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「えええーッ なんだ
…こ、この
……小さな可愛らしい、ぜんいつは
……!?!」
あれから三年後。無事高校を卒業した俺は、すぐ下の弟妹、禰豆子と竹雄に実家のパン屋を任せ、都会の老舗ベーカリーへ修業に来ていた。ここで父から教わりきれなかったパン屋の本格的な経営術を学び、数年後には実家へ戻って家業を担ってゆくつもりだ━━というのはまぁ、建前で。修業なんて地元のパン屋でも十分できる。本当は、都会の大学へ進学した善逸の帰りを待ちきれず、あとを追いかけてきたのだった。
「嘘ぉ?!たんじろだよ!たんじろにそっくりじゃないの目元とか!!額の痣もあるし!!」
今、俺たちは善逸の大学に近いアパートを二人で借り、共に暮らしている。実際は善逸が元々一人で借りていた部屋に俺が転がり込んだ形だが、部屋は案外広く、二人で暮らしてもさほど不自由を感じない。不思議に思っていたところ、俺が来るのを見越して予め広めのを借りていたのだ、と善逸が白状した。俺はとても嬉しくて、勢いで抱き付いて善逸を大層困らせてしまったが、一年近く離れていたのを我慢したのだからこのくらいは許してほしい。それに早く慣れてくれなくては。俺が、お前の恋人だということに。
「どちらにも似ているはずだ。俺たちの子だから」
たんじろの腕の中から床に下ろされ、ぽて、ぽて、とぎこちなく足を踏み出す、ちっちゃなちっちゃなお人
……たんじろやぜんいつよりもっともっと小さくて、黄味がかった黒髪をふわゝ揺らしながら危なっかしく歩いている。下がり眉がぜんいつにそっくりで、でもぜんいつよりふくよかな頬は丸く赤みを帯びている。手足が針のように細いぞ
…ああっ、今にも転びそうだ
…きゃあゝあげる声の、なんとも楽しげな調子といったら!くぅ、堪らない、なんて可愛らしいんだ。
あまりの愛らしさに善逸と俺は、ほぼ同時に感嘆の溜め息を溢していた。
「ごめんな
…炭治郎。本当のこと、云えなくて」
隣に立っていた伴侶に促され、ぜんいつは申し訳なさそうに頭を垂れた。話し辛いのか、束の間唇を引き絞っていたが、たんじろが優しく励ますと、再び面を上げて俺たちを見た。
「あたい
…本当はね、お前に出会った時、嵐に飛ばされてきたわけじゃなかったの。勿論、嵐で困ってたのは本当だったんだけど、風に飛ばされたわけじゃなくてね
……逃げて来たんだよ」
記憶が三年前の夏に飛ぶ。道端に倒れ意識を失っていたぜんいつ。あの時、確かに不審に思っていた
……ぜんいつの怪我が、やけに多いことに。
「あたいたちの長のじいちゃんは仲間から尊敬されててね、実力もあって、めちゃくちゃ凄い人だった。あたいは何故かじいちゃんに見出だされ長の弟子として一生懸命学んでた
…でも、ほら、あたい、出来が悪いからさ。周りの仲間があたいに教えるじいちゃんの苦労が無駄だって
…思ってて
…それで、あたいのこと、いっぱい殴ったり蹴ったりしてね
…あたい、い、痛くて
…怖くて
…悲しくて。だから
……逃げ出しちゃった
……何もかも嫌になって、着の身着の侭で飛び出して、嵐でいつ死んでもおかしくなかった
……もう、あたいなんか死んでもいいやって
……思ってたの」
ぜんいつが、目を閉じて苦しげに吐き出す言葉を一言も漏らすまいと耳を澄ます。たんじろも、善逸も口を挟まない。これは、俺とぜんいつの通らねばならぬ儀式なのだと分かった。
「でも、お前に助けられてさ。拾った命で、男に成り済ますことを思い付いたの
……あの時の、お前の優しさが嬉しかったから
……生まれ変わりたい
……ちゃんとした人間になりたいって。本当のあたいじゃ、炭治郎にも嫌われるかもしれないし
……強くなりたかったから、あたいは本当の自分を捨てたんだ。そうしたら、炭治郎ったら、あたいの嘘をばか正直に頭から信じてくれちゃったよね
……あたい、だんゝ心が重くなって、苦しくなったよ
……炭治郎のこと、女として好きになっちゃったから」
つと指先が触れ、手を繋がれる。見なくても分かる。隣で話を聞いている善逸の手だ。温かい。俺をそうっと包み込む。優しい手。俺を励ますような。
当時、俺はぜんいつのことを初めから好意的に捉えていたけれど、彼がどんなことを考えているかまでは思い至らなかった。『小さなお人』を守りたい、という自分の気持ちを考えることに精一杯で。
「それなのに炭治郎が見て、話して、仲良くなったのは男の『ぜんいつ』で、女のあたいじゃないんだーって
……」
ぜんいつの
……『彼女』の気持ちまでは、分からなかったのだ。
「あんまり寂しくって、自業自得なのに、炭治郎のばかーって思ったよ。あたいは炭治郎の側に居たいのに、たんじろについていけとか云うし
…あたいのこと邪魔になったの?絶対居座ってやるんだからっ!!なんて思ったりもしたんだよ。けどね、覚えてるかな?ほら、あの夜。お前がお花模様の着物持ってきて、あたいに女物でごめんと謝ったでしょ?あたいさ、本当はあれ、凄く嬉しかった。あんなに可愛い着物、見たことなかったもの。お前が寝てからこっそり着て、あんまり嬉しくて、一人で踊って楽しんでたの。でもふと気付いちゃったんだよね、」
ぜんいつが顔を上げた。瞳に俺の姿が映る。
「このまま『ぜんいつ』でいたら、お前に本当のあたいは知ってもらえないんだーって
……急に冷めちゃったんだよ。やっぱりあたいは可愛いものが好きだし、綺麗なものが好きだし、そういうの隠して生きてくの無理だなって。それで、もう炭治郎に話さなきゃって。全部話して嫌われても、嘘ついたのあたいだし、仕方ないんだって
……諦めてね。本当のあたいを知ってもらえればそれでいいやって
……どうせもう他に行くとこもないし、待ってる人もいないし、追い出されて死んじゃってもしょうがないなって
……」
アアアア、と幼子が泣き出す。おとなしく歩き回っていたと思ったら、不意に座り込んで大泣きし出した。大人の話に飽きて、疲れてしまったのかもしれない。ビクと肩を震わせ駆け寄ろうとするぜんいつを制し、たんじろが抱き上げにゆく。泣きじゃくる背中を擦りあやしていると、憤る声は次第に止み、暴れていた手足の動きもほどなく小さくなっていった。
「
……たんじろが。あたいに云ってくれたの
……『左足に気を付けて』って
……あたいを受け止めてくれた時にね、『君の足は俺と違って、とても繊細だと思うから』って
……それで、あぁこの人あたいのこと女だって気付いてたんだって分かって
……凄く恥ずかしかったな
……つまらない悪戯を見透かされたみたいで。でも、何も云わないでくれたでしょ?炭治郎や善逸さんに隠したままでいてくれて
……あたい
……あたい、この人を信じたいって、思った
……」
『彼女』が、幼子を抱くたんじろに寄り添っていく。そっと側に立って、愛しげに二人を見つめる。良人と、その人との大切な我が子を。
「あたいの本当の名前は『よしこ』っていうの。たんじろのお蔭で、本当の自分に戻れた。あたい、今、凄く幸せなんだ。炭治郎、あの日、お前に逢えてよかった。あたいを助けてくれてありがとう
……あたい、生きててよかった
……」
ぽうっと鬼灯のように頬を染め、たんじろの肩に頭を預けるぜんいつ
……いや、よしこは、あの時に出逢えたのだ━━俺と同じように。
繋がれた手を握り返す。俺の肩にもそっと乗ってくる重みに、幸いを抱く。幼子がすやゝと寝息をたて始め、俺たちは密やかに微笑み合った。
あの日、あの時まで、こんな出会いがあるなんて、俺たちの誰一人として思ってもみなかった。世の中は俺たちが思っている以上に、素晴らしく優しい不思議に、満ち溢れているのだった。
了
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此方が大元▼小さなお人、ぜんいつのお話
http://privatter.net/p/3701554
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