シノハラ
2024-10-25 23:42:40
2160文字
Public 戦パ
 

謝罪方針がどう考えてもおもしれー自称凡人ベリタス・レイシオと悪意の応酬が日常のアベンチュリンの話

2024/2/25初出 2.0読書感想文

 随分とあっさり謝った。一人になって静まり返ったホテルの客室で、アベンチュリンはソファに腰を下ろしながら考える。
 しかしながら、彼の謝罪には少々違和感があったと思う。たしか彼は悪気がなかったと言ったのだ。両親の教育方針あげつらっておいて、そんなはずがあるはずがないだろう。それこそ、実際に親からまともな教育を受ける機会がなかったアベンチュリンにだって分かる。
 まああの反撃だってアベンチュリンが傷ついてのことではなかったのだから、レイシオのそれが真心の籠もるものでなくても構いはしないのだけれど。あの程度でちくちくと刺されるような精神構造であれば、アベンチュリンは両手に両足の指を加えた数以上に自死を選ばないと足りないほどの罵詈雑言を浴びて生きてきている。
 ツガンニヤ星のエヴィキン人で元奴隷。それだけの情報が揃えば、彼がアベンチュリンの歩んだ人生を仔細まではともかく想像するのはそう難しい話ではないはずだった。なんたって彼はベリタス・レイシオなのだ。ヌースの目には止まらなかったからこそ、彼は俗世に身を浸して隣人と共に生きる適性を有している。
 故に彼は仕事仲間以下と判断したらしい相手の人生にさえ、気を払う能力があるようだった。おそらく彼が『天才』と呼ばれる存在であるのならそんなことに気を取られもしなかっただろうし、遅刻したアベンチュリンを待っているはずもない。いや、その場合そもそもこんな仕事に顔を出すはずがないのだけれどその前提は見なかったことにして。
 閑話休題。なにより、彼は一つ目の攻撃については謝罪するつもりはないようだった。では、その彼の発言に悪気がなかったと解釈できるかと言えば、そんなことはあるまい。わざわざ元の身分を指摘してああだこうだと言う行為が差別的であると、愚昧を極端に厭う彼が分からぬはずがないだろう。アベンチュリンを貶めるものと自覚した上で、彼はあれを発言したと考えて差し支えないはずだ。
 であれば、自身の毒がアベンチュリンを傷つけるものであったかどうかだけでは、彼の謝罪の真意には至れない。その違いはどこにあったのだろうかと、アベンチュリンは彼との会話を思い返す。そうして一つの可能性でありながら、きっと正解に最も近いだろう気づきに到達する。
 アベンチュリンの過去は彼の想定を超えていたのだ。自分の幼少期において親の有無がプラスに働くかは未知数ではあるが、一般的には子供にとって親の不在は不幸である。アベンチュリンにだってその点に異論はない。
 その不幸を彼は予測できていなかった。おそらく、ろくでもない親の下で虐げられて暮らしていたか、ある日突然家庭が見るも無残に破壊されたと考えていたのだろう。しかし、アベンチュリンの人生はそのどちらにも当てはまらない。
 アベンチュリンにとっては単なる事実の開示でしかないものの、それが他者をたじろがせるものであることくらいは知っている。きっと家族が不自然な形で欠けた経験もないだろう彼にはそれが生々しい傷口に見えて、御多分に漏れず言葉を失ってしまった。
 つまり、彼の皮肉は見当違いの代物で、結果的に手元を間違えたままアベンチュリンを刺す運びとなった。彼は自身の中傷が想定していた効果以外の力を発揮してしまった事を後悔し、アベンチュリンに謝罪したのだ。そこまで貫くほどの悪気はなかったのだ、と。
 いや、全然、これっぽっちも刺さってなんかいないが。あんななまくらが刺さって見えていたのならちょっと癪だとアベンチュリンは息を吐く。とはいえ。
……なんで?」
 嫌味、当てこすり、悪態、誹り、等々。そういうものが相手にどんな効果を発揮するかを考慮して、想定した範疇を超えた時に責任を持とうとする者がいるとは思いもしなかった。自身の悪意がどのような刃の形をしているかすら知らぬまま、方々に投げつける者でこの世界は溢れている。だからこそ、平気で誰かに向かって鋭いそれを投げつけられるのだろうけれど。
 けれど、彼は違うのだ。他者を傷つけると正確に理解し、それがその人の精神にどれほどの爪を立てるものなのかを予測しているらしい。アベンチュリンの精神強度やバックボーンを推し量り、どれだけ傷つけるかを彼は決定した。
 それなのに手元が狂って、ほんの少しとはいえ思わぬ所に刺さってしまった。その失態は謝罪するべきだった。おそらく彼の行動原理はこれである。Q.E.D.いやいや、そんなことあるか。アベンチュリンは慌てて放棄しかかった思考の端を捕まえて引き戻す。
 訳が分からない。どうしてそんなことをする必要があるのだ。この世には放言という言葉があり、その文字が示すように中空に放たれたそれの結末や責任を気にする者などそうそういない。少なくともアベンチュリンの前にそういう者は今まで――ついさっきまでいなかった。だって、そんなことをする意味なんて、この世には存在しないはずだから。
 変わり者とは聞いていたけれど、ちょっと想像もしていなかったものを短時間で見せつけられてしまったように思う。凡人を自称するならもう少し分かりやすい振る舞いをした方がいいのでは、なんて考えながら失敗が生んだだろう彼の胸中をアベンチュリンは少しばかり憐れんだ。