みずあめ
2024-10-27 17:28:52
1641文字
Public brmy
 

ゆづあい

うらら視点

夜勤のために事務所に入ろうとしたオレは、中からガタッと物音がしてドアノブに触れた手の動きを止めた。不審者、の可能性もなくはないが、それより由鶴が残っているという可能性の方が高いだろう。
まだ仕事してんのかよ。相変わらず、バカみたいに仕事に命を費やしてる。
はぁとため息を吐いてドアノブを回し、扉を開いた。隙間から見えたのはいつも通りパソコンに向かってる由鶴、ではなく。壁際に追い詰められている逢と、逢を壁ドンしている由鶴の後ろ姿だった。
は? 驚いて再び動きを止めたオレにこちら側を向いていた逢が気がつき目をかすかに見開く。由鶴の方へ視線を戻して何かを言おうと口を開きかけた逢に気づいていないのか、気づいたうえで気づいていないフリをしているのか、由鶴は逢の言葉を聞くことなくその唇を塞いだ。咄嗟に扉を閉め、事務所から距離を取るように非常階段の方へ後ずさる。
……事務所でサカってんじゃねえよ……
溢した言葉に普段のような覇気はない。直接言ったこともないし言うつもりもないけれど、由鶴のことは嫌いじゃないし、ちょっとだけ、兄のような存在だと感じていたから。そんなヤツのキスシーンなんて、めちゃくちゃ気まずいだろ。しかも相手があの……
夜勤の出勤時間が迫っていることに気がつきこのまま廊下の隅に立っていても仕方がないとは思いつつ、でも、まだ衝撃が落ち着かない。オレは事務所の出入り口をジッと睨んで数分様子を伺い、意を決して足を踏み出した。
扉の前で大きく深呼吸した後、わざと音を立てるような乱暴な仕草でドアノブを回し、どうとでもなれと思いながら扉を思いっきり開いた。
「あ、麗、おはよう」
…………はよ」
「賄いはいつも通り冷蔵庫に入ってるから温めて食べてね。今日はオムライスだよ」
……わかった。……
……えーっと」
……カフェの方掃除してくる。さっさと帰れ」
「あ、待って麗」
オレが目を合わせないからか、由鶴もいくらか気まずそうで。逢がどこ行ったかは知らねーけどここにいないってことは資料室の中にでも隠れてるんだろう。あいつ、オレがさっきの場面を見てしまったことを由鶴に言ったんだろうか。そっぽを向いて由鶴を見ないようにしているから由鶴が今どんな顔をしているのか分からない。
気まずさから逃げるように背を向け、由鶴の声掛けを無視して事務所とカフェとを繋ぐ扉を開いたら、目の前に、逢がいた。こっちかよ、と予想が外れたことに舌を打ち、反射的に逢を睨み上げる。
……悪い」
……さっさと帰れバカ。どけ。カフェの掃除する」
「麻波」
……ンだよ」
「由鶴のことは嫌いにならないでくれ」
……テメェに関係ねえだろ」
「麗、ごめん、あのね」
「知らねえよ。どうでもいい」
吐き捨てるように言って逢を押し退けカフェへと進む。由鶴の困ったような弱々しい声と、逢が言葉少なにそれを宥める声が聞こえて、オレは足を止めパッと振り返り二人を睨んだ。
「由鶴」
「は、はい」
「おまえ男の趣味悪ぃな」
「え」
「おい」
「逢」
……なんだ」
「由鶴に仕事ばっかさせてねーでさっさと帰って家でいちゃつけ」
「っ!」
……了解した」
「逢さんっ!?」
「オレがむこう掃除してる間にさっさと帰れ。んで、オレも仕事して帰って寝て、見たこと忘れる」
……ご、ごめんね、麗」
……謝るんなら最初っからこんなとこでサカんな」
「そ、そうだね……
……、明日のまかない、ミートソーススパゲッティがいい」
「! わかった!」
ふいっと背を向けて今度こそカフェへ向かった。気まずさはあるけど、それでも、由鶴のことは嫌いじゃない。別に誰と付き合ってようが、職場恋愛してようが、由鶴が由鶴じゃなくなるわけじゃない。相手が逢だってことは、まじで見る目ねーと思うけど。家族なんていねーけど、兄弟に恋人ができたらこんな微妙な気分になるのだろうかと、掃除をしながらそんなくだらないことを考えた。