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yn
2024-10-24 00:36:57
2267文字
Public
拳コユ
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ピアス
前に出した再録本には収録済みですがこっちに載せてなかったやつ。お付き合い前の拳コユ
「いいか?」
〝は、はひ〟
「
……
やめとけばァ?」
〝だ、だめ!〟
おじさんにお願いしたいんです!
そう言って睨み上げてくる娘っ子に、ケンはやれやれと肩をすくめた。コユキの目には涙が溜まり、ケンの手を恐れているのが丸わかりだ。
タンマ、と告げて、一度手を離す。なんで、と顔を上げたコユキに苦笑する。掌に乗った小さなピアッサーを摘み上げ、これ見よがしに振った。
「天下の新横浜退治人ギルドのハンターがこんなもんにビビっていいの?」
〝う、うー〟
「ってか、俺じゃなくていいでしょ」
〝だめ〟
強情な娘はぶんぶん首を振る。これ見よがしにため息をついた。
ロックグラスをとって一口。スコッチウィスキーでも入っていればサマになるだろうが、残念ながら烏龍茶だ。無理やり収めたサンドイッチ的何かと酒が胃の中で混ざったら大変なことになる気がして、口の中を洗うためにも茶を選んだ。まだ口の中に砂利を噛んだような違和感が残っている。
〝野球拳に勝ったら一つお願い聞いてくれるって言いました〟
「言ったけどさ。病院でやってもらった方がいいでしょうが。それかデカパイのねーちゃんにやってもらえよ、あとチャイナ娘とか」
〝おじさんがいいんですってば!〟
堂々巡り。全く困ったものだ。ケンは特にピアスを開けたいと思ったこともないし、ピアスを開けたがる心情もわからない。そもそも吸血鬼は傷の治りが早く、こんな小穴をあけたところですぐにふさがってしまうのだ。すべての吸血鬼がピアスを開けないとまではいわないが、ケンはわざわざ面倒をかけてまで開けようとは思わなかった。
身体に穴を開ける行為を吸血鬼のおっさんに委ねる真意はもっとわからない。
ピアスを開けた女が嫌いなわけではないが、丸っこくて見るからに柔らかそうな可愛い耳たぶに針を刺すなんて──若干、背徳感があるし、もったいない。
出血を伴えば多少なりとも理性も揺らぐ。この娘、そのあたりに考えが及ばないのだろうか。見習いとはいえ退治人だろうに。
〝ほら! 一発パチーン! それで済むでしょう?〟
「言い方言い方」
早く! と黒髪を耳にかけてズイズイ迫ってくる娘に折れて、わかったわかったと両手を上げて降参のポーズをとる。
「そんじゃほら新しい保冷剤持ってきなさい。お耳貸して」
〝はい〟
既に柔らかくなってしまった保冷剤を渡し、新しいものと交換する。白玉のようなもちもちした耳たぶに保冷剤を当てて冷やす。赤味を帯びるほどに冷えた耳たぶと手指を消毒して、場所を確認しつつピアッサーを当てた。
「いくよ」
コユキの肩が跳ねる。本当にやってしまってよいのだろうか。今からでも説得して病院へ行かせた方が良いような気がする。
そもそもなぜここまで自分にこだわるのか。イヤリングよりピアスの方がかわいいデザインが多いし前々から開けたいとは思っていたんです、なんて言っていた。その程度の理由ならそれこそケンではなく、修道女姿の退治人やチャイナ娘だって良いだろう。
父親に、とも思ったがあの見るからにカタブツな男が娘のピアスを開けることを承服するか怪しいか。
〝
……
っ、まだ、ですか
……
?〟
止まっているケンを訝しんでか、潤んだ片目を開けて目だけ動かしてケンを見る。ぷるぷる震える姿はまるで子ウサギ、請われているのはこちらなのにまるで虐めている気分だ。
(
……
おっと)
ずぐり。下っ腹が疼いた。
突然、低い音が空気を震わせた。
「ア」
出どころはカウンターに伏せたケンのスマートフォンだ。耳からピアッサーを外してカウンターに置き、端末を手に取る。トオルからの電話だった。
潤んだ目をきょとんとさせたコユキにタイム、と手を上げて通話ボタンを押す。
『ケン兄今どこぉ』
「今ギルドだけど」
『ミカ兄が道端で泣いてんのよ、どーにもならんから来てくんない?』
一体どういうことだ。
よくよく話を聞いてみると、退治人と一戦交えた結果上のビキニがすっ飛んでしまい、乳首を隠したままメソメソとベンチに座って泣いていたらしい。そこへ買い物に出たトオルとあっちゃんが偶然通りかかり、保護しているとのことだ。
いい年して本当に目が離せないやつだ。退治人とやり合うなら呼べば飛んで行ったものを。
『風強いしさあ、あのダサTシャツでいいから持ってきてよ』
「野球拳大好きTをダサTって呼ぶんじゃねえ!」
『よろしく~』
にべもなく切られた画面を睨みつつ、くるりと椅子を回して立ち上がる。良く磨かれた床に下駄の足がカランと綺麗に音が鳴った。
「わり、弟から呼び出しだ、行くわ」
〝ええっ〟
さっさとドアに手をかけたケンを追いかけ、コユキが慌てた様子で駆け寄ってくる。
〝まって、約束が違いますよ!〟
「しゃーないだろ?カワイイ弟がビキニ無くして泣いてんの、ほっとけねえもん」
袂を掴む柔らかな手を取って解く。ケンが弟を第一に考えていることはコユキも良く分かっているはずだ。むう、と唇を尖らせた娘に苦笑して、ひらりと手を振った。
「そんじゃねー、飯ごっそさん。次はガスバーナー使わないメニューで頼むぜ」
顔を見ないようにしてわざと大きくドアを開け、ドアベルをかき鳴らして飛び出した。
伏せたまつ毛と潤んだ栗色。腹の奥に感じた重さ。それらすべてを頭の奥の奥に押しこむ。
ミカエラサイズのTシャツの在庫あったっけ、と無理に思考を切り替えながら、下駄を鳴らして混沌とした街を駆けた。
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