shirajira
2024-10-26 21:05:26
4852文字
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手繰った先にお前がいるなら

2024.10.26ビマヨダワンドロにて。お題「運命」と「筋肉」でハンドマッサージしながらいちゃいちゃしてるだけの話

 生前、筋肉というのは特に何もしなくとも、普通にしていれば勝手につくものだった。他の兄弟たちより筋肉質な体はビーマが親から授かったものであったが、幼い頃は単純に、自分は人よりたくさん食べるからだと思っていた。
 人より体が強いから。他のやつにはできないことができる。そんなちっぽけな誇らしさ、優越感、一握りの物寂しさ、それを吹き飛ばしたのは、頭一つ抜けて背の高いビーマを追いかけるようにして身長を伸ばしてきた従兄弟だった。
 お前の特別なんて、大したものじゃない。特別でも何でもない。そう指摘するかのように背を伸ばし、ビーマと遜色のない筋肉を身に付けた従兄弟のことを、ビーマは。
「おい、何か不愉快なこと考えとらんか? お前、献立を考えてる時と同じ顔しとるぞ。わし様の手を揉みながら肉料理のこと考えたとか言わんよな?」
 ざらついた声に顔を上げる。眉をはねあげ片目をすがめ、口をへの字にしたドゥリーヨダナに、ビーマは「ああ」と生返事で返した。
「ハンバーグ、肉団子、そぼろ……お前、何がいい?」
「挽き肉料理ばかり上げるな! わし様、今日は肉より魚の気分だ!」
「我が儘言うんじゃねえ。……魚は明後日の予定だ」
 先の献立を伝えて、作業に戻る。ドゥリーヨダナはもう献立に対する興味は失ったのか、「この間マスターが、運命の赤い糸の話をしてたんだが」とてんで関係ない話を始めた。
「なんだそれ、と思ったら、マスターの国では運命の相手は、小指同士が赤い糸で結ばれていると、そういう風に言うらしい」
「ほお」
「糸なんて簡単に切れてしまいそうだ、縄でもつけた方がいいんでは? とわし様は思ったのでな、その通りに発言した。そしたらなんと、元ネタは中国の話で、足同士が赤い縄で結ばれているというものらしい! さすがわし様、冴え渡る頭脳のせいで、それと知らず正解を引き当ててしまったというわけだ」
 ぺらぺらとよく回る口は、機嫌よく自らを褒め称えている。ビーマはぐっと手に力を入れながら、相槌を打つ。
「よかったな、まぐれが当たって恥かかなくて済んで」
「お前それ喧嘩売っとるのか? はっ倒すぞ。んっ!」
「悪い、痛かったか?」
 ドゥリーヨダナの顔を確認する。特に不快そうではなかった。
「いや……そのままでいい」
「そうか」
 ほっと息をつき、けれど念のため、ビーマはクリームを足した。ドゥリーヨダナの手のひらに刷り込むように、クリームを伸ばしていく。ふんわり漂う花の香りは、ドゥリーヨダナも気に入ったらしい。肩の力が抜けているのがわかる。
 ここカルデアで、基本的には料理人としての仕事が多いビーマと違い、ドゥリーヨダナは日々の戦闘要員――周回メンバーと呼ばれている――として重宝されていた。毎日文句を言いながら出動し、帰ってくる時も文句を言っている。朝から夕までうるさい男だ。
 けれどそれもマスターがいる間で、部屋に戻れば疲れた顔でぼんやりしていることも多々あった。英霊とは言え疲れはするのだ。
 同陣営という奇跡のような現界と、事故のような成り行きで恋人となった男のことを、ビーマはビーマなりに気にかけ、個人的に食事を振る舞ったりもしたのだが、とは言え代わり映えがしない。そうしたわけで手を出したのがマッサージだった。
 たまたま、食堂にやってきたフランケンシュタインという少女――普段はバーサーカーだが、その時はセイバーだった――が、マッサージの本を持っていたのだ。「パパが腰が~ってうるさいから、わたしがていっと治してあげよーと思って」とのことだった。
 彼女が持っていたのは足つぼの本で、腰と関係あるのかとビーマが首を捻っていると、通りがかったサンソンが「筋肉っていうのは、全部繋がってるからね」と教えてくれた。
「患部だけにアプローチするよりは、他もマッサージした方がいい。例えば腰が痛いなら、お尻の筋肉や腿の後ろを伸ばすとかね。……まあ、足つぼ自体は筋肉に対するアプローチと言っていいか難しいところがあるし、リラクゼーション以上の効果があるかどうかは……いや、これ以上は野暮だね」
 話についていけなかったのか、頭から煙を出しそうになっているフランケンシュタインを見て、サンソンが口を噤んだ。結局フランケンシュタインは「効果があるかないかはパパの体で確認する」とマッドサイエンティスト染みたことを言って、本を抱えて食堂を出ていった。
 その日、ビーマは食堂での業務を終えてから、紫式部が司書を勤める図書館へ向かった。マッサージの本を探すためである。
 尋ねれば紫式部は快く該当の本が置かれている一角へ案内してくれた。自分自身でやるマッサージの本が大半だったが、その中にハンドマッサージの本があった。これだったら、人にやってやることもできそうだった。
 一通り本を読んで、自分の手で実践して。効果はよくわからなかったが、まあ悪いものではないだろうと、必要なものを用意して。周回から帰ってきたドゥリーヨダナを捕まえて、今に至る。
 節くれだった指を一本一本握り、軽く、本当に軽く引っ張る。手のひらを揉み、たこの感触に、日中男が握り続けてきたのだろう棍棒に想いを馳せる。
 自分の専売特許のように思っていた筋肉は、この男のせいで特別でも何でもないのだと、生前知った。自分だけが手に入れられるものではないのだと。他の誰かも、手に入れられるものなのだと。
 それが、ビーマには何だか嬉しかったのだ。
 ビーマに追いつくように日々育っていく筋肉を側で見るのは、楽しかった。同じ鍛練をしているのに、ドゥリーヨダナの筋肉の付き方はビーマのそれと違った。それが不思議で、目が離せなくて、早く自分と同じところに来てほしくて。
 生前、見ているだけで、まともに触れることはできなかったそれに、触れることを許されている。そう思うと、何だか感慨深いものがある。
 手首から上、腕橈骨筋を揉みほぐしてやると、ドゥリーヨダナが「ん」と力の抜けた声を出した。
「どうだ、気持ちいいか?」
 尋ねると「悪くない」と返ってくる。その後に「ぶっちゃけマッサージ自体はよくわからんが、お前がこうしてわし様に奉仕しとるというのは気分がいい」と余計な言葉が続いた。
「まったく、いきなりお前の部屋に引きずり込まれたと思ったら、『マッサージさせろ』なんて言うもんだから、てっきりエロいことでもされるのかと思ったぞ」
「そっちもお望みなら、後でやってやるよ。お前が望んでくれるなら、俺はいつだって応じてやれる準備がある」
 顔色一つ変えずに言ってやると、ドゥリーヨダナが呻いた。すこぶる快楽に弱いくせに、変なところでお行儀がいいのか、未だにビーマからこうした話を振ると、顔を赤くして口ごもってしまう。そういうところは可愛いと思う。アルジュナには医者に診てもらうことを勧められたけど。
「どうする? これ終わってから考えるんでもいいぜ」
「それはもちろんやってほし、いや、これが終わったらしてほしくなるかもしれんな、うん。それより、さっきの話だが」
 早口で話を変えてきたことには指摘をせず、「さっきの?」と話に乗ってやると、ドゥリーヨダナはあからさまにホッとした顔をした。
「運命の糸? 縄? の話だ。お前ならどっちがいい?」
「どっち?」
「小指に糸で結ばれてるのと、足に縄で結ばれてるのと」
  ビーマは先ほど揉んだばかりのドゥリーヨダナの小指を見て、次いで未だ触るのは躊躇する腿を見た。
「どうせ見えねえしわからねえんだろ、それ。ならどっちでもそう変わらねえんじゃねえのか」
 一応少し考えてから発言したものの、ドゥリーヨダナのお気に召す解凍ではなかったらしい。「これだから感性の鈍い森育ちは」と呆れた声が返ってくる。
「糸と縄、小指と足では受ける印象が大分違うだろうが。運命の糸だの縄だの、そんなもん実際にあるか怪しいのは百も承知で、お前ならどっちがいいと、そういう毒にも薬にもならんどうでもいい話をわし様はしたいのだと、察しろ」
 ただ思ったことを伝えただけなのに随分な言いようである。ビーマはドゥリーヨダナの上腕二頭筋を揉みながら、「つってもなあ」とくるくるとよく変わる目の前の顔を眺めた。
「糸でも縄でも、大事なのは繋がってることだろ。筋肉と同じで」
「はあ? 何で今筋肉の話になった?」
「全部繋がってるんだとよ、筋肉ってのは。運命もそうだろ」
 たくましい、鍛え上げられた戦士の体に触れる。ビーマの宿敵。好敵手。幼馴染。ビーマを突き放し、追いかけ、対峙し、今は受け入れてくれている体。
 何か一つ欠けていればああはならず、何か一つ途切れていればこうはならなかったかもしれない。
「俺とお前の間にあるのが糸でも縄でも、繋がってるのが小指でも足でも、何だっていい。繋がってさえいれば」
 生前の救いようのない終わりの後にやってきた、この星が見る泡沫の夢のような、英霊としての日々。相手の顔を見ることもないこともあれば、生前のように対峙することもあった。そして今、互いに心を許している。今回限りのことだろうが。
 敵でも、味方でも、この男と繋がるものがあるのなら、何だっていい。繋がらないよりは、ずっといい。エーテルでできた仮初めの熱に触れながら、ビーマはそう思う。
 果てが憎悪であろうが、愛情であろうが。何であれ、ないよりは、あった方が、いい。一人で走り続けるのは、あまりに寂しいから。
……物を知らんお前に教えてやるがな、運命の赤い糸というのは、男女の間の話のことらしいぞ」
 ドゥリーヨダナは何だか食べ慣れぬものでも口に入れてしまったような顔をして、ビーマを見ていた。
「色だってどうでもいいだろ。赤以外の何か、そうだな、お前の髪みたいな色で結ばれてるかもな」
 戯れに、藤色の髪に触れる。ビーマの髪とは違い、細く根本が少し捻れている髪は、ふわふわとして柔らかくビーマの指を受け入れる。
「こらやめろ、セットが乱れる! まったく、そういうのは後でという話だったろうが!」
 言いながら、ドゥリーヨダナの指が何かを摘まんだ。かと思えばくるりと小指に巻き付けたそれを見せてくる。
「わし様のよりお前の髪の方がうってつけだろ」
 くん、とドゥリーヨダナが小指を引いた途端、頭皮が引っ張られる感覚に、ビーマは顔をしかめた。
「お前それ、まだ抜けてねえ髪じゃねえか」
「繋がってる方がいい、そう言ったのはお前だぞ?」
 にやにや笑いながら、ドゥリーヨダナが小指を振る。髪が一本引っ張られた程度、目くじら立てるほどではないが、気にはなるし無視はできない。
 何より、すぐ切れてしまいそうで、なんとなく、なんとなくであるが、嫌だ。別に髪を運命の糸に見立てているのは、ただの戯れなのに。
 なるほど、これがこいつの言う感性か。こいつといると、知ることが色々多い。
 ビーマが内心感心していることなんて知りもしないドゥリーヨダナは、これ見よがしに小指をちょいちょいと揺らしている。
「このまま思い切り引っ張って、抜いてやろうか?」
「やめろマジで」
 にやり。ドゥリーヨダナが笑った。邪気しか感じられない、可愛げのない笑み。次に何をするつもりなのか、手を取るようにわかった。
 ビーマは素早くドゥリーヨダナの手を掴み、その口が何か喚きだす前に、唇を奪った。ピンクサファイアの瞳が驚愕に揺れているうちに、さっと小指に巻き付けられていた髪を外し、代わりに大きな手に指を絡ませる。
 運命の糸だの縄だの、そんなその気になれば簡単に千切れてしまうものより、こっちの方が確実だ。幸い筋肉には自信がある。
 握った手はほどかれなかった。代わりに顔を赤くしたドゥリーヨダナが大声かつ早口で文句を捲し立てたが、握り返してくる指が、全てを物語っていた。