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いを
2024-10-24 17:51:10
3611文字
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刀神
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奇怪なシャングリラを夢みる
菊司
・優雨ちゃん【yasuinokikaku】
・螢さん【EBIFLY_72】
お借りしています
バチン、という派手な音がして目が覚めた。
「あ?」
気付くと床に転がっていて、のろのろ頭をあげると大事に使っていたというわけではないオフィスチェア
――
の、背もたれが折れていた。
「うわッマジか。背もたれって折れるもんなの」
床にあぐらをかいて、呆然と無残な姿になった椅子を見る。直せばいいのだが。直せば。峰柄衆だから。
そのあと、ピーッと床から音がした。首を動かすと、炊飯器が鳴いている。北海道からやってきたばかりの、ぴかぴかの新米
――
と、七海優雨が言っていた。
そういえば腹が減ったような、そうでもないような。
四つん這いで床を這うと、義足がギシギシと鳴った。油が足りないのか、まあまあ待ってくれよと頭の中でその足に言い聞かせる。
しゃもじはなぜかペン立てにたてられていた。寝ぼけたか何かで入れてしまったんだろう。
炊飯器を開けると、炊きたての米の甘いにおいが無機質な空間に立ち上る。
しゃもじを取って、炊飯器の中にそのまま突っ込んだ。湯気が眼鏡に直にかかって視界があっという間に白くなる。
「うま」
どうやら味覚は正常に働いているらしい。北海道の米が不味いわけがないのだ。意外と腹が減っていたらしく、半分になるまで食べた。
ふいに、ドアをノックする音が聞こえた。
「ふぁい! ンン、開いてるよ」
米を呑み込んで、ドアの向こうにいる人間に叫ぶ。
「失礼します」
「旦那、頼まれてた書類
……
」
ふたり分の声が聞こえてくる。ドアに背中を向けているが誰なのかくらい、分かった。
おずおずといった声とわずかに煙草焼けのした声。間違いなくこの米をくれた七海優雨と、たまに煙草を一本恵んでくれる五十鈴螢だろう。
微妙に切られた彼の声でようやく振り向くと、妙な間があった。
「ああ、ありがとね。わざわざ持ってきてくれて」
優雨は床に這いずり回っている何本ものケーブルを踏まないようにちょこちょこと歩いてくる。
「今頃メシ?」
「さっき目が開いてさぁ。って、五十鈴どのだって似たようなもんでしょ。寝るのも食べるのも忘れて熱中しちゃう系」
眼鏡をとって白衣で拭うと、ようやくレンズが仕事をした。
しゃもじを持ってぶらぶらと振りながら優雨を見上げる。
「七海どのもね。いずれそうなるかも」
「そ、そうでしょうか」
「非現実的なアレ、第六感ってやつ。ワハハ」
螢はやはり微妙な顔をしている。十中八九、優雨にはそうなってほしくないと思っているのだろう。何やかんや言っても螢は優雨をよく見ているのだから。
デスクに片手をかけて立ち上がった直後、ガクンと半身が崩れ落ちそうになった。
片手で踏ん張ったからか、すっ転ばなかっただけ上出来だ。
「大丈夫か、旦那」
「へーきへーき」
本格的に油を差さなければいけないかもしれない。とはいえこれは日常生活用の義足だから、そんなアナログな仕様なのだけれど。
「やー、やっぱ米はいいね。いろいろ満たされたって感じ。僕も日本人なんだなぁ。ありがとね、七海どの」
「よかったです」
にこにこと笑う彼女は、純真無垢だった。けれど芯の強い、頑固で諦めることを知らない子だと思う。
昔死んだ幼馴染みとは全然ちがう。
でも螢と優雨を足して二で割ったら彼女みたいな感じになるのかな、などと意味の分からないことを頭の中で考えた。
螢が持ってきてくれた書類はファイルに閉じられ、デスクに置いてあった。
「
……
で、旦那。これ」
彼が視線を下に落とすと、倣って優雨も視線を下げた。その先には倒れたオフィスチェアと、その背もたれ。
「そりゃもー、十年くらい使ってたから。そろそろ限界だったのかも」
「直せないのか?」
「そりゃもちろん直すよ。新しいの買ってもらってもいいんだけど、修繕も僕らの仕事だし。片手間にやってみるさ。それとも
……
」
並ぶふたりを見下ろす。螢は言わずもがな十分だし、優雨もそれなりにいい線を行くだろう。内面の気合いも十分だ。
「きみら直してみる?」
「は?」
「もちろんタダでってワケじゃない。報酬は
――
これ」
足もとにある金庫に暗証番号を入力して足で開ける。そのまま手で引っ掴んでデスクに置く。透明なケースに入っているCD-ROM。
「過去12年間に峰柄衆の一部が試したデータ」
「
……
なにを?」
「フフ。ラベルを見てごらんよ」
螢と優雨が見下ろすと、ラベルに掠れた文字で「刀神修繕計画」と書かれている。
「これ」
「おっしゃるとーり! 僕含む峰柄衆の天才鬼才
……
と、あとほんのちょっとの奇人が試しに試した修繕計画書のデータ、結論、結果、改善点に改善方法。その他諸々
――
が入ってるヤツ」
ふたりの顔が真剣味を帯びた。
「あくまで計画。今現在、刀神は新しく生まれないし折れた刀神の修復も叶っていない。それを前提条件として、きみたちに渡しておこうと思う。僕が持ってたってしょうがないし」
「
……
旦那のバディ、折れたんじゃないのか」
「そうだね。
籠目瑞雪
かごめずいせつ
はたしかに折れた。折れて死んだ。でも彼女は人間だったんだ。人間の死、刀神の死、ふたつの死を経験させてまた直すってほうがよっぽど残酷だよ。だからこれは僕のケジメ。詳しくは知らないけど直したい刀神がいるんでしょ。なら持っててもいいと思うよ。どう使うかはきみら次第」
優雨がそろそろと背もたれを持ち上げた。
「まあ、自分の力で直したいなら、捨ててもいいし誰かに譲ってもいいさ」
「
……
考えとく」
彼女が持ち上げた背もたれを受け取って、にっと笑う。
「じゃ、保留ということで。欲しかったらまた来なよ。僕が預かってるから。最初に言っとくけど、絶対直せるってわけじゃないからね。参考程度にってこと」
オフィスチェアの件も保留ということになるだろうから、そのままにしておく。背もたれがなくても仕事はできるし。
壁ぎわのスチールシェルフに手をかけたあと、はずみで写真立てが倒れた。幼馴染みの
籐子
とうこ
の写真が倒れたようだった。それをふたたび立てかけると、優雨が首をかたむけた。
「その方
……
」
「あ、この子は僕の幼馴染み
……
だった子。籐子っていうんだ。もう死んじゃったけど」
「す、すみません」
頭をさげようとした優雨に手のひらをそっと向け、「いいんだよ」と笑った。
「こんなとこに意味深に置いといたら、そりゃ気になるよ。素直だねぇきみは」
続けてワハハと笑ってみせる。
「僕がちっちゃかったころ
――
小学生くらいかな。その頃からずっと一緒にいた。この子だけが僕の本当だった」
「本当?」
優雨がぽつりと呟いたところで、かぶりをゆるく振る。
「いや、なんでもない。そーら行った行った。仕事は待っちゃくれないよ。僕も取りかかりたいものがあるし」
「おい旦那、押すなって!」
ふたりの背中をぐいぐいと押すと、部屋から無理やり出させた。我ながらわざとらしいと思う。
「そいじゃ、例の持ってるから。忘れないでよ! 僕の椅子もそのままだからねー!」
廊下を歩くふたりにそう投げかけたあと、となりの研究室から野太い悲鳴が聞こえた。いつもながらいい悲鳴をあげてくれる男だ。研究室に籠もりきりであまり顔を見たことないけれど。
ドアをゆっくり閉じる。
シェルフの上の籐子がほほえんでいる。菊司も、そっと笑った。
「きみが俺の本当。嘘だらけで華やかな世界の、たったひとつの本当だった」
きつい物言いだったし、すぐ手や足が出た。生まれつき心臓が悪かったくせに。ペースメーカーをつける手術前に、怖いと泣いていた。いつだってきみは正直だった。死ぬ前に「立派な刀遣いになってね」という言葉は忘れやしない。きみがそう言ったから俺は弐段まできたんだから。どうして死んでしまったんだろう。どうしてあんな真冬に海に行ったのだろう。どうして裸足だったんだろう。死に装束みたいに白いワンピースを着て。そのワンピースも、妖魔に切り裂かれて赤黒く染まっていたけれど。妖魔に殺されなくても、あと数年の命だった。分かっていたよ。俺は凪鞘班だったんだから。せめて、せめてあのとき罵倒してくれたらよかったのに。いつもみたいに手や足を出して、殴ったり蹴ったりしてくれたらよかったのに。俺はそれを真正面から受け入れたのに。
写真の中の女は、ふたりとも死んだ。どうして大切な人からいなくなってしまうんだろう。どうして、優しい人からいなくなってしまうんだろうか。籐子も、籠目瑞雪も優しくて強い女だった。大切な人がいなくなってしまうなら、大切なものをつくらなければよかった。でももう遅い。すべて、俺が弱かったがゆえの悲劇なのだから。
時計を見上げる。見合いの約束まであと1日。いつもどおり、上手に仮面を被っていられたらいい。
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