シノハラ
2024-10-26 10:23:56
2214文字
Public アルカヴェ
 

先輩の服がエグいせいで後輩に行動制限が掛かるお付き合いしてるアルカヴェ

2024/2/14初出 情事のお話なので気持ち程度のNSFW

 しまった。台所に立つ彼の後ろ姿を見て一瞬後悔した。
 昨夜、明日はお昼から打ち合わせがあるからあまり疲れたくないと主張する彼をうつ伏せにベッドに沈めて、ゆっくりと密やかに抱いたのだ。カーヴェの要望にうまく応えられたためか、彼は幼子にするようにえらいえらいとアルハイゼンを褒めた。もちろん上擦ってはいたもののまるで学生時代の――それも出会ってすぐの頃のような調子にぐずぐずと思考が犯されて、自分の年頃が分からなくなりそうになったのを覚えている。
 沸騰しそうな頭をなけなしの理性でねじ伏せて、カーヴェの体にじんわりと体重をかけながらアルハイゼンは彼に身を寄せていた。そのうちに生え変わり頃のように歯の根がむずむずとして、彼のうなじに歯を立てそうになってなんとか堪える。
 いくらか足掻いた記憶があるもののどうにも疼きは我慢できず、アルハイゼンは背中を丸めて彼の背に唇を滑らせて犬歯を押し当てたはずだった。
 それが見事に見えてしまっている。いつも通り上着を着てさえいれば隠れる所ではあるものの、ちょっと暑いとか集中したいとかで外で脱いだら即座に露見してしまう位置にすでに痣のようになりつつある内出血の痕がある。
 服の下を選んだつもりだったのに、まるでハイティーンのような欲の発露を人の目に触れかねない場所に付けてしまうとは。不覚だった。
 そう思ってからはたと立ち止まって、アルハイゼンはまじまじと彼の背を観察する。いや、背というのは正確でなく、服である。小綺麗には収まっているものの、肌の露出量がちょっと、いや大分ありえない。
 見慣れてしまったせいで過小評価していたようだったが、腰のいくらか上の辺りまで背筋が見えるほどに深い場所まで肌が豪快に晒されている。尋常ではない。この男は服の機能をなんだと思っているのだ。
 さすがにこんな常軌を逸した衣服を考慮しつつ褥に挑めるはずがないだろう。自分は絶対に悪くない。
「ああ、おはぅあ⁉」
 恋人の起床に気がついたカーヴェが振り返ろうとする前に、アルハイゼンはべたりと彼の背に手を乗せた。アルハイゼンの手を避けるように反った背の内にある筋肉が軽く隆起し、アルハイゼンの手を押し上げる。
「なんだよ! 君は僕が火を使ってるのが見えないのか⁉︎」
 もしも本当に見えてないなら二度寝をおすすめする。僕と違って今日の君は悠々自適な休日だろう。なんてカーヴェは続けて、アルハイゼンを構っている場合ではないのだと伝えてきた。その証拠に、彼はコンロの火を落とそうとしない。
「今日この服で客先に行くのなら、帰ってくるまで上着を脱がないのをおすすめする」
「は……? あ、まさか君、見える所に痕を付けたのか⁉︎ マナー違反だぞ!」
 なんとなく予想していた流れで憤慨してくるカーヴェの言葉を聞き流しながら、マナー違反はそちらの方だろうとアルハイゼンは苦々しく思う。そもそも、セックスをした翌日にそんな法外な露出の服を着ようとするな。
「君はこれを随分と気に入っているようだが、どういう理屈なんだ?」
 どこまでが安全圏なのかを確かめるために、アルハイゼンはカーヴェの肌と布地の境界線をなぞりながらカーヴェに問いかける。今はともかく、いざ彼と睦み合ってしまっては区別がつく自信はあまりなかったが。
 擽ったいのか、カーヴェが小さく悪態を吐きながら身を捩ってアルハイゼンの方を見る。体ごと向き直らないのは目の前のコンロの責任を持ちたい気持ちからなのだろう。
 ぐっとカーヴェが胸を逸らすものだから、生地がずれて胸元がいつも以上に露わにならないか心配になる。彼が意図した動き以外で時折アルハイゼンが弄り回している乳頭が見えるなんてことは今までなかったので、多分不慮の事故などそうないのだろうが。
「僕に似合う」
 それ以外の理由がどこにあるのかとでも言いたげな真っ直ぐで、迷いのない眼差しだった。そのまなこには芸術に携わる者としての信念やプライドが宿っていて、アルハイゼン程度の造詣ではどうやっても撤回させられないと直感する。
「うん……
 溜め息交じりに相槌を打つと、アルハイゼンは少し背中を丸めてカーヴェの首筋に口づけた。柔く唇を当てるだけに収めて、首の骨の近くや肩との境界、肩甲骨の内側と移動させていく。ちょっと、とかこら、とか聞こえて来るのを無視しながら、アルハイゼンは昨日噛みついてしまいたかった場所にも唇を押し当てた。
 ここも、あちらも。カーヴェがこの服を気に入っている間アルハイゼンは歯を立てるどころか、肌を吸い上げることも叶わないのだろう。そう考えた瞬間、カーヴェがアルハイゼンを褒める声音を思い出してしまう。アルハイゼンはあの声と心の動きに酷く弱いのだ。
「君の言いたいことはよおく分かった」
 捩っていた体を戻したと思うとざっとフライパンの中身を掻き混ぜてから、カーヴェが擽ったそうに口にする。まだ自身の背から離れようとしないアルハイゼンの頭をカーヴェが後ろ手に探し当て、無理な姿勢にしては随分と優しく撫でられる。
「僕のために我慢してくれるかい?」
 君にならできるだろう? なんて昨夜を思わせる調子でカーヴェが笑う。そのせいでまたちくりと吸い上げてしまいたくなる衝動を抑え込んで、昨夜色を付けてしまった場所にアルハイゼンは今度は唇を落とすだけで答えることにした。