シノハラ
2024-10-24 22:57:58
1253文字
Public 戦パ
 

彼に注がれた愛とその証明について

2024/3/31初出

 彼の天上から降り注ぐ、呪いのようなかたちをしたものの正体をあの時ようやく掴んだように思った。それは自分の失言を発端にしたもので、当然ながら手痛い指摘のようなものを受けてレイシオもそれを甘受する他なかったのだ。
 けれどその本質はレイシオの不手際を責めるものでも、ましてやアベンチュリンを強固に自己弁護するものでもない。彼が単なる事実として述べただけのようにも聞こえた言葉は、ただ彼の両親を庇うために紡がれていた。
 彼らに非はない。たとえ、アベンチュリンの振る舞いに問題があったとしても、アベンチュリン自身の問題でしかない。彼は確かにそう言っていたのだ。
 彼の両親は彼が幼い頃にアベンチュリンの傍を離れ、彼を教育する手だてを失ってしまった。その時点の彼らの生死をレイシオが知る由もないが、少なくとも彼はその離別を親の思惑によるものとは思ってもいないのだろう。
 きっと彼の家庭は他と等しく貧しく、常に脅威に晒されてはいた。けれど、ただ、それだけだった。その他はレイシオが知る家庭となんら変わりなく、温かく愛に満たされていたに違いない。両親の愛情は一つの迷いもなくアベンチュリンの身に注がれ、彼の中でその輝きは一つも損なわれていないのだろう。
 それがこの世で至上の美を形作る祈りの一つであることをレイシオは決して否定しない。けれど、それは同時に最も平凡であるべきものなのだ。
 その愛に基づく祈りが、どこで彼の中で変容してしまったのか。想像を巡らせるのはさして難しいことでもなかった。アベンチュリンは自身の力と、彼らの命を糧にここまで歩んできてしまった。彼が今生きているのは彼らのおかげとも、彼らのせいとも言えるのだろう。
 彼は彼らの希望だったから生かされた。けれどその力が彼になかったとして、何だというのだろう。彼らはきっと幼い彼を生かそうとして、似通った結末を迎えたはずなのだ。そういう人々だったからこそ力を持つ彼を彼らは正しく愛したし、彼は家族を愛することができた。
 この世で最も凡庸でかけがえのない祈り。それが彼にとって、あまりにも特別なものになり過ぎている。その愛はアベンチュリンが躍起になって証明せずともそこにあり、君を照らしてくれるものだというのに。
 彼はそれを知らねばならない。彼を暖める光がどこにでもある陳腐なもので、自身を縛るほどの価値もないことを。その祈りの陳腐さときたら、例えば仕事がなければ顔を合わせることもないような男であっても捧げられるような、心底単純な代物であるのだ。
 その光の正体を知った時、彼は落胆するだろうか。それでもほとほと呆れ果てる生来の愚鈍ではない彼はいつか気づくだろう。その祈りは今なお一等穏やかに自身の生命の在りかを明らかにするものであり続けている、と。
 遠くから彼の声が聞こえてくる。アベンチュリンがこの夢に施した仕掛けが彼の計略通りに動く時なのだろう。
 今はこれが彼の旅の終わりでないことを、レイシオはただ願うことしかできなかった。