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三崎
2024-10-27 19:18:00
14041文字
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Happy Halloween night
10/27 AWAKENING POINT SP2024にて無料配布したチャ6♂ハロウィン話です。
どこか遠い惑星には、ハロウィンというイベントがあるらしい。いつもの621との夜の雑談で、チャティがそう切り出した。
「ハロウィン
……
聞いたこと、ないな
……
」
それは621にとっても耳慣れない言葉だった。無くした記憶を辿ろうとしても、どうにも思い出せそうにない。
「どうやら、仮装をして、お菓子を食べる
……
らしい。画像しか情報は見つからなかったが、大人も仮装して良いようだ」
どんなイベントなのかと621が尋ねると、チャティはそう答えてくれた。子どもしかプレゼントをもらえないクリスマスやら、世には子ども中心のイベントも多い。大人も参加出来るイベントというのは二人の興味を引いた。
チャティは621の端末に何枚かの画像を送ってくれ、それには、大人も子どもも関係なく不思議な格好をした人々が、橙色をした何かを手にはしゃいでいる姿が写されていた。
「不思議な、イベントだ
……
」
「この外見の特徴から検索するに、各地の伝承にあるモンスターの仮装をするようだな」
「どれも、見たことない
……
世界は、広いんだな
……
」
(少なくともルビコンにはない文化です。興味深いですね)
どうやらエアも興味津々らしい。送られてきたいくつかの写真を眺めながら、彼女も楽しそうに笑ったり、驚いたりしている。
「あ、これ
……
」
順番に画像を見ていた621は、ある写真で手を止めた。そこには、例の橙色の何かの形をしたクッキーらしいものを楽しげに食べる少年の姿が写っている。その少年も犬のような耳をつけてマントを羽織り、何かの仮装をしていた。
「この、さっきからよく見る
……
顔の描いてある、これ
……
何なんだろ」
「ああ、ジャック・オ・ランタンというらしい。かぼちゃという野菜の頭をした、ランタンを持った幽霊だそうだ」
幽霊という概念を俺が理解するのは難しいが、と付け加えて、チャティがそう教えてくれた。かぼちゃ
……
というのは621も食べたことのない野菜だ。どんな味がするのか興味もあったが、それよりも、クッキーだ。こんな形をしたクッキーは見たことがなかった。ウォルターは星外からクッキーを取り寄せて621のおやつに渡してくれるが、大体は丸か、四角い形をしている。
「いろんなクッキーが、あるんだな
……
」
再手術をして固形物を食べられるようになってからというもの、621は食べることにも意欲的になった。特にチャティと過ごすおやつタイムは大好きな時間で、ミルクと砂糖を一つずつ入れたフィーカと共に食べるクッキーが彼のお気に入りなのだった。
きらびやかだったり、おどろおどろしかったりする仮装より、身近な食べ物に目を引かれるのもまた、のんびり屋の彼らしい。苦笑しつつ、チャティはある提案をした。
「
……
で、だ、ビジター。せっかくだから、俺たちもハロウィンをしてみないか」
「! できるのか?」
「正しいハロウィンになるかはわからないが
……
仮装をして菓子を食べるくらいは出来るだろう。俺もせっかく人型の体が出来たんだ、仮装とやらにも興味がある。この写真に写っているような〝笑える〟クッキーを作るのもいい」
「作れるのか⁈」
クッキーを作る。それは621の頭には無かった発想だった。誰か
――
専用の機械かも知れないが
――
が作ってはいるものだという認識はあったものの、それを自分たちの手で作れるとは考えてもみなかったのである。
「実は、簡単にクッキーを作れる粉が世にはある」
「そんな粉が
……
! すごいな」
「クッキーを焼くにはオーブンかトースターが必要だが、そちらには無いだろう。うちにも無いが、それに近いものはある。今度来た時に、クッキーを作って、ハロウィンをしよう」
「
……
ああ! 楽しみに、して
……
る
……
」
(レイヴン
……
私も、ハロウィン
……
したいです
……
!)
うきうきで返事をしようとした621に被せるように、エアが寂しそうに囁いた。そうだった。ドーザーたちがコーラルを濫用している場所に、エアは行きたがらない。せめてクッキーを持ち帰るくらいは出来ないだろうか
……
。
「
……
チャティ、あの、クッキー
……
たくさん、作れる、かな」
「ん? そうだな。計算によると、百二十枚出来る」
「そんなに⁈」
「ああ。お土産に持ち帰ると良い。気に入るかはわからないが、仮装に使う衣装もお前にやろう。ハンドラーに着せてみてもいい」
「ウォルターに
……
」
(ウォルターは
……
着てくれるでしょうか
……
?)
621とエアの頭の中に、さっきまで見ていた写真に写っていた人々の奇抜な格好がぽこぽこ浮かぶ。顔色の悪い、牙の生えた黒マントの男。犬の耳を生やした上半身裸の男。つぎはぎメイクの、頭にネジの刺さった大男
……
。想像するだに、ウォルターは微妙な顔をしそうだった。
「
……
冗談だ」
「えっ」
頭をぐるぐると悩ませていたのは一体。チャティは時々本気か冗談かわからないことを言う。ともあれ、衣装もクッキーも持ち帰られるなら、エアとも十分ハロウィンができるだろう。
621はホッとして、約束の日を楽しみに待つことにした。
それから三日後、RaDを訪れた621はチャティに連れられて、こざっぱりとした作業場へとやって来た。作業台は見るからに金属加工をする類のものだが、製菓用の厚手のシートが敷かれ、一応はそれらしくなっている。台の上には例の粉が入った袋と、プラスチックの箱がいくつか。計量に使う秤なんかもある。クッキー作りの道具だろうか、棒状のものや、金属のコロコロした部品のようなものも置いてあった。どれもこれも、621の拠点の簡易キッチンにはないものだ。
「おお
……
なんだか、すごいね」
「失敗する可能性も考慮して、材料は倍用意してある。俺も料理は初心者だからな」
チャティが言うように、ここにある材料の数々は明らかに多い。百二十枚と言わず、五百枚は焼けそうなほどの材料があった。
そして、材料とは少し離れた場所には
――
。
「あの
……
なんだか、見覚えのある、ものが
……
」
621が指さした先には、かつて621がRaDに侵入した時に対峙した巨大兵器
――
スマートクリーナーを小さくしたような機械が置いてあった。
「言っただろう。オーブンもトースターもないが、〝近いもの〟がある、とな。あれはRaD謹製、スマートクリ
―
ナー・ミニだ。見た目はスマートクリーナーそっくりだが、専用の天板と耐熱庫を組み合わせれば、理論上はクッキーが焼けるはずだ」
「
……
な、なるほど」
見たところ、本物のスマートクリーナーと同じく、アーム部分が熱源になるようだ。作業場の奥にある大きな黒い箱が耐熱庫というやつだろう。
「本来は小型の金属素材に熱を加える工程で使う道具だが、理屈はオーブンと同じだ。心配いらない」
「わ、わかった」
「よし。では手を洗って、作業に取り掛かるとしよう」
機械いじりと似た側面があるからだろうか、チャティはいつになく生き生きと621に声をかけた。621も見慣れない材料と道具の数々にわくわくして、意気揚々と作業台の前に立った。
チャティが用意してくれたのは、油と卵黄を混ぜれば作れるというミックス粉だった。バターのような上等な油ならともかく、ショートニングはルビコンでも比較的容易に買うことが出来る。鶏卵は高級品どころではなく、滅多なことでは手に入らないから、代用としてスキムミルクを水に溶かしたものを使うことにした。
粉とショートニング、ミルクを大きなボウルで混ぜ合わせた後、しばらく休ませてから平たく伸ばし、用意した型で抜いていく。それをクッキングシートを敷いた天板に並べて焼けば、クッキーの出来上がりだ。
工程は単純だが、量が量だからなかなか力仕事めいている。チャティはともかく、立ちっぱなしの作業は621には堪えた。
「あまり無理をするな。疲れたらそこで休んでくれ」
「だい、じょうぶ
……
最近、ちょっとだけ、鍛えてるし」
「そうなのか?」
「うん。食事の準備も、手伝ってるから」
とは言え、小さなキッチンで出来ることは限られる。レトルトの食事を湯煎で温めたり、電子レンジで温めたりが主だ。それを皿に盛り付ければそれなりに美味そうに見えるものの、作業時間としてはクッキー作りとは比にならない。それでも頑張れるのは、ひとえに友だちとのお菓子作りが楽しいからに他ならない。
大きな塊になったクッキー生地を、大きな麺棒で少しずつ伸していく。だいぶ広がったと思ったら、五ミリほどの厚さが良いとチャティが言い、621が驚きつつもげんなりし、ひいこら言いながら更に伸していく。作業台いっぱいにクッキー生地が広がったら、後は楽しい型抜きの時間だ。
「世には様々なクッキー型がある。これをこうして
……
こうだ」
「!」
金属製の部品だと思っていたものは、クッキーの型抜きをする道具だった。チャティが手に取ったのはかぼちゃの形をしたものだった。生地にぐっと押し込むと、綺麗なかぼちゃが現れた。
「おお
……
」
かぼちゃの形になったクッキー生地は、そっと天板の端に置かれた。この調子でたくさん作れば良いと言われ、621は目を輝かせながら多種多様なクッキー型を次々と手に取った。
かぼちゃ以外にも、おばけの形をしたもの、花の形をしたもの、星やハートの形をしたもの。あまりにたくさんありすぎて、どれもこれも試してみたくなる。百二十枚焼けるとチャティは言っていたが、これだけたくさんの種類のクッキーを型抜きしていたら、百二十枚なんてあっという間なのではなかろうか
……
。
うきうきと型抜きをして天板に並べていく621を横目に、チャティはスマートクリ
―
ナー・ミニの電源を入れ、いつでも焼けるように準備した。火力の強さは折り紙付きだが、お菓子作りとは火力が強ければ良いというものではないらしい。アームを調整し、上下から程よい温度で焼かねば焦がしてしまう。チャティは慎重に火力を調整しながら、簡易オーブンの温度を上げていった。程よい温度に上がったところで、天板にはずらりとクッキーが並び、いつでも焼ける準備が整った。
「どれくらいで、焼ける、のかな」
「十五分といったところだ」
簡易オーブンにクッキーが並んだ天板を入れて蓋を閉める。耐熱ガラスの向こうでは、じりじりとクッキーたちが焼かれているのが薄っすらと見えた。
たったの十五分とはいえ、ただ待つには長い時間だ。
だが、待つ間に出来ることがある。型抜きをした後のクッキー生地を再びまとめて伸ばし型抜きをして、もう一枚の天板に並べて焼く準備をしよう。そうすることで効率よく作業が出来る
……
そう説明しようとして、チャティは口をつぐんだ。621が興味深げにオーブンの中を覗き込んでいたからだ。
長時間の作業は疲れるだろう。ここは一肌脱ぐことにしようと決め、チャティは楽しげな621を横目に、作業台の前に立った。
そしてきっかり十五分後。可愛らしい電子音と共に、簡易オーブンは動作を止めた。
「チャティ! 焼けた、みたいだ」
「今行く。熱いから触るなよ」
チャティの方も残りの型抜きを終えたところだ。チャティは軍手をはめて、ゆっくりとオーブンの扉を開けた。さっきから作業部屋じゅうに甘い香りを漂わせてはいたが、扉が開くと、それは一層強く香った。
「わあ
……
」
ほかほかサクサクに焼き上がったクッキーがずらりと並んだ姿は圧巻だった。焼き立てのクッキーなんて、二人は食べたことがない。一体どんな味がするのだろう
……
。慣れない作業での疲れもあって、621はごくりと唾を飲み込んだ。
「これから冷ましてデコレーションというのをしたかったんだが
……
まずは味見が必要だな」
天板を作業台の上に置きながらチャティが言う。いつの間に淹れたのやら、その傍らにはフィーカが二人分湯気を立てていた。チャティは焼けたクッキーが乗った天板と入れ替えに、型抜きしたばかりのクッキーが並んだ天板をオーブンに押し込めてスイッチを入れた。流石に手際が良い。
「よし。ではビジター、味見といこう」
「ああ
……
どんな味、なのかな
……
」
621はチャティと共に熱々のクッキーに手を伸ばした。
「気をつけろ、まだかなり熱い」
「う、ん
……
あちち
……
いただき、ます」
両手でお手玉をしながら、621は例のかぼちゃの形をしたクッキーにかじりついた。焼き立てのクッキーはさくりと柔らかく、甘く香ばしい香りと共に口の中でほどけていく。
「はふ、ふ、甘くて、美味しい
……
!」
「焼き立てはこうも違うのか
……
なるほどな」
世に出回っているクッキーは当然ながら冷めている。焼き立てを食べられるのは手作りの特権だ。味見と言いながら、二人はフィーカと共に三枚ほどクッキーを食べてしまった。
「これは
……
止まらない、かも」
「む
……
そうだな。しかし、まだ焼き終わってもいないし、デコレーションもしてみたい。その辺にしておくぞ」
「その
……
デコレーション
……
っていうのは?」
「それはな
……
これを見てくれ」
そう言ってチャティが取り出したのは、小さなペン。
「ペン
……
?」
「そうだ。実はこれが一番高かったんだが
……
」
チャティが621に見せたのは、チョコレートペンというもので、温めるとチョコレートが溶けて、ペンのように絵や文字が書けるものだ。それが黒と白の二種類ある。
「これを使えば、クッキーに顔が描ける。あの写真で見たようなクッキーを再現出来るという訳だ」
「おお
……
やってみたい
……
!」
「だろう? うまく描けたのをお土産に持って行くと良い。ラッピングの材料も揃えてある」
作業台の引き出しの中からは、何やら柄の描かれた小さな袋や、きらきら光る紐のようなものが出てきた。袋には様々な絵柄があり、どれを選ぶか悩まなければならないだろう。
興味深げにペンやラッピング袋を見つめる621を見て、チャティも心做しか得意げな顔をしている。
「しかしデコレーションもラッピングもすぐには取りかかれない。だからその間に
……
仮装をしよう」
「!」
そうだ、焼き立てのクッキーに気を取られてしまっていたが、仮装も楽しみにしていたのだ。チャティは部屋の隅においていた箱を取り出すと、作業台の端に置いた。
「これが吸血鬼、フランケンシュタイン、狼男におばけ
……
あのかぼちゃ頭もある。あとはキョンシーと
……
ん? おかしいな」
「どうか、したのか?」
次々と衣装を取り出して621に見せていたチャティだったが、箱の底が見えてくると、ふと手を止めた。
「ミイラ男の衣装が見当たらない
……
。どこかに落としたのかも知れないな」
「ミイラ男
……
」
「包帯でぐるぐる巻きのやつだな。写真にもあっただろう」
「ああ、あの
……
」
冷凍睡眠から目覚めてからしばらく、荒れた肌を保護するためにと包帯でぐるぐる巻きにされていたことを思い出し、621は複雑な気持ちになった。あの仮装はしなくていい、となんとなく考えていたのもあり、着たいなら古い包帯を持ってくる、というチャティの提案は、一旦断ることにした。
「どれにする? どれも俺が作ったものだ。出来には自信がある」
「すごい、な
……
チャティは、器用だ」
シーツにおばけの顔を描いたものから、豪奢な装飾の施された吸血鬼の衣装、東洋風の衣装や、頭につける御札やボルトといった小物まで、多種多様な仮装道具はどれも丁寧に作られている。
「迷うな
……
」
「迷うなら後で着替えてもいい。せっかく作ったんだ。着てもらえた方が俺も嬉しい」
「じゃあ
……
そう、しよう。最初は
……
これに、する」
そう言って621が手に取ったのは、狼男の衣装だった。猟犬と言われることもあるから、最初はこれがいい。狼の耳と、肩にトゲや鋲のついたジャケットとデニム生地のパンツ。
しかし、なんだかどこかで見たことがあるような
……
。
「あ、これ、ドーザーのみんなが、良く、着てる
……
?」
「そうだな。あいつらの服を参考に作ってある」
極寒のルビコンにおいても、ドーザーは素肌に袖なしのジャケットという、寒そうな、しかしワイルドと言えばワイルドな格好をしてそこら中を歩き回っている。流石に作業時には専用の作業着を着て肌を保護しているが、仕事を終えたドーザーは大体素肌にジャケットという出で立ちで、自らの体を見せつけながら歩く。RaDに足繁く通ったおかげで、621にはドーザーの知り合いも増えた。彼らと似たような格好が出来るのが素直に嬉しくて、621はいそいそと服を脱ぎ、狼男の衣装に着替えていった。
チャティは少し悩んで吸血鬼の衣装に袖を通した。聞けば鋭い牙で噛みついて血を啜る不老不死のモンスターだそうだ。AI故に、老いることも死ぬこともない自分にはぴったりだと考えて、それに決めた。
「似合う、かな」
着替え終わった621はうきうきとその場で一回転して見せた。それを上からつま先までじっくりと眺め、チャティは出来る限り言葉を選んで感想を口にした。
「お前はもう少し肉を付けたほうが良いかもな
……
」
「う
……
」
「カッコいい
……
というよりは可愛いと思うぞ」
「うーん
……
せっかく、強そう、なのを選んだ
……
つもり、なんだけど
……
」
二人ともそれなりに上背はある方だが、621はまだ細すぎる。率直に言うと不健康な犬耳のドーザーといった感じだが、本人は楽しそうなので口には出来なかった。
「きみは、なかなか、似合ってる
……
と思う」
「そうか? 少し窮屈だが、こういう衣装も悪くないな」
いつも作業着やウインドブレーカーを着ているチャティが、細やかな刺繍が施されたシャツとベスト、それにマントを羽織ったフォーマルな衣装を身につけているというのは、そのギャップも相まって、なかなかに似合っているように見えた。
「早く
……
カーラに、見せたいな」
「そうだな。では
……
」
クッキーを仕上げて、ボスに持っていくとしよう。チャティの言葉に621も頷いた。
作業の邪魔にならないようマントを脱ぎ、二人は程よく冷めたクッキーにデコレーションをし始めた。顔を描くのもいいし、ハートや星の形をしたクッキーを縁取りしても可愛らしい。
始めのうちは不格好な顔になったり、へなへなの線しか引けなかったりした二人も、少しずつ納得のいくデコレーションが出来るようになっていった。
半分ほどはちょっと見た目が悪くなってしまったが、味におかしいところはない。これは自分たちで食べることにして、二人はうまく出来たものを三人分
――
ウォルターとカーラ、そしてエアの分
――
を大きめの袋に詰め、まずはカーラの元へと持って行くことにした。
「カーラ、喜んでくれる、かな」
「ああ、きっとな」
そんな話をしながら、二人は作業部屋を出ようと扉に手をかけようとし
――
。
「トリック・オア・トリート! 二人とも
……
いつまで待たせるつもりだい? 待ちきれなくて、こっちから来ちまったよ」
二人が扉を開けるより先に、カーラが勢いよく扉を開けて入って来た。彼女もまたハロウィンの仮装をしているらしく、見たことのないとんがり帽子を被り、黒いマントを羽織って、謎の杖を手にしている。
思いも寄らないカーラの姿に二人はあっけにとられ、その場に立ち尽くしてしまった。
「
……
なんだい、その顔は」
「トリック
……
何?」
「カーラも、ハロウィン
……
?」
二人揃ってぽかんとした顔をされるとは思わず、カーラは少し気恥ずかしそうに頬を掻いた。
「
……
あんたたち、もしかして、ハロウィンのこと、良くわからないまま遊んでたのかい」
「それらしい画像しか見つからなかったんだ、ボス。詳しく知ってるなら教えて欲しい」
「やれやれ
……
じゃあ、この〝灰かぶり〟のカーラが教えてあげようじゃないか。由緒正しいハロウィンってやつをね」
魔女の講義とは、なかなかハロウィンらしい催しかも知れない。カーラは内心苦笑しながら、二人のハロウィン初心者に説明をしてやることにした。もちろんその説明の代価は、二人が焼いたクッキーと、熱々のフィーカだ。
「
――
なるほど
……
お菓子をくれなきゃいたずらするぞ、というのが決まり文句だったのか」
「そういうことさ。他にも色んな謂れや蘊蓄はあるけどね」
チャティは興味がありそうだが、子どもが楽しむ分には、知らずとも構わないだろう。621はカーラの話をゆっくりと頭の中で咀嚼して、彼女に一つの質問を投げかけた。
「じゃあ
……
わたしたちが、仮装して、驚かせば
……
お菓子を、もらえる?」
「そうなるね。でも、ドーザーたちにお菓子なんて期待出来ると思うかい? だから
……
」
「?」
カーラは意味ありげに微笑むと、ちらりと作業部屋の扉を見た。どたどたと複数人の足音が近づいてくる。チャティは嫌な予感に顔をしかめた。
そして、勢いよく開けられた扉からは、三人のドーザーが意気揚々と飛び込んできた。
「よう、チャティにビジターさん! トリック・オア・トリートだぞォ!」
「ここに来りゃあ珍しい菓子がもらえるらしいって聞いたが
……
本当らしいな」
「ボスも何やらイイ格好してるじゃねえか、おい」
好き放題言うドーザーたちに、チャティは巨大なため息を吐いて返事をした。
「そういうことか
……
」
「悪いねえ、あんたたちがハロウィンのお菓子を作ってる、って触れ回っちまったよ。ハロウィンの決まり文句も添えてね」
「ボス
……
ここにドーザーが何人いると思ってるんだ」
「はっはっは! そんなのいちいち覚えちゃいないさ。まあ
……
貴重な菓子なのはみんな知ってる。一人頭、二枚もやりゃあ満足するだろうよ」
実際、やって来たドーザーもうんうんと頷いている。菓子が食べたいというよりは、この不思議な催しをしている二人の様子を間近で見たいというのが大きいらしい。
「チャティ
……
」
621はうんざりした顔のチャティを見つめ、どうしよう、と目で訴えている。
ドーザーたちの見世物になる気はなかったが、話が広まっている以上、腹をくくるしかなさそうだ。クッキーを追加で焼かねばならないだろうが、幸い、材料はまだまだ山程ある。ドーザーがデコレーションを楽しめるかというと微妙だし、焼いたクッキーを渡せば十分だろう。
「
……
仕方ない。ビジター、忙しくなるぞ」
チャティが言うと、621も、そしてカーラもふっと表情を和らげた。周りにいたドーザーたちは口笛を吹き、ハイタッチをして喜びあっている。
「ここには、いつもお邪魔してる、から
……
そういうのも、そう
……
〝笑える〟かも」
「
……
そうだな。となれば、いたずらされる前にクッキーを渡すとしよう」
「ああ」
自分たちの分にするつもりのクッキーは、無造作にカゴに入れてあった。少しばかり不格好なデコレーションがされているが、彼らは気にしないだろう。
椅子から立ち上がった621は、クッキーを二枚ずつ手に取って、ドーザーたちに渡してやった。
「はい、どうぞ」
「ありがとよ、ビジターさん」
「そのジャケットもイカしてるぜ」
「あ、ありがとう
……
チャティが、作ってくれた」
「へえ
……
俺も今度作ってもらいてえな
……
なあチャティ、いくらならやってくれる?」
「小瓶二本だ」
「たっけえなァ! ま、考えとくよ」
彼らは少しばかりの雑談をし、クッキーを齧りながら部屋を出て行った。おそらく、部屋を訪れるドーザーたちはこの調子でクッキーをもらいに来るのだろう。
「はやく、クッキーを、焼いた方が
……
いいかも」
「そうだな。急いで焼くとしよう。奴らは気まぐれだから、殺到してやって来るということもないだろうが
……
」
とはいえ、カゴの中のクッキーの数だけでは心もとない。急いで作りはするが、ドーザーたちがわらわらとやって来たら、どうなるかはわからなかった。
「ま、その辺は見ておいてやるよ。無くなりそうになったら鍵をかけておくさ。その間は
……
そうだねえ、せっかく二人の初めてのハロウィンなんだ。撮影係は必要だろ? ウォルターにビジターの写真を送ってやらなきゃね」
「手伝って、は
……
」
「ははっ、私はお菓子は作るよりも食べる方が好きなのさ。残念だったね、ビジター」
「
……
」
「
……
だ、そうだ。大人しく俺たちでクッキーを作るぞ」
写真は確かに撮ってもらえたら嬉しいが、途方もない数のクッキーを二人で焼くのは重労働だ。二人はやれやれと顔を見合わせ、ドーザーが来ないうちに、追加のクッキーを焼く準備をし始めた。
部屋の外にまで漂う甘い香りにつられたのか、ドーザーたちはゆっくりとしたペースながら、ひっきりなしに部屋を訪れてくる。その都度作業の手を止める訳にもいかないから、自然と621がクッキーを配り、チャティがクッキーを量産するという体制に落ち着いた。
ドーザーたちがぽつぽつと訪れてくれるおかげで、衣装替えの時間もとれている。621はカーラに促されて様々な衣装に着替えては、ドーザーたちの目を楽しませていた。衣装を褒められ、いい感じだなんだとコメントをもらい、621も楽しそうにしている。カーラの撮影も捗っているようだ。そんな621の姿を、チャティは嬉しいような照れくさいような、そして少しばかりの嫉妬をこめた目で見つめていた。
せっかく作った衣装と、それを着たビジターなのだから、自慢したいという気持ちはある。しかし同時に、独り占めしたかったという気持ちも湧いてきて、なんだかもやもやするのだ。
こういった矛盾した感情に踊らされるのは、これが初めてではない。けれど、何度味わっても慣れることはなかった。
恋というものはあたたかく幸せなもののはずなのに、時折苦しくなることがある。それもまた人らしさの証明であり、楽しくもあるのだけれど
……
。
部屋を訪れたはいいものの、例の決まり文句を忘れて立ち尽くしているラミーと、くすくす笑いながらラミーにクッキーを渡す621を横目に、チャティは小さくため息をついた。
「あ
……
クッキー、無くなった」
「そうか。こちらもまだ焼けない。ボス、念の為部屋に鍵を
――
」
かけておいてくれ、とチャティが言おうとした瞬間、待ってましたとばかりに勢いよく扉が開いた。
「お久しぶりですご友人! ごきげんよう」
「‼」
「お前っ
……
! その格好は
……
」
「あんた、そんな格好で歩いて来たのかい
……
?」
三者三様に驚く中、入ってきた男
――
オーネスト・ブルートゥはあちこちをはみ出させたミイラ男の格好でにこやかにお辞儀をしてみせた。チャティや621ならまだしも、大柄なブルートゥが身につけるには、明らかに包帯の長さが足りていない。ということは、つまり
……
。
「お前
……
盗んだな?」
「はて、何のことでしょう? 私は箱に入っていた包帯を失敬しただけですが
……
」
人の部屋に置いてあった箱だろうが、と言いたいところだったが、この男には何を言っても無駄だということはわかっている。
「さて、オリエンタルな出で立ちも良くお似合いなご友人
……
。トリック・オア・トリートですよ」
キョンシーの格好をした621を褒めつつ、ブルートゥはしれっと今は言われたくない決まり文句を口にした。
「あ、その
……
えっと
……
」
まずい。今は渡せるクッキーが無い。追加のクッキーが焼けるまでにあと五分はかかる。五分もあればいたずらをするには十分だろう。おそらくはこの部屋の監視システムに侵入し、クッキーが無くなるタイミングを狙って突撃してきたに違いない。
「おやおや、渡せるお菓子が無いようですね
……
では、遠慮なくいたずらをさせていただきましょうか
……
」
ブルートゥはいやらしい笑みを浮かべ、じりじりと621へと迫り始めた。やはり狙っていたのだ、この男は。
ブルートゥの魔の手が621に触れようと伸ばされた瞬間、風を切るように〝何か〟が投げつけられた。それが顔にぶつかる前に、ブルートゥがそれをキャッチする。投げられた衝撃でぴしりとヒビが入ったそれは、袋でラッピングされたクッキーだった。
「
……
望みの菓子はこいつだろう?」
「カメラの死角に隠しておくとは
……
流石、抜け目ありませんね」
ブルートゥに投げつけたそれは、いざという時のために隠しておいたものだ。ブルートゥを筆頭に、菓子よりもいたずらをしたがる連中に何人か心当たりがある。大体はカーラがいる前で無体を働くほどの無法者ではないが、ブルートゥは別だ。
「残念だったな。さあ、とっとと出ていけ。俺たちは忙しい」
「やれやれ
……
つれないですね。ご友人、こちらは大事にいただきます。では
……
」
「あ、ああ
……
」
ブルートゥは尻をほとんど丸出しにして、うきうきとステップを踏みながら出て行った。
「ったく、変なもの見せるんじゃないよ
……
」
ある意味、十分過ぎるほど視覚的ないたずらをされたような気もする。ブルートゥがいなくなった部屋で、三人は急に襲いかかる疲労感にぐったりと肩を落とし、一旦休憩を挟むため、部屋に鍵をかけることにした。
ドーザーたちにクッキーを配り終える頃には、すっかり日も暮れて、夜になっていた。休憩を挟みつつではあったものの、大人数へのクッキー配りに、621は疲れ果てている。
「へとへとだ
……
」
「大変だったな
……
」
甘い残り香に包まれながら、二人は残ったクッキーとフィーカで疲れを癒やすことにした。この後も後片付けという大仕事が残っているからだ。
「でも、楽し、かったな
……
。ちゃんと二人分、お土産も、寄せておいたし
……
」
土産話と共に、ウォルターとエア、それぞれとクッキーを食べよう。いろんな仮装も出来たから、後でカーラから写真を送ってもらって
……
それを見せたら、二人はどんな反応をするだろう? 帰って二人とお喋りするのが、今から楽しみだ
……
。
そんなことを考えたり、今日の出来事について振り返ったりしていると、あっという間に時間は過ぎていく。いつの間にかクッキーを入れていたカゴは空になり、マグの中のフィーカも底を尽きかけていた。
「
……
ところで、ビジター」
「ん?」
そろそろ後片付けをしよう、とでも言われるかと思って聞き返すと、チャティは意味ありげに621を見つめ、思いも寄らないことを口にした。
「トリック・オア・トリート
……
と、今俺が言ったら、どうする?」
「えっ
……
えっと
……
」
お菓子をくれなきゃいたずらするぞ、そう言われたということは、お菓子を渡さなければならない。でも、今手元にあるのは、ウォルターとエアの分だ。どちらも渡す訳にはいかない。
「あの
……
その
……
」
「お菓子をくれないのか? では
……
」
いたずらをするが、かまわないか。そう言うチャティの目は、ふざけてなんていなかった。
「ど、どんな、いたずらを
……
するんだ
……
?」
「さあな
……
」
後片付けを済ませて、部屋に戻ったら教えてやる。そう悪い顔で言われては、後片付けに身が入る訳がないのに。
「きみは
……
たまに、いじわるだ」
「ドーザーは意地が悪いんだ、諦めてくれ」
「もう
……
」
困り顔の621を見て、チャティがふっと笑う。
カップにほんの少しだけ残ったフィーカを飲み干して、二人は、二人だけの〝いたずら〟を楽しむために、後片付けに取り掛かることにした。
翌日、自身の拠点に戻った621は、ウォルターとエアにそれぞれクッキーを渡し、楽しかったハロウィンの報告をした。
ウォルターは似合っていたり似合っていなかったりする621の仮装に無難な感想を述べ、もらってきた衣装を着てみて欲しいと強請られて頭を抱え、吸血鬼の衣装に身を包みながらクッキーを食べる写真を撮られ、それを転送されたカーラに大笑いされることになった。そして、エアとは
……
。
「素敵です、レイヴン!」
「そうかな
……
」
持ち帰った衣装を着た姿を間近で見たいというエアに強請られ、621は部屋で一人ファッションショーを開く羽目になった。
RaDで着替えた時は、チャティやカーラに手伝ってもらっていたから良かったが、一人で着替えるのは難しい。おかげで多少不格好になってしまったが、それでもエアは喜んで見てくれた。
「空想上の生き物になりきる
……
不思議な文化ですが、やりたくなる気持ちもわかる気がします」
「そう、かも
……
」
自分ではない誰かになりきる
……
。そうすることで、人は少しばかり大胆になれるのかも知れない。
621は狼男の耳をつけたまま、服だけはいつもの暖かいセーターを着てエアとお喋りをすることにした。そのお供はもちろん、チャティと焼いたクッキーと、熱々の淹れたてフィーカだ。
カーラに撮影してもらった写真の数々を見ながら、昨日の出来事や教わったハロウィンの謂れについて話す621は本当に楽しそうで、エアも嬉しくなってくる。
(まあ、ドーザーたちと仲良くしているのは少し複雑ですが
……
)
場所がRaDでなかったらと思わずにはいられないが、それはそれ、楽しげな621とのこうしたお喋りもまた、二人にとっては大事な時間だ。
「
……
なかなか大変な一日だったようですが
……
チャティとは、ハロウィンを楽しめたのでしょうか?」
「あ、う、うん
……
」
ドーザーたちにクッキーを配った話をすると、エアから素朴な質問が飛び出した。621はぎくりとして、思わず煮えきらない返事を返してしまう。
「なんだか、あやしいですね
……
」
「そ、そんなことは
……
ない、けど
……
」
そう、嘘は言っていない。十分過ぎるほど、チャティともハロウィンを楽しめた。一緒に仮装をしてクッキーを作り、ドーザーたちと賑やかな時間を過ごし、そして、部屋で二人きりになった後は
――
。
「
……
ふふ、すみません。恋人同士の秘密を根掘り葉掘り聞くのは、野暮というものですね」
「う
……
」
そう、チャティにどんな〝いたずら〟をされたのか、それは、エアにはちょっと話せない。
エアはいたずらが成功した子どものようにくすくす笑い、その代わりとばかりに、昨日の出来事をもっと詳しく教えて欲しいと強請るのだった。
おしまい
Special thanks:Satsukiさん(X:@MsgSatsuki)カゼイチさん(X:@dayt_if_SC)
スマートクリーナー・ミニ案&原稿見守りありがとうございました!
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