教室から窓の外を見やれば、雲ひとつない空に太陽が眩しく輝いている。その光に目を細めながら、静留は脳裏に浮かんだ一人の少女に想いを馳せていた。
真っ直ぐで艶やかな髪に、命の色を宿した美しい瞳。ツンとしてつれない性格に、少々粗雑な言葉遣い。その全てが、静留の心を震わせる。
こんな天気のいい日はきっと、あの子もここに来ているだろう。大人しく教室にいる、というわけでもないだろうが。
あの子は今、どこにいるだろう。校舎の中だろうか。それとも中庭で昼寝でも? いつもバイクを停めている裏の林の中にいたりするのだろうか。
古典の問題の解説をしている教師の声をどこか遠くで聞きながら、静留はまっすぐな蒼髪を風にゆらめかせる彼女を想い、愛おしさに目を細めた。
◇◇◇
静留は学園の中庭を、きょろきょろと注意深く見回しながら歩いていた。野良の子犬のように警戒心の強い彼女は、どうしてこんなところに、と思うような場所に一人潜んでいたりするからだ。授業中に堂々と外でくつろいでいることもあれば、忙しそうにバイクスーツ姿で走り回っていることも。まあ、なんのかんのと理由をつけてそれを追い回している自分も自分だけれど。
この生垣の間に蹲るようにして眠っていたこともあったけれど……どうやら今日はいないらしい。
「……あの子、どこ行かはったんやろ」
中庭を抜けて、いったん校舎の方に戻る。昼休みの学園はどこもかしこも賑々しく生徒たちで溢れていた。
まだ慣れない「生徒会長」と呼ばれる声に穏やかな笑みを浮かべて返して、だけど瞳だけは忙しくあの子を探す。……きっと、どこかにいるはずだ。
深緑のような瞳をしたあの子は、雨の日に登校することがあまりない。ただし、今日のように綺麗に晴れている時は、学園の中にいることも多い。いつからか、あの子と会った日は、手帳の日付に、丸をつけるようになった。あの子との思い出を、一つでもそばにおいてきたいから。
いつだったか、強い雨が降った日。なつきが濡れ鼠になっていないか心配で探しにいった時、雨の日にはあまり姿を見ないことに気がついて。職員室の新聞を借りて照らし合わせてみたら自分の仮説は正しいらしいということがわかった。
いつか、どうしてなのか尋ねてみたいと思う。だけど……まだ、聞けずにいる。
最初は声をかけても無視されることが多くて。それでもめげずに探して、偶然を装って声をかけ続けていれば、彼女は少しずつ自分の言葉に答えてくれるようになった。
この世の誰も信用しない。誰とも話さない。そんなふうな厳しい光を宿していた瞳は、いつしかだんだんと丸みを帯びてきて。今では隣に座って、しばらく話をすることだってできる。野良の犬だか猫だかを手なづけるのはこういう感じなのだろうか、とも静留は思ったが、ただそれだけのことに自分がどれだけ胸を躍らせたか、きっと彼女は知らないのだろう。
言葉を交わせただけで。名前を呼ばれただけで。舞い上がって赤くなってしまいそうな頬を隠して、だらしなく緩んでしまいそうな顔を必死に引き締めて。彼女に触れたいと思う手を後ろ手に隠して。あの子の言う「胡散臭い顔」を貼り付けてにこにこと笑う。そうすれば、今は。彼女の、なつきのそばにいられるから。
それでも。いくら彼女の近くにいられるようになったとしても、踏み込ませてはくれない境界がある。そこをやすやすと超えてしまえたらどれほどいいかと夢想する。あの子のことをもっと知りたい。あの長く美しい髪に触れてみたい。揶揄えばすぐに赤くなって膨れるあの頬を包み込んで、その唇を奪って、そして……。
こんなことを考えていると知られたら、きっともう、あの子は、今までのように自分と接してはくれないだろう。
丁寧に丁寧に。ガラスの欠片を積み上げるようにして重ねてきた時間。崩れる時はきっと一瞬だ。
そう分かってはいるのに日に日に増していくこの燃えるような想いは、いずれ抑えることなど、できなくなってしまいそうで。
……うち、いつまであの子のそばにおられるんやろうか。
はぁ、と深いため息をこぼした時には、静留は校舎の間を抜け、林の中に入り込んでいた。少し奥に行けば、あの子がよくバイクを停めている場所がある。そこにバイクがなければ今日は諦めよう。
……彼女が雨の日に来ないのは、雨の日のバイクは危険だからだろうか。視界も悪いし滑りやすくなるとも聞くし。でも、高校生が立ち入るような場所ではないところに入り込んだり、いろんな危険なところに首を突っ込んでいるあの子がそんな理由でバイクを使うことを避けるはずもない。それなら、どうして? 知りたい。教えてほしい。いつかうち、あんたのことを話してもらえるようになるんやろうか。
◇◇◇
ああ、そうや。うちはなつきを探して。
周りのことなんて見えないくらいに思考に集中してしまっていたらしい。今更ながら辺りを見回せば、見覚えのある開けた場所に来ていた。少し先の方には……あの子の愛車が停めてあるのが見えた。心臓が強く跳ね、ぐっと喉元が強く締まる気がした。両手を胸の前で組み、上がりそうになる息を必死に整える。
ああ、もう、こんなの。
「……うち、なつきのことしか考えられへんやないの」
自分が自分のために、誰かのことを考えるようになるなんて、思ってもみなかったのだ。相手の望む自分を演じること。それは幼い頃から静留に染み付いていたもので、静留の最も得意な処世術だった。あの子相手にもそうすれば好いてもらえるものと思っていたのに。靡かないどころか罵倒までされる始末。初めてのことに、去っていく彼女の後ろ姿を見ながら、静留は口をぽかんとあけて呆然とすることしかできなかった。
どこか遠い目をして、時々寂しい目をするあの子のことが気になって、どうしても忘れられなくて。何度拒絶されても、彼女が、自分が関わることを望んでいなくても、きっと自分のためであろう厳しい言葉を投げつけられても。傷ついた心を隠して、そんな言葉ですら向けてもらえるのが嬉しくて。人をくったような笑顔、とは言われるが、本心を隠すための笑顔で彼女の不器用な甘え方を受け止めることができるのは、今までどんな言葉を受けてもにこやかに流してきた自分に感謝したいと思った。
「……目撃情報はあったんやけどなぁ」
ドゥカティ、とか言っていただろうか。彼女の愛車の周りを見回してみても、彼女の姿は見えない。……ここにもいないとなると、もう少し奥、だろうか。彼女の愛車もあることだし、学園の中にいることにはいるのだろうけれど。
三限目の休み時間。クラスメイトが噂をしているのを聞いた。今日は、彼女が来ていると。
ツンとしてつれない彼女は、実は先輩、同学年、果ては後輩からも人気がある。万年遅刻早退を繰り返し、執行部にも目をつけられていて、破った校則を数えれば片手では足らないほどの彼女だが、あのモデルのようなスタイルに綺麗な顔を誰ぞに見つけられてしまったらしく。一部ではクールビューティー、なんて呼ばれていて、彼女が学校に来ている日は、めざとく見つけた誰かから、目撃情報が一気に流れ出す。……クールビューティーだなんて、あんなに可愛らしいあの子には、ふさわしくない言葉のような気がするけれど。
鈍感が服を着て歩いているような本人は全く気づいていないようだが、彼女の周りは、彼女に好意を寄せる一般生徒たちで溢れている時さえあった。皆一様に、気にしていないふりをしながら、少し畏れを持った瞳をしながら、話しかけるタイミングを見計らっている。きっと今日も、影に隠れてあの子を見ている生徒がいるはずだ。そう考えて仕舞えば……頭の奥がじんと熱い痛みを覚える。誰の目も届かないところに閉じ込めてしまいたい。なつきを、自分のものにしたい。胸の中に身を焦がしてしまいそうなほど、熱い炎が燃え上がる。爪が食い込んで手のひらに痕が残ったのに気がついたのは、少しの間歩いてからだった。あの子に、なつきに出会うまで知らなかったのだ。自分にもこんな感情があることを。
なつきに会うまでの人生は、一言で言えば、「退屈」だった。恵まれた家庭環境、容姿。学業、芸事への才能。静留には全てが揃っていた。誰が何を望み、どう振る舞えばいいのか、教えてもらわずともわかっていた。だから望まずとも、周りが羨むものはなんでも手に入った。欲しいものが欲しいなんて、贅沢を思っていたこともあったが……こんなにも欲しいもの、いや、相手ができたのに、手に入れてしまった瞬間、今まで積み上げてきたものが儚く壊れてしまうだなんて。
これ以上の責め苦はない。
前世の自分はそれほどまでに深い業を背負っていたのだろうか。
それでも、あの子に会って、自分はまるで生まれ変わったように思えたのだ。世界が、鮮やかに色づいて見えた。
薄ぼんやりとして退屈だった静留の世界は、なつきを中心に回り始めて眩しいほどに色づき、名前を呼ばれるだけで、舞い上がって。偶然を装って触れて仕舞えば心臓が痛いほどに鼓動してしまうようになった。それを隠すのに難儀していたが、相手は静留が思っていたより数段と鈍感だったようで、それならばとお痛がすぎたこともしばしばあった。髪の長い子を見かければすぐにあの子かと目が追ってしまうし、呼びかければ「なんだ、静留」と名前を呼んでくれるようになった時は、その場に崩れ落ちてしまいそうなほど嬉しかった。しばらくは何やら病気かと思っていたが、何のことはない。
「へえ、おまえもそんな顔するんだな」
なつきの見せた珍しい笑顔に胸をときめかせ、これが恋というものだと気づいた静留は、こんなものは自分にとってあまりにも甘美で、残酷な仕打ちだと思い、その夜は枕を涙で濡らした。
今までにも、誰かに想いを寄せられることはあったが、あの子たちがこんな想いをしていたなんて知らなかったのだ。あとどれだけ、どれだけ……この甘く幸せな苦しみと向き合えばいいのだろう。
「なつき……もしかしてお昼から授業出はるんやろか」
さふさふと地面を踏みしめながら林の奥へと進んでいく。そろそろ戻らないと午後の授業に間に合わないかもしれない。引き返すか? いや、でも、もう少し、もう少しだけ。
一目だけでも会いたかった。恋焦がれる、あの子に。
(…………あ)
見間違えるはずがない。一際大きな木の下で無防備な寝顔を晒して、すうすうと寝息を立てているなつきがいた。陽光が眩しかったのか、頭だけが影に入るよう、寝転んでいる。こういう場所はやわらかい草や落ち葉がクッションのようになって、心地いいのだろう。地面に寝転ぶ、なんてことはなつきと出会ってからが初めてのことだった。あの時のなつきは……静留がそんなことをするなんて思っていなかったようで。昼寝をしていたなつきの横にころりと転がってみれば、思っていた以上に可愛らしい声を聞かせてくれた。静留もびっくりしていたものの理性で必死に押し隠した。なつきはというと頬を赤く染めて、そっぽを向いてしまって。だけど、逃げずに静留のそばにいてくれた。いつも遠い目をしているなつきと同じ景色が見られたようで、嬉しかったのを覚えている。
「なつき」
声をかけても反応はない。どうやら、ぐっすりと眠っているようだ。
もう一歩そっと近づいたら、いつもよりも随分とあどけない寝顔が目に入った。
……ほんまにかいらしい子ぉやねぇ。やかてなつき、あんたほんまに不用心すぎますえ?
ほら、あそこにも、そんなところにも。なつきを見てる子ぉがおるのに。気づいたらへん。
…………許せへんなぁ。うちの、なつきやのに。
本人には絶対に伝えられない気持ち。それを胸の中でこぼしながら、静留は自分の上着から腕を引き抜いた。
この学園で一人しか着ることのないそれを、彼女が目を覚さないよう、優しく彼女の上にかける。……こんなところで寝ていては、風邪をひいてしまうかもしれないから。寒くないようにと肩口まで引き上げれば、なつきは小さく声を漏らした。起こしてしまった……わけではないようだ。もぞ、と身じろぎをすると静留の制服を口元まで持ってきて、すん、と匂いを嗅ぐと、彼女はまるで安心したかのように、ふにゃりと笑った。
「…………っ」
頬に熱が集まっていくのがわかる。鼓動が早まり、なつきのこと以外、なにも考えられなくなってしまう。静留は子供のような寝顔を浮かべている彼女のとなりに跪いて、癖の一つもないまっすぐな髪を、優しく撫でつけた。口付けの一つでもしたかったが……この気持ちを悟られてはならないからと、自分を必死に押さえ込んで。たとえ自分からでなくても、この子に自分の醜い気持ちが伝わることは避けたかった。少しでも、一秒でも長く、なつきの隣にいたいから。
今の関係を壊すのだとしたらそれは確実に自分だ。そして静留はそんな自分のことを、生涯許すことはできないだろう。
「なつき……」
ほんに、かいらしぃ子。
ゆるりと撫でる手のひらに、もっと、というように押し付けられる丸い頭。いつまでも撫でていたかったけれど、もうこの辺にしておかなければ。
あまり長居をすると、この子に悟られてしまうかもしれない。起こさないようにそっと立ちがり、静留はその場を後にした。教室へと向かう途中、何人かの教師や生徒たちに上着は、と聞かれてしまったが、濡れてしまったから寮で乾かしている、なんて嘘をついた。
◇◇◇
なつき、授業出はったんやろうか。
六限目。数学の授業中。問題を解く間も頭の中はあの子のことでいっぱい。あの子の笑う顔が見たい。怒った顔も、喜んでる顔も。好きなものが知りたいし、苦手なものも知りたい。全部全部、うちのもんにしたい。だけどそれは、叶わぬ夢だと知っている。
……なぁ、なつき。うち、あんたの何になりたいんやろうね。
聞くつもりもない質問が、静留の胸の中で、静かに沈んでいった。
◇◇◇
放課後、夕陽の差し込む、誰もいなくなった生徒会室で、静留は別に急ぎでもない仕事を片付けていた。普段はもう寮に戻っている時間だが、静留はもう少し、もう少しだけと、何かに縋るようにキーボードを叩き続けていた。廊下に足音が立つたびにぴくりと震えて指が止まり、視線の先のドアが開くのを待つ。下校時間になってもそこは開かれず、時計を見遣って、そろそろ帰ろうかとため息をついた時。
ガラッ。
控えめに、それこそ猫一匹通れそうなくらいに小さな隙間が開いた。その隙間からおずおずとと顔を出したのは、ずっと頭の中で思い浮かべていた彼女だった。
弾みそうになる声音を必死に抑え、いつも通りを装う。やっぱり、来てくれた。なつきが、自分に会いに。
「あら、なつき。こんな時間にどないしはったん?」
「……おまえが置いていったんだろう、これを」
なつきが持っていたのは、静留の上着。少し、どころではなくしわが寄っているが、本人なりに畳んで持ってきてくれたらしい。
「あら。名前、書いてなかったんやけど……なつき、うちのやって気づかはったん? 匂いでも嗅いだんやろか」
なんて冗談を言えば、
「ばっ! に、匂いなんて、別にっ……じゃなくて、お前以外にこの服着てるやつはいないだろう! そ、そのくらい、私でもわかる」
なつきは慌てて損した、とでもいうように呆れたようにため息をつく。今のなつきの様子だと……偶然匂いを嗅いでしまった、というところだろうか。
うちの匂いまで覚えてくれはったやなんて……ほんに子犬みたいでかいらしい子。なつきへの愛おしさでうち、おかしくなってしまいますえ?
この真っ直ぐすぎる不器用な子は相変わらず、嘘をつくのが下手だ。そんなところも愛おしくて、今すぐ駆け寄って、抱きしめたくてたまらなくなる。少し強引に抱きしめたって、優しいこの子は、突き飛ばしたりしないのだ。そんな邪な気持ちを気づかれないよう、会長机の下で、スカートをぎゅっと握りしめ、いつものように微笑みかける。じ、と綺麗な顔を見つめていれば、きょときょとと目が泳いで、顔が赤くなったり青くなったり。本当に、見ていて飽きない子だ。
「……その、あれだ……ほら、えっと……ありが、とう……」
ツカツカと寄ってきて、差し出された上着とともにこぼれ落ちた小さな声を受け取る。指が震えているのに、気づかれなかっただろうか。消え入りそうだったけれど、静留の耳は、それを決して聞き逃さなかった。あの、手負いの獣のように唸って、距離を取ってばかりだった彼女からのお礼をもらえるだなんて。
別に、上着はそこに放ってきておいても良かったのだ。寮の場所は知っているのだからそこに置いていたって、通りがかりの誰かに渡したってよかったはず。それでも律儀な彼女は、この部屋まで返しにきてくれた。その気持ちが、前よりも縮んだ距離が嬉しくて、じんと胸が熱くなっていく。それと同時に湧き上がるのは……燃えるような自己嫌悪だった。
なつきの無邪気な心を利用した自分への。
……なつき、堪忍な。
きっとなつきは、ここに来てくれる。自分が動きさえしなければ、自分を探してここに来てくれるはずだと、そうしてほしいと浅はかにも思ったから、あの時静留は、なつきに自分の上着をかけた。風邪を引いてはいけないと思ったのも本当。だけど、実質は。
試したのだ、なつきを。……自分はなんてひどい女だろう。
相手を気遣うふりをして、自分の欲のためにこんなこと。
そんな邪な気持ちがあるなんて思わずに、素直に持ってきてくれるこの子が愛おしくて、そして、申し訳なくてたまらなかった。心の底から幸せでたまらないのに彼女の前から消えてしまいたかった。
なつき。うちの一番、大切な人。ああ、堪忍。好きになってもうて、堪忍。…………堪忍な。
この気持ちはずっと、ずっと笑顔の下に隠して。あなたにだけは伝えないから。だからどうか。あなたのそばにいるのを許して欲しい。あなたの少し掠れた独特な声で名前を呼ばれて、その隣を許されて、悪戯に触れて揶揄って。そんな夢みたいな今の居場所をこのまま、と願うことを、どうか許してほしい。
「なつき、えらい安心して寝たはったみたいやけど……もしかして気に入りました? しばらく貸しときましょか? これ」
「よ、余計なお世話だ! とにかく、返したからな! 私は帰る!」
「そんなに照れんでもええやないの。なつきとうちは友達やろ?」
「…………」
「わざわざ持ってきてくれておおきに。なつき、気ぃつけて帰るんよ」
びしゃんっ! と大きな音を立てて閉まるドア。静留は追いかけはしなかった。そんなことをしても、照れ屋のあの子を困らせてしまうから。座ったまま熱い息を吐き出し、組んだ親指に額を押し付けて、なつきの表情を、声を、他の誰でもない、自分にだけ向けられた全てを何度も何度も反芻する。
ふ、と思い立って先ほど渡された上着に袖を通せば、いつもの香り以外に、爽やかな香りが香った。間違いない、あの子の匂いだ。思わぬ収穫に顔を緩め、そして、誰にも気づかれないようにと顔を引き締める。
いつかあなたの特別になんて、そんな出過ぎた願いは持たない。この想いを、あなたに伝えられなくてもいい。燃えるような想いをこの小さな身体に押し込めて、身が焼かれてしまったとしても構わない。
だからどうか、どうかこの先も。
あんたのそばで、あんたの「友達」でおらせてな。そのくらい、優しいあんたなら許してくらはるやろ?
なぁ? なつき。
うちは……この世の誰よりも、あんたのことが好きどす。この気持ちがなつきを困らせるって分かってるのに……どうしても、消せへんかった。なかったことには、できひんかった。ほんに……酷い「友達」で……堪忍な、なつき。
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