Hizuki
2024-08-12 21:40:03
6142文字
Public あんスタ[零薫他]
 

依頼人の望みとあらば

【あんスタ】零薫。×というより+寄りのオルタード×パープレックス。闇商人であることを知っている零から依頼を持ちかけられる薫の話。ちょっとだけ茨もいる。細かいところまで詰めてない+途中までなので雰囲気でも大丈夫な方向け。


表通りの歓楽街の一角にその店はあった。見目麗しいキャスト達の歌と踊りを見ながら、おいしい食事とアルコールを楽しめる店。お目当てのキャストを見るために毎日のように通っている者もいるとかいないとか。ショーのプログラムは公開されておらず、実際に店に行くまで分からない。中でも『オルタード』と呼ばれる五人組は一番人気の集団で、彼らのショーの日の売り上げは恐ろしく跳ねるのだという噂は聞いたことがあった。
別にお気に入りのキャストがいるわけではないけれど、最近の仕事のついでに寄りやすいという理由で俺もここを利用している。何の偶然なのか、自分が立ち寄った日は全てオルタードの回と重なっていた。今日もこの後に彼らのショーがあるらしい。人によってはステージから遠い、フロアの壁際の端のこの席でもいいから見たいという者もいるのだろう。そんなことを考えながら空になったグラスをテーブルに戻すと、意外な声が聞こえてきた。

「少しいいかや?」

畏まったボーイの声ではなかった。けれど、その声と話し方には聞き覚えがあった。普段はステージの上からマイク越しに響き渡る声がすぐ側から聞こえる。声のする方に顔を向ければ、予想した通りの人物がそこに立っていた。

おや?そんな格好で客席に下りてくるなんて、珍しいこともあるもんだね」
「ふふ、この場に溶け込むにはこれが一番なのじゃよ」

夜を思わせる緩く癖のある黒髪。こちらを見つめる赤い瞳はまるでカーネリアンのよう。俺の返事に優雅に笑ってみせたのは、件のオルタードのリーダー、零だった。孔雀をモチーフにしたいつもの濃紺のステージ衣装ではなく、ショーを終えたキャストがファンサービスの一環として客席に下りてくる時の、うさぎの耳が付いた給仕用の衣装を身に纏って。とはいえ、オルタードがその格好で客席に下りてきたところを見たことは一度もない。おまけに別のキャストがステージに立っている時間と重なっていることもあり、彼がここにいることに気付いているのは俺だけのようだ。

「おぬしと話がしたくてのう」

そう言って、彼は持っていたお盆に乗せられていたグラスを俺の前に差し出した。注文した覚えのない淡い金色。注がれたシャンパングラスの中でしゅわしゅわと泡が弾けては消える。聞き間違いでなければ、『俺と話がしたい』と彼は言った。

「うん?俺と?どこにでもいる普通の客だよ?」
「くくく普通の客、か

確認するように笑って聞き返せば、俺の言葉を繰り返して愉快そうな笑みを浮かべる。

知っておるぞよ。おぬし、『薫風』じゃろう?」

一歩こちらに踏み込んで、声を潜めて俺の耳元に手を添えて囁いた名に、一瞬言葉を失った。どこでその名を知ったのかは知らないけれど、低い声で彼が口にしたのは俺のもう一つの名、『闇商人としてのコードネーム』だった。

へえ、まさかオルタードの零がその名を知ってるとはね?」

元の距離に戻った彼は、反応を窺うようにまっすぐ俺を見つめている。否定するつもりはない。一呼吸おいて、挑発するような声音で問い返せば、満足そうに表情を崩した。

「それで、俺に話っていうのは?」
「この場では憚られる話での。今日のショーの後、我輩を『指名』しておくれ。そちらで話をしよう」

やはりそう来たか。
店の一番人気の男が、普段は姿を見せない客席に下りてきて、おまけに俺の別の名を知っている上で声をかけてきた。となれば、大っぴらには話せない内容だというのは言われずとも察した。
この店では追加料金を支払えば、好きなキャストを『指名』して『誰の邪魔も入らない部屋』で『二人きり』で過ごすことができる。キャストの人気に合わせて金額は上がり、オルタードともなれば相当な額になる。それがこの零であればなおさら。売り上げが跳ねる理由の一つはここにあるのだろう。

「もちろん、こちらから持ちかけた話じゃから料金は不要じゃ」
「ふうん?話くらいは聞こうか。せっかくのオルタードからのお誘いだからね」

けれど、彼が料金は不要だというのなら、乗っかるのも悪くない。こんなことでもなければ、キャストと過ごせる部屋の中を見る機会なんてないだろう。それに何故彼が俺に話を振ってきたのか、その理由が気になるところでもある。

「では、後ほど。それは我輩からのサービスじゃよ。今宵も楽しんでおくれ」

フロアが拍手と歓声に包まれる。そう言い残して身を翻した彼の燕尾の裾がひらりと揺れた。ボーイを呼び、彼を指名する意思を伝えてから、サービスと言って差し出されたグラスを眺めていた。何か裏があるのかという疑念と、本人自らが姿を見せたという誠意を天秤にかけながら。
程なくして流れ始めた曲が彼らのショーの始まりを告げた。ついさっきまでうさぎの耳を付けて俺の側にいた男が、いつもの衣装に身を包み、フロア中央のステージで歌声を響かせ、踊り、客を魅了している。技量の高い五人が重なれば、客の目を惹き付けてやまない。俺自身も彼らのショーは嫌いじゃない。いや、どちらかというのなら好ましい方だ。ステージに顔を向けると、一瞬彼がこちらに視線を向け、微笑んだような気がした。俺がどの席に座っているのかが分かっているからこそ、そういうことをしたのだろう。
彼らの歌声に耳を傾けながら、テーブルの上のグラスを手に取って口を付けた。もし罠だというのなら、対応はその時に考えればいい。何より、あのオルタードの零からのサービスなんて、望んで受けられるようなものではないのだから。



つまり、この店を潰したいってこと?」
「簡単に言えばそういうことじゃな。そのために必要なものをおぬしに調達してもらいたいんじゃよ」

ショーが終わってしばらくした後、ボーイの先導で店舗の最上階に案内され、渡されたカードキーで開けた部屋に彼はいた。夜のような黒で統一されたこの部屋は、おそらく彼専用の部屋なのだろう。キャンドルの炎が揺れるテーブルに向かい合って座り、彼の口から語られたことを要約した結果がこれだった。

「確かに給金はいいが、決してキャストの扱いがいいと言える店ではない。近頃はより酷くなっておる。おまけに、先日我らのメンバーに危害を加えようとした輩がおっての。加えてグレーでは通し切れない話も耳に届いておるのじゃ。ならば、いっそ綺麗に潰してしまおうかと思っての」

話が飛躍している気がしなくもないけれど、彼にとってはそれほどのことなのだろう。オルタードにまで手を上げようとしたということは、彼ら以外のキャストは言うまでもなく何かしら被害を受けているということか。これまでのことが積み重なって、という面もあるのではというのも想像に難くない。

「とはいえ、ここがあるから生活できてる子もいるんでしょ?それはどうするつもり?」
「ありがたいことに店を離れるなら迎えると言ってくれる客がいる者もおる。そうでない者も信頼のおける別の店のオーナー達が引き受けると言ってくれておっての。そこの心配は不要じゃ」

俺がどうこうすることではないものの、ここのキャスト達の心配をしてみれば、そこの抜かりもないらしい。俺のもう一つの名を知っているくらいだし、彼の客で同業者に顔の利く者がいるというのは聞かずとも分かった。そして、オルタード達は恐らく前者だ。金を積んででも彼らを迎えたいと思う者はいるに違いない。というより、その相手はもう決まっているのだろう。

「なるほどね。事情は分かったけど俺の店、高いよ?」

表には出回らない物や表では扱えない物を含め、ありとあらゆるものを闇商人達は用意できる。商品の価値や用意するためのリスク、コスト、それらを含めると当然値段は跳ね上がるし、提示した金額を理由に引き下がる者もいる。それでも商売は人と人とのやりとりだ。俺自身はそちらを重視しているつもりでいるし、他の店に比べれば多少は安いという自負もある。とはいえ、普通の感覚からすれば十分高いのだろうけれど。

「もちろん相応の値段だとは承知しておるよ。幸いなことに、ほとんど使い道がなかったおかげで貯め込んでおるからの。きっちりおぬしの言い値を用意しよう」

俺の言葉に動じることもなく、きっぱりとそう言い切った。さすがはこの店の一番人気と言うべきか。その堂々とした様に思わず笑みが浮かんだ。

「だったら、断る理由はないかな。ただ、後日改めてちゃんと話をしたいんだよね。何がいるのか知りたいし、契約書にサインも欲しいし」

この店に立ち寄るのは『表』の情報屋の仕事のついで。『裏』の顔に繋がるものは基本的に持ち歩くことはしない。表の姿であるのならばなおさらだった。そして初めての客でも、リピーターでも万が一の時のために契約書に必ずサインをもらっている。わざわざ俺に声をかけてきた目の前の男が変なことをするとは思わないけれど、お互いの信頼関係を築くために必要なものだとは思っている。

「ふむ。この件に関することならば、ここを使ってくれればよい」

外から邪魔が入らず、機密性が保たれて彼と二人で話せる場所という点においては申し分はない。
ただ。

確かに稼いでるとは言っても、そうほいほいとあんたを『指名』はできないよ?」

一時的にとはいえ、オルタードの零を独占できる金額として見れば安いものなのだろうか。自分にとって目が飛び出るような額というわけではないものの、他のキャストの料金と比較すれば桁違いなことは紛れもない事実。ひとまず今日の分の指名料は不要だと言われているとはいえ、話の度に彼を指名してとなれば、自分の利益は薄くなる。本来ならこちらの店に来てもらって契約を結ぶわけだけれど、店に雇われている彼にどれほどの自由が許されているかも、ここからどれだけの付き合いになるかも分からない。とすれば『客』という身分を使って、俺がここに来る方が合理的ではある。指名料の一部は代金に上乗せすればいいか、なんて考えていると、彼は不敵に笑ってみせる。

「ふふ、我輩を誰だと思っておる?多少の無茶は通してみせようぞ」

何やら策があるらしい。ここのトップキャストだからこそできる何かがあるということか。一体何をしようと言うのやら。

「分かった。それじゃ、とりあえず仮契約、ってことで。ついでにショーの予定ももらえる?オルタードが出る日を把握した方が俺も動きやすいから」
「ああ、もちろんじゃよ」

偶然をそう何度も引き当てることはできない。扱いがよろしくないとはいえ、当然キャスト達には出演予定が知らされているはずだ。わざわざ彼がいない日に足を運ぶ必要はない。

それほどまでに叶えたいこと、ってわけか」

店を潰すという目的のために、自身の立場を利用し、闇商人の手を取る。一歩間違えれば全てを失う可能性も孕んでいる。それは、彼の覚悟の証とも受け取れた。



商人と一口に言っても、人によって扱う商品は異なっている。だからこそ、同業者との情報交換は重要なものとなる。馴染みの顔と気安い話をしつつ互いの求める物を尋ね、またその場で耳にした話を元に新たな客を開拓する。裏通りの地下にあるこの店は、そういった者達の交流の場だった。煙草の煙とアルコールの匂いで満ちるフロア、月に一度、ここで赤紫色の髪の彼と顔を合わせるのはそのためだった。自身が扱っているものと領域が異なるが故に、彼に依頼をすることも度々ある。それは逆もまた然りで、持ちつ持たれつの関係を築いていた。

「そういえば、最近何やら忙しそうじゃないですか」

一通り話を済ませたところで、向かいに座っていた彼がそう切り出した。話している間に小さくなった氷がカラン、とグラスの中で澄んだ音を立てた。自身の商機はないか探りを入れたい、という意図が見える。

「ああ、うん。たまたま大口の話が舞い込んできてね」

忙しくしているのは本当のことだった。『表』の仕事を一時的に休業しなければならないほど、あちこちを動き回っている。それだけ今回の依頼品に手間がかかっているということでもあった。

「それは結構。オルタードの零絡み、ですか」
その話を一体どこで?」

声を抑えた彼から出た名前に、グラスを持ち上げようとした手を止める。今回の依頼人については誰にも話していないし、話すつもりもない。そもそも、正式に契約書を交わしたのだってほんの数日前の話で、情報が回るにしては早すぎるように思えた。

「噂になっていますから。新たに彼を指名した者がいるらしい、とね。そこと重なるように動きがあればそう読まれるのは自然なことかと」

なるほど、裏表を問わず『オルタードの零』は有名人というわけだ。俺がそこまでの興味を持っていなかったおかげで、気付いていなかっただけ。何者かは分からないが、彼を指名するための金額を支払えるような人物であるということであり、話題になったと。それなら、噂の人物はもちろん俺だ。指名したこと自体は間違いない。ただ、その料金を支払ってはいないのだけど。話の出所はあの日彼を指名しようとしたものの、埋まっていてできなかった客、なのだろう。腹いせに騒ぎ立てて正体を炙り出したい、といったところか。

さぁ、どうだろうね?」

周囲の目と耳もある。明確な答えは避け、このフロアに立ち込める煙のような返事に留めた。元々あの店に立ち寄ったのはプライベートのことで、それが偶然今回の仕事に繋がっただけのこと。まぁ随分大きな話になったとは思っている。止めた手を動かし、琥珀色を口に含んだ。

我々の取引に支障がないのなら、あなたがどこで何をしようが気にしませんよ、薫風殿。対価さえ用意していただけるなら、いつでも相談に乗りましょう」
「ありがとう、毒蛇くん。その時は声をかけるよ」

俺が噂を否定しようが肯定しようが、きっと彼の反応は変わらないことも分かっている。自分の利になるのなら話に乗ってくるし、そうでないなら傍観者の位置から動かない。目の前にいる『毒蛇』と呼ばれる同業者は、そういう人物なのだ。

「では、また」

わずかに残っていたグラスの中身を飲み干すと、毒蛇くんは席を立ち、店を後にした。何だかんだと彼も忙しい人物だ。歩いていくスピードがそれを物語っている。かくいう俺もここでのんびりとしていられるような状況ではない。件の依頼人から渡されたリストの中身は、なかなかに骨が折れそうなものばかりだった。
とはいえ、人脈、情報、時には自身の身体も含め、あらゆるものを使って、依頼人の望みの品を揃えるのが俺達の仕事。

さて、やりますか」

まずは近くの別のテーブルへ。漏れ聞こえてきた話からすると、向こうの探し物は俺の伝手で手に入れられるもののようだ。それを種に相手が持っているものを引き出させてもらうとしよう。初めましての相手用の笑顔を浮かべて声をかけた。

「ど~も。そっちの探し物、俺なら用立てられるけどどうかな?」