溶けかけ。
2024-10-24 21:56:26
2041文字
Public ほぼ日刊
 

愛をこめて花束を

カーネーションをフリーナにあげるヌヴィレットと貰ったフリーナのお話。
最後はモブ視点です。


「フリーナ殿、これを」
「ありがとう、ヌヴィレット……ってカーネーション?」
「ああ。花を買いに行ったら、これがいいと聞いたのでな」
「そう……?」
 首を傾けるフリーナの前でヌヴィレットは緊張気味に息を吸い込んだ。
「以前、君への愛が偽物ではないことを分かって欲しいものだ、と旅人へと言ったことがあったのだが……
「へぇ、そうかい……ん!? ちょっと待ってくれ!? 今、おかしなこと言わなかったかい!?」
「そうだろうか?……話を続けても?」
 ヌヴィレットは話を遮られたことに不快感を示すかのように眉を寄せた。
「え、う、うん……
 優しい声音とは裏腹にヌヴィレットの声には僅かな棘があり、フリーナは彼の気迫に思わず首を縦に振った。

「もうやめてくれぇ…………!」
 フリーナが悲鳴を上げた。信じられるだろうか、十分……たったの十分後のことである。神として星の数ほどの美辞麗句に慣れ親しんできたフリーナがたった十分で根を上げた。それほどまでにヌヴィレットからの「愛」は強烈かつ真っ直ぐで、重過ぎるものだったのだ。
 また、相手が「あの」ヌヴィレットであったことも関係している。数百年共に居て、「愛」だとかそういったものとは無縁だったはずの相手は、フリーナが気紛れにステージに立った時でさえ、社交辞令を忘れない紳士だとばかり思ってたというのに!
 それをフリーナが伝えれば、社交辞令で君を褒めたことなど一度もない、という衝撃的な一言が返された。まさに青天の霹靂、驚天動地、寝耳に水……上げればきりがないほどだ。
「で、でも、急にどうして……
「君の寿命が長くないこと……何より、伝えたい相手ほど伝えたい時にはいないと聞いたものでね。………………君との別離が訪れたとき、残ったものが後悔でなければいいと……そう、思ったのだ」
「それは……
 フリーナがヌヴィレットの視線から逃れるように俯いた。互いにとって、この時間が永遠ではなくなったという事実が重くのしかかる。以前のように漠然と隣に居られる残り時間は如何ほどなのか、検討もつかないし、考えたくもなかった。「別離」という言葉はこれほど重いものであったのだろうか、と白い石畳にある黒い汚れを見つめる。
「すまない、君を困らせるつもりはなかったのだが……
「ううん……僕も考えなきゃいけないとは思っていたからね。いいきっかけになったよ。…………長い歌劇が終わっても「僕」という人生物語の終幕にはまだ早いからね」
「フリーナ……
 ヌヴィレットが手を伸ばすのとほぼ同じタイミングでフリーナが顔を上げ、自身の頬を両手でパンッと叩いた。真っ直ぐとヌヴィレットを見据える金眼妖瞳ヘテロクロミアは日の光を取り込み宝石のように輝く。
「だからさ、ヌヴィレット。見届けてくれるかい? 僕の最期の舞台を。君だけの特等席で……永い年月を生きる君にしか出来ない最初で最後のお願いだ!」
 「どうかな?」と言って、フリーナがヌヴィレットに手を差し出した。──────眩しいな、とただ、そう思った。人の身でありながら、ヌヴィレットを魅了して止まない一番星エトワールの君。五百年間、届かないと知りながらも、どうしようもなく、手を伸ばし続けた目映いばかりの星の瞬き。いつか儚く消えゆく運命だとしても、目蓋の裏に焼き付いて生涯忘れることはないだろう。
「────承知した。その願い、最高審判官ヌヴィレットが聞き届けた。フリーナ殿のカーテンコールを特等席で見届ける、そのために、私の全てを君に捧げよう」
 ヌヴィレットがフリーナの手の甲に口づける。彼女は呆気に取られたように口をぽかんと開けたあと、眉を下げてはにかんだ。
「キミの愛は重いんだね」

「お二人は上手くいったかしら?」
 早朝の花屋にやって来た珍客の姿を女性は思い出す。この国の最高審判官が真面目な顔で花を選ぶなど、珍しい以外の何物でもないだろう。その証拠に彼の背後でその姿を認めた通行人は腰を抜かしていた。大変そうだったわね、と他人事のように女性は思った。花が欲しい、と言った彼に女性は贈る相手のことを聞いた。花屋としては当然のことであった。
「まさか、三十分も語られるとはね……
 贈る相手の名前は、ぼかしていたものの、フォンテーヌ人ならばすぐに見当がついてしまう。つまり、それほどまでに彼の「愛」は分かりやすく、純粋で、誰よりも無垢で、重かった。あのとき、途中で止めていなければ、どうなっていたことやら──女性はぶるりと身を震わせた。
 止めよう、人の恋路の邪魔をして馬に蹴られる趣味はないのだから。
「でもまあ、幸せならそれでいいわ」
 ヌヴィレット様の愛情を受け止められるのはきっとお心の広い彼のお方だけだろう。ただの人間に最高審判官様の愛は重すぎる。
「良いなぁ……私も恋がしたいなぁ」
 ────訂正、重すぎるのはごめんだわ。

 カーネーション「無垢で深い愛」