endoftheyo
2024-10-27 11:03:32
2262文字
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風切羽【桂主♀】

メリバです。
ちょっと痛い描写(グロ?になるかも)あるので注意。
この作品で独立していますが、支部で書いてるシリーズのバッドエンドを思い浮かべてます。シリーズ読んでても読んでなくても大丈夫です



 彼女はいつか私の元を飛び去ってしまうのではないか、私と関わることでその身を危険に晒しその風切羽をむしってしまうのではないか。そういった不安から彼女を手放そうとしたことがある。
 その時、彼女はそれでも私の元にありたいと言ってくれた。そして、彼女は重荷だろうか?と私に尋ねた。もちろん全くもって重荷などではない。私の不甲斐なさが彼女に傷をつけただけだった。
 傷つけてしまったことを謝る私に彼女は容易に赦しを与えた。彼女はいつだって芯の強い女人であった。


 それから時が立ち、私の自室にふらりと現れた彼女は私の手を掴んで自分の足首より少し上、腱の辺りを触らせた。そして「私の風切羽はここだ。全てが終わったらあなたが毟ってくれて構わない」などと話す。
 近江屋で坂本くんが襲われて大怪我を負ってから十日後のことだった。
 彼女は己の半身とも言っていた人間の所業が許せないのであろう。最初こそは片割れに会うのが目的だと話していた。しかし最近は止めなければ、止めなければと己の身内の所業の責を負おうと思い詰めているようであった。
 
 私は彼女に「自由に飛び回ることができる君が私を選んでいてくれていることが私の喜びなのだから、君の自由を奪うつもりはない」と言って聞かせた。
 俯いていた彼女はその言葉に顔を上げて私の顔をじっと眺めると「はは」と乾いた笑いを漏らして涙を流した。
 そうして滅多に涙を流さない彼女の頬を拭って宥める。彼女が一人で背負い込んでいるものを一緒に背負ってやりたい。しかし”片割れ”と呼ばれる人間については一切赤の他人である私が口を挟むことは許されないだろう。
 ああ、もどかしい。”片割れ”以外のことならば私が一切を切り払ってやれるのに。

 そうやって宥めていると彼女は落ち着いたのか、静かに眠りに落ちた。
 もしかしたら、しばらく不眠だったのかもしれない。起こさぬよう自分の布団に寝かせてやれば、翌朝彼女は「すまない」とだけ謝っていつも通りに振舞うようになった。

 もちろん彼女が完全に立て直したとは思ってはいない。しかし、情勢が彼女を傍に置くことを許さなかった。私情で大業を成す機会を逃す訳にはいかないのだ。
 西郷君と共に、彼女に江戸に行くように指示を出せば彼女はあっさりと引き受けてくれた。見送る時、側にいられぬこと、こうして疲弊しているであろう彼女に無理を強いることを謝る。
 すると彼女は日ノ本の夜明けを見ることは自分の望みでもあると告げた。そして「きっと最後にはあなたの望むとおりになる」そう付け足して出立した。




 彼女は片割れとの決着をつけたらしい。
 らしい、というのは決着つける直前に会って以来、彼女の姿を見ないからだ。
 江戸城開城の交渉が行われた後の新政府をまとめるためにやることはたくさんあった。それでも彼女が心配で夜が明けた頃に彼女が向かった方向を探した。
 しかし、彼女はいなかった。一つ血溜まりが、雨が降った後の水たまりのように広がっているのみだった。
 どちらかの命が消えたのだと思った。しかし、それは彼女ではないと信じる他になかった。高杉君に頼んで奇兵隊の数人を彼女の捜索にあたらせたが彼女がそう簡単に見つかるはずもない。ただ、どこに行っても彼女の気配を感じるような気がしていた。


 それから一年以上が過ぎて彼女は突然、私の元へと帰ってきた。九段上に構えた私の自宅の書斎に迷うことなく、秋晴れにそよぐ風と共に家の裏側の窓から入り込んできたのだ。

「よくここが分かったね」
「そう遠くに行っていたわけではない。むしろずっと近くにいたと言ってもいい」
 そう話す彼女は身綺麗にはしていたものの頬は少し痩けており、目元は黒く隈になっていた。
「少し、気持ちの整理をつけたくて。一人で過ごしてた」
「そうか。答え……と言うべきなのかな、見つかったのかい?」
 そう問えば彼女は記憶の中にあるどの表情よりもいっとう柔らかく微笑んだ。
「答えは京都であなたと別れた際に告げた通りだ。その時から決まっている」
 彼女はなんと言っただろうか?私の望む大業は成されるといった話だったと記憶しているが……
 彼女から視線をずらして記憶を思い起こしていると彼女はゆっくりとした動作で匕首を懐から取り出した。
「ああ、ここでは汚してしまうな」
 そう言った彼女は入ってきた窓とは逆、開け放たれた障子から縁側へ足早に向かっていく。そして裸足のまま庭に降りた。
 そして色づき始めた木々の下に座ると片足を差し出すように前に出した。
「君、何をして……
 そう言いながら縁側を降りようとしているうちに彼女は素早く匕首を鞘から抜いて足首の少し上に突き刺した。
「ぐぅッ……
「何しているんだ!!」
 履こうとしていた草履を退けて裸足で彼女の元へ駆け寄る。匕首に裂かれた彼女の足は骨の手前まで肉を裂いており腱や筋も絶たれていた。これでは満足に歩くことは……
「わたしの、意思で、風切羽を断った」
 彼女は私の顔を覗き込むと、痛みに苦しみながらも笑んだ。
「はは……、これで、あなたの、望み通りだ」

 これ以上自分の顔を見られまいと彼女を腕の中に閉じ込めた。

 ああ、今、私はどんな顔をしている?


 きっと恩人であるはずの村山たかの訃報を聞いた時よりも酷く醜い顔をしているのだろう。


 まだ落葉を迎えていないというのに庭には鮮やかな赤が広がっていた。