みそ
2024-10-26 19:46:28
4560文字
Public 本編ロナドラ
 

ヴァンパイア、みたいな響き(ロナドラ)

日常ロナドラオンリー開催おめでとうございます!/同居6~7年目くらいのにっぴきとクソデカミカン/いずれロナドラになるふたりです

不可抗力的に始まった同居生活だと思っていたのに、年が経つほど相手の嫌な部分なんかより、何をすれば嬉しい、どうしたら悲しい、そんな部分を見る機会ばかり積み重なっていく。
「デッッッッカ! ひょっとしてクソデカの同胞に会ったのかね?」
「ちげーよ、連絡入れたろ。退治のお礼に貰ったんだよ」
ロナルドは今夜ちょっとだけ、心の中でガッツポーズを決めている。


今夜ロナルドが持ち帰ったのは、大きな果物だった。一玉きりだというのにかなりの存在感を放ち、ドラルクに格好つける間も与えず、でっか、と口に出させるほど巨大なものだ。
昨年の暮れ。ギルドが請け負った下等吸血鬼の一斉駆除の際、逃げ遅れた市民を間一髪でロナルドが助けた。その人の実家が柑橘類の生産農家で、ぜひお礼をさせてほしいとギルドに連絡をくれたのだ。そうして届いたのがこの、艶々とした皮の、ハンドボールの球より大きいミカンだった。マスター曰く、国内最大の産地からの、贈答品としての需要が高いブランド品種だそうだ。それが二箱届いた。総重量は20kgを超えているというのだから驚きだ。
そういう経緯で届いたものだから、功労者ロナルドは当然いくらかそのまま持ち帰るべきだと皆から勧められ、ありがたく一玉丸々貰い受けたというわけだ。
「へえー、それでこんな立派なものを。でかしたぞロナルド君!」
テーブルの上にロナルドが恭しく載せた巨大なミカンを眺めるドラルクの声は、隠しきれず弾んでいる。ジョンも、これってもう今日食べられるの、なんてロナルドにヌンヌン聞いてくる。ふたりにこういう態度をとられると、ロナルドは、そわそわとか、むずむずとか、とにかく落ち着かない気持ちになってくるのだ。
「それでこれは……ザボンか? こうして実物を見るのは初めてだな」
「ざぼん? そんなフランス語ぽくはなかったぜ?」
「違うのか? じゃあ文旦? まあザボンと文旦じゃ、呼び名が違う同じものだとも聞くが」
「いや、なんかこうあれだぜ……そうだ! ヴァンパイア、みたいな響きの」
「ヴァン……ひょっとして晩白柚の事を言ってらっしゃる?」
「そうそれ! そのばんぺいゆってやつ!」
「ウソでしょ君、ほんと物の名前に弱いな!?」
「うっせ、お前だって俺がヒントやるまで当てられてねえから同じじゃ!」



二百年以上生きているというだけのことはあり、ドラルクは、ロナルドとは比べようもないほど博識だった。百年前の欧州の流行り廃りから現代日本のSNS空間におけるホットトピック、外国の言葉から日本の礼儀作法まで幅広く知っていて、それらを生活に取り入れられる深さで理解している。
ただ、ドラルクは同時にどうしようもない享楽主義者で、その幅広い知識の一部――虹色スライムの作り方だとか、衣服に入った時に最高に不愉快なくっつき虫の選び方、美味しく食べられるデス辛クッキーの作り方から、緑のアレで押し葉を作る方法まで――をもっぱらロナルドで遊ぶためにばかり使う。ちょっとした雑学トークと思わせておいて、カリフラワーはブロッコリーを暗室で育てたもの、だなんていうカスの嘘を信じ込まされていたことも幾度もあった。
同居が始まってしばらくのうちはずっとそういう風だったから、ロナルドが逆にドラルクが知らないもの――百円ショップの便利なお掃除グッズだとか――で唸らせることが出来た日にはそれこそ大喜びで、お前こんなことも知らねえの、と指をさしたほどだ。それで喧嘩に発展したところで普段のドラルクの態度が悪いとさえ、当時は思っていた。いや、こればかりは今でも、ものによってはその通りだと思うのだが。
ある時ロナルドが駄菓子に目を付けたのも、そういう仕返しじみた行為の一環だった。ドラルクはテレビゲームを筆頭に子どもの遊びにまで通じている男だけれど、自分は口にしないしジョンにもあまり与えたがらない、しかしジョンはおそらく面白がってくれる、そういう食品ならロナルドに分があるだろうと。日本で何十年も暮らしているというプライドもあるだろうから、知らない癖に尤もらしい講釈でも垂れてくれたら万々歳だ。そういう、今になって思えば意地悪な気持ちから、商店街のイベントで見かけた、紐の先に飴がついた定番の駄菓子を一箱買って持ち帰ったのだ。
しかしドラルクの反応は、ロナルドの予想とは全く異なるものだった。
「おお、これヌーチューブで見たことあるぞ! 糸を選んでくじ引きみたいに買うんだろう?」
「ヌヌヌヌヌヌ、ヌヌ!」
「あ、これだけ大きいな! これが当たり? パイン味かな?」
あまりに素直に、そして無邪気に面白がられてしまって、ロナルドはあっさり毒気を抜かれてしまったのだ。
「ロナルド君もこういうの食べてたのか?」
「あ? ああ、いや、おう」
「なんだ? もしかして押し売りでもされたのか?」
「違ぇし! 食うから買ったんだよ、どっちかっつーとジョンにお土産……
「へえ、よかったなジョン! 普段なら勝手は許さんが、飴ならまあいいだろう。一日一個までだぞ」
「ヌーイ」
「いやあ、知らずとも不思議と懐かしく思うものなのだなあ。故郷にもあったぞ、棒つきキャンディやシガレットチョコから始まって、粉末ジュースだの味のする紙だの! お父様はそういうものから私を遠ざけようとしていたが」
「そりゃそうだろ、つーかお前、そういうの食わねえし」
「食べずとも興味はあったのだ、なんか面白そうだったし。御祖父様は、皆には内緒、ってコインチョコを山ほどくれたっけ。ジョンも貰った事あるよね」
「ヌン!」
「え、あの包み紙まだ取ってあったの!? お父様の城に?」
「ヌヌヌン!」



あの日からだ。ロナルドの心持ちが、ほんの少し角度を変えたのは。
不可抗力的に始まった同居生活だと思っていたのに、年が経つほど相手の嫌な部分なんかより、何をすれば嬉しい、どうしたら悲しい、そんな部分を見る機会ばかり積み重なっていく。
「そうか、これが晩白柚か。世界最重量の柑橘類とはよく言ったものだ! ジョン、隣に並んでみてくれるかね?」
「ヌン!」
「ふふ、ジョンの方がちょっと小さいくらいかな?」
スマートフォン片手に検索すると、『ばんぺいゆ』は『晩白柚』と書くらしい。ヴァンパイアじゃなかった。確かに外箱にはそれらしい漢字と産地の名前がプリントされていた気がする。
あれから、年に一つか、上手くいって二つ。
物知りなドラルクやジョンが見たことがないだろうものを持ち帰って、そしてふたりがそれを面白がってくれた時、ロナルドの心はどうしようもなく浮足立つようになった。あまつさえ今日は自分の積み重ねて来たもの、成し遂げた仕事の結果がふたりを面白がらせているということもあって、自分の事をちょっと褒めてやりたいとさえ感じている。
「これは皮も綺麗だから使わないと勿体無いな、ドライピールなんてどうだろう? 皮をボウルにしても見栄えがするだろうし……
「ヌフフ」
こう言う時の、ジョンとドラルクの会話もロナルドが気に入っているものの一つだ。食べられるものを持ち帰ると即座にメニュー相談会になる。買い物の都合があるから貰い物をするならその場で連絡しろ、と言われてしまうことも多いのだが。
「ああ、でも苦味はどうだろう、初めて扱うからその辺はわからんな……大人向けの味になって君らやヒナイチくんが無理そうな時はギルドに」
「食う!!」
「ヌー!!」
「うわステレオでうるせっ! もちろん、ロナルド君の貰ってきたものだ食べる権利はあるが、実を使ったメニューならともかく皮の方は君の舌に合わせられる保証がないぞ」
「あ? これまでどんだけお前の飯食ってきたと思ってんだ。望むところだわ」
「ヌンヌン!」
「そうだよなー、ジョンの味見は完璧だもんな!」
「っ、ジョンはともかく、ロナルド君まで妙な自信つけよって……いいだろう、そこまで言うならやってみようじゃないか!」
「やった!」
「ヌッヌー!」
「善は急げだ、まずはそのままいただこう」
ドラルクが上機嫌に宣言すると、晩白柚を抱え上げる。こうなればロナルドはここから先できることはないため見物だけさせて貰おう、そういう心づもりでいたのだが。
「なかなか見た目通り…………? ヘイロナルド君、ちょっとこれ持ってくれ、片手で」
「あ? なんだよ」
ドラルクは突如笑顔を引っこめると、訝しがるロナルドの右手を掴んで開かせ、晩白柚を乗せた。ずしっとした瑞々しい重さが手のひら全体に掛かる。ロナルドにはどうという重さではなかったが、ドラルクではこういう持ち方は難しいだろう。例えるなら、こたつで食べるミカンが柴犬なら、こっちはセントバーナードだ。本当に大きく重たい。
「ほれ、今度はこっち。ジョン持って」
「ヌ?」
「何なに、写真撮んの?」
「あー、それもするけど」
そして続けざま左手に、丸くなったジョンを乗せてくる。まあるくてつやつやの甲羅が触れる。果物の皮とはまったく異なる質感はまた、ジョンだけの温度を持っており、その温さはいつだってロナルドの胸をぎゅっと締め付ける。
「離すぞ、落とすなよ」
「当たり前だろ」
そしてジョン一玉分、馴染みある重みが手のひらに、そう期待したロナルドの口からは思いがけず、えっ、という声が転がり落ちていた。
「お、良い画だな。ロナルド君笑って、生産者顔して? はいチーズ、あとで一族にRINEしちゃおー」
「いや、おい、俺の顔は撮んなくていいだろ、生産者顔って何だよ」
「ヌッフフ」
「もう撮っちゃいましたー。それはそれとしてロナルド君さ、右手と左手、どっちが重かった?」
「ヌァッ!?」
「えっ、アッ」
突然の写真撮影タイムにも動じず、完璧に晩白柚になりきっていたジョンが、ドラルクの一言でロナルドの手のひらからちょっと浮いた。驚愕一色の表情で己の主人とロナルドを交互に見るそのちいさな顎は、今にも外れてしまいそうだ。
「え、えと……あー、ジ、ジョンの勝ちだぜ! スゲェよな、ジョンの方がちょっと小さいくらいなのにクソデカみかんに勝っちまうなんて!!」
「ヌッ…………
「ウソでしょ君フォローヘタすぎないか」
「アッごめんな!? ジョン気にしなくていいぜ! 俺は重いとかぜんっぜん思ってない! 思ってねえから! ほら! 鍛えてるし!」
「だからフォローヘタか。ジョンさん、今夜お風呂上りに体重測定です」
「ヌオオオ……ッ!」


ジョンの一度はしおしおになった顔はそれでも、器に盛られた晩白柚のきらめきを目にした途端いつも通りになった。
酸味と甘みのバランスのいい、ジューシーでぷちぷち楽しい歯触りの果肉を頬いっぱいに楽しむジョン。
それを苦笑いしながらも優しく見守るドラルク。
リビング中に漂うさわやかな香りを肺いっぱいに吸い込んでからロナルドは、また浮足立つような心地になった。
「今日はいっぱい食べて、明日からダイエット一緒に頑張ろうな!」
その心地のままどうやら余計なことを言ったとロナルドが後悔したのは、鼻を硬い甲羅で思い切り、ぎゅっとやられたその瞬間のことだった。