蕨野おもち🍡
2024-10-23 23:17:33
2449文字
Public 豊衣足食
 

朝ごはん/豊衣足食

ロナルドくんの朝食と互いの信用について。

 寝入り端、吸血鬼にとってはまだ朝も深い10時頃のことである。棺桶のすぐ側でけたたましく鳴り響くアラームの音で微睡み程の浅い眠りから目が覚めた。
この小さく狭い兎小屋を我が城としてからはや1ヶ月ほどが経つ。ようやくお互いの相手の活動時間帯も掴めて来たところで、どうやら丁度この時間帯が、うっかり成り行きで同居人となった男──ロナルドくんが起きる時間のようである。
よくよく考えればまあ当たり前のことなんだが、人間というのは本当に昼間には起きて活動するらしい。本などから得られる知識としては知っていても、実際にこの目で見るのは初めてだった。ここに来て最初の一週間程はあのアラーム音に毎回ビックリして棺桶の中で死んでいたが、慣れてしまえばどうってことない。今ではこれもすっかり私の生活の一部になっている。
しかしまあ他人のアラーム音をこんなに近くで聞く生活なんて、これまでには無かったなあと考えながら今にも落ちそうな意識をなんとか繋ぐ。今日はまだもうすこし、あと少しだけ起きていたかった。

眠い目を擦りつつ棺桶の外へと意識を向けた。ロナルドくんの起きてからの行動は大体決まっていて、まず顔を洗ってからメビヤツにおはようを言う。その後キンデメさんに餌を上げてから、冷蔵庫にストックしてあるゼリー飲料を朝食代わりにしているらしい。
なので今日は朝食を用意してみたのだ。テーブルの上にメニューと温め方の書き置き、冷蔵庫におにぎりと卵焼き、鮭を焼いたやつ。鍋の中にお味噌汁。それからお父様からこの間頂いたぬか漬け。出来たてのものには多少劣るが、十分美味しく出来上がっていると思う。
ロナルドくんにはこれまでに夜食やおやつはジョンのものと一緒に出したことはあったが、朝食を出すのはこれが初めてだった。そもそも夜食でさえ最初は警戒してか「いらない、自分の飯くらい自分で用意する」と言い一向に口にしなかった。「ジョンにも全く同じものを食べている」というのを言い聞かせ、ジョンが口にしているのを何度か見せて、ようやく食べるようになったのは本当につい最近のこと。居住スペースへ入るのはあんなに簡単に許したくせに、変なところで真面目な退治人だった。
そんな訳で。
「ロナルドくんのために」作ったものを、ジョンのいない状況で出すのはこれが初めてなのだ。
別に今更「食べないんじゃないか」とかいう不安がある訳じゃない。折角作ったのに、もし彼が気付かずにいつもみたいにゼリー飲料を飲みやがったらムカつくな、と思うから起きているだけで。あれでいて結構アホなところがあるから、メモの説明が理解できないようならば棺桶の中からでもいちいち説明してやらねばと思っているだけで。
すこし遠くで、ロナルドくんが事務所にいるメビヤツに「おはよう」と声を掛けているのが聞こえる。ややあって、ぺたぺたという軽い足音をさせながら彼の気配がこちらに移動してきた。ふあ、なんて呑気な欠伸さえ聞こえる。
………
もういいから早くテーブルの上のメモ見ろ!早く!と念じながらジリジリした時間を過ごす。ロナルドくんが日々の食事についてどう思っているかは知らないが、私にとってこれは大きな試みだった。できることなら今すぐ棺桶から出てあれやこれや言ってやりたいが、それでは意味がないし何よりもう日が出ている時間帯だ。うっかり蓋を開けようもんなら死んでしまう。
……ん。なんだこれ」
ようやく私の書いたメモに気付いたのか、かさりとそれを手に取る音がした。その後はまた長い沈黙が流れている。読んだのか、無視するのか。書かれた通りに冷蔵庫を開けるのか。外を覗くことが出来ないから何もわからない。
ていうか何で私がロナルドくんが食事するかどうかでこんなに焦れなきゃならんのだ。何か知らんがだんだんムカついてきたな、いっそもう寝てやろうかと思い始める。よくよく考えれば別に起きとく義理もないし。今食べなければどうにかして夜食に出してしまえばいいし。
止めだ止めだ、もう寝てやろう。こんな事なら最初から朝更かしなんかするんじゃなかった。ていうかあのアラームが悪いのだ。毎日毎日同じ時間に起こして来おる。真隣に生活時間の違う同居人が寝ているんだから、もう少し気を使ってほしい。
夕方起きたら絶対文句言ってやろ、と寝返りを打ったその時。
ピ、と電子レンジの操作音が聞こえた。
それから、鍋を火にかけるコンロの音。
おそらく食器を用意したり盛り付けたりしているであろう音。
私はそれらの音を一つも取りこぼさないように耳を済ませ、外の音へと集中した。しばらくしてからようやく椅子を引く音がする。どうにか用意ができたらしい。
……いただきます」
ぱん、と手を合わせる音。
彼のああいう、いつでも挨拶を欠かさないところは好ましいと思う。粗野で雑な面も多いが、ああいうところはあの男の美徳の一つだ。
それからしばらくして。
食器のぶつかる軽い音の間、囁き程の小さな声でロナルドくんが「うま、」と言った。
ハア〜〜…………
それを聞いた私は、棺桶から漏れ出ないくらいには小さく、しかし安堵の深いため息を吐いた。
認めたくはないのだが。
多分私は、少しばかり緊張していた。
彼が私の作った食事を、ジョンが居なくとも食べるのかを確かめてみたかった。
私にとって料理は趣味で、尚且つ私がやりたいからやっているとはいえ。まあ私が作るものが万一にも不味いわけはないし、私だってこの騒がしい生活を多少なりと好ましく思っているのだ。今更彼をどうこうしようなど考えたこともない。
だからそろそろ私のこと、そういう面でもちょっとくらい信用したって良いんじゃないかと思って。
うん。良かった。ジョンが居なくても彼はもう私の作る食事を疑っていない。それが知れたので十分満足だ。この長い朝更かしにも意味があった。
私は詰めていた息をもう一度ゆっくりと吐き出し、ようやく瞼を閉じるのだった。