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NEO
2018-05-13 18:50:20
2486文字
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偽りの十七
善逸がいない。不思議な噂。怪我で暇を持て余す炭治郎。炭善になるまで頑張ります。
【偽りの十七】
我妻善逸が 恋の怪に 魅入られた
…
冬の寒さも大分緩み、匂い立つ紅梅の柔らかに綻ぶ頃。それでも早朝はまだ吐く息が白く、凍みるような井戸水を汲んで顔を洗えば、きゅっと身が引き締まる。四肢の具合をゆっくり確かめ、包帯の上から恐るゝ腹を撫でてみると、昨日までの軋む痛みは引いている。回復の呼吸が効いた。それと蝶屋敷での的確な治療も。
炭治郎は、ほっと息をついた。
縫合が済み、痛み止めを服用した昨夜はよく眠れたので、今朝は先ずゝ健やかな起床だった。任務から帰還したのは一昨日だが、縫った傷がくっつくまでの蟄居療養を鴉に厳命されている。命じた鴉は早々に飛び立ち恐らくは完治まで戻ってこないだろう。動けない俺の側にいても暇を持て余すだけなのは知れている。
本当に、休むだけなんて気が急いて仕方ない。疲労回復してしまったから、つい鍛練なぞに励んでしまう。動き回っているところを誰かに見つかると不味いので、人目を避けてこっそりと、だが。
そんな中、仄かに漂って来たのが真しやかな噂話で、聞き拾い集めた単語をそれらしく並べると前述のような文になる
……
という具合だった。
(恋の怪とは、なんだろう?)
俺が任務に出ている間に、何か変わったことがあったのだろうか。
そういえば、善逸の姿をまだ見掛けていない。伊之助は俺と入れ代わりで任務へ出掛けるというので激励を送ったら、ホワッとさせるんじゃねー炭太郎!などと叫んでいたから、もう少しで名前を覚えてくれそうで嬉しかった。カナヲは既に任務でいなかったが、きよちゃんが伝言を伝えてくれたので元気だと分かった。俺が治るまでに戻って来なかったら、俺からも「ありがとう、頑張ってくれ」と伝えるよう頼んでおくつもりだ。玄弥は昨夜帰還したらしく、医務室ですれ違い様に挨拶したが無視された。大きな怪我はなさそうだったから、俺のように長期静養とはならないだろう。それにしても善逸は。
(任務に出ているとも聞かないのに、何処で、何をしているのだろう?)
そもゝ匂いがしない。噂は聞くが気配がないので蝶屋敷にいるわけでもないらしい。アオイさんに聞いても「知りません、あんな人」と鰾膠もない。ならば噂の元を辿ろうかと隠の人たちに尋ねてみても、妙な風に言葉を濁され、捗々しい返答は得られなかった。どうも、俺は何か遠慮されているらしい。
善逸と仲間だと知られているから、そんな人物の前で噂は話し辛いのだろうか。しかし恋の怪とやらが鬼の仕業であったなら気兼ねしている場合ではない。善逸に惚れっぽい一面があるのは周知の事実、血鬼術の類いであれば今この時にも窮地に陥っているかも━━
散策するくらいならいいですよ、と蝶屋敷宗主から得た許可を弾みに、炭治郎は街へ出掛けることにした。
まだ日は高いし、それほど遠くへ行くわけでもないので、箱の中でぐっすり眠る禰豆子を留守居に、独り支度を整える。街へ出るのは久々だ。目的は勿論、善逸の行方を探すこと。困っていたら助けてやらなくては。
(どちらかというと助けが要るのは、善逸が迷惑を掛けている相手、という気がするな
………
)
出会った頃、切羽詰まった友の行動を思い出し、噂の端々にも思いを馳せながら、炭治郎は軽くため息をついた。
◆
屋敷から徒歩で小半時ほど。街は昼時で活気があり、定食屋や小料理屋や屋台など、食事処が特に多くの人で賑わっていた。仕事の合間に休憩する人には、ライスカレーやビフテキ、ポークカツレツなど、しっかり腹にたまるものが好まれる。温めた牛乳が飲めるミルクホールでは、専ら学生たちが屯している。善逸に連れられ付き合いで入ったカフェーで初めて食べたオムレツライス
……
あの感動は忘れられない。柔らかな玉子焼きに、赤茄子で炒めたご飯がふんわり包まれていて、初めは極彩色に目を見張ったが、一度口にすれば甘味と塩加減が絶妙で、思わず禰豆子に食べさせてやりたいと思うほど美味しかった。
誘われて味わった新しい料理の数々を思い出しながら、一軒ゝ覗いて巡る。黄色い頭が見えやしないかと、ごった返す店内に目を凝らす。善逸には食い道楽の気がある。この辺りで人気の食堂にも、何度か通っていたはずだ。
(あとは
…
そうだな、甘いもの
……
)
行きつけのカフェーにその姿はなかった。ならば時間的に少し早いが、既に昼餉を済ませて何処ぞの甘味処で女給さんにでも絡んでいるのか。腹も目も心も満たされるという言い分で、善逸は足繁く街遊びに出掛けている。此処でなら見つかりそうな気がしたのは、元々そういう事情があったからだった。
「いらっしゃいませ。御一人様ですか?」
「! いえ、すみません、その
…
」
店内を覗いていたせいか、女給に客と間違われて声を掛けられてしまった。慌てて否定すると、彼女は早とちりでしたね、などと朗らかに笑う。ひらゝと軽やかに揺れる白い前掛けが着物の紅色に映え、きっちり結い上げた髪と穏やかな口調が誠実さを感じさせる。清らかな匂い。全うな職業婦人だ。思いきって人探し中だと明かせば、そういうことなら裏通りのバーを探してごらんなさい、と教えてくれた。ただ
……
、と彼女は密やかに声を落とす。
「貴方、恋人はいらっしゃる?」
「は
………
?」
真剣な表情で囁かれた思わぬ問いに面食らい、言葉を失う。こい
……
こいびと
……
恋人?
「あら、ごめんなさい。突然こんなこと聞かれたら驚かれますわね。答えなくてもいいんです。恋人がいらっしゃるなら大丈夫ですから」
「
……
あの、いないと不味いですか?」
「さぁ
……
多分、お慕いする方がいらっしゃれば、平気だと思います。妻でなくとも、許嫁や、将来を約束した方や、愛しい相手であれば」
「
……
妹なら、いますけど
……
」
「うーん、そうねぇ
…
いいのかしら?ともかく、用心するに越したことはありませんので」
その店は『恋に憑かれた者たち』の巣窟なのだ━━━と。女給は身を守るように両腕を擦り、誰ともなしに聞かれるのを怖れ、小さな声で話してくれたのだった。
続く/20180527更新
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