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Hizuki
2024-10-17 21:02:16
3229文字
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あんスタ[薫あん]
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想いは秘めずに
【あんスタ】薫あん。月にまつわるあんずの言葉に翻弄される薫の話。零もいる。意味は一つではない。
「どうしたんじゃ、リズリンの色男が溜め息なぞ吐いて?」
「あ、零くん
…
」
聞き慣れた声が聞こえて顔をそちらに向ければ、もちろんそこに立っていたのは零くんだった。
「困り事なら相談に乗るぞい?」
「
…
ありがと。え~っと、困り事というか悩み事というか
…
?」
そう言って零くんはレスティングルームの俺の向かいの席に腰を下ろした。声をかけてきたのが他の人だったら、話すつもりはなかった。零くんだったからこそ俺も話してもいいかと思ったわけで。ただ、厳密に言うのなら、困っているというわけではない。どう切り出そうかと考えていると、零くんが先に口を開いた。
「ふむ?
…
薫くんのことじゃし、大方嬢ちゃんのことじゃろ?」
「な!?ななな何もまだ言ってないけど!?」
キャップを開けようとしたミネラルウォーターのペットボトルがそのまま手から滑り落ちる。床に落ちたそれはゴトンと鈍い音を立てた。おまけに一瞬声まで裏返ってしまっては、零くんの言葉を肯定していると言っているようなものだ。いや、間違ってはいないのだけど。そんな俺を見て、零くんはくくくと笑ってみせる。
「図星のようじゃの。それで、一体何があったんじゃ?」
「
…
あんずちゃんの言葉の意味をどう受け取っていいのか迷ってる」
落としたペットボトルを拾って、改めてキャップを開けた。口を湿らせても、何となく渇いている気がしてそのままもう一口。
「昨日の仕事、あんずちゃんと一緒だったんだけど、終わったのが夜だったんだよね」
次の季節に合わせた雑誌の記事のモデルはあんずちゃんが俺に依頼してくれたものだった。インタビューもセットのもので、インタビュアーさんと話が盛り上がったのもあって気付けば結構な時間が経ってしまっていた。そして時計を見ればそこそこの時間になっていた、というわけでもある。
「外出たら綺麗な満月でさ、あんずちゃんが言ったわけ」
その言葉を彼女から聞いたのでなければ、こんなことにはなっていない。
「月が綺麗ですね、って
…
」
言葉通りではない、もう一つの意味。知らなかったのなら、聞いた通りの意味で受け取れたのに。それが、昨日の夜から俺の頭を悩ませている理由だった。
「
…
おぬし達、付き合っておるんじゃろ?」
はぁ、とさっきの自分以上の大きな溜め息を吐いて、零くんが呆れたような調子でそう言った。もう一つの意味を零くんが知らないとは思っていない。だからこそ、零くんはこういう反応をしている。
「そもそも、嬢ちゃんの心は嬢ちゃんにしか分からんじゃろうて」
「そうなんだけど
…
そうなんだけどさぁ
…
!」
崩れるようにテーブルの上に突っ伏す。そのまま呻くみたいに発した声は少しこもった音になった。あれは好き、よりも大きな想いが込められた言葉でもあって。
「全く
…
。いくら何でも遠回りしすぎじゃないかえ
…
?若いんじゃし、ストレートすぎるくらいの方がいいと思うんじゃけど?」
「若いって零くんだって俺と一つしか違わないじゃん
…
」
「我輩はおじいちゃんじゃもん」
俺と零くんの年齢の話は置いておく。遠回り、というか俺が一人で分かれ道で迷っているだけ。どちらかの先にあんずちゃんはいる。それが分からないからこうして頭を抱えている。あの場ですぐ意味を聞ければよかったのに、微笑む姿に見惚れて何も言えなかった。まだ寄るところがあるので、と言うあんずちゃんとはすぐに別れてしまったから、真意を知っているのは彼女だけ。
「そういった言葉に秘めるのもよいものじゃが、ありのままの言葉の方が刺さることもあるぞい」
もちろん零くんが言うことも分かっている。俺達は現代を生きていて、あの言葉が生まれた時代の人間じゃない。だったら、同じ想いは俺の言葉で伝えなくちゃ。
今日の仕事を終えてから、外の風を浴びたくて空中庭園に出た。ベンチに座って空を見上げる。時間は昨日より少し早い頃合い。満月の日は過ぎたとはいえ、昨日とほぼ変わらない月が濃紺の中に浮かんでいる。心地いい風を浴びながら空を眺めていると俺を呼ぶ声がした。
「薫さん、お疲れさまです」
思わずドキリと心臓が跳ねる。聞き間違えるはずのない声。
「あ、あんずちゃん!お疲れさま
…
」
振り返ればあんずちゃんがそこに立っていた。昨日の今日で顔を合わせることになるとは思わなくて、いや同じ建物にいる以上絶対にないとは言い切れないのだけど、名前を呼ぶ声は上ずってしまった。何も荷物を持っていない様子を見るにまだ仕事の途中で、息抜きにここに来たのだろう。
「隣、いいですか?」
「
…
もちろん」
「ありがとうございます」
正直落ち着かないままではあるけれど、断る理由はどこにもない。できるだけいつも通りを装って座っている場所を少し左にずらすと、あんずちゃんは空いたスペースにちょこんと座った。
「今日も月綺麗ですね」
「うん、そうだね
…
」
俺の心を知ってか知らずか、同じように空を見上げたあんずちゃんはそう口にした。昨日と同じ言葉ではない。これはきっと純粋な月への感想だ。
「
…
ね、聞いてもいい?」
彼女の方を見て問いかければ、その視線は空から俺に移った。首を傾げて、続きを促すように俺の方を見る。
「
…
昨日のあんずちゃんの言葉の意味はどっち?」
一人で悩んでいても仕方がない。どちらの意味であったとしても、あんずちゃんから答えをもらえれば全部解決する。
「ふふ、どっちだと思います?」
「
…
あ~やっぱり知ってて
…
!?」
くすりと笑ってあんずちゃんは俺に聞き返した。つまり、もう一つの意味も知っていて、あの言葉を口にしたということ。
「素直に綺麗だなって思ったのも本当ですよ」
その言い方では比重を置いているのは別の方のように聞こえて。だとするとあまりにも脈絡がなさすぎる。直前に話していたのは仕事のことで、そんな言葉を挟むような話ではなかったと思う。
「もう
…
あんずちゃんも人が悪いなぁ
…
」
「まさかあんなに悩んでるとは思いませんでしたけど。
…
零さんに相談してましたよね?」
とはいえ、疑問は晴れた。これで一安心、と思っていたら、彼女は新たな火種をひょいと投げ込んできた。
「な、んでそれを
…
!?」
思わず身体がのけぞった。さっきのあんずちゃんの名前を呼んだ時以上に声が裏返る。
「
…
えーっと、ごめんなさい。たまたま通りかかった時に聞いちゃったんです」
「ううん、あんずちゃんが謝る必要はないよ。俺が一人で頭抱えてただけだからさ」
困ったように笑ってあんずちゃんが言う。今日の午後のレスティングルームでの話。オープンな場所だから当然誰かに聞かれることだってある。自分のことに気を取られすぎていて、多少周りが見えていなかったことも否定はしない。だからといって、まさかあんずちゃん本人に聞かれていただなんて思いもしなかった。本当格好つかないな。顔を手で覆って、自分を落ち着かせるように大きく息を吸った。
「
…
だから、俺から言うね」
あの言葉には託さない。
俺の真っ直ぐな言葉で、彼女だけに伝える。
「愛してるよ、あんずちゃん」
「っ!?」
彼女の肩が大きく揺れた。何度も目を瞬かせて、顔は薄紅に染まっていく。視線に耐えられなくなったのか、あんずちゃんは俺から顔をそらして、背を丸くする。
「あ、あの、この流れで、それはズルくないですか
…
!」
「昨日のお返し、ってことで」
そんなあんずちゃんの姿に思わず笑みが浮かぶ。最初に仕掛けてきたのは彼女の方。これでおあいこだ。
「
…
このまま時が止まってしまえばいいのに」
囁くような優しい声で返ってきたのは、あの言葉への返事。そう言ってあんずちゃんは顔を背けたまま自身の手を俺の手に重ねる。直接言葉にされなくとも、触れた彼女の温度が心を語っていた。
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