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千代里
2024-10-24 14:22:50
4873文字
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リーブラ14話
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リーブラの針は問う・14話・その5
***
かつて、この村には街のような賑わいはなかったものの、慎ましく日々の糧を得ながら生きる人々がいた。村の人口よりも多いのではないかと思うほどの羊やヤギもいた。それを追い回す牧童に、笑顔で羊たちの紹介をされたこともある。
村の周辺には高地の気候に耐えうる植物が畑に植っていたし、村で二番目に大きな建物である教会では、何日かに一度、村人たちが集って自主的に祈りを捧げていた。
そして、一年に一度訪れる領主とその血族を迎えるとき、村びとたちは尊敬の念を向けながら、笑顔で日々の暮らしがどんな様子かを伝えた。
衛兵も配備されていないような小さな村だ。武器といえば農具と使い古して錆だらけになった剣という有様である。もしドラゴン族の襲撃があったのなら、きっとひとたまりもなかったに違いない。
だから、かつては魔物やドラゴン族の影が見えれば、すぐに援軍の要請が届けられていた。領主はその声に応じ、少ないながらも手勢を割いて彼らを守っていた。
――
割いた手勢の中には、領主自ら貧民街から見出して養子とした秘蔵っ子もいた。
そんな営みがあったと知る者は、今はもうどれだけ残っているだろうか。
「
……
ひでえもんだな」
崩れ落ちた外壁の様子から察するに、ドラゴン族の襲撃から既に数年は経っているだろう。幸か不幸か、ヒトの遺体があった痕跡は見た限りではない。雪が全てを隠したのか、はたまた獣たちが遺骸を持ち去ったのか。それとも本格的な襲撃の前に皆、逃げおおせたのか。できれば最後の想像の通りであってほしいとルーシャンは願う。
夜営の場から席を外した後、ルーシャンは村落の跡地である建物を一つ一つ巡っていた。
傍目から見れば、それは襲撃の痕跡を確認しているだけのように見えただろう。だが、ルーシャンにとってのそれは、思い出の欠片を辿り歩くことと同義だった。
今でこそ、この地を治めている領主はニヴェールという家名を持つ貴族であるとされている。その領地はラペイレットと隣接しているが、ノエの父が治めていた領地と比べれば、その領地の大きさはゆうに二倍はある。
ニヴェールの直系以外にも、彼の傘下に入った小さな小貴族の土地も含めているからこそでもあるのだろうが、だとしても地方の一貴族が治める領土としては大きい部類に入る。
なぜ、そのような広い土地を得るに至ったか。その事情は、少し念入りに調べればわかることだ。
かつて、この地を治めていたのは、ニヴェールではない別の貴族だった。その家の当主と後継ぎが一度に亡くなったために、縁が深く一度は姻戚関係も結んでいたニヴェール家がまとめて統合したのだ。
貴族の中ではよくある話だ。土地の広さは、貴族の格にも繋がると言われている。
広い土地を所有していればいるほど、一目置かれるなどという考えを広めたのは一体誰なのやら。そんなことを思いながら、ルーシャンは次なる廃墟に足を向ける。
「親父が治めていた土地を横から掻っ攫っていったのなら、少しはましな統治をしているかと思いきや。
……
期待するだけ無駄だったか」
それもそうだ。今まで広大な土地を経営した経験があるわけでもないのに、いたずらに統治の範囲を広めれば当然あらがでる。
寒冷化の影響がなくとも、土地ごとの特色や魔物の棲息状況の把握、エーテルの属性に適した農作物の提案や作付けの導入までするとなると、一朝一夕でどうにかできるものではない。
かつて、ルーシャンはエヴラールという貴族の家に、養子という形で名を連ねていた。貴族の血は引かずとも、当主でもある養父の研究の後継者として、彼は研鑽を積んでいた。ルーシャンにとって、父は貧民街で暗澹と生きていた自分に、生きる理由と存在意義を与えてくれた恩人だ。
だからこそ、今こうして廃墟と化した村を歩いているだけで、胸がつきりと痛む。
「
――――
」
ここは、かつて養父が存命だった頃は、彼が治めていた領地の一角であった。養父はこのような領地の端の端にあるような村落にも足を向け、入念に土地の調査を重ねていた。魔道狂いと揶揄されていたような養父の趣味が講じての部分もあったのだろうが、結果的に人々は安定した収穫を得られて喜んでいた。
魔物の足跡が村の近くで見つかったと知らせがあれば、ルーシャンも衛兵と共に防備に手を貸したこともあった。彼らの生活の全てに関わることはなくとも、その一端に触れ、彼らを守れる手助けができたことを誇りに思った日もあった。
けれども、今は。
ありし日の残像をそっと振り解くように、ルーシャンがゆるゆると首を横に振る。
「なーんも、なくなっちまったんだな
……
」
養父が死んだ後、土地は全て彼の縁戚や友人である貴族が併呑していった。貴族らしい交流が苦手だったツケが回ったとも言えるが、ルーシャンとしては『死人に口なし』という言葉の方が正しいように思えた。
はあ、と白い息が漏れる。持ち出してきたカンテラの灯りと、冷たい空気のおかげで常よりも澄んで冴え冴えと輝いているように見える星空以外は、照明はない。
そろそろ戻る頃合いかと、ルーシャンが感傷から己を切り離したときだった。
「ルーシャンさん」
予想外の声が聞こえて、ルーシャンは片眉をあげてそちらにカンテラを向ける。声から予想していた通り、薄紅の波打つ髪を持つ少女
――
オデットが、ルーシャンに歩み寄ってくるところだった。
「お、どうしたんだ。オデットのお嬢ちゃん、こんな夜更けに一人歩きはするもんじゃないぞ」
先ほどまでの哀愁を帯びた表情は全て拭い去り、ルーシャンはからっと笑ってみせる。オデットも、彼の笑顔につられて口の端を少しばかり持ち上げた。
「あの、兄さんとサルヒさんが今日の見張り番の半分を引き受けることになったので、それを伝えにきたんです」
「サルヒがノエと? ってなると、俺は一人か。寂しいねえ、ふられちまった」
「あ、あの! ですので、わたしが、ルーシャンさんと一緒に見張り番をしようと思うんですっ」
「話し相手がいるのは嬉しい限りだが、大丈夫か? 夜明け前の見張り番って、結構眠くなるぞ」
「大丈夫です、今度こそ寝ません!」
この前は寝たんだな、と思ったものの、敢えてルーシャンはその件には触れなかった。年頃の少女の見栄っ張りがわからないほど大人気ないわけではない。
「それで、お嬢ちゃんは俺を呼びに来てくれたのか?」
「は、はい。そう
……
です」
肯定していながらも、どこかオデットの言葉は歯切れが悪い。まるで、それ以外の理由もあると敢えてちらつかせて、聞いてもらいたがっているかのようだ。
「何か、気になることでもあったか
……
ああ
……
例のゲルダっていうお嬢さんの発言に気になるところでも?」
真っ先に話題とするならそこだろうと、ルーシャンは竜と共に育ったという娘の名を口にする。
「そういえば、さっきの話のとき、あまり口をきいていなかったものな」
「それは
……
話に、圧倒されてしまったから。それに、最初は、ちょっと怒っていたからでもあるんです」
オデットは自分の気持ちを整理するためか、手袋に包まれた指を何度も組み替える。
「だって、あの子が異端者の人たちに竜の血を渡さなかったら
……
それに、飲ませるのを止めなかったから、コーディさんたちはあんなに悩むことになってしまったわけですから。それに、グレンさんも
……
死なずに済んだかもしれません」
「そういう風にも考えられるな。あのお嬢ちゃんは、この前の一件に深く関わっていた。それは間違いない」
「でも、ゲルダさんは
……
お母さんのことをヒトがいじめるのは嫌だった、お母さんのことをもっと知って欲しかったって言っていました。もし、自分が目が覚めたとき、目の前にいたのが優しいドラゴン族だったら
……
わたしも、同じように考えていたかもしれません」
記憶を失った直後のオデットを助けたのは、ヒトであるノエだった。だが、もしそうでなかったら、自分もゲルダのように、ヒトではない者を愛するようになったかもしれない。オデットは、ゲルダの話を自分と置き換えつつ、そう捉えていた。
「でも、ゲルダさんは自分の考えが間違ってたら、ちゃんとこれは違ってたって反省して、異端者に協力するのをやめようと決めていました」
遅きに失した部分はあったかもしれない。取り返しもつかないことをした、と打ちのめされたかもしれない。
けれども、そこで諦めず、もうおしまいだと嘆くのではなく、彼女は次に自分が取るべき行動を考えた。
ちょうど、ノエがグレンを殺めた事実を抱えながらも、また前を向いて歩き出したように。
「わたしは、そんな風に自分の考えが間違っているって言われて、ゲルダさんみたいに素直に受け入れられるかなって
……
。そんなわたしが、彼女に『余計な真似をしたせいで皆が悲しい思いをした』って怒れる立場なのかって思うと、何を言ったらいいかわからなくなってしまったんです」
「
……
オデット嬢ちゃんは真面目だねえ。そこのところ、若人にどんどん似てきてないか?」
似なくてもいいのに、とルーシャンは思うが、オデットはカンテラの下でもわかるほどに頬を赤らめていた。密かに思う相手に似ていると言われて嬉しくなったようだ。
それはさておき、とルーシャンは続ける。
「相手が頑張ってるから、反省してるからって、傷ついた側が無理に黙りこくる必要もないだろ。そんなこと言ったら、何十人も殺したような大罪人でも、ごめんなさいの一言で許してもらえることになる」
ルーシャンの話す例は極端ではあるが、状況を簡単に整理するなら、今の説明が一番簡潔かつわかりやすい。
「責任の全てがあのお嬢さんにあるとは俺も思わんさ。ドラゴン族に育てられて、よくあれだけ真っ当な倫理観を持って育ったな、と思ってるくらいだからな」
ゲルダの物言いがどこか幼かったり、他人事のように聞こえるのは、彼女の育った環境によるものだろうとルーシャンは推測していた。いくら竜に知性があろうとヒトと同じ価値観を持っているとは限らない。それを思えば、ヒトを同胞であり手を取り合えるものとして受け入れているだけ、彼女はまだ『ヒト』であれている方だ。
「だからって責任が全くないとも言えないだろ。そんなら、彼女が背負ってる分は、きちんと糾弾しても構わないと俺は思う」
「
……
そう、ですよね。ちゃんと怒らないと、兄さんみたいにモヤモヤしちゃいそうですし」
何気にノエに対して酷い言い草ではあるが、ひとまずルーシャンは同意の頷きを送る。
「それに、面と向かって罵ることだけが怒りってもんじゃない。怒っているって気持ちを自分で許すことも、また一つの怒り方だ」
「怒ってることを許す
……
」
「この場で喧嘩してても気分が悪くなるから遠慮するって考えるのは大人の嗜みだが、善人であり続けようとするのは流石に背伸びしすぎってもんだ」
ルーシャンはオデットに近寄り、その頭をポンポンと軽く叩いてやる。どこか懐かしくすらある、その色を視界の端に収めながら、
「その辺はノエの方が当事者だからよく知ってるだろ。おじさんは、参考にしない方がいいぞ。すぐ感情が顔にでちまうらしいからな」
「でもルーシャンさんは皆さんを代表して怒ってくれてるときもありますから。さっきも、わざと嫌なこと言ったのではありませんか」
「俺は想像できる危険を共有しただけで、嫌われ役を買ったわけじゃないさ」
本当か嘘かはわからないが、ルーシャンは両手を広げて戯けて笑ってみせた。そのまま、オデットの背中を軽く叩き、
「さあ、そろそろ建物の中に戻ろう。冷えて体を壊しでもしたら、大変だろ」
もっともな注意を受けて、オデットは素直に頷く。
最後、一度小さく振り返ったルーシャンの目に冷たい光が宿っていることは、幸いオデットが気がつくことはなかった。
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