Hizuki
2018-10-31 09:09:08
3266文字
Public
 

吸血鬼の悪戯

【グラブル】ジクグラ。ハロウィンの話。吸血鬼が、そこにいた。



街の中心部から離れると、距離に比例するように静かになっていく。
自分の手元には空になったバスケット。
その中に山のように入っていたお菓子はひとつも残っていない。
『ハロウィンの祭りを盛り上げてほしい』という依頼を受けて向かった島、結果は住人達の笑顔が物語っている。
荷物になったバスケットを持って艇に戻ると、よく知った気配を感じてそちらへ向かう。
覗き込んだ談話室の窓の側の席。
室内に灯りはなく、窓から差し込む月明かりだけがその人の姿を照らしていた。
白のシャツに黒のベストを重ねて。
漆黒のマントの裏地は深紅に。
テーブルに置かれたボトル。
紅い液体が揺れるグラスを手に、窓の外の祭りの灯りを眺めている。
ただそれだけの姿に目を奪われて動けなくなってしまう。
あれでは、まるで。

グランか」

名前を呼ばれてハッと我に返る。
金色の穏やかな瞳がこちらに向けられていた。

ジークフリートさんどうしたのその格好」
「今日の衣装だ」

ジークフリートさんがいるテーブルに歩み寄り、その姿をまじまじと見つめる。
いくら警備とはいえ、祭りの場で普段の甲冑姿では逆に目立ってしまうからと用意されたのがこの衣装だったらしい。

「ジークフリートさんだけ?」
「他の3人も一緒にだ。もちろん、それ以外の者も祭りにちなんだ格好をしていたぞ」

つまりフェードラッヘの騎士4人は揃って同じような格好をしていたということ。
確かにこの格好なら今日の場では何の違和感もない。
それに羽織っているマントのおかげで帯剣していても目立つことは少なかっただろう。
ジークフリートさん達や戦闘に長けた団員が会場周辺の安全確保と警備を買って出てくれたおかげで、僕達は祭りの準備の方に集中できた。
今回は数人ずつ複数のチームに分かれて依頼に当たっていたから、準備を始めてから祭りの当日まで顔を合わせなかった団員もそれなりにいた。

「トラブルはなかった?」
「酒が絡んだ多少の諍いは何件かあったが、大きな問題はなかったな」
「よかった」

何かあれば島の長や僕のところにも情報が来ていたはずだから、本当に何もなかったと見ていい。
せっかくの祭りの場に水を差すようなことはないに越したことはない。

問題、というわけではないが、ランスロット達は少し大変だったようだ」

ふふ、と笑いながら出てきたのは、同じく警備に当たっていた仲間の名前。

「何があったの?」
「風船を放してしまった子供がいて、それをランスロットとヴェインが取ってやっていたんだが

続きを聞けば、ヴェインがランスロットを自らの武器で空に打ち上げ、風船を捕まえて下りてきた、と。
今日の格好のせいもあってか、人々の視線を一瞬で集めてしまったのだという。
2人の名前が出た時点で何となく予想はできた。
日中耳にした一際大きな歓声はきっとそれだったのだろう。

なるほどね」

ランスロットは女性達に、ヴェインは子供達に囲まれて一時身動きが取れなくなってしまってな、とジークフリートさんが続ける。

「特にヴェインの奴は、同じように空を飛んでみたいとやんちゃな子らにせがまれていたな」
「あれやってみたら楽しそうだもんなぁ」
「ほう、今度試してみるか?」
「え、いいの?」
「構わんさ。だが、パーシヴァルに見つからないようにしないとなぁ」
「もしかしてヴェイン、本当にやろうとしてパーシヴァルに怒られてた?」
「ああ。ついでにお前も見てないで止めろと俺も怒られた」

ヴェインがパーシヴァルに怒られるのまでがセットだったのだろうと思っていたら、まさかジークフリートさんまで。
まるで目の前で起こっているかのようにその光景が浮かび上がってきて思わず噴き出してしまった。

「ありがとう、ジークフリートさん」
「気にするな。何だかんだで見ていて楽しかったからな」

笑いが収まってきて、今日のお礼を告げる。
後でみんなにもちゃんとお礼を言っておかなくては、と考えていると、思い出したようにジークフリートさんが口を開く。

そうだ。とりっくおあとりーと、だったか?」
「えっ?」

唐突にジークフリートさんの口から発せられた言葉を聞き返す。
ハロウィンの決まり文句。
お菓子をくれなきゃいたずらするぞ。
まさかそれを目の前の人から聞くことになるなんて思いもしなかった。

「ごめん、街で全部配ってきちゃったからお菓子残ってないんだ。僕の部屋になら

部屋にならまだいくつかある。
けれど今手元にあるのは空っぽになったバスケットだけ。
そんな僕の様子を見て、ジークフリートさんが楽しそうに笑みを浮かべる。

「ふむふむ、ならば悪戯をしてもいいということだな」
「な、何を

グラスの中身を飲み干したジークフリートさんが立ち上がった。
不穏なものを感じて一歩ずつ後ろに下がっていく。
僕が下がった分と同じ距離を詰められる。
お酒が入っているせいもあるのだろう。
背中に何かが当たった。
壁だ。
もう逃げられない。

「あ

ジークフリートさんの左手が顔の横の壁を静かに突いた。
自分の手からバスケットが転がり落ちる。
月を背負い、妖しい金色の瞳が近付いてくる。
何これ。
まるで魅了を浴びたかのように動けなくなってしまって。
目を逸らせない。
ゆっくりと空いている右手が僕の方に伸ばされる。
つぅと首から肩のラインを指先がなぞる。


お前の血を、飲ませてもらおうか」


これじゃあ、まるで、本物の吸血鬼じゃないか。

顔を寄せ、さっきよりも低い声で耳元にそう囁かれれば、抗う術は残されていない。
いや、最初からない。
一瞬で顔が沸騰する。
びくりと身体が震え、反射的に目を閉じた。
露わになっている首元の素肌に緩く何かが当てられる。
力を加減されているのか、ほとんど痛みはない。
当てられているのはきっと歯だ。

なんてな」

感触が消えて元に戻った声音、恐る恐る目を開ければいつも通りのジークフリートさんがそこにいた。
月に魅入られたかのような金色はすっかりと姿を消していた。
そのまま自分の額を目の前の人の肩口に預ける。

「その格好でそれはずるい
「そうか、ずるいか」

普段から外見に頓着しない人を着飾るとどうなるか、というのを体現している人。
そして大抵それを着こなしてしまって、僕が揺さぶられてしまう。
だってカッコいいんだから仕方がない。
夏のユカタヴィラの時もそうだった。
きっとこの人だって人々の注目を集めていたのは想像に難くない。

「ぼ、僕以外の人にそういうことしてないよね?」
「グラン以外にするとでも?」

少しだけ顔を離し、ちらりと様子を窺う。
目が細められたかと思うと、さっきと同じ色が宿るのが見えた。
まずい。
身体を離し、壁とジークフリートさんの間をすり抜け、転がったバスケットを手に取る。

「じゃ、じゃあ僕はこれで
グラン」
「ひゃい!」

低い声で名前を呼ばれ、思わず動きが止まる。
声が裏返った。

「今日1日、ほとんどお前に会えずじまいだったんだ。もう少し俺に付き合ってくれないか?」

背中から腕を回され、視界の端に羽織ったマントが揺れる。
項に落とされた口付けに、もう一度手からバスケットが落ちた。
バスケットを置きに来ただけだというのに、どうしてこんなことに。
いや、会いたかったのは僕も同じか。
街の中を回っても姿が見えなくて、もしかしたらと少しだけ期待を込めて艇に戻ってきた。

「す、少しでいいの?」
「ならば、心行くまで楽しませてもらうとしよう」

聞いても聞かなくても少しでは済まないのは分かっている。
膝の裏に手が添えられて足が床から浮いた。
不安定な体勢を安定させるためにその人の首に腕を回す。
吸血鬼からの悪戯は、始まったばかり。
ハロウィンの夜はまだまだ長い。