NEO
2019-03-20 22:56:03
1174文字
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気随者

第23回炭善版ワンドロ・ワンライ参加作。

・気随者

「初めはほんの香るくらいだったんです。皆そうですけど、」

すこぶる鼻の利く男、竈門炭治郎は、よく匂いの良し悪しで物事を判断する。妹は日だまりの匂いだとか、猪頭は森の草熱れだとか、俺は緩やかな波紋の湖だとか。人の性質も匂いで測っているようだ。
師匠も同じような鼻を持っていたが、炭治郎ほど口数が多くはなかったので、どんな匂いがするのか聞いたことはない。故に、炭治郎の話に興味がないことはない。

「多分、好きすぎるんです、」

出会った頃は柑橘の匂いでした。柚子や金柑や酢橘のように、ちょっぴり酸っぱいような、けれど嗅いでいて爽やかに思える快い匂いで。
寝食や任務を共に重ねる内に密度が変わったんです。距離があっても強烈に香る金木犀や触れる前からとろりと甘い芳醇な蜂蜜、天高く匂い立つ銀杏の芳香、そういった強さが際立ってきたようで━━

この話、長引くだろうか?折角頼んだ蕎麦がのびてしまう。味を落とすと勿体ないので先に自分の笊へ箸をつける。炭治郎が気にした素振りはない。というより俺の動作に気付いていない。

「一緒ならどこだって」

最近は、柔らかな慈しみの匂いなんです。お日様をたっぷり浴びた蒲公英みたいな仄かだけど確かに感じるんです。分かるんです、俺には。優しい匂いで涙ぐみそうになる。その匂いを嗅ぐといつだって気分が高揚して━━

此処の蕎麦は上等だ。炭治郎ほど鼻の利かない俺でも薫り高さが存分に知れる。もしや十割なのでは?つゆも荒節が味を引き締めている。この値段でこの味は贅沢だ。今日の店は当たりだな。

「楽園になるんです。本当に、不思議だけど」

こんな風に匂いの変化を感じることは今までなかったし、彼が特別なのではないかと思うんです。理由は、その、まだはっきりとは説明できる自信がなくて。彼は怒るかもしれない。でもやっぱり黙っているのは気が引けて。彼といて俺ばかり心地好いのが申し訳なくて━━

「諦めて、伝えた方がいいですよね?」

善逸なら答えを導いてくれるかも知れない━━

食後の茶を美味しく啜りながらも一枚では物足りなく感じる。この蕎麦屋は贔屓にしよう、と心の内で勝手に決めて、炭治郎に向き直る。

「欠点があるとするなら」
「は、はい」
「それは惚気だろうな」

既に炭治郎は耳まで赤い。もそゝとのびきった蕎麦を食み始めながら、俺の耳に届くか届かないかくらいの小声で弟弟子は云った。

「今日は俺にお勘定させてください

ならばと遠慮なく鮭大根を追加する。萎縮する炭治郎の横で、この店は好物をどう料理するだろうと心踊らせる冨岡義勇なのだった。



【欠点があるとするならそれは】
【一緒ならどこだって楽園になる】
【好きすぎるんです、諦めて】
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