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龍渕はく
2024-10-26 15:57:27
4373文字
Public
竜の丘|SS
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焚き付けとやんわりいちゃつき
大きな内乱が少し落ち着き、ヴァルシア(白璙)と李泓が夫婦になったばかり位の頃の小話
「あなたには、彼女を自分のものだと証明できる手段がないですもんね」
彼女の知古である白亜色の竜、アルハエンハが、そう唐突に李泓に告げる。
「
…
それで構いません。私で彼女を縛りたくはない」
「本当に?本心では、違うことを思っているのでは無いのですか?」
「
…
、何が言いたいのです」
「おっと
…
。単純に、疑問に思っただけですよ。彼女を求める者など幾らでもいた。番となってなお、はたから見ればあなたもただその中の一人にすぎないとね」
「
…
。それでも
…
」
「彼女を求めるものを、彼女が温情で許して放逐し、それで何かが起こるかもしれない。あなたがそれを縛る故にと見逃せばね。まあ、私はあなたの事を
…
表面では何事もなさげに見せて、内心では嫉妬に苛まされている、結構独占欲の強いお方だと思っているのですが」
「
…
エンハ殿。私の振る舞いで彼女に危険が及ぶかもしれないという警告としては受け取りますが。何故、焚き付けようとなさる」
「別に?焚き付けているつもりはありませんが。単純に、疑問なのですよ。己の心を偽り、そのような振る舞いをするのが。己の心に忠実であればよいものを。焚き付けられていると感じているのならば、やはり少しでも、欲がお有りなのではないですか?」
「私の言葉尻ばかりを捉えないでください
…
。どちらであっても、あなたのその言い方は何かを焚き付けているようにしか聞こえませんよ」
「ふふ、まあ
…
あなたはどこまでも冷静に対話を続けようとしますね。好ましいが、面白みはない。私ならば飽いてしまいそうです」
その言葉に微かに言葉を詰まらせる李泓に、エンハはほくそ笑むように目を薄く細めてみせた。
「私ならば、の話ですよ、李泓殿
…
。安心してください。今のあなたは、先程までのあなたよりも面白い」
「
…
からかわないでください。本当に、あなた達は
…
掴みどころのない
…
」
「ははは、大変ですねえ。私と魔女に挟まれて
…
。まあ、あなた達の事はあなた達が決める事。我々は見守るだけ。ちょっかいを出し過ぎるのも、野暮ですからね」
「
……
」
「ふふ、そのように疑いの目を向けないでください。では、私もそろそろ門の内偵に向かうとします。あなたも番とのんびりと過ごされると良い」
「まさか、からかいにだけ来たのですか
…
?」
「ええ、そうですが。今日のところは満足いたしました」
「エンハ殿
……
」
「ははは。では李泓殿、ごきげんよう
…
」
「李泓殿?」
「え?」
「どうした、何かあったか」
「っいえ、少し、気が抜けてしまっていたようで
…
」
「
…
そうか?何も無いのであればいい。安定したとはいえ、まだ、近辺は忙しないからな
…
。どうか私の前だけでも、気を張らずに居て貰えれば嬉しい
…
」
心配そうに顔を覗き込む白璙が、李泓の前髪を指先で柔らかく片耳にかけ、そのまま頬に手のひらを添えて言う。これに李泓は柔らかく微笑んで、はい、と答える。白璙もまたその答えに頷きながら微笑み、指先を惜しむ様に離して、目を通していた竹簡に目線を戻した。
竹簡の内容は全て外部の諸侯より、魔物の残骸と残党に関する対処方の打診だ。これに対して領地内の状況と被害の程度を確認し、場合により各地に駆り出されている。中には諸侯領内での長期滞在の求めがあるようだが、彼女が滞在する程の問題がない場合が多く、一度しつこく引き留め続けてきた諸侯に対して彼女の兄が赴き、西のものを置いて連れ戻してきた時もあった。これを咎める彼女と、彼女の兄の言い分を幾度か聞いている。国が安定していない今、滞在することで期に乗じて領土拡大を図る諸侯の動きを抑えられるという言い分、恩情が過ぎれば良いように扱われ、諸関係の諍いにも使われるという言い分
…
。しつこい引き留めを行うのは、彼女が竜である、もしくは西の者達において強い影響力を持っていると判じている者達であった。だが、それだけではない。彼女が長耳であることで、特に種族関係の修復を図ろうとする者、あるいはその逆。また種族の関わりなく、彼女の容姿は目を惹いた。
白亜の竜が、あのように溢すのもわかる。求める者は多く、彼女が必要と判断すれば、彼女は赴く。そして
…
、番でなくとも眷属を増やすのかもしれない。もしくは、己に飽いたとするならば。
(まて、私は何を
…
)
突拍子もない考えが浮かび、李泓は微かに口元に手をあてる。だがすぐにまた心配をかけてしまうかと手を下ろし、横目で白璙を見たが、彼女は目の前にある竹簡を真剣に眺め、少し考え込むように、同じく口元に手をあてていた。
それに安堵するのと同時に、白亜の竜が溢していた言葉が脳内で反復される。焦燥か、もどかしさか、置き場のない感情がわく。今、彼女の視線が竹簡の先、手紙を宛てた者に向けられている事に、己は昏い感情を抱いている。
(こんな
…
まるで子供のような
…
)
己でも、分かっている。分かっているが。
ふと、白璙が手元の竹簡を束ねて、傍に置いていた竹簡のいくつかと纏め、榻から立ち上がった。白銀の、一つに緩く束ねられた豊かで長い鬣が左右に揺れて、壁際にある書棚に赴いては竹簡を並べていく。その列は、特に彼女の長期滞在を求めていた、諸侯よりの文が山のように置かれていた。
それに李泓は思わず立ち上がり、白璙の傍へと寄る。白璙は特に気に留めず竹簡の整理を続けている。
「
…
、また、来て欲しいという文ですか」
傍からの声に、白璙はああ、と答える。
「問題が起きたとのことだが
…
確認がいるだろう」
「それは、あなたが」
「
…
ん?いや、仲間に領内の様子を一度密かに見てもらおうかと。私は状況の詳細を求める文を送り、仲間を待つ」
「そう、ですか」
少し安堵したような声が溢れる。その声に、白璙は書簡を整理していた手を止めて、手元の竹簡を全て棚に置き、傍の李泓に振り返った。
「その
…
李泓殿。もしや気をかけてしまったか
…
」
「え?いや、
…
は、い」
そう、ではない。心配は勿論あるが、それだけではない。傍にあれることに安堵し、そしてそのような者らに会いに行く必要はないと、再び昏い感情よりわき上がる想いがある。
「すまない、あまり心配はかけたくないのだが
…
。しかし、充分警戒はしている。もし訪う事になっても
…
、すぐに帰ってくるよ」
柔らかく微笑む白璙に、李泓は緩やかな衝動で、身を寄せた。白璙は微かに目を見開かせながら、身を寄せられるままに背後の壁に背中があたる。布ごしでも伝わる李泓の隆々とした半身が己に寄りかかるのを、白璙は己の胸元が微かに潰れるのに息を溢して李泓の灰の瞳を見る。
「っ李泓殿
…
?」
「
……
白璙」
囁くように名を呼ばれて、白璙は微かに眸を震わせた。顔の横に体を支える様に李泓の片腕が壁につき、見惚れる程精悍な顔立ちが目前に寄せられる。そのまま真っ直ぐに見つめられ、白璙は少しづつ熱を帯びていく頬と耳先を恥じる様に、眸と顔を伏せがちに声を溢す。
「そ、の
……
」
「
……
」
戸惑う様な白璙が、長い耳を下に傾け、ほのかに赤く頬と耳先を染めているのを見て、李泓はなぜか、溜飲の下がる想いで、先程まで己の内面を占めていた昏い感情が晴れていく心地がした。そして冷静さを取り戻した時、己の行動と心に戸惑いが生まれ、咄嗟にこれを悟られぬように、誤魔化すよう微かに息をつく。
「
…
本当に、気を、つけてくださいね。あちらが強行に出る可能性もあるのですから
…
」
白璙は眸を上げて、頬の熱を覚ましながら答える。
「あ、ああ
…
。気をつける。訪う時は、影に仲間を連れていくよ。それに、恐らく
…
文面で事足りることになるとは思うが
…
」
「そう、なって欲しいです」
そう言う李泓に、白璙は少し困ったように笑った。
「問題が無いのは良い事なのだがな。何かと西の者を求めるのは、少々危うい。
…
気をかけてくれてありがとう、李泓殿。充分、気をつける」
白璙は言って熱の落ち着いた頬を李泓の顔に寄せ、柔らかく撫でた。これに応えて、李泓もまた頬を寄せる。残る僅な熱が己の元に溶け、心地よさに目を閉じる。竜においては親愛を示す普遍的な触れ合いだが、今の李泓にはそれで充分だった。
暫くの間左右で頬を擦り合わせて、白璙は顔を離す。それに李泓も顔と、寄せていた身をゆっくりと離し、柔らかく微笑む白璙に微笑み返す。白璙は指先を李泓の腕に添えて、書簡と榻とに目線を滑らせて李泓を見上げる。
「書簡の返答は明日にする。李泓殿は、もう休むか
…
?」
「はい、共に」
その言葉に白璙は嬉しそうな顔を見せながら李泓の腕を柔らかく引き、李泓は導かれるままに、白銀の傍に続いた。
「
…
ハイン」
「
…
どうしたの?って聞いた方がいいかしら。その顔はどんな感情?」
「どんな
…
、悔しい、ですよ私は
…
!」
絞り出すような声で答えるエンハの顔を見届けて、ハインは適当に相槌を打つ。
「まあ、珍し
…
くもないかしら。面白そうね」
「面白くなる筈だったんです
…
!私の手の内で転がったと思えば、急に止まってすり抜けていく
…
。ちょっと聞いてくださいよ!」
はいはい、と言いながらハインは手元の書簡と門の調査についての文面を眺めている。それも気にせず、エンハは宙で頬杖をつきながら脚をばたつかせて続ける。
「彼の嫉妬心、執着、焦燥、全てを煽ってみせて、最終的に何をしたと思います?頬寄せですよ?頬を、寄せただけ!それも、自分から寄せたわけでは無い。体だけ寄せるだけ寄せて、理性で留まったかと思えば心配を口にして、それにヴァルシアが頬を寄せたのですから」
「ああ、李泓殿の話
…
」
ハインは手を止めて、面白げに顔を向ける。
「でも、体は寄せたのね。あなたが埋め込んだ小さな種がまだ残されていると言う事でしょう?それを育てるのを今後の楽しみにすれば良いじゃない」
「それは、そう
…
そうなんですけど
…
。ああ、すぐに育つと思っていたものがお預けにされるとは、なんとももどかしい
…
」
「あなた、それですぐに育ってみせたら見当違いだと飽いて捨てて、最悪ヴァルシアと別離させようとするでしょう。成長しきってしまったとしても暴れそう」
「まあ
……
」
「ふ
…
、まあそうなるなら、ヴァルシリオンが特に彼を認めずに今の状況は最初から無かったでしょうけど。あなたを翻弄させるひとが増えたわね。しかもどちらも似た惑わせ方をしてくる。好きでしょう?」
「
………
まあ。あなたはあれを見てまどろっこしいと思いませんか?」
「私は待つ方が好きだもの」
「そうですか?絶対、あなたが策を立てて実行し、それで私と同じ目にあったら、このように私に泣きついてくると確信してますけどね」
「ええ?心外」
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