NEO
2020-04-30 00:56:05
14767文字
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初恋はもう終わり

恋とはどんなものかしら?炭善。
【20200512完結】

▼初恋はもう終わり【炭善】

恋とはどんなものだろう?
如何にしてそう、在るのだろう?
恋の色、恋の味、恋の音、恋の匂い。
愛らしき乙女たちの云うには、なくてはならぬ想い。
綺羅びやかに甘ったるく温かに癒やしてくれる真心。

※※※

 今まで多くの女の子と付き合ってきた。

 贈り物には花や簪、櫛に帯留、着物、反物、南蛮菓子。なんなら稼いだ日銭をそっくりそのまま渡したことだってある。祭に出掛けたり、芝居を見たり、値札のない料亭で目ン玉飛び出るほど高直な料理を一緒に食べたりもした(緊張しすぎて味はちっとも分からなかったけど)。
 どの娘も皆、可愛くて、綺麗で、素敵な女の子たちだった。一緒にいられるだけで幸せだったから、手のひとつも繋げなくたって俺には大した問題にはならなかったのだ。

 俺の耳は誰より聞こえが良い。彼女たちがこぼしたつもりもないような不満や愚痴、隠していた本音も、何もかもはじめから全て筒抜けだった。

 優しい音はいつだって、他の誰かへ響いてた。目の前にいる俺じゃなくて、何処かに居る別の誰かへ向けられていた。高鳴り、安らぎ、胸がいっぱいになる好い音……彼女たちの音はそれはゝ甘美なもので、聴くと此方まで心が浮き立つのだ。

 自分まで幸せに、なれた、ような、

「俺は幸せになりたい!ただ結婚したいだけなのに〜〜!」
「そういう邪な気持ちがいけないんじゃないか?」
「ぐっは グハァッすごい切れ味の指摘がぐはっ」

 斯様に容赦ない言葉で突き刺してくる此の男、竈門炭治郎。鬼殺隊の試験を共に受けた仲間で、蟲柱胡蝶しのぶさんの継子である栗花落カナヲちゃんや、岩柱悲鳴嶼行冥さんの世話になっている不死川玄弥、それと野生児嘴平伊之助に、なぜか生きてた俺、我妻善逸も合わせて、五名の同期となっている。
 その中でも特に炭治郎と伊之助、俺は三人まとめて扱われることが多い。世代が近いせいもあるけど、何より炭治郎の人の良さが、面倒な俺たちを押し付けるのに都合がいいからだろうと俺は読んでいる。

 休息時は各々好き勝手に過ごしているが、待ってましたとばかりに山野へ駆けていく伊之助や、町へ遊びに行く俺を尻目に、炭治郎は隊の屋敷へ留まることが多い。妹の禰豆子ちゃんがいるから離れがたいのもあるだろう。鍛錬したり、蝶屋敷の雑務をこなす神崎アオイちゃんを手伝っていたり、今など饅頭を一緒に食べようとしたら(盗みじゃないよ、おやつの先取りってわけ)部屋で大量の手紙を認めていた。どうやら文通相手は一人二人じゃないらしい。筆まめなこった、と半ば呆れつつ、音沙汰が無いよりずっといいか、と少し羨ましくも思ったりする。

「善逸はいい奴だから、いつか、皆分かってくれるよ」
「いつかっていつよ?!その前に俺死んじまうぞ!!」

 俺は弱いんだからな、舐めるなよ!と饅頭を貪りつつ一頻りお馴染みの駄々をこねた。結婚したい、大事な相手がほしい、俺が好きになっても許してくれる人に、俺のことを好いてほしい━━そんなどうしようもない夢物語に付き合ってくれるのは、泣きたくなるほど優しい音の持ち主である炭治郎だけだ。他に構ってくれる奴はいない。炭治郎は以前、俺が結婚できるまで面倒みろ!と責めても断らなかったから、愚痴を聞き流すことに甘んじてくれているのだろう。腹が立つほど良い奴だ。饅頭を一つ余分にやろう。
 等とまぁ常々絡んでいたわけだが、遂に炭治郎の堪忍袋の緒が解かれたらしい。長々と溜息。反射的にびくりと震えた俺をじいと見つめてぽつん、と一言呟いた。

「俺がなるよ」

 ブホッ、と気管に詰まった饅頭を慌てて緑茶で流し込む。俺?俺がなるって、どーゆーこと?話の流れからするとまるでお前が俺の宿願を叶えてくれるみたいないやそんな莫迦な、幾ら夢見がちな俺でもそんな幻聴ありえないってわかるぞ!?
 目を白黒させながら混乱していたら、炭治郎は穏やかに俺の背をさすりつつ話を続けた。

「善逸は、誰かに待っていてほしいんだろう?その人のために頑張れるから。自分のためじゃなくて、人のために頑張ろうとする善逸は強くて、優しくて、良い奴だよ。俺には分かる、もうずっと前から知っていたからな。だから、」

 魔が、差したというのだろうか。
 炭治郎がいい男だということは、近くで見ている俺自身が、誰より一番よく知っていた。寝食で俺や伊之助の世話を焼き、巷で気さくな好青年と認められ、戦場では敵である鬼にすら憐れみをもって相対する━━そして何より妹へ抱く深い愛。鬼となってしまった彼女のために、命を賭して戦う炭治郎が、どれほど愛情深い人間なのか、俺は身に沁みて知っていたのだ。
 だからつい、魔が差した。此の男の深くて広い懐ならば、俺みたいなダメな奴でも慈しんでくれるに違いない、と………

「俺が、善逸と約束するよ」

 是非お願いします!と正座した俺を、炭治郎は可笑しそうに見遣る。此方こそ、そう応えて真摯に向き合い姿勢を正す様は、男の俺が見惚れるほど隙のない優美な所作だった。



 俺を想うと約束してくれる、大事な人がいてくれる安心感。いつでも帰りを待っていてくれる、大切だと伝えても許される、そんな縁を得たことで、俺は有頂天だった。


「そういえば、善逸、アオイさんが探していたよ」
「えっなんだろ〜?最近は盗み食いしてないけど」
「そうじゃなくて、頼みたいことがあるようだった」
「ん〜じゃ、顔出してくる。ごめんな、炭治郎」
「俺は待っているから、気にするな」
「いいって。お前これから任務でしょ?もう行きなよ」
「だけど」
「お前の助けを待ってる人がいるんだからさ、俺よりもね!」


 鍛錬に身が入り、持て余す時間がとんと減る。率先して隠たちの手伝いや、蝶屋敷の雑務にも携わる。女の子に色目を使う必要がなくなると、何故か女の子に頼られることが増え、任務に関係ない会話で盛り上がれることも多くなってきた。


「すみちゃんたちが善逸を凄く褒めていた。俺も嬉しいよ」
「なんでだろうね?大したことはしてねぇよ、俺」
「彼女たちにとって力仕事は辛いから、感謝されたんだろう」
「そう?なら、これからも俺がやってあげよ♪」
「俺も手伝うよ」
「炭治郎ありがとなぁ〜、俺が任務で居ない時は頼むよ!」
「━━」
「俺かお前のどっちかがいればいいもんな〜」
そうだな」

 
 楽しい。俺の人生、まるで生まれ変わったみたいだ。
 炭治郎の本意が単に妹へ纏わり付く虫の排除だとか、俺の醜態を見兼ねたお情けだったとしても、構わない。だってこんなに幸せだ。あの炭治郎が俺を想ってくれると信じられるだけで、俺は、人が変わったように善くなれる。ありがたい。嬉しい。炭治郎のお蔭で俺、本当に頑張っていられるんだ。


「善逸、土産に団子を贖ってきたんだ。よかったら、」
「わ〜っ!炭治郎ごめん!!俺今から任務なんだよ〜、勿体ないから、伊之助か、他の誰かと食べてちゃって」
「分かった。すまない、間が悪くて」
「炭治郎のせいじゃなくて、俺の運が悪いんだよ。日頃の行いってやつか〜!」
「いや、お前は十分……
「おっと分かってるってチュン太郎!じゃ、またな炭治郎」
「ああ、気を付けて」


 宿願の成就は任務にも影響した。相変わらず鬼は怖いけど、戦うことに少しだけ胆力が増したような気がする。
 ある時、頸を斬る手応えを忘れずに夜が明けた。初めて鬼を斬った。俺だけの力で。全身震えていたけれど、涙が止まらなかったけど、炭治郎の笑顔が、ぴかりと頭の中で光った。
 俺を褒めてくれるな?炭治郎、お前なら、頑張った俺を認めてくれるよな?それで生きてるのを一緒に喜んで、抱きしめて、それから、俺に、俺だけのために、なぁ、炭治郎、

 藤の家紋の家で帰還を待ってくれていた家人には申し訳ないけど、俺がほしいのは休息じゃなかった。帰路の途中、気の急くまま直帰する旨伝えた家人への手紙を持たせチュン太郎を放つと、あとはもうまっすぐとんぼ返りだ。
 もう次の任務へ出てしまったかもしれない。もしくはまだ帰っていないかも。怪我をして意識不明の可能性だってある。アイツはすぐに無茶をしがちだから。手紙を出せばよかったかな。そんな間も惜しい。一刻も早く。お互いの無事を確かめて、ちゃんと心から安心したい。嗚呼、炭治郎。炭治郎!一目だけでもいいから、お前の顔が見たいよ、俺は。

 飛び込んだ蝶屋敷で、通り掛かったアオイちゃんに息せき切って尋ねた炭治郎の在り処は、カナヲちゃんとの共同任務。帰還は早くて三日後━━とのことだった。



 折が悪い、というのは往々にしてあることだ。俺と炭治郎が特別な関係になってもそれは変わらない。むしろ、関係が変わったから、気になるようになってしまっただけかもしれない。

 炭治郎が帰還する前に、無傷な俺は再び単独任務へ出た。またも鬼を倒せて喜び勇んで帰ってくると、しのぶさんから炭治郎は昨日から帰って来ない伊之助の捜索に出たと聞かされる。ならばと追いかける寸前で、無事戻った炭治郎が、崖から落ちて動けなかった伊之助を背負って山二つ越えてきた、と疲れた声で報告した。俺は寝落ちてしまった炭治郎の枕元で、おかえり、と密やかに囁くことしかできなかった。

 また別の日は、アオイちゃんと連れ立って買い出しに出掛けたと蝶屋敷の働き手、なほちゃん、きよちゃん、すみちゃんから聞いた。女性だけでは甘く見られがちなので炭治郎さんの同行はとても助かっています、という心温まる話で、俺は当然人情味溢れる炭治郎の行動を喜ばなければならなかった。

 またとある日は、権八郎なら傷野郎に誘われて岩のヤツと戦いに行きやがったと鼻息荒く怒っている伊之助に出くわした。傷野郎とは玄弥だろうか?なんでも同行するつもりが、任務が入って置いてきぼりを食ったらしい。次こそと急いで帰還したばかりの俺は何も云えなかった。ぷんすか怒りながら出ていく伊之助の背を無言で見送る。落ち着いてゆく呼気と裏腹に、急に虚ろな心持ちがした。

 他にも兄弟子であり水柱でもある冨岡義勇さんと蕎麦を食べに出掛けたとか、煉獄さんの弟である千寿郎くんの元へ顔を出しに行ったとか、音柱の宇髄天元さんに気に入られてお嫁さんたちの遊山に護衛として雇われたとか━━勿論、これらを任務の合間にこなしているわけで、お前、身が持つの?と心配になるくらい優しくていい男の炭治郎は多忙を極めていた。

 ある夜。任務がなく、夕餉も湯浴みも済んで、あとは寝るだけと横になった寝床の中で、ふと事の真相に気が付いた。

………俺、もしかしてとんでもねぇ薄情者だったんじゃね?)

 擦れ違いの日々に流されていく中で、どうして炭治郎はこうなのか、あの言葉は反故にされたのか、口約束なんて取るに足らないもんなのか、俺には会いたくないのだろうか━━━等と陰鬱に考えていたが唐突に、ぽんと頭へ思い浮かんだのだ。

 今に始まったことじゃない、と。

 俺が独り身の切なさに七転八倒して嘆いていた頃からずっと、炭治郎はこうして多くの絆を大切にしてきたのだ。一人ひとりと真剣に向かい合って、その相手のことを考え、気持ちを汲んで、お互いが心地好く付き合えるよう、じっくり信頼関係を築いていた。怖いだの嫌だのと騒ぐ俺を慰める傍ら、炭治郎は、他にも多くの人たちを助け、労り、信じることで彼らの友となってきた……俺に、そうしてくれたように。自分本位で騒いでいた俺が、そういった炭治郎の本質に気付かなかっただけで。

(参った。優しさの権化って知ってたのに……俺の馬鹿野郎)

 炭治郎の本心を知りもしないで、一方的な想いを募らせて。女の子たちを困らせていた昔から俺は何も変わっちゃいない。自己満足……彼女たちの気持ちなんて微塵も聞こうとしなかった。一緒にいられることで、“俺が”、幸せだったから。それこそ彼女たちには迷惑極まりない行為だったというのに。
 優しい炭治郎が誰かを疎かにする姿なんて想像がつかない。それほど慈愛に満ちた物凄い男なのだ、炭治郎という奴は。

 布団の奥に籠もりながら猛省する。

(俺は炭治郎と約束したのに、アイツのことをきちんと思い遣れていなかった。これじゃあ前と同じ過ちを繰り返すだけだ。変わりたい。ちゃんとした人間になりたい炭治郎に期待してもらえるような、そういう自分に、俺はなりたい……

 だったら俺は、俺にできることは、炭治郎の邪魔をしないように、彼の手助けをしてやることなんじゃないか?うん、それがいい。考えてみたら俺は炭治郎の約束相手なんだから、炭治郎を助けるのは当たり前なことだ。許されてる。ちっとも不自然じゃない。これからは炭治郎の役に立てるよう、頑張ろう。
      
 そう決意してみると、久しぶりに胸がすくような気分を味わえた。会えない、話せない、姿を見ることも叶わない日が続いて滅入っていたけれど、それら全てが炭治郎のために必要なことだったと思えば、少しも寂しくなんてない。逆に俺は凄く役に立ってる。俺に割かなかった分、炭治郎を必要とする他の誰かのためになるんだもの。炭治郎にとっても絆を深めるのは大切なことだ。いいことをした。とてもいいことだ。

 俺は薄情者の汚名を返上するぜ!



 鬼狩りに集中すると、月日は光陰の如く過ぎ去った。いつしか俺は任務に怯えることがなくなった。無傷で帰還する頻度が高いので、蝶屋敷の男手として頼られるようにもなっている。耳の良さも斥候や潜伏任務などで重宝され、柱たちの同行任務に散々引っ張り回された。僅かな空き時間は他の隊士との訓練や、隠の人たちとの交流、身辺の雑務などに追われてまとまった休みを取ることがない。つまりどういう状況かというと、炭治郎どころか伊之助や玄弥、カナヲちゃんたちとも碌に顔を合わせることがない日々を、常日頃として過ごしているというわけだった。

(なんでだろうな、ちっとも悲しくないんだよなぁ)

 立ち寄った茶店の磯辺餅を頬張る。醤油の焼ける香ばしい匂いに、ふわと鼻を抜ける潮の風味。うまい。当たりだ。長蛇に並んだ甲斐があった。蝶屋敷に近ければ土産にできたが、随分遠くまで派遣されてしまったし、固くなってしまうと味が落ちる。残念だなぁと思いながら、日持ちのする干菓子でもいいかと立ち並ぶ店先を物色し始めた。

━━━藤の家紋の家で、先日訪れた優しい隊士の話を聞く。妻に先立たれ気落ちしていた祖父に寄り添い、遅くまで共に送り酒を交わしてくれました、とか。
━━━隠たちの噂で四角四面な剣士とその刀鍛冶の小競り合いを知る。半日も追いかけっこをして、最後はみたらし団子を三十本で刀の砥を引き受けさせたらしい、とか。
━━━恋柱の甘露寺蜜璃さんからキャアと叫ばれとっ捕まったこともあった。炭治郎くんの恋人って善逸くんなんですって?素敵ね!キュンとしちゃうわ甘酸っぱいわ〜、などなどなど。

(おっかしいよな、俺たちもう随分会ってないのに)

 賑わう通りに相応しく、華やかな菓子司が軒を連ねている。食べ終えた串を皿に戻し、店主にご馳走さまと一声掛けて席を立つ。金平糖なんか良いかもしれない。可愛らしい色、面白い形だし、うっとりするほど甘くて美味しいもの。

 俺たちは恋仲ではない、なんて、つまらない現実を伝えて夢を壊すことはしなかった。夢みることは楽しいし、俺たちの噂で面白おかしく愉しんでもらえるなら悪くない。わざゝ否定する方が烏滸がましくて痛々しいし。炭治郎も悪意のない噂話に一々腹を立てたりはしないだろう。
 ただ、何処の誰かは知らんけど、益体もない風聞を流し続けるのは自重してほしいとも思う。蛇柱の伊黒小芭内さんと蜜璃さんのように、実のある仲を冷やかすならまだしも、炭治郎と俺には何もない。ただ炭治郎の余りある優しさが、俺を含めた世の中全部に天雨のように降り注いでいるだけのこと。
 俺は、いわば仲介だ。炭治郎を待ってる人たちの元へ滞りなく彼を送り出している橋渡し。そう思って、ふと気持ちが和らいだ。今日も炭治郎を無事、みんなの元へ送り出せて良かったな〜、明日も元気な炭治郎をよろしくねぇ、なーんて、ね。

「━━━善逸!」
「は?!な……た、え?なんでこんなとこにいるの!?」

 任務明けの疲れにぼんやり浸りつつ、大切な人の無病息災を願っていたら、その当人が目の前に突然現れた。此処は蝶屋敷からだいぶ離れた都会のど真ん中。付近に他の隊士が派遣されたという情報はないし、鬼は既に俺が片付けている。他に悪い噂もない町なので、偶には羽を伸ばそうと帰還の先送りを嘆願しようか迷っていたところだ。屋敷にはそろゝ炭治郎が帰還する頃合いでもあったし、鉢合わせしたりして気を遣わせないようにと━━

「矢張り街中は苦手だな……人が、多くて」
「だ、大丈夫?!顔色が青通り越して白いよ?!と、とにかく何処かに座って休む!?」
「いや、すぐ……行かないと、任務がまだ、あるから」
「そ、そう?じゃあもう行けよ。此処にいない方がよさそうだよ、お前」
「善逸……でも、」
「街外れまで支えてやるからさ」

 云い募ろうとする炭治郎の背を押す。任務があるのに、苦手な都会まで足をのばして、何をしたかったのだろう?真逆……俺を探してくれた、とか?いや……そんな……偶々じゃないの?だって、こんなに久し振りなのに……でも、そうかもしれないと、思わせる。お前はとても優しくて。優しさで己を擦り減らすのが凄く得意な男だから。

「忙しいのか、善逸?お前もまだ任務があるのか?」
「いや、俺は終わったとこ」
「そうか!なら少しは話せるな。よかった」
「何?話って。今聞くけど」
「え……いや、それは……立ち話ではちょっと、」
「勿体ぶるね。俺だっていつまで暇が━━あぁほら、」

 雀が肩に舞い降り、何事か囀る。それだけで俺は次の任務が来たと知る。でも炭治郎には、俺には分からないチュン太郎の言葉が明瞭に理解できるらしい。そんな、とか、どうしても?とか、やり取りを交わしている姿を見るにつけ感じる羨望は、彼らの内どちらへ向かう思いなのか……狭量な俺は、いっそ二人共を妬んでいるのかもしれないが。

「ムゥ分かった。仕方ない……そうだ、手紙を書くよ」
「は?手紙?要らんよ!そんなの、」
「いらない……?」

 いつだか山ほど文を書いていた炭治郎を思い出し慄く。今になって急に送る相手が減るわけでもなし、寧ろ増えてる可能性が高すぎる。俺なんかに送るより、その分他の奴に早めに書いてやれよ。そのほうが喜ぶから。文通相手も、俺もね。
 炭治郎は不可解な表情で首を傾げている。説明が必要だろうか?時折炭治郎は物凄く鈍感だったりするしな。

「お前、いっぱい手紙書いてるの、知ってるからさ。俺には偶に思い出した時、伝言するくらいでいいよ。鴉伝手でさ、いつかは届くでしょ。俺、いつでもいいから」
「いつ、でも……
「そうだよ。いつでもいいんだ。もっと大切な人へ先に送ってあげてよ。師匠とか、世話になった人とか、友達とかさ。そういえば、伊之助の代筆でひささんにも送ってるんだって?大変すぎるだろ。今度からそれは俺が代筆するから━━」
「なんでだ?」
「え、」

顔色が戻って来ていた炭治郎が、今度は興奮から息を乱し始めた。額に青筋が浮いて、みるゝ音が硬質なものへと変化する。不味い、何か、炭治郎の逆鱗に触れてしまったらしい。

「なんで伊之助なんだ?此処にいるのは俺だぞ。竈門炭治郎だ。分からないのか、善逸、俺が何者なのか?」
「いえ!はい!分かります!竈門炭治郎さんです!!」
「さっ、名前……………

 酷い不協和音をさせ、炭治郎は立ち止まった。いきなりの憤激や不調和の原因が掴めない俺はオロゝとするばかりだ。名前が何だ?ちゃんと呼んだよな?どうしたっていうんだ?

「ちゃんと、話したい……話したいことがあるんだ……善逸、」

 ━━不意に。炭治郎の深く腹の裡に籠もる声で、閃いた。あの夜と同じように。独り布団に包まってしみじみと自身の不誠実を悔いていたあの時、俺は、炭治郎のために役立とうと、その為にもっと頑張ろうと決意した。だから会えなくても話せなくても頑張って来たし、炭治郎が俺を認めてくれると信じられた。だけど今。あぁ今まさに、答えが出てしまったんじゃないか?俺のやってきたことは、俺の努力、粉骨砕身は、やっぱり、ちっとも……為にならなかったんだ、って。

 音がする。地鳴りのように渦巻いて崩れる音。

 そっか。そうだったの。遂にこの日が。あぁ。そう。うん。覚悟はしてたんだよ、本当はさ。ね。だって俺だもの。頑張ってもできない………どうしても、どうやっても。そういうことってあるんだよな。知ってるから、大丈夫。なんだか逃げてたみたいになって悪かったけど、いつかは向かい合わなきゃならないって、ちゃんと分かってたからさぁ……うん。ごめんな。だから、そんなに思い詰めて、憤って、悲しい音をさせるなよ。気の毒な奴。俺のせいで、時間とか、気持ちとか、色々と擦り減らしちゃったんだな。優しい男だから、お前は。なるべく気を付けたつもりだけど、俺の努力、足りなかったんだねぇ。お前は物凄く沢山の人に必要とされる人間で、俺の頑張りなんかじゃ到底追っつかなかったんだ。

 音が。まるで乱れて落ちる神鳴りのように。

 ごめんな、そんなに苦しませちゃって。だめだな。俺はだめだ。幸せにしてるつもりで、俺も嬉しかったのに、また、相手の心を無視しちゃってた。多分、本当は聞きたくなかったのかも。お前の本音。信じたいものを信じたかった。会えばすぐ分かる音だったからね。全くどうしようもないよ。

「分かった。お前、いつ任務終わるの?俺、待ってるよ」

 その言葉で気を取り直したらしい炭治郎は俺の手を取り、必ずだぞと何度も念を押してから慌ただしく出立していった。息遣いが聞こえなくなるまで見届ける。安心してよ、もう逃げない。俺もいい加減、腹を括る頃合いだからさ、丁度いい。
 思えば最初から恥を晒し通しの関係だった。なりふり構わぬ求婚に呆れられ、怯えて逃げ腰になった時は般若を見たし、項に鋭い手刀を食らったこともあったっけ。
 含み笑いが溢れる。楽しかったなぁ、あの頃は。今より鬼は怖かったけど、もっと仲間と一緒にいた、炭治郎の近くにいられた気がする……ほろり、久し振りの涙まで零れた。
 どれくらい振りだろう?そういえば、ずっと泣いていなかった。炭治郎が俺に、約束をくれたから……信じられた、から。
 涙を拭う。息を大きく吐いて、腹に気合を入れる。次の鬼狩りへ赴くため、心身を改める。
 炭治郎と最後の約束を果たす。明後日、帰路にある藤の家で会う。ちゃんとしなきゃ。最後くらい、見苦しくないように。


 しかし約束の日その場所へ、炭治郎は、現れなかった。




恋とはどんなものだろう?
如何にしてそう、在るのだろう?
恋の色、恋の味、恋の音、恋の匂い。
愛らしき乙女たちの云うには、なくてはならぬ想い。
綺羅びやかに甘ったるく温かに癒やしてくれる真心。

そんなものを知ったことが今まであっただろうか?
そういう風に感じた時が少しでもあっただろうか?

これまでのことは本当に、恋だったろうか、俺は。



 何か不幸があったのではないか──、そう疑うのは自然な流れだ。あの堅物でこ真面目が、よもや己から云い出した約束を違えるなどという事態は、天変地異が起こっても有り得ない。しかし迂闊なことに俺は、彼が何処へ赴き、誰と同行し、目算どれ程危険な任務なのかを問い質すことをあの日、しておかなかった。炭治郎が逼迫した蒼白な顔で必ずや、と誓わせた時、俺も相応に気が動転していたらしい。不測の事態はいつだって起こり得る。どれだけ経験や徳を積もうと避けられない不運はある。もしかしたら上弦並の強敵と……或いは、宿敵と相見えてしまったのかもしれないではないか?現に炭治郎から鬼の親玉と出会ったことがあると聞いた。二度目がないとは云い切れない。そうであるなら最早約束どころではない。

 俺の勘違いという可能性もあった。単に日時や場所を聞き違えたとか。そこで家人に許しを乞い、数日余分に滞在させてもらった。その間付近の他の宿や飯処を巡り、炭治郎らしき男が姿を見せなかったか聞いて回る。だが、それらしき人物は見ていないという話ばかりで肩透かしだ。チュン太郎に頼んで炭治郎の鎹烏が近くを飛んでいないか探してもらったが、夕刻一羽でそろりと戻ってきたところをみると、どうやらそっちも外れのようだ。

 大概未練がましい俺も七曜後には見切りを付け、家人に事付を預けることもなく、御礼の挨拶のみで藤の家を出た。玄弥やカナヲちゃん、蝶屋敷へ出した文の返事も芳しくなく、伊之助の鴉は知らぬ存ぜぬと鳴き去った。炭治郎の消息は杳として知れない。
 肝の小さな俺は眠れぬ夜が続き、そのこと自体が彼の不在を知らしめて、益々具合を悪くした。約束なんかどうでもいい。俺のことなんか。どうしよう、もし炭治郎に何かあったなら。
 あの日、止めればよかったのか?行くな、危ないからと。いや無理だ。危険を承知で刀を握っている。ましてや目的意識を持って鬼を狩る炭治郎が、その機会を逃すはずはない。俺が云っても。戦うなと全身で憐れに縋っても炭治郎は、足を止めず虎穴へ身を投じるだろう。彼女のために。妹の……禰豆子ちゃんを人へ戻せるならば炭治郎は、どんな危険も厭わない。
 ならば俺が共に行けばよかったのか?矢面に立ち庇うくらいはできたかもしれない。でも……
 俺にも任務があった。炭治郎が助けに行けない所へは、俺が代わりに向かって戦おうと勝手に決めて頑張っていたから。炭治郎は絶対に死ねない。命を賭す機会は限った方がいい。家族を背負う彼よりも親なしの俺はずっと身軽だ。何が起ころうと覚悟はある、とじいちゃんは云った……だから大丈夫。俺ならいい。それに共に戦ったりして俺のせいで炭治郎が怪我でもしたら?一緒にいたら気が散ったり庇ったりすることは十二分にあり得るし、そうなったら目も当てられないじゃないか……熟ゝと、幾ら考えても答えは出ない。

 炭治郎の強さに対する信頼は崇敬に近く、俺より先に、などと、万が一にも考えたことがなかった。大勢に囲まれて、何かあれば救いの手が何処からともなく沢山差し伸べられる、そういう男が炭治郎だった。俺はそんな炭治郎をずっと眺めていることを許されていたはずで、その約束が生きる縁となるほど嬉しかった。最後の覚悟を以て迎えた藤の家でだって、俺が告げるつもりだったのは、今まで付き合わせた詫びと幸せを分けてくれたことへの感謝だ。こんな……こんな風に、わけも分からないうちに、唐突なお仕舞を迎えるつもりではなかった。炭治郎……炭治郎。……俺の、せいか?居なくなってしまったのは。俺がお前と約束したから?お前に何かあったのは……

 俺のせいで。



 任務の隙間に朧な足跡を探る日々は、寝食を削り精神を病ませたが、常に夢現の状態は戦においてのみ、神経を限界まで研ぎ澄ませ秀でた戦果を上げさせた。会う人が悉く身を案じてくるので、自然と他者との接触を避けるようになった。彼らは正しいだろうし、俺はもう駄目なんだろう。皆、炭治郎のことで心配の種が尽きないのだから、余計な不安を煽る必要はない。

 文が多くなった。大方は炭治郎の消息を訊ねた内容の返信で、同期、先輩後輩、隠たち、果ては柱へまでも恥を偲んで出していた。

前略
お前何通手紙出してんだ?
無茶をするなよ
絶対生きてるさ
殺しても死なねぇ兄妹だよ
竈門を信じろ
お前が一番知ってるだろうけどさ
草々

 ははっ、バレてるかぁ。だってさ、じっとしてらんねぇの。少しでも止まったら、考えるのをやめたら、息ができなくなるかもしれない、折れるかもしれない、って……たまらんのよ

拝啓 
竈門炭治郎、竈門禰豆子両名の音沙汰なし
あまり気に病むなよ
頼りがないのは元気な証左というだろう
お前が倒れる方が、あいつらは悲しむぞ
敬具

 よくわかってるなぁ。俺もそう思う。自分のことより人のこと、大事にしたがるからね、あの兄妹は。妹を危険な目に遭わせてたりしたらさぁ……ほんと、許さねぇからな、長男
 
お返事します。
ごめんなさい。
まだ何もわかりません。
しのぶ様も知らないそうです。
分かったらお手紙します。
無理をしないでくださいね。
炭治郎さんも、ねずこさんも、
泣いちゃいます。
かしこ

 わぁ、字が上手になったなぁ。益体もない手紙を何度も書かせてごめんなさいね!だけどね、ちょっとでもね、探したくなっちゃうの、探してるの……なのに。……見つけられない

謹啓
大丈夫?無理をしてない?
炭治郎くんと禰豆子ちゃんのこと
誰よりも心配してるの善逸くんだもの
一生懸命探してるかもしれないけど
お願いだから無茶はやめてね
私も探すお手伝いするから!
二人ともきっと帰ってくるわ
皆でまたパンケェキ、食べようね!
謹言

「パンケェキ」

 こんがり焼き色のついたまあるいケェキ、自家製蜂蜜をたっぷり垂らして、アツアツの内にもふっと食べちゃう、蕩ける甘さ……暖かさ……美味しかった……凄く、すごーく。

 ほた、

 焼くの上手いなってちょっと褒めただけなのに、炭治郎ったら調子に乗って何枚も焼くから、つい食べすぎちゃったっけ。
 うん、また、食べたいなぁ。皆で一緒に……パンケェキ………

 ほた、ほたた、

 文の山に幾つも、幾つも、染みが広がって濡れてゆく。溢れる涙は止めどない。どうしようもない、当て所ない、嗚咽が、溢れて、胸が苦しい。いっそのこと。何もなければ。始めから、仲間なんかいなくて、友達でもなくて、優しい人とも、温かい人たちとも、最初からちっとも知り合ったりしないで、ただ独りで戦えていたら、獪岳のように、強く、孤高で、いられたならば、こんなにも、悲しくて、辛くて、切ない思いなどしなくて済んだのだろうか、楽でいられたのか、分からない、息が苦しい、溺れそうだ、死んじゃう、死んじゃうよ、炭治郎、こんな気持ち、死んでしまう

「おっ……お、……おいしかったぁ………おいしかったよぉ、

 だめなんだ。俺は、だめなやつだから。独りでなんかいられない、本当は。寂しい。構ってほしい。温もりがほしくて、優しくしてほしくて。気付いてほしかった。認めてほしかった。俺を赦して、こんな俺を、大事にしたかった、優しくしたかった、助けたいと願ってた、心から、お前のことを守りたいと。ずっと、ずっと、そう思ってた、俺はずっと初めから、

「たべたいよ、ねぇ………たんじろ、……ぱんけぇき………」 

 探して、捜して、影すら見つからないのに、優しい記憶が次々と、現実から逃げ出したい俺の肢体を掴まえる。諦めるな。諦めるな!誰も彼も云う。無茶をせず信じて、きっと戻るから、迎えてあげて、諦めないで───可笑しなものだ。行方不明の炭治郎より、ここに居る俺の方が心配されてしまって。

 お前がいいやつだったから、皆認めてくれんの。俺のことまで。お前を見習って俺も頑張ったから。皆がそれを知って、分かって、俺のこと、受け入れてくれたの。仲間にしてくれた。俺、凄く嬉しい、ねぇ。じいちゃんに胸を張って、さ?今なら云えるよ、俺、仲間ができたんだって。獪岳にもいつかね、教えてやるんだ、俺が居ること、無駄じゃないって、役に立てるって。お前の、お蔭……ねぇ、炭治郎、ねぇ、ねぇ……

 話したいことがいっぱいある。云いたい事が山ほど。ありがとう、ごめんね、なんでだよ、馬鹿野郎、嬉しいよ、お前のお蔭、悲しくて、苦しくて、でも幸せで、辛い、切ない、ねぇ、

………覚悟しろよ、」

 生きている。そう確信している。変わらぬ戦況、帰らぬ鴉、噂一つなくふつりと消えた音沙汰、それらが物語るものは凶兆ではないと感じている。それに俺にはもう一つ、絶対に信じられるものがある───

 ちゃんと受け止めるよ。お前の気持ちを。赤裸々に話してくれて構わんよ。俺を叱って、怒って、ワァゝ泣かせてくれよ。俺はきっと嬉しくて、しがみついてしまうかもしれんけど。

 誰も知らない俺とお前だけの約束───

「一生掛けて、待ち続けてやるからな」




 何年も経ったかのように思えたが、実際は三月後のことだ。炭治郎の鎹烏が傷めた翼に鞭打って隊に消息を齎した。
 曰く、奥山の村で唯一だった谷間の吊り橋が、鬼との交戦中に谷底へ落ち、未だ村に足止めを食っている。
 竈門炭治郎本人は妹竈門禰豆子と共に五体満足健康であるが、新たな橋を掛ける人足として村人たちと共に働いているとのこと。
 連絡の遅れは、不肖私、天王寺松衛門の不徳の致すところで、死角から鬼の一撃なぞ食らわなければ、翼を損なうこともなかったはずで、まこと恥じ入り申し訳なく……云々。
 竈門兄妹無事の吉報はあっという間に末端の俺まで伝わった。より詳細を知れたしのぶさんからの速達には、既知の話に加え、静養に入った鴉が伝えた俺への伝言だ━━という、短い文が添えられていた。

 隊の方針で橋を渡すのに不足していた人手を隠、手空きの隊士から募って現地へ出す、という話に迷わず志願した俺は、今、彼の地へ向け滞りなく順調に進んでいる。一足ゝ、近付いていると思えば、峠の悪路も有り難い道標に見えてくる。息は上がり、気が急いて、足腰は引き攣り、全身疲れ切っていた。しかし、歩みは一向に鈍らない。逸る気持ちが俺を殊更追い立てる。早く、速く、一刻も疾く。胸が熱い。燃えるように熱い。懐に忍ばせた『想い』が俺を、日照かの如く灼く。

 ………あまりに。どうにも短いので何かと思えば。こんな。こんなの。伝言じゃない。炭治郎からの伝言なんかじゃない、これは。鎹烏の勘違いで、全くの別物で。とんだ誤解だ。
 目頭も熱い。頭の芯まで蕩けそうだ。こんなに苦しいなんて。こんなに辛いなんて。知らなかった。知る由もなかった。
 今まで付き合ってきた女の子たちはみんな、優しくて、甘くて、心地好い音を響かせてた。その音は俺に向かってなかったけど、彼女たちの想いは本物で、温かいばかりなんだと信じることが出来たのだ。あれが恋の全てだと。信じてた。信じていられた。多分ずっと───炭治郎、お前を知らなければ。

 顔が熱い。頬が熱い。しのぶさんが『此れ』をどう思いながら筆を取ったのか、少しでも考えると、木の上に登るか、岩陰に隠れるか、いっそのこと穴にでも埋まりたくなってくる。
 鴉、これは、伝言じゃねぇよ、折角覚えてくれたのに悪いけど、勘違いも甚だしい。でも、でも……分かるんだよな。伝言かと間違うくらい、何度も……そんな風にずっと。何度も、何度も、口にした……そういうこと、なんだって。

 遠目に見える谷の向こうに、大勢が集まって此方へ手を振っている。多分あの中に炭治郎も居るだろう。吊り橋は既に中程まで繋がっていて、こちら側からも伸ばしていけば早晩完成するはずだ。チュン太郎が一足先に羽ばたいて飛んでゆく。いいな。俺も飛んでいきたい。お前も鴉みたいに戯言を話すのか?アイツに。まぁ……構わねぇけど。何と云おうと本心だから。

 幾らだめな俺だってね、分かっちゃうんだよな。だってさ、俺も同じなんだもの。そう、ずっと……同じだったんだ、俺たち。知らなかった。間違ってた。ちゃんと知ろうとしなかったんだって漸く気付いた。我慢してたお前も同罪なんだからな?俺たち始めっからやり直さなきゃならないぜ、炭治郎。
 先ずはそうだな、あの独言めいた睦言を、伝言じゃなく、手紙でもなく、此の耳に囁くところから始めてくれよ、


『アイタイナァ ゼンイツ アァ』


 なぁ、俺の 恋しい人よ