柚子子
2024-10-23 20:15:50
6215文字
Public ベリーベリー
 
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ミルコと飲酒(+5)

爆豪長編『ベリーベリー』の番外編。破局期間中の話です。

苗字名前苗字苗字苗字苗字苗字苗字苗字苗字苗字苗字苗字苗字苗字苗字苗字苗字苗字苗字苗字苗字苗字苗字苗字苗字苗字苗字苗字苗字苗字苗字苗字苗字苗字苗字苗字苗字苗字苗字苗字苗字苗字苗字苗字苗字苗字苗字苗字 契約しているサポートアイテムデザイン事務所と、装具の相談のための会合を持ったあと、珍しく「懇親会のようなものをやるので、ミルコもよろしければどうですか」と誘われた。
 ふだん、その手の接待や会合には顔を出さないことにしているが、うっかりのこのこ顔を出してしまったのは、そこにインターンで来ているという顔見知りを見つけたからだ。
 顔見知り、というか、どういう縁かたびたび顔を合わせては、いろいろとよく分からないことをいってくるやつ。苗字名前は私のファンを公言してはばからない、現役女子大生だ。
 その苗字は、今やすっかり酔いつぶれ、真っ赤になった顔で、差し向かいの私にからんでいた。
「ミルコ聞いてますかぁ?」
「あ? 聞いてない」
「もっとちゃんと聞いてくださいよぉ、いま、わたし、大事なはなししれるんですからぁ」
 呂律のまわっていない口で、苗字はぶうぶうと文句を言った。室内には私と苗字しかいない。苗字を引き取ってくれる人間も、苗字の相手を押し付けられる相手も、ここにはひとりもいやしない。
 面倒くせえなぁと思いつつ、私は適当に返事をする。
「なんだよ、大事な話って」
「私がミルコのことどんだけ好きかってはなし! どんだけミルコのこと好きかって話! どんだけ好きかって話ですよミルコのことぉ」
「だーから、もうそれ聞き飽きたっつの」
 聞き飽きたどころの騒ぎじゃない。それしかろくに話していない苗字に、私は隠すこともなく溜息を吐き出した。
 そもそもどうして、苗字とサシで飲んでいるかといえば、懇親会が終わったあとに私のほうから苗字に「飲みなおすぞ!」と声をかけたからだ。
 懇親会も終盤にさしかかったとき、苗字がこのあと新幹線で自宅まで帰ると話しているのを耳にした。苗字の実家が静岡であることは、以前に何かで小耳に挟んだことがある。懇親会の会場は東京で、新幹線とはいえ帰宅するにはかなり時間がかかる。
 私は今日はホテルに宿泊予定だったから、そういうことなら一緒に宿泊すればいいだろと、私の方から提案した。さいわいホテルの部屋には余裕があって、問題なくツインの部屋に変更してもらえた。苗字は恐縮しきっていたが、そのくらいのことは手間でも何でもない。こんな時間に酔った女を新幹線にひとりで乗せるほうが、何かあったときに寝覚めが悪いというもんだ。
 そんなわけで、ほろ酔い程度の苗字と、連れだってホテルに戻った。しかし、懇親会ではたいした量の酒は飲んでいない。苗字もまだまだ余裕がありそうだった。それで、せっかくだからホテルで飲みなおそうということになったのだ。
 その結果がこれだ。インターン先の人間の目がなくなって、ホテルですっかりくつろいで、苗字は明らかに飲みすぎていた。面白いからそのままにしているが、まあ、やばくなったらどうにかしてやるという程度の面倒見のよさはある。
 それに何より、酔った苗字は面白い。なにがどう面白いかというと、こいつ、酔うと私をめちゃくちゃ誉めるのだ。
「なあおい、苗字。なんかほかにもっと話題ないのか?」
「ほかってなんですか? ミルコのいやなとこ? ないですよ、そんなの」
「おまえ、本当に私のこと好きなんだな……
 思わず口角が上がるのを感じながら、私はしみじみと相槌を打った。
 ファンの数はそれなりにいるが、この距離で臆面もなく、直接好き好き言ってくるファンはいない。さっきから飽きることなく、私のいいところ、好きなところ、格好いいところを並べ続けている苗字の話には、正直かなり聞き飽きつつあるものの、それはそれとしてやはり、誉められれば気分がいいのは事実だった。
 苗字と飲む酒はうまい。というか、苗字を潰して誉め言葉製造機にしてから、ひとりでしっぽり飲む酒がうまい。落ち込んだときとか、こいつ酔わせて喋らせといたらめちゃくちゃ元気が出そうだな。まあ、私が落ち込むなんてそうそうあることでもないが。
 買ってきたビールをちびちびやりつつ、私は苗字に言った。
「つーか、あれだな。苗字に好かれた人間、もれなくコレされんのか」
 コレというのは、もちろんこの誉め殺しのことだ。正直、人によってはたまんねえだろうなと思う。いっそ嫌味か皮肉かってレベルで、苗字は全肯定して褒めちぎってくる。
 苗字は酔って据わった目でこちらを見て、むっと口をとがらせた。
……いやですか?」
「私はいやじゃねえけど」
「はぁ。ミルコ……だいすき……
「まじで私以外にこんなんやんなよ。しゃれにならん」
 こんな手放しで懐かれ誉められた日には、誤解する相手があらわれないとも限らない。私は苗字にそういう意味での興味はないが、その辺の男だったらワンチャン食われていてもまったくおかしくなかった。男の前で必要以上に酔うなというのは、明日の朝酔いがさめた苗字に、ちゃんと注意しておいたほうがいいだろう。
 けれど苗字は、私の苦言に不服げな顔をする。
「心配いただかなくても、私が好きなのはミルコと爆豪くんだけです」
「ん? バクゴー? 誰だそりゃ」
「誰って、大・爆・殺・神ダイナマイト、しってるでしょ? 一緒に連合ぶったおしてたじゃないですかぁ」
 苗字の説明に、そういえばと思い出す。
「あー、あいつか。バクゴーって、ダイナマか。へえ」
 同業者のことはヒーロー名でしか覚えていないから、本名の方を呼ばれてもいまいちピンとこない。けれどたしかに言われてみれば、ダイナマは学生時代、そんなふうに呼ばれていたような気もする。雄英生はくだんの大戦のときに全員出張ってきたから、ほかの新人どもに比べれば、顔と名前と個性が一致するやつも多い。
 それにしても、珍しい名前が出たものだ。思いがけない苗字の言葉に、私はがぜん興味がわいてきた。
「おまえダイナマ好きなのか」
「なんっ、なに!? 好きで悪いですか!? え!?」
「急にキレんな。おもしれーやつだな」
 ヒーロー名ではなく本名を呼んでいるということは、ダイナマがヒーローデビューする以前から、個人的に交流があるのかもしれない。苗字とダイナマ、まったく想像がつかない取り合わせだが、だからこそ話を聞く価値がある。
 苗字は、両手で酎ハイの缶を握りしめ、ううううううと何やらうめき声ともつかない異音を発している。かと思えば、缶を叩きつけるようにテーブルに置き、わっと両手で顔をおおった。
「ううう、どうせ私なんかいつまでも爆豪くんを忘れられない、根暗陰湿だらだら未練女ですよう……
「自覚があるだけキショいな」
「根暗陰湿だらだら未練ガリ勉キショ女ですよう」
「長ェ。もっと短くしろ」
「キショ女ですよ!!!!」
「あっはっは、もっと飲んどくか?」
「いただきます……
 置いた缶を、しおしおとまた持ち直す苗字。本当にやばくなったら酒を止めようと思っていたが、こうなってくるとこのまま酔わせておいたほうが面白くなりそうだと、あまり誉められたものではない思考が首をもたげてきた。
 大丈夫、こちとら現職ヒーローだ。さすがに急性アルコール中毒で救急車を呼ぶようなことになる前に、適当なところで切り上げさせるくらいの見極めはできる。
 私も新しいビールの缶を開ける。普段、他人の恋愛話に興味はないが、今日はなぜか柄にもなく、愉快な気分になっていた。
「んで? ダイナマとはどういう仲なんだ? ただのファンって感じじゃなさそうだな」
「爆豪くんはぁ、中学が一緒で、高校のときに一年くらい付き合ってたんですよぉ」
「へー、元カレ」
 まあ、そんなところだろうとは思った。しかし中学からというと、何年来の付き合いになるんだろうか。大学生のガキにしては、ずいぶんと年季の入った関係であることはたしかだ。
「つーかおまえ、男の趣味悪くないか?」
「なんでそんなこと言うんですか!? 爆豪くん世界でいちばんかっこいいでしょ!!!!」
「だから声がでかいんだって」
 酒で喉がばかになっているのか。そろそろホテル側からクレームが来てもおかしくない。まあ、そんな安ホテルってわけでもないから、そこまで壁も床も薄くはないんだろうが。
 苗字は、ぐびぐびと酎ハイの缶をあおり、長く溜息を吐く。
「たしかに爆豪くんは口も態度も悪いし、いらんことは無限に言うのに言葉が足りてないし、怖い顔して凄めばどうにかなると思ってるふしもあるし、悪口に悪口を修飾語でつけたりするし、人の厚意を無下にする天才みたいなところもあるけど」
「ボロカス言ってんな」
「多分この先一生、爆豪くんが最悪だった昔のことも、忘れたりしないけど……
…………
「でもそれは私がどうこう言うことでもないし……、何よりやっぱり、強いしかっこいいじゃないですか……
「私から見りゃひよこみてえなもんだぞ」
「それはミルコが強すぎてかっこよすぎるから」
「よしよし、続けろ」
「続けるようなこと、ないですよ」
 ぶすっとした顔をしていたかと思えば、途端に今度は泣きそうに顔をゆがめている。酒で情緒が不安定になっているとはいえ、ダイナマのことを未練がましく引き摺りまくっているという本人の申告は、まったく間違っていないようだった。
「だいたい、私たち、もう終わっちゃったし」
「けど、おまえはまだダイナマのこと好きなんだろ」
「はい……
 悄然とうなずく苗字。一回りちかく年下の女だからだろうか、こういう様子を見ていると、私ですら多少は庇護欲がくすぐられる。ダイナマも、こういうところが可愛くて苗字と付き合っていたんだろうかと考えたが、すぐにそうではないと思い返した。
 酒が入っていないときの苗字は、全然こういう感じではない。そしてダイナマは多分、酒が入った苗字を見たことはないはずだ。
 ダイナマ──大・爆・殺・神ダイナマイト。大戦以降、穏健路線に日和っていくヒーローが多いなか、数少ないゴリゴリのバトル派で、なおかつ言動と態度の悪さはピカイチという、近頃じゃちょっとなかなか見ないタイプのルーキーだ。
 あいつの生意気ぶりについては、あいつがまだ高校生だった頃からよく知っている。あのジーニストが手を焼いていたという時点で、かなり見どころがあるやつだ。
 デビュー直後はケガで振るわなかったものの、そのケガも快方に向かっており、完全復帰はそう遠くないという話も聞く。ゆくゆくは私と同じようなファン層を持ち、パイを取り合う競合になっていくのだろう。
 苗字の男の趣味は悪い。が、人間を見る目はある。私の熱烈なファンというあたりから、苗字がダイナマを好きなのもなんとなくうなずけるものがあった。
 落ち込む苗字に、私は言う。
「で、次の相手にいこうとか、そういう気にはなんねえのか。おまえら、別れて何年だ?」
「高二で別れたから、五年くらい」
 ということは、別れたのは大戦のあとくらいか。この落ち込みぶりから推察するに、さすがにダイナマのケガで見切った、ということはないだろうから、まあ何かしら事情があったのだろうとは思うが。
「五年も経ちゃ、向こうのほうも吹っ切ってるだろ。おまえも次の恋にいけよ」
 適当かつもっともらしい助言を、どうでもいいなと思いつつ口にする。途端に、苗字はまたわっと声をあげて顔をおおった。
「だってぇ、忘れたくても爆豪くんずっとなんか、ニュースとかにいるんですよ! 忘れさせてくんない!」
「あー、あいつ目立つしな」
 たしかに、忘れにくい相手ではあった。忘れたくても忘れさせてもらえない、というところか。ダイナマの方にそういうつもりがなかったとしても、目立つヒーローを好きになってしまうというのはそういうことだ。自分の好きな飲み物や食べ物とコラボなんかされた日には、目も当てられないことになる。
「そもそも、次の恋なんかいけないですよ。だって、爆豪くんより最悪で、爆豪くんよりかっこいい人なんかいないもん」
「そうかぁ? いるだろ普通に。その辺にざくざくと」
「いないですよぉ、爆豪くんは特別なんです」
「へー、じゃあ私は?」
「ミルコも特別。だいすき……
「可愛いやつだなァ、おまえ」
 もういっそ、私が食ってしまおうか。そういう意味での興味はなかったが、別にまあ、やってやれないこともない。
 こう言ってはなんだが、ダイナマよりも私のほうが苗字を幸せにできるような気もする。どうせこいつ、私がそんなに近くにいなくても拗ねたりしないだろうし。ウサギの個性柄か、私だって人恋しくなるときくらいはそれなりにある。
 苗字は缶の中身を飲み干すと、空き缶をテーブルに戻す。そうしてソファーの上に足を上げると、膝を抱える姿勢で俯いた。
「爆豪くんと付き合って、しあわせなことばっかじゃなかったし、つらいことも嫌なこともたくさんあったけど……でも、爆豪くんのこと大好きだって気持ちだけは、ずっと本当だったんですよ。なんで、それだけで満足できなかったのかなぁ」
「別れて後悔してんのか」
「してないです。それは全然してない」
 即答だった。本音を隠しているからこその速度、というわけではない。本当に本心からそう思っているからこそ、ためらいのなさが表れた返事だ。
「後悔は、してないですけど……、でも、ずっとこの先も、いつまでも、爆豪くんのこと忘れられなかったらって思うと、ときどき怖くなる」
「ふうん」
「爆豪くんのこと好きになっちゃったから、この先誰を好きになっても、爆豪くんと比べてがっかりしつづけそうで、そんなことになるくらいなら、誰のことも好きになりたくない」
「どうせ好きになんねえだろ」
 私の言葉に、苗字は俯けていた顔をこちらに向ける。酒でよどんだ瞳が、じっとりと濡れてこちらを見つめていた。
 その目を見て思う。たとえここで私がこいつに手を出したところで、こいつは絶対に、何があってもダイナマのことを吹っ切れはしないのだろう。
 手に入らない、そもそも別にそこまでほしいものを求め、余計な手を出した挙句に痛い目を見ることほど、不毛でくだらないことはない。
 苗字のことは面白いやつだと思うし、長い付き合いになったら愉快だと思う。だからこそ、今ここで不用意に手を出すべきではないことは、この年になればさすがに分かる。
「ほかのやつのことなんか、どうせおまえは好きになんねえよ。大体、ダイナマのこと好きでいるくせに、ほかの男に目移りできるほど器用じゃないだろ、おまえ」
「うっ」
「まあまあ、飲んで忘れろ。五年経っても忘れてねえ男のこと、今これを機に忘れちまおうな」
「うううミルコぉ、だいすき……
 そうして多少の意趣返しのつもりでばかばか酒を飲ませた結果、苗字は未練と惚気とゲロを、まとめてゲェゲェ吐き出すマシーンと化した。以後、苗字が酒席で飲みすぎることはなくなったというから、苗字の本気の酒の醜態を知っているのは、今までもこれからも、おそらく私ひとりのはずだ。