こう、あとちょっとだよ」
少年の手を引く。
針金を編んで作られた柵を超えることさえ出来れば、そこから先はパンデモニウムの敷地外だ。
つまり、脱出に成功したことになる。
幸いにも針金の柵は、成人男性よりも少し高い程度の大きさであった。これくらいなら、構成員として身体を鍛えているアルバートなら易々と登り切れるだろう。
少年に背を向けた形でしゃがむ。
「な、なに」
「おんぶ」
「は、はぁ!?」
少年は戸惑った様子を見せたが、追手が来ることを恐れたのか、覚悟が決まった様子でアルバートの背におずおずと身体を任せた。
「
……
行くよ。ちゃんと捕まってろ」
アルバートは針金の間に指をかけ、つま先を同じく足元の針金に引っ掛けて上へ上へと登る。
少年を落とさぬよう、振動を極力減らしてゆっくりと丁寧に、進んでいく。
そうして、漸くてっぺんへと辿り着いた。
そのまま一定の場所まで降りて、飛び降りれそうな距離であることを確認すると、そのまま地面へと着地する。
少年の重みがあるので普段よりは足に体重が掛かったが、倒れることなく、無事地面に足をつけることが出来た。
「ほら、着いたよ」
少年が自力で降りれる高さまで腰を下ろす。
しかし、
「
……………
おい、着いたって。
……
」
少年が立ち上がる様子は一向に見せなかった。
「なぁ、本当にどうしたんだ?」
もしかして、眠ったのか?
アルバートは背中を揺らしてみるが、少年は全く動く気配を見せない。
もしや高所恐怖症で、気を失ったのか
…
?
さすがに心配になったアルバートは、少年を降ろして様子を確認しようとした、その時──────
ごとり
何か重みのあるものが、落ちて転がる音がした。
アルバートはその音の方を見た。
「
………………
は?」
それを見て、目を疑った。
そこには、丸いものが落ちていた。
丸いものは、転がった方向を示すように、地面に赤を描いていた。
そこには、首が落ちていた。
それは、先程まで背中で生きていたはずの、少年の顔だった。
「えっ、なっ、なんで
…
」
アルバートは何もわからなかった。本当に何も、今日起きたことはすべて何もわからなかった。
背中からずるりと、首のない身体が落ちるのを感じた。
それは、べしゃりと水っぽい音を立てて地面に落ちた。
どうして、なぜ、助けたはずなのに
自分が助けた人はみんな死んで、自分を助けた人もみんな死ぬ
どうして?
「──────全く愚かな真似を。
貴様が殺したんだ、偽善の為に、な」
複数の足音と背後の声に振り向く。
一番最初に目に映ったのは、
"パンデモニウム警視監"
そう書かれた、胸元のバッジ。
「あ、ちが、これは」
アルバートは"少年だったもの"を隠すように立ち塞ぐ。
黒ずくめの男達。その中でも中央で構えていた人物は、アルバートに銃口を向けた。
「死体など庇ってどうする?その子はもう死んだのだよ、君の、無意味な偽善の犠牲となったのだ。
さて、欠損者を無断で連れ去り無断で殺した罪を贖って貰おうか」
──────嗚呼、終わった。
とはいえ、もうどうでも良かった。
どうせ全て無意味なのだから。
そうして、死を覚悟して、目を瞑る。
男が引き金を弾く。
──────ことは無かった。
「悪人が罪を贖えとは、笑えますよ。本当に」
アルバートは目を開ける。
視界は赤で染まっていた。
先程まで生きていた彼らは、全て死体になっていた。
──────ひとりを除いては。
「やらぬ善よりやる偽善、といいますが。私もそう思います。少なくとも
…
貴方が手を差し伸べた時だけは、少年には希望の光が射し込んでいたことでしょう」
見知らぬ男は、警視監と全く変わらぬ外見をしていた。
一つだけ違うところがあるとすれば、
男の瞳は、澄んだ空の様な蒼が輝いていた。
アルバートは、この瞳を知っている。
「お前
…
っ」
「心配はいりません。貴方が生きる意味を見失っても、貴方を望む者はいますから。私が此処にいる理由は少々異なりますが、結果的には同じでしょうね。
──────悪は、滅しなければならないので」
もしかしたら、失くしたと思っていたものが、ふとした時に見つかることもあるのかもしれない。
「貴方に、神の御加護があらんことを」
そう言って、"蒼"は姿を消した。
結果的にアルバートの罪が、問われることは無かった。恐らく"彼"が何かをしたのだろうが、それであったとしてもアルバートの罪が綺麗さっぱり消える訳では無い。
結局、自分達の努力は全て無駄だった。
それどころか、彼らの自由を奪い、人件を奪うことに加担していた。
騙されていた?そんな甘ったれた事を言える程の軽い話では無い。
そのせいでたくさんの人が死んだ。
欠損者も、仲間も。
救世主になった気でいたのは、自分だけだったのだ。
「
……………………
」
「あの、トトくん
…
大丈夫ですか?」
鈴のなるような柔らかい少女の声。
彼女は唯一の仲間、あの苦しみを分かち合える相手。
けれども、彼女はまだ真実を知らない。
これを知ってしまったら、彼女はどうなってしまうのか。
それが怖くて、アルバートは打ち明けることが出来なかった。
「
………
別に、なんでも
…
」
そんなアルバートの様子を見て、少女
…
エステルは困ったように眉を下げるが、その後そっと微笑みかけた。
「
……
わかりました。もし、話せる時がきたら話してくださいね」
少女はそう言って、部屋を後にした。
しかし、アルバートは既に決めていた。
この世界に別れを告げることを。
もう、罪も期待も、背負いきることが出来なかったのだ。
「ごめんエステル
…
多分、その時は来ないよ」
アルバートは、彼女の背を見送りながら、とても小さな声で呟いた。
この後、"救助隊"に救われたアルバートが結局願い叶わぬどころか世界のための戦いに身を乗り出すこととなるのは、また別のお話。
広告非表示プランのご案内