ミイ
2024-10-23 21:37:49
8743文字
Public 静なつ
 

貴女と花火を

中等部のなつきさんと高等部の静留さん
をイメージして書きました。
自分が静留さんの心情(なつきさんとお付き合いしていない)を書く時、好きという気持ちが湧き上がると同時に堪忍な、と言わせてしまうことが多いなぁと思っていました。そのため、もっと恋というものにきゅんとして心躍らせている
静留さんが見たいと思って考えてみました。一度言わせてしまっていますがそこは堪忍....ということで..。

「花火?」
「ええ。一緒にどうやろ、思いましてん。なつき、今晩空いてます?」
「空いてるには空いているが……
 やることもなく、一人きりの家にもいたくなくて。気まぐれに学園に出てきた今日。授業中、教室に行くか迷いながらふらふらとしていたところをなぜか空き教室にいた静留に捕まった。
「静留、授業は?」
「古典の先生がお休みで自習になったんどす。やからうちはちょっと息抜き。そういうなつきは?」
「うっ……その、私は今来たばかりで」
「ちゃんと授業受けんと……進級できなくなりますえ?」
……別に、お前に関係ないだろう」
「そうやねぇ。……やったらうちも留年してしまおかしら。そしたらなつきと、一年長く一緒にいられるさかい」
「なっ……
「冗談どす」
「お前が言うと冗談に聞こえないんだ……
 はぁ、と深くため息をついたなつきは、穏やかな笑みを浮かべる、一つ年上の人を見つめる。自分と違う制服を着たその人は出会った時からずっと、掴めない笑顔を浮かべていて、その笑顔が崩れたところなど、なつきは見たことがなかった。
 綺麗な人、だと思う。なぜ自分なんかに関わろうとするのか、それは本当に、わからないけれど。最初の頃は誰にでもいい顔してるんだろうって思って。放っておいてほしくて邪険に扱って、無視することさえあったのに全然自分から離れてくれなくて、むしろ距離を詰めてきた変な女。それが今では隣にいるのが落ち着くくらいなのだから、自分も絆されたものだと思う。
「なつき? うちの顔になんかついたはる?」
「え、いや、別に……
「なら……見惚れてくれはったん?」
「ばっ! 何をお前は!」
 顔に熱が集まっていくのがわかる。次いで気づく。また揶揄われたんだってことに。本当にこの女は何を考えているのかわかったもんじゃない。自分からひらひらと寄ってくるくせに、掴もうと手を伸ばせば蝶のようにすり抜けていってしまう。出会った時からいつもそうだ。こいつといる時はすぐにペースを乱されてしまって。だけどそれが……なんだか心地よくて。
「それで、どうやろ。花火」
……お前が声をかけるんだったら、すぐに何十人でも集まるだろう。別に私じゃなくたって」
「うちは今、なつきを誘ってるんやけど?」
 優しく甘いようで、それでいてじっとりとした目つき。自分の弱さも甘さも、全部見透かされてしまいそうな紅い瞳に見つめられ、なつきは静留から目を逸らした。
……用が終わったら寮に行く」
「ふふ。嬉しいわぁ。やったら、準備して待ってますさかい。気ぃつけて来てな」
「あぁ」
「なつき、鞄だいぶ薄いみたいやけど、授業は?」
………………
「なつき?」
……わかった。今から教室に行く」
「ええ子。そしたら今日は、なつきの好きなマヨさんと合うようなもの、用意しときます」
「本当か!?」
「ええ。ほら、早よ行かんともうすぐ授業終わってしまいますえ?」
「わかった。じゃあ、また後でな」
 ピシャッと勢いよく閉じられた扉を見つめながら、静留は熱いため息をこぼした。
 あの子が、自分の誘いに乗ってくれた。呼びかけに答えて話を聞いてくれるだけでも嬉しいと思っていたのに、この後わざわざ自分の下へ来てくれるだなんて。
「コンビニのお弁当もええけど、なつきにはちゃんとあったかいご飯も食べて欲しいさかい」
「いや、レンジであっためてるから冷たくはないぞ?」
……なつき?」
「あ、ああ……じゃあ、世話になる」
 ここ数ヶ月間、彼女を学園で見かけたときはほぼ無理矢理にでも寮に引き入れて、餌付けした甲斐もあったものだ。まあ、まさかあそこまでマヨネーズが好きだとは思わなかったのだけど……
……堪忍な、なつき」
 あの子は、ただの友人のつもりで。うちのわがままに付き合うてくれてはるのに、うちときたら。
 もう一度深くため息をついて、静留は自分の中に篭った熱を体の外へと押し出した。それはぐつぐつと煮えていくばかりで、すぐに落ち着いてくれはしない。
……あの子、浴衣、着てくらはるやろうか」
 なつきには内緒で用意した、京都から取り寄せた浴衣。自分のと揃いの色違い。贔屓にしている反物屋で見かけて、なつきに似合うと思ってつい頼んでしまったのだ。涼しげな風花模様の入った薄花色の浴衣。丈の長さは気持ち短めに、と伝えていたから、なつきにぴったりだと思う。少し長ければ、帯のあたりで調整してもいいだろう。
 付き合ってもいない、いや、そんなことを思いもしないただの友人からのプレゼントにしては、重たすぎるだろうか。
 熱の籠った頭で、言い訳をいくつか考えてみる。なつきに似合いそうだと思ったから、はストレートすぎる。偶然あったから、着てみてほしい、というのは、いささか強引すぎるだろうか。なんと言えば、あの子は着てくれるだろう。……優しいあの子のことだから、結局はぶつぶつと言いながらも袖を通してくれるような気はするけれど。
……かなんなぁ。うち、どんどんわがままになってるみたいや」
 最初はただ、見ていられるだけでよかった。そしたら次は、話してみたくなって、その次はあの子の少し低い掠れた声で、「おまえ」じゃない名前を呼んでほしくなった。それが叶ったら、次はそばにいたくて、あの子にもそばにいたいと思って欲しくて。あの手この手で、あの子の中に少しずつ、自分という存在を刷り込んでいこうとしてしまっている。
 この気持ちを伝えるつもりも、叶えるつもりもない。ただそばにいられれば。あの子の「友達」のままでいられれば、自分はそれでいいのだ。あの子が自分に、自分と同じ想いを返してくれないことくらいわかっているから。
 でも、今日は、なつきが来てくれる。機嫌が良さそうだったのもあるが、自分の突然の誘いに乗ってくれたのだ。
 少し、夢を見てしまっても、バチは当たるまい。
 今日は忙しくなる。放課後に教師に押し付けられた仕事などしている場合ではない。今のうちに片付けられるものは片付けて、勢いのいいあの子に押し付けられるものは押し付けてしまおう。一応、自分にとっては何よりも重要な緊急事態なのだから。
 
 ◇◇◇
 
 夕飯の支度を終えて、窓際で待っていれば、こつんと硝子窓に何かが当たったような音がした。急いで、だけどそれは感じさせないようにゆっくりと外を覗き込んでみれば、視線を外して少し拗ねたような顔をしているなつきがいた。……照れているのを隠しているのだろうか。そんなところも可愛らしい。
 ちらりと横目でなつきの近くを見たが、ダークブルーの愛車は見当たらない。静留が前に言った通り、寮長にバレないよう、バイクは少し遠くに置いてきたようだ。
「なつき。今鍵開けますから上がって来よし。ちょお、待っとってな」
 声をかけると、なつきの表情が少し和らぐ。抜き身のナイフのような顔をしていたなつきのことを思い出せば、少しは自分たちの距離が近づいたのだろうかと嬉しくなった。
 すっすっとスリッパを滑らせて玄関へ向かう。鍵に手をかけ、ひねろうとした刹那……怖くなった。さっきまで自分の前にいたなつきは幻覚で、このドアの向こう側には、誰もいないのではないかと。
 俯いたまま不安を飲み込んで、そっと鍵を開け、ドアを押す。
「静留。……その、世話になる」
……なつき」
 その声で、前を向けた。心臓が飛び出しそうなくらいに早鐘を打つ。
 
 ああ、やっぱり、好き。
 
「暑かったやろ? ほら、手、洗ってきよし。もうご飯できてるさかい」
「ああ。……いい匂いだな」
「ふふ。お口に合うとええんやけど」
 テーブルの上に並んでいるのは、自分だけの時は作らないようなメニュー。ご飯と味噌汁はいつも通りとして、ハンバーグに、付け合わせの温野菜とポテトサラダ。存外子供っぽい味付けを好むなつきの好みに合わせたもの。何度かいろいろと趣向を変えて食事を出してみたが、和食よりも洋食、というか味が濃いものがなつきは好みのようだ。
 一応、自分の分のポテトサラダは先に取り分けて、なつきの分だけマヨネーズを足したりもしたのだが……近くにボトルも出しておく。そのうちにゅるにゅると、お皿の上に真っ白な山を作るのだろう。
「お待ちどうさん」
「「いただきます」」
 最初の頃はこんな挨拶なんて、必要なのか? と首を捻っていたなつきだが、だいぶ静留と食事を共にすることに慣れてきたらしい。当たり前のように静留が向かい側に座るのを待ち、座ったのを見とめると、可愛らしい手を合わせる。
 今まで彼女になかった習慣を自分が教えたのだということは、静留にとって、震えてしまうくらい嬉しいことだった。
「うまい! 静留は本当に料理が上手いな」
「おおきに。そないに美味しそうに食べてもらうんやったら作り甲斐もあるってもんやね」
「ポテトサラダも私好みの味だ。味噌汁もうまい。……静留はすごいな。私は家事や炊事はからきしだから。……うん。毎日食べたいくらいだ」
 んぐっ、とハンバーグのかけらが、喉に詰まりそうになったのを音を立てないようにして流し込み、いつもの笑みを浮かべる。なつきの言葉に、自分とは違って裏なんてないことくらい、静留は知っているから。
……嬉しいこと言うてくれはりますなぁ。少し多めに作ったんやけど、持って帰ります?」
「いいのか?」
「ええ。おいしいおいしいて食べてもらえるんやったら、そっちの方が嬉しいわ。マヨさんのかけすぎには注意するんよ」
「わ、わかった」
 こくんと頷いたなつきは、またもぐもぐと口いっぱいにご飯を頬張る。口の端にくっつけた米粒を取ってもいいだろうか、なんて静留は一人、思考を他所に逃した。
『毎日食べたい』なんて殺し文句、なつきは本当にただ無邪気に言っているだけなのだ。自分とおんなじ気持ちを持っている、だなんて自惚れてはいけない。期待してもいけない。自分はただ、なつきに美味しいご飯を食べて欲しいだけ。今は、それだけ。
「なつき、ここ。ほっぺたにお米さんついてはるえ」
「なっ……
「ふふ。なつきはかいらしなぁ」
 赤くなった頬を隠すように、なつきはごしごしと拳で擦る。そんな様子を眺めながら、静留はいつもよりもゆっくりと箸を進めていた。この時間が少しでも、長く続くようにと。
 
 ◇◇◇
 
 二人とも食べ終わって静留が流しで食器を洗っていれば、隣に誰かが来る気配がした。誰か、なんてここにいるのは一人しかいないわけだけれど。
「私も手伝う」
「ええんよ。なつきはゆっくり休んどき。今日はいつもより長く授業受けてはったんやから」
「べ、別に授業を受けるくらい平気だ」
「せやったら、明日もちゃんと受けなあかんよ?」
「ゔ……
 黙ったなつきの手に台拭きを乗せて、机を拭いてくるように頼む。それなら私にもできる! とぱあっと顔を輝かせてテーブルの方に行ったなつきを、静留は舐めるような視線で見つめていた。
 一生懸命な翡翠の瞳。動くたびにさらりと流れる蒼い髪。手を動かしても揺れない小ぶりな胸に、丸みを帯びたお尻。……どこをみても、愛らしいと思ってしまう。
「静留、終わったぞ」
……っ、そやったら、洗ってそこに干しといてくれはる?」
「わかった」
 台拭きを干してくれたなつきは、静留が拭いた食器を手際よく棚の中に片付けていく。どこに何がしまってあるか、もう覚えてしまったらしい。なつきがここに来るのは何回目か。片手で足らなくなったのが数ヶ月前だから……もう、両の手でも足りないのかもしれない。過ごしてきた時間が重なっていく分だけ、想いが強くなっていく。それを嬉しく思ってもいいのかと悩みながら、静留は最後の茶碗を拭いて、なつきにそっと渡した。
 
 ◇◇◇
 
「なんで急に、花火だったんだ?」
「え?」
「こういうのは普通、夏休みとかにやるもんだろう。少し、時期が過ぎてるんじゃないかと思って」
「そう言われたら、そうかもしれまへんなぁ。あんまり深く考えてませんでした」
「ははっ。なんだそれ。静留でもそういうことあるんだな」
 思わず吹き出してしまったような、楽しげな声。上がった口角、細まった翡翠。
 
 なつき、笑ってくらはった。
 あかん。……嬉しい。
 
「静留?」
……なつき、浴衣、着ます?」
「浴衣?」 
 急に話題を変えたのを、不自然に思われなかっただろうか。昂ってしまった自分の感情を抑え込むのに必死で、表情までコントロールできる自信はなかった。
「京都からいくつか持ってきててなぁ。なつきに似合いそうな浴衣もあるんやけど。ほら」
「んー……そういうのはお前が似合うだろ。静留が着ればいい」
「うちはなつきの浴衣姿が見たいんどす。……きっと似合う思うんやけど」
……そこまで言うなら」
 少し勢いがつき過ぎてしまっただろうか。若干、なつきに引かれているような気もする。
「でも私は着付けとかは知らないぞ?」
「うちにぜーんぶ任せたらええんよ。なつきは立っとるだけでええから」
「ああ、わかった。……って! 脱ぐのは自分でやるから! その手を離せ!」
「ああん。いけず」
「いけずじゃないっ!」
 恥じらうなつきを逃さぬようするりと手を回してぽいぽいと服を脱がせていく。手慣れている、と思われないだろうかという不安は、杞憂に終わったようだ。目の前の子犬は、恥ずかしがるので精一杯。……ほんに、かいらしい子。
 自分が我慢できるか不安で、できるだけその、なつきの体を見ないようにしながら着付けたが……浴衣はやはり丈もちょうどよく、なつき自身の色にも似合っていた。
「髪、触ってもええ?」
……もう、好きにしてくれ」
「おおきに」
 さらりとした髪に椿油を染み込ませた櫛を通していく。どうしようか、と少し悩んだがシンプルに編み込んで左側に流し、一つにまとめることにした。
「よう似合うてます」
……ぁり、がと」
「どういたしまして。さ、日も暮れましたし行きましょか」
 自分も今日のためにとおろした浴衣に着替え、髪をアップにしてかんざしでまとめ、顔をあげるとなつきはぽかんと口を開けて、静留を見つめていた。
「なん? そない見つめて」
「いや、その……綺麗だなと、思ったんだ。やっぱり静留は、その色がよく似合う」
……おおきに、なつき」
 他の誰でもないあなたに見て欲しくて用意した、なんて言えないけれど。自分の着飾った姿に、愛らしい笑顔で「綺麗だ」と言ってくれた。それだけでもう、十分だった。
 購買に一つだけ、ちょこんと売れ残っていた手持ち花火のセット。何かを見るたびになつきの顔が浮かぶようになったのはいつからだっただろうか。
 いつもは買ってきた花を一時的に入れておくのに使っているバケツをとって、水を貯める。洗面台から下ろそうとすると、「私が持つ」なんて言いながらなつきが持ってくれた。
 二人でこっそり寮を抜け出して、少しだけ離れたところに行く。街灯もなく、月明かりしかないここは、懐中電灯で足元を照らしていても少しおぼつかなくて。
 期待、していなかったわけではない。なつきが手を引っ込めれば、揶揄うつもりだったと笑えばいい。そう思いながらそっと手を伸ばして細い指に触れてみれば、なつきはこちらに向いた耳を真っ赤にしながら、手を繋いでくれた。
 繋いでくれたんは嬉しいんやけど……どないしましょ。うちの手汗、なつき、気にならんとええんやけど。ハンカチでも間に挟んだ方がよかったやろか。
 無言のまま少しの間歩いて、開けた場所に出た。なつきはバケツを置いて、静留はあらかじめバラして新聞紙に包んできた花火を出して並べる。
……そういえば私はこういった花火はあんまりしたことがないんだ。他のやつがやってるのは見たことがあるが……
「実はうちも」
「ええっ!?」
「ふふ。なつきとやったらやってみたいな、思いましてん」
「そ、そうか」
 お前も思い切りがいいな、なんて呟きながら、最初の花火を選んでいるなつき。……花火は地面に置いているから、真っ白なうなじが、暗闇にぼんやりと浮き上がって見える。あの誰も触れたことのない場所に触れて、舌を這わせて自分だけのものだと痕をつけて。そんなことが許されることはない、と思いながらも、考えることくらいは許して欲しいと思ってしまった。
……その高級そうなライターはなんだ?」
「もらいもんどす。選びはった? 火、つけますえ」
「あ、ああ」
 かちり、と小気味いい音と共に、ちりちりと花火の端を焦がす炎。そして。
「わっ!」
「きゃっ!」
 さああっという案外激しい音と共に、勢いよく吹き出した火花。
 きっとこの花火も線香花火くらいのものだろうとたかを括っていた二人は驚いてしまって。花火の明るさで浮き上がった顔を見合わせて、くすくすと笑い合う。
「花火ってこう、ぱちぱちなるやつじゃないのか?」
「ふふ。こんな感じのもあるんやね。じゃあうちは……これ。なつき、火、もらってもええ?」
「あ、ああ。気をつけて」
 青色の持ち手の花火をそっと手に取る。火をもらうのだから必然的になつきの近くに寄ることになって、静留ははっと息を飲んだ。
 …………あかん。
 いつもは下ろしている髪を編み込んで横に流している。そして今は浴衣だから、闇に浮かび上がる真っ白なうなじが、はっきりと見える。まだ大人になりきれていない幼い顔が愛らしくて。あまりにも目の毒だった。
「静留? 早くしないと終わってしまうぞ」
……堪忍」
 す、と近づくと、少し汗をかいているのか、なつきの匂いが強くなる。喉が渇いてたまらなくなるような、甘い甘い香り。
「きゃっ!」
「わ、それは色が違うんだな。面白い」
 ぼうっとしていたのも束の間。手元から迸る火花に、草履をじり、と引っ込める。手元の熱がなつきにかかったりはしていないようでホッとした。
「じゃあ私は……次はこれだ。どんなのだろうか。あ、これ、線香花火ってやつだな。これは最後にしよう」
「ええ」
「どっちが長くできるか競争だ」
「ふふ。受けて立ちます」
 パチパチと菊のように火花が飛び散るもの、シャーッと流れるように落ちるもの。くるくると回ってなつきを慌てさせるもの、花火が三つ重なっていて、急にタコのように開くもの。手持ち花火にもいろいろあるのだということを知ったのは、静留もなつきも、今日が初めてだった。静留は、幼い頃から空に打ち上がる花火なら家族で見にいくこともあり親しみがあったが、手持ちの花火はしたことがなかった。せいぜい、テレビの中で見かけるくらいだろうか。別に羨ましいとも思わなかったけれど、それが、こんなにも楽しいなんて。
 静留は緩む頬を抑えきれず、腕を少し遠くに伸ばして、この顔が見られないようにと手元のぱちぱちはぜる灯を、なつきの方に向けていた。
「静留、あとは線香花火だけみたいだ」
「せやねぇ。楽しみどすなぁ」
「ただ勝負するのはつまらないし、なにか賭けないか? 勝った方が……うーん、なににしようか」
 迷っているなつきの首筋をつーっと汗が伝う。それをじっと目で追いながら、静留は素知らぬ顔で応えた。うちが勝ったらあんたがほしい、なんてことは冗談でも言えない。
「勝った方が冷凍庫にあるアイス、食べてもええことにします? ほら、あのなつきが好きな味」
「そうだな。そうしよう! 負けないぞ」
「うちも」
 地面に刺した蝋燭に火を灯し、頼りなく風に揺れる線香花火に火をつける。先程までのものと比べてだいぶ儚いそれを、二人は息を潜めて見守った。小さな小さな火の玉は、だんたんと大きく育ち、花を咲かせていく。ぱちぱちと小気味良い音が耳を震わせている間、静留はそっと、盗み見るようにしてなつきの横顔を見つめていた。静留と同じようにしゃがみ込んで、きらきらと瞬きを映す瞳で真剣にぱちぱちとはぜる火の玉を見つめている。……綺麗。
 花火の淡い光で浮かび上がったその顔は、いつもよりも幾分か緩んで見えて。なかなか他人に心を開かないなつきが自分だけに、そんな顔を見せてくれているのだと、自惚れずにはいられなかった。
「静留?」
 視線に気づいたのだろうか。呼ばれた声にはっとして手元に視線を落とせば、大きく育って爆ぜていた紅い火の玉がポトリと落ちる。花火は散って、暗い闇の中。
「私の勝ち、だな」
 なつきの得意そうな声が響いた。
 
 好き。
 
 声に出そうになった想いを、必死に自分の内に飲み込む。それでも溢れそうになるから、なつきには見えないよう、唇だけで二文字の音を紡いだ。
 この想いが届かなくてもいい。あなたに伝えられなくてもいい。だからただ、あなたのそばで、あなたを好きでいさせて欲しい。
 ……うち、こんな気持ち知らなかったんよ。なつきに会うまで。こんなに心臓が痛くなって、幸せなのに苦しくて、でもあんたの一言で天にも昇る気持ちになって。
 やから、お願い。あんたへのこの気持ちは、消さんでもええ? あんたとは違うこの気持ちのままあんたの隣にいるのは、あかんのやろうか。……なぁ、なつき。
 ほの明るい灯のもと、ニッと口元を引き上げて得意げに笑う愛しい人を、静留は胸を高ならせながら見つめていた。相手の瞳には映らない、でも確かな熱をもった瞳で。