NEO
2017-11-23 01:54:33
4358文字
Public
 

縒り人

大正Ωバース炭善。

縒り人【よりびと】
~縒り糸のように儚い絆で繋がれた人々。造語。~

さく、さく、さく。帰路に就く足取りが軽い。今日は一日暖かな日和に恵まれて、思ったより薪拾いが捗った。早めに帰れそうなのでいつもと違う道へ入ったら、其処で熟れた山葡萄と山栗が採れた。彼は甘いものが好物だからきっと大喜びするだろう━━その様を思い描いて思わず笑みがこぼれてしまった。山では中々旨いものを食わせてやれないし、また暫く我慢させるだろうから、稀にこんな褒美もあるのだと知ってほしい。山への苦手意識を僅かでも減らして貰えたら重畳。この山については俺もまだ知らないことが多い。いつか皆を呼ぶまでに、もう幾らか自分らの住み処に詳しくなっておかなければと思う。
傾きかけた陽が足元に濃い影を落とし始める。少しだけ歩を急がせた。日暮れまで十分間に合う距離だが、早いに越したことはない。何しろ彼は山に慣れていないのだ。雀がいてくれたとしても、矢張り家に一人は心細かろう。
今夜の夕餉は何だろうな。麦飯と、漬物と、山の芋を甘く煮転がしたものだろうか。金平牛蒡はまだ教えていなかったっけ……木の根と間違えて棄ててしまっていなければいいが。
(幸せだな)
またこんな風に感じる日が来るとは思えなかった……あの頃は。皆いなくなって、禰豆子も鬼になってしまって、俺には戦うことしかできなかったのに、それすら弱くて儘ならなくて……でも、冨岡さんに出会って。鱗滝さんの元で錆兎や真菰と修行して、鋼鐵塚さんや珠世さんや愈史郎さんや……色んな人に助けられて、守られて。俺は、今も生きている。煉獄さん━━貴方の教えがあったから俺は、心の火を燃やしていられた。修行を積んで、ヒノカミ神楽を使い、鬼と戦って、禰豆子を助けてやることができた。貴方のように、今も、これからも、人々を救っていきます。俺も、彼も━━力を合わせて。
目の端に懐かしい我が家の屋根を捉える。自然、思考が中断し、足が勝手に駆け出した。もうすぐだ。帰れる。家へ。俺の家。俺たちの。
「ただいま!」
我が家は、小さな平屋の一軒家だ。昔、家族で暮らした頃よりも狭いが、物が少なく家人も二人きりなのでやけに広く感じる。久々の帰宅で家の片付けと布団干し、夕餉の支度は彼の番だった。水汲みを終えて薪拾いに出る俺の背中を、美味しいご飯作っとくから早く帰ってね!と、彼は意気込んで送り出した、はず、だったが……
「善逸~~?」
物音がしない。人の気配はするし、善逸の匂いであることも確かだが、声が聞こえてこない。どこにいるのだろう?隠れるような場所はそれほどない。況してや俺の声が届かないはずないのに。
裏手に回り、荒れた侘しい畑を見渡すが人影はない。もっと頻繁に帰って来れたなら、菜っ葉や豆のひとつふたつ育てるのだが、俺たちは互いに任務続きで家に帰れる日が少ない。唐芋や南瓜なら善逸も好むだろうに……その内、誰か留守の家を世話してくれるよう人を頼もうか。今の給金なら難しい話ではない。
奥へ進み、物置小屋を覗いてみるが相変わらず使い古した雑多な道具が押し込まれているだけだ。鎌や、鍬なら研げば何とかなるだろうが、腐って柄の折れた箒なんかは焚き付けにするしかないだろう。それより暇を見て、小屋ごと建て直すのが先だろうか。鶏を飼うのも良いな。もう少し腰を落ち着けることができたらなぁ。
裏からぐるりと一周し、庭へ出る。此方も手入れが行き届かないので庭木の間に雀の帷子や仏の座が勢力を増している。空の洗濯竿を見るからに布団は片付けられているようでほっと息をつく。今時分、干しっぱなしだと冷えてしまうし、都会育ちの善逸を冷たい布団で眠らせるのは心配だ……と、そこまで考えたところで当人を見つける。彼は、縁側に取り込んだ布団の上で、すよゝと気持ち良さそうに眠りこけていた。
「善逸」
呆れ半分、安堵半分で名を呼ぶ。目覚めない彼の、お日様を吸い込んだような髪が、きらゝと夕陽を照り返して眩しい。穏やかな幸の匂い。
……風邪を引くぞ」
ムニゝと何ぞか呟いてふにゃりと微笑む寝顔に堪らず頬を撫でる。何だかんだ云いながらもついてきてくれた……どんなに感謝しているか知れない。とても幸せだ。この幸せをお前に少しづつ返してやりたいと思う。長く、時をかけてゆっくりと……共に、生きていきたいと願ってる。
それを伝えたい相手は暫く目覚めそうになかった。
長期任務の疲れが出たのだろうか。俺と二人の任務だったから、なるべく無理をしないよう互いに気を配ったつもりだったが、そういえば、最近の善逸は隙あらば直ぐに寝入ってしまっていた。元々戦う時にも眠るような男だったからあまり気にしなかったが……幾ら何でも眠りすぎではないか?先刻話した時は起きていたし、あれからまだ数刻しか経っていない。それなのに、触れても呼んでも気付かないほど熟睡してしまうとは。
(もしや、何かの病だろうか……)
生き物は、弱ると眠りで回復を図る。鬼だった禰豆子も人を食らう代わりに眠って体力を維持していた。こんなに眠る善逸も、どこか蝕まれているのかもしれない。もし、そうなら、今すぐにでもお医者様に診て貰わなければ━━
しかし、病の匂いはしなかった。この鼻は、病もある程度嗅ぎ分ける。善逸から芳しい幸の匂いは感じても、暗澹たる病の気が臭うことはない。本当にただ眠りたいだけなのかもしれない。でも俺は珠世さんやしのぶさんのように医学に詳しいわけではないし、上弦の鬼による術のように嗅ぎ取れないものもある……そう考えると唐突に不安が押し寄せた。確か、俺たちは一月ほど休養を許されている。遊山だと街に連れ出すのに、長期休暇は好都合だ。
畳に床を設え、眠る善逸をそっと運び横たわらせる。脱いだ羽織を被せ、もう一度頬に触れて安眠を確かめると、夕餉の支度に取り掛かった。
土間に薪を積み、竈に火種を入れる。出掛ける前に米を浸けておいたから後は炊くだけだ。火の具合を見ながら、牛蒡を笹掻き、山の芋を乱切り、山栗は囲炉裏で塩茹でにしておく。鉄鍋にそれらを混ぜて味噌と醤油を少々合わせ、再び火に掛けてくつゝと煮立てた。飯が炊けて蒸らす間、山葡萄を洗って皿に盛る。漬け物を切り出したところで善逸が、腹を擦りつつ起き出してきた。
「ごめん、炭治郎。俺、寝ちゃってた……
「そうらしいな。丁度いい、飯にしよう」
「あーいい匂い!お腹減った~」
「よそってくれ」
ん、と軽快に返事をした善逸が椀を洗って飯と汁を膳に並べる。その横に俺が一菜と果物を置く。整った食膳の前で二人で静かに手を合わせた。今日も一日無事過ごせた。生きている喜びと、命を頂く感謝。共に居られる幸せ。この幸せがどうか、一日でも長く、続きますように。
案の定、善逸は山の幸に目を輝かせた。次は共に平茸でも探しに行こうか。山を歩くのは存外楽しいと思うぞ、と誘えば、口をいっぱいにしたまま笑顔で頷いてくれる。善逸は本当に美味しそうに食べる。見ている此方まで気分が良い……自分まで微笑んでいて、豊かな心持ちになってくる。俺は。本当は。ずっとこうして暮らしたかった。家族皆で、貧しくても構わないから、確かな幸せを暖かく感じながら、ずっと、暮らしていきたかった……
「頼みがあるんだ」
口をついて出たのは、本心からの切望で。傲慢だと分かっていても阻むことは出来なかった。
「一度、医者に診て貰おう」
突飛な提案に目を丸くした善逸に、不安を隠さず吐露した。何でもないなら、そうと知るだけで価値がある。もし、何かあるのなら。必ず治療法を見つけてみせる━━その、覚悟を決めたいから。
善逸は咀嚼しながら聞いていたけれど、いつしか箸を置き、食べるのをやめ黙って俯いていた。匂いが変わる。その手が震えている。もしかして……何か……ある、の、だろうか。そんな。自覚症状が出るほどに、手遅れなのか?それは。どうして、気付けなかったのか。なぜ黙っていた?そんなの決まっている。俺に、心配を掛けないようにだ━━
「善逸、まさか」
「俺はね、決めたの」
善逸の言葉が強く、響く。何者をも寄せ付けない決意の匂い。この、俺さえも。
「お前が何て云ったって俺はね、諦めんよ。任務が疎かになるだろうし、もしかしたら除隊にされるかも知れんし、禰豆子ちゃんや伊之助にも迷惑掛けて、お前にも……お前にも愛想を尽かされて、き、嫌われるかも、知れんけど……でも、絶対に、絶対に、諦めねぇから、俺は!」
……だろう?この、強く、激しく、立ち向かうような決意は?どうして俺を撥ね付ける?末永く健やかに生きてほしいと、俺に願われることが、そんなに嫌なのか?俺たちは同じ想いを抱いていると信じたのは間違いだったのか?俺はただお前と、一緒に、生きていきたくて……
善逸は不意に顔を上げると、その強い瞳で真っ直ぐ俺を見据えた。燃えるような炎の揺らぎ。彼の言葉は淀みなく、はっきりと、告げた。
「産むよ、俺。お前の子だもの」
善逸は決死の覚悟で話してくれた。新たな命を宿した身体は負担が大きくて、疲れやすく、気だるく、眠りが多くなってしまうこと。食欲に緩急があり、山葡萄の酸味が身に染みて美味に感じたこと。任務が辛くなってきたので、除名を覚悟で休暇願いを出そうと考えていること。もし、俺が、認知しなくても産むと。俺と別れる結果になっても、独りでも、立派に育てるつもりだ、と、善逸は、泣くことなく、喚きもせず、淡々と静かに明かしてくれた。それだというのに俺は━━もう、頭が真っ白になってしまって。一言も発することができずにいる腑甲斐無い俺に、善逸は、少し笑っていたようだった。
「ありがとな、炭治郎……俺に、家族をくれて」
カチリ、組み木が嵌まる。善逸の果てしなく優しい匂いの在処に、怒濤の如く全てを理解した。俺は。俺は……善逸、お前が。
「いやだ」
強張る善逸の身を引き寄せ、羽交い締めにする。苦しくないように加減して、けれど決して、離すつもりはない━━ずっと、もうずっとそう、伝えていたろう?俺を置いていかないでくれ。
「申し訳ないが……俺も貰ってくれ、善逸」
驚くお前の表情が、瞬く間にぐしゃりと歪み、いつもの泣き顔になってゆく。そんなに泣いて、腹の子に障らないのか?お前の方がよく知っているのかもしれないが、俺だって稚児を育てるのは得意だぞ。だから、何処にも行かないで。
「いいよ……娶ってあげる」
ふわゝと浮わついた頭で甘やかな口付けを交わす。先に幾多の困難が待ち受けていようとも今はただ、腕に抱いた二人分の命が愛しくて━━俺は、この世に在る幸せを存分に噛み締めていた。