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シノハラ
2024-10-25 23:37:24
3579文字
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アルカヴェ♀
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それなりに付き合って長いアルカヴェ♀で後輩の新居を建てることになる先輩
2024/2/28初出
「君に家の図面を引かせたらいくらになる?」
「定額では受けてないけど、君が市場価格の平均を調べていたらびっくりするくらいかな」
自室から出てきたと思ったら随分と曖昧な質問をしてくるアルハイゼンに、カーヴェもかなりふんわりした回答を示した。彼も満足な答えがもらえる質問とは思っていなかったらしく、特に機嫌を損ねた様子は見受けられない。
「どうしたんだい急に。ひょっとして今より職場に近い土地でも買っちゃった?」
「いいや、建てるならこの土地を使うつもりだ。二階を作って、そこに生活領域を移したい。一階はなるべく本が置けるようにする」
「君なあ
……
いやまあ、そろそろ怪しさはあるもんな」
ここより教令院に近い土地が市場に出たなんてことがあれば、カーヴェの耳にも入って来そうなものだけれど。そう疑問に思いながらの問いかけは、緩く首を振ったアルハイゼンに否定された。今自分達が過ごしている辺りにぎっしりと本が敷き詰められるのをイメージしながら、基礎工事も気を付けなければならないとちらりと考える。
アルハイゼンがいい加減自宅に本が納まらなくなりつつあることを気にしているというのならば、ある程度はカーヴェにも原因がある。カーヴェが我が物顔で部屋を一つ占領していなかったならあと十年ほどは猶予があっただろうと思うと、ちょっぴり良心が痛む気がしてきた。もしかしたら、市場の平均程度で仕事をしてやってもいいのかもしれない。
「元々が研究所の転用だから、今ひとつな部分があるのは本職の君の方が分かっているだろう。長く住むのを見越して、生活にあった形にしたい」
「ふんふん、なるほど」
彼の言いたいことはよく分かる、というより実際のところ普段自分の方がアルハイゼンに漏らしている。折をみて家主に許可を取ってはちょこちょこと手を入れているものの、小手先ではどうにもならない不満もそれなりにある。それらを全て綺麗さっぱり失くしてしまって、カーヴェが思い描く空間を作れるのであればなかなかに魅力的な話でもあった。
「とはいえ、水回りと食事をする場所は一階にまとめた方がいいかな。二階はなるべく狭くしておかないと、結局上に本を置き始めて床が抜ける未来しか見えない」
「となると、居間と寝室の類くらいになるか。寝室は今より大きめにしたい」
「そうやってすぐに棚を置く隙を生もうとする。いや、トレーニングの道具を増やしたいのか? それなら相当極端な物でもない限り大丈夫だとは思うけど」
重量挙げの選手が使うような物を置きたいと言うのであれば止めなければならないが、たとえばバネを用いたものであるならどちらかというと場所を取るだけになるはずだ。むしろその場合、運動をするための部屋を用意してしまうのも手だとは思うが。
「いや、ベッドを大きくしたいと思っている。マットレスを分けられる大きさなら、寝起きの時間が違っても振動で起きることもないだろう」
「
――
き、ゅうに具体的だな」
喉に引っかかりそうになった言葉を強引に押し出して、カーヴェはアルハイゼンに合いの手を入れた。家を作るにあたっては、具体的なイメージはいくらあっても足りないくらいではあるのだけれど。
「重要なことだろう」
君はさほど気にしている様子はないが、睡眠は生活の基本だとアルハイゼンが告げる。そこを大事にしたいなら、ロマンスはさておいて寝室は分けた方がいいですよ。たとえば片方の寝室を広めにして大きめのベッドを置いても大丈夫なようにしてみるのもいいでしょう。そんな初歩的な事をつらつらと、客商売をしている部分のカーヴェが告げてくる。
けれど、アルハイゼンの恋人をもう何年もやっているカーヴェは正直それどころではなかった。お互いに私室を持っている現状では、彼と同じベッドに上がるということはつまりそういう事だったのだ。
それが、がらりと意味を変えることになる。アルハイゼンと二人でベッドに入って、ただ布団の中の空気を暖めながら囁き声で就寝の挨拶を交わす事だってあるだろう。息を潜めてベッドに忍び込んで、ぐっすりと眠る彼の寝息を聞きながらまどろむことだってできるようになる。したい。そんなの、めちゃくちゃやりたい。
そんなおままごとみたいな事、毎日一緒に寝ない限りなかなかできるものでもない。自分も住むのだからと言い張って、平均価格以下で仕事をもぎ取っても引き受けたくなってきてしまった。決して彼を正気に戻してはいけない。大きな寝室を一つだけ用意して、熾烈な喧嘩をした後であっても同じ場所で眠るような生活を彼にさせてやる。
「それと君の仕事部屋も必要だな。防音をしても一階に置いて離した方が無難だろうか」
そんなカーヴェの決意を遮るように、アルハイゼンが思わぬことを口にする。ぱちりと瞬きをするだけに留めて、声を出さなかったカーヴェを褒めてほしかった。
どうやらアルハイゼンは長く住むつもりの家に、カーヴェのための部屋を作ろうとしているらしい。少し広い寝室くらいなら、いつかカーヴェがいなくなってもなんとでもなる。それこそ、本棚が幾つかで埋まってしまうくらいの余白だろう。
けれど、カーヴェの仕事部屋となれば、少し意味合いが変わってくるのではないだろうか。彼はずっとカーヴェをここにおいておくつもりで、特別に防音室を拵えようとしている。アルハイゼンには終ぞ必要ではないはずの部屋をわざわざカーヴェのために作ろうとしているのだ。
――
ずっと、ずっとこの場所に。彼と二人で。
「君の見解が知りたい」
「あ
……
ええと、寝室と離せるなら離した方が良いと思う。それと、これは個人的な意見だけど、資材を二階に上げるのは億劫だし一階にあると嬉しい、かな」
カーヴェの心の内なんてこれっぽっちも気にしていないのか、アルハイゼンが専門家の意見を求めてくる。何とか仕事人としての思考を手繰り寄せながら、トラブルの回避策は取れるだけ取るべきだと安全策をカーヴェは提示した。そもそも、中途半端な対策でアルハイゼンが満足するはずがない。
「分かった。加えて、もう一つか二つ部屋がほしい」
「何に使うんだ? 客室?」
遠方から来るティナリや時たま顔を見せてくれる旅人達のことを考えると、そういう部屋があっても良いかもしれないとは思う。けれど、頻度を思うと無駄になってしまうだろうから、それなら今の家くらいに居間の広さをしっかり取って一人二人寝ようと思えば眠れるようにした方が無難だろう。
「まあ、そういう使い方をする時期もあるだろう。いずれ別の使い方ができれば良いと思ってはいるが」
別の、と語尾を上げて尋ねても、アルハイゼンは相槌しか返してくれない。何を意図しているのか分からなくて、カーヴェは振り返ってこのクライアントの要望を整理する。
恋人とは毎晩一緒に眠りたくて、その人とずっと同じ家で暮らしていたい。そのためにも不満の種になりそうな要素は除外したいと考えている。そうして、時間経過と共に使い方が変わるだろうと予想している部屋が一つか二つ。寝室が一つで、ええと、それは。その、カーヴェも何度かその手の家の設計を手がけた事があるのだけれど。
「君がこの仕事を受けてくれるなら、手付けはこの辺りでどうだろう」
「まわりくどい
……
!」
喉と口の境界まで込み上げた予感に顔が真っ赤になって、焦点もうまく合わなくなっていたのにアルハイゼンだって気がついていただろう。口元を解くように緩めたアルハイゼンが用意していたらしい小箱からまあるい輪を取り出すと、彼の指先がカーヴェの手を取った。
提案のような言い回しのくせに、アルハイゼンは有無も言わせずカーヴェの指先にするりと煌めくそれをくぐらせる。ぴかぴかと光る指輪はぴったりとはまって、すぐにカーヴェの体温に馴染んでまるで元よりこうあるべきだったのだと言わんばかりに馴染んでしまった。
「無事にこの仕事が終わった頃にもう一つ渡させてほしい」
「ん
……
」
アルハイゼンの声を聞きながらうっとりと頷く。この甘美な輝きと声と約束に抗えるものがこの世にいるのだろうか。
ああでも、それだけじゃ足りない。そう、自身を奮い立たせてカーヴェはぶるぶると頭を振った。
「
――
受けさせてくれ。きっと君の理想を僕が描くと約束するよ」
たとえ届かなかったとしても、諦めるわけにはいかないのだ。カーヴェの豹変に目を見張ったらしい彼の瞳を見返しながら、カーヴェはアルハイゼンの手を取ってそう宣言する。自身が与えた指に増えた金属の感触に少しだけ気を取られたらしいアルハイゼンがカーヴェの返事を受けて小さく息を吐いた。その安堵と幸福に彩られた吐息をカーヴェは一生忘れることはないのだろう。
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