ろころころ
2024-10-23 10:06:58
12368文字
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DESTROYER






世界というのは、人々の"物語"で紡がれています。彼らの歩む人生は、1つの物語として、世界に刻まれます。

世界とは、言わば人々の"物語"の総編集。

ですから、もしもこの世界から人々が、1人残らず消えてしまったのだとしたら?


それは、とてもとても、"世界"と呼べる存在ではなくなってしまうでしょう。

何せ、物語が1つも刻まれていない総編集だなんて、おかしいですから。



私は、"滅ぼす者"としてこの世に生を受けました。天の命令に応じ、私は76つの世界を滅ぼしました。
もう、全てを覚えていません。私が滅ぼした世界もあれば、勝手に滅びた世界もありました。
私を宿らせた、多くの破壊者達は自ら破滅を望みました。
私と対峙した、多くの不死者達は痛みに耐えきれず絶望しました。

けれども、貴方達は違った。
私と、戦うことを選びました。

そして、私を受け入れる道を選びました。


だから、忘れてしまっていたのです。
私は"壊す者"であるということを。
















戦火の渦に巻き込まれた人々の文明は、今では跡形もなくボロボロと崩れ落ちる。竜巻のように急にやって来ては全てを滅ぼしていった争いに、疲れ果て老朽化した建造物は黒く焼け焦げた一部をボロボロと崩しながら、儚くも重々しい音を立てて倒壊していく。

炎が上がり草木は枯れ、瓦礫と死体の溜まり場となったこの場所が、煌びやかに輝いていた永遠を意味する街、"エターナルシティ"であったことなどもはや知る術もないだろう。かつてはこの場所にあった物語も、今では全て残らず灰と化した。空中を風と共に漂うのは、人々の嘆きと絶望。彼らは、世界の終焉を死して尚、向かえねばならない。

「──────……

滅びとは、こうも予想だに、突如やってくるものであったか。
彼は何時だって"滅ぼす側"だった。
こうして目の前で、先程まで自分に笑いかけていた存在が朽ちていく様を見届けるに、違和感を感じるくらいには。

彼は、クローヴィスは、崩れゆく世界の中、もう動くことの無い手を取った。その手は、サファイアのように美しく命の輝きを得ていた。
あの青空のような輝きを夢見ながら、

世界はおしまいの鐘を鳴らした。



自分が"破壊する者"であると知って尚、自分と親しく接しようとしたのは彼らが初めてだった。
あの時。あの春の日。この世界のことが忘れられなくて、彼は一度は滅ぼそうとしたあの世界へとふたたび降り立った。
誰よりも先に彼の気配に気がついたのは、元宿り主の警察官と不死者の騎士。彼ら、特に後者は彼を本気で殺りに来ていたように思えたが……騒ぎを聞き付けた彼らの仲間によって事なきを得た。そのお仲間というのが今までいくつもの世界を見てきた彼が驚く程にお人好しの集団で、自身の意思ではないといえ、世界に手を下そうとした自分を易易と受け入れたのだ。

「良いですか。あの人達は蚊も殺せぬ程の善人なんです。人型増してや私の姿をした人間のことなど殺れるはずないでしょう?くれぐれも、彼らに手を出せば私とウェンは今度こそ貴方を殺しますから。そのおつもりで」

元宿り主の青年は、聞き慣れた口調でそう述べた。この青年は、彼がどれだけ危険な存在であったか身をもって知っているはずだろう。それなのに、何だかんだで受け入れてしまうあたり甘いと、彼は思った。
青年の仲間たち救助隊は、彼らを穏やかに受け入れた。彼のことを宿り主の彼の友人だと言わんばかりに、当たり前のように。
隊長や副隊長が隊員への差し入れを買って帰ってくる時、必ず彼の分まで用意してきた。素直じゃないことに定評のある副隊長は「間違えて1つ多く買っただけだ」等と言っていたが、その後も毎度間違えている当たり明らかに意図的であろう。他にも、元宿り主と不死者とは幼い頃から知り合っている炎使いの青年彼はこの青年のことを幼い頃から見ていた。宿り主の青年の目を通して。そんな炎使いの青年も色々と経験したようだったが、昔からお人好しな事実は変わらぬもので、やはり誰よりも先に話しかけてきた。

「なんです?地獄の底へお供しましょうか?」
……なっ!?ち、違うよ………そのお前はさ、なんで俺たちの任務に協力してくれるわけ?よくわからんなんだけど

青年は相変わらずはっきりしない態度で、しどろもどろになりながら尋ねる。彼の疑問は当たり前であろう。何せ、少し前まで自分達の世界を滅ぼそうとしていた奴が急に帰ってきたかと思いきや、自分達の活動に協力すると申し出てきたのだから。相手方のメリットも見つからない辺り、本当になんのためにというのが彼の疑問であった。しかし、彼の中に目の前の男がまたもや何かしようと悪巧みしているだなんて仮定は無かったようだが。

「何事にも対価が伴う、それが人間の俗世でしょう?養って貰うだけではそれに属しているとは言えませんので、対価として労働を提案したまでですよ。この姿であれば、エレメント能力くらいお手の物ですから」
「いやそうじゃなくて……

炎使いの青年は少し困ったような顔をしつつ、もう一度尋ねる。

……えと………お前が、ここに滞在する理由。……いや、言いたくなかったらいいんだけど

敵として対峙したことのある相手に、言いたくなかったら良いだなど、逃げ道を与えて良いのか?疑問に思うが、この青年は何時だってこんな感じであることを思い出す。そもそもこちらのことを悪い意味で疑っていると言うよりは、単に来る必要の無い世界へやってきた理由が気になっているのだろう。
宿り主の彼や不死者には言えなかった事実も、彼になら言える気がしてきた。

…………美しいと思いました」
………美しい?」
「ええこの世界が、美しいと」
………………………

青年は困った顔をさらに困らせた。恐らく、この世界の美しさについて彼なりに考えているのだろう。結局、結論が出されることは無かったが、青年は少し満足げに笑った。

「そんな風に思ってくれてるとは思わなかった」
「無駄に嬉しそうですね?貴方自身のことでもないでしょうに
「だって、俺たちはこの世界を守るために戦ってるんだ。頑張って守り抜いたものが評価されるのって、俺たちにとっては頑張ろうって気力にもなるから

青年は笑った。炎のような暖かな笑みで。

「お前が、この世界にいる間は、お前もこの世界の一部だから」
「なんです?私のことを守ってくださると?」
「お、おこがましいかもしれないけど
「貴方って、急に自身失くしますよね」

彼は、面白くて小さく笑う。その笑みに青年は恥ずかしそうに顔を赤らめるが、彼の笑みを見て、青年も次第に笑顔を浮かべる。
青年は、この後からは特に遠慮することも無く彼に話しかけるようになっていた。彼が先駆けになってくれたおかげで、他の隊員達からも次第に話しかけられるようになっていた。




「死んで、しまったのですか?」

炎使いの彼は、少女を庇い、瓦礫の下敷きになった。倒壊する建物、その壁の一部がガラガラと音を立てて崩れ落ちる先には、まだ幼い少女が佇んでいた。お人好しな彼は、その瞬発力を使って少女を突き飛ばした。そして、瓦礫は青年の真上に降り注いだ。

やっとの事で救出された彼は、最早誰であったかなどわからないような"肉の塊"になっていた。仲間の少年少女たちは泣き叫び、隊長達は悔しそうに涙を堪えていた。彼の宿り主でこの青年とは幼馴染だった警察官の彼は、震える身体を押さえ込もうとしていた。


この時、自分がどう感じていたのかは未だにわからない。わからないが、きっとこれは、良い気持ちでは無いのだろうと思った。





その炎使いの青年に問われたように、救助隊の救助活動に協力することもしばしばあった。彼の持つ能力は"破壊"。触れたものを粉々に壊すことが出来るが、物の強度によっては反動が自分の肉体にも返ってくるというもの。彼の肉体はあくまで元宿り主の姿を模した仮初だが、だからといって傷つけば痛みは感じるし命を落とすこともある。彼は永遠だが不死身ではなかった。
とはいえ救助活動において能力を使うくらいなら大した負担はなく、更に彼の能力は救助活動において必要の無い瓦礫や壁を壊すことに長けていたため、非常に重宝されていた。
そして、とある任務の合間の出来事。爆発テロが起きたという街角で、被害者の救助活動を一通り終えた彼らは一度休息を取っていた。残る仕事は瓦礫排除と整備。どちらも緊急では無い。

「あの良ければこれ、飲んでください」

不意に聞こえた鈴のなるような柔らかな声、そして目の前に差し出されたペットボトルの飲み物。

「店主さんのご好意でいただいたので、皆さんにお配りしているんです。気温も高いですし炎にも当たりましたから、熱中症には注意してくださいね」

少女は桃色の髪をふわふわと揺らしながら、優しく微笑んだ。受け取ったペットボトルはまだ冷たく、彼の指を冷やしながら水滴を垂らしていた。
真夏の昼間。最も太陽が高く登り世界の全てを照らしつける時間。爆発テロということもあり消火はしたが、先程までここら一体は炎の海であった。お陰で焦げ臭い独特の匂いが辺りに充満している。
彼は、少女の顔を見て、ふと思い出した。

「不躾かもしれませんが貴方は彼のどういうところに好意を?」

えっ!?と少女は声を上げ、暑さでほんのり赤みかがっていた頬をさらに赤らめて慌てながらあの、えっと、と意味の無い言葉を放つ。彼女の腕からするりと抜け落ちた数本のペットボトルを、彼は拾って少女に差し出した。少女は律儀にもお礼をいいながら、彼に質問を返す。

「あ、あの……いつから気づいて
「彼、レオンの中にいる時からですね。彼の目を通しての景色ならば、私の方からでも見れるんですよ。彼の前に立つ時の貴方の様子にだけ、違和感を覚えたので」

戸惑う少女は怒ることはなく、ただ顔をさらに赤くして言葉を紡ぐ。

「その……一人でも堂々としていて、自分に自信があって普段は明るくて面白いけれど、お仕事になるとかっこよくなるところとか
…………………

彼は特に否定も肯定もする気は無かった。何が好きか、だなんて人でもない自分に口出す権利は無い。ただし言えることがあるとすれば、

「貴方には、もうちょっと良い人いると思いますがね

彼は、少女に聞こえない大きさで呟いた。

「あ、あの!レオンくんには言わないでくださいね!?」
「はい、それは勿論」

少女は彼の笑みに耐えきれなかったのか、残りを配ってきます!と逃げるようにその場を立ち去った。
彼は思った。貴方のような人でも、こうして好いてくれる人がいるなんてと。それは、軽蔑でも驚愕でも無い。強いて言うなら、安堵、だろうか。



その安堵は、間違いだったのかもしれない。

「え、エステルちゃんっ!?」
「お、おい!だいじょうぶ……っ!?」

救助隊の本部を離れていたのは、ほんの30分ほどであった。その間にまさかこんな悲劇が起きるなど、誰が想像するだろうか?
皆、此処は安全だと思っていた。此処だけは安全だと思い込んでいた。そんなはずは無い、この世界にはそんな場所は無いはずなのにこの場所で笑いあった温かな記憶が、彼らの感覚を麻痺させていたのだ。
少女は、床に倒れていた。白いワンピースは赤に染まり、近くには恐怖を浮かべた"顔"が転がっていた。他の医療関係の職員達も皆、同じように頭を転がし床に倒れていた。白衣は赤に染まり、辺り一面は血の海だった。

そこはまさに地獄だった。皆の居場所は、その瞬間、地獄になったのだ。



医療部隊が壊滅、それは立て直しが不可能であることを表していた。隊員達に絶望の空気が流れる中、誰よりも先に声を上げたのは、救助隊にしては派手な装いの少女であった。
「こういう時はさ、歌を歌えば良いんだよ。あたしのファミリーもね、上手くいかなかった時に家族ライブを開いてたの。舞台も楽器もなくったって、これだけの人数いれば、ぜーーーったい楽しいよね!」
この派手な少女は確かマフィアのお頭の娘だと言っていたか。色々理由があって救助隊へやって来たらしいが、やはりその生まれが影響しているのか、普通の少女とは比べ物にならない強かさを持っていた。現に、仲間の残酷な死を目の前にしても尚、チームを支えようという気持ちがあるのだから。
そんな少女と彼が初めて対話したのは、彼が救助隊の一員として彼らの寮に宿泊するようになってから間もない頃であった。

「あーーっ!!!ねぇねぇねぇ!そこの君!えーっとなんだっけ、デストロ?うーん……じゃあデストロっちね!おーいデストロっちーーーっ!!!!」

爆速と爆音を兼ね合わせた少女が人懐っこい笑みを浮かべながらこちらへ怒涛の勢いで突っ込んできた。
彼はこのようなタイプが苦手だ。何故なら話が通じないので。だから、適当にあしらってやろうと考えていた。

「おはようございます。それでは」
「えーーっ!!!ホントだ!ホントだった!デストロっちがれおぴと顔がそっくりって話、めちゃくちゃホントじゃん!!!凄!これが二卵性双生児ってヤツ!?!?」

少女は彼の様子など気に停めず、彼の顔を覗き込みながら周りをぐるぐると回る。キンキンと響く声に揺れる視界、彼は痛む頭を押えた。

「私と彼は血は繋がっていませんよ。全くの別人です。私が彼の姿を借りて、現界しているだけですのでお構いなく」
「まじで!?え、それってさ?れおぴのさいぼーへんかの能力と同じヤツ!?!?いーよねぇあの力さ!!!だって誰にだってなれちゃうんだよ???」

耳元で騒ぎ立てる少女に顔を顰めながら、彼はその場を後にしようとするが、

「あっそうだ!この後ヒマ!?ヒマでしょ!?あてしと一緒にケーキ食べに行こ!ケーキ!!!」

彼は今度は盛大に顔を顰めた。何故自分なんだ。この後フリーだとこいつに伝えた奴は誰だ?レオンか?あの野郎め。

「れおぴから聞いたんだけど、デストロっちは皮を剥いたマスカットを食べたことないんでしょ!?ってことはさ、"プチフェアリー"のマスカットケーキも食べたことないってことだよね!?そんなのさぁ〜!ここにいるのにもったいないよ!もったいなさすぎちょんまげ〜!!!」

よくわからない言葉を発しながら、派手な装いの少女は彼の手を強引に引っ張り外へと連れ出す。あたしが奢ってあげるから!エデン大陸への歓迎サービスってことで〜!だなんて笑いながら。彼は全てを諦め、彼女の言いなりになっていた。

初めてのマスカットケーキは美味しかった。


しかし、その笑みだって何時かは消える。
世界一硬いと呼ばれるダイヤモンドも、決まった角度で叩けば粉々に粉砕してしまうのだから。

宝石とは、儚いもの。


その少女は、後ろから、食われた。
丸呑みだった。

少女の歌声が消えたと思った瞬間、一同の目に映ったのは少女の足を口からはみ出させた魔獣の姿。
一瞬にして、絶望と混沌へ叩き落とされた。


「どんなに強くても、どんなに希望を忘れなくても、絶望は私達をいとも容易く呑み込むのです」

彼は、この感情は悔いているのだろうか?
知っていたはずだ。光など信じるべきでは無い。何故なら、光があるところには必ず影はある。闇の中に人が立とうと光が生まれることは無いが、光の中に人が立てば必ず影が生まれる。

影の、闇の出処は、必ずや人間であるのだ。



数々の仲間の死は、12歳の少年の心を壊すには十分だった。昨日まで生きていた彼ら、笑って自分に話しかけていた彼ら。それがこの短時間で、ただの肉塊となってしまったのだ。
それを、耐え切れるはずもなく。

………あの、何か食べた方が良いですよ」
……………

何だかんだで世話好きな彼のそっくりさんが、膝を抱え座り込む少年に話しかける。
少年は、ここ数日何も口にしていなかった。理由は色々あるだろう。単に仲間の残酷な姿を目にして食事をしても不快に感じてしまうのか、仲間と共に逝きたい気持ちで生きることを拒否しているのか。理由は定かでは無いのだが。
それでも、数日何一つ食べずに痩せていく少年を彼と顔がよく似た青年は、否、隊長達も心配している様子だった。

彼は少年について詳しくは無かったが、はぐれてしまった妹を探して救助隊へやって来たのだという。妹は中々見つからなかったが、それでも少年はこの救助隊で笑顔を見せることも多かった。まだ成長途中の12歳の少年にとって、笑い合える場所は如何に大切な空間であっただろうか。
少年は一見、無愛想に見えたが話してみれば素直で仲間思いの人物であった。彼と顔のよく似た青年とは、パンケーキを奢ってもらったのがきっかけでその日から文通をしているらしい。毎日顔を合わせる関係性でありながら文通など必要あるのかと尋ねれば、曰く、この少年の文字の練習も含まれているらしい。
少年は言った。

「レオンの字は、きれいだからおれでも読めるんだ」
「へぇ。まるで他の方は汚いかのような言い回しですね?」
「そういうことじゃない。みんなおれよりはきれいだよ。おれが読むのがへたくそだからだよ」

12歳で周りへの配慮を忘れずフォローに入るとはと彼は素直に感心した。これも親を亡くし自立せねばならぬ状況で生きてきた少年ならではのものだろうか?子供については詳しくないので、あまりわからないのだが。

「あなたは?」
「はい?」
「あなたの字は、どんなんなんだ?」

少年はアメジストのような瞳をまん丸と輝かせて、彼の顔をじっと見つめる。

「さぁ?私は紙に触れただけで、紙を破いてしまうので」
「う、うそだ!ぜったいにうそだろ!おれはあなたがケーキの紙皿をもったまま食べていたのを見たよ!」
「おや?そうでしたか」

文字が書けない訳では無いが、別段得意でもない。何せ彼はこの世界の住民では無いし、文字なんて顔がそっくりな宿り主の青年の瞳を通して見て来たくらいだ。まぁそれなりに長年見てきたので、読み書きが全く出来ないわけでもないが。そこらの人間と同じにしないで欲しいというわけだった。
その後も、少年は年相応にうそだうそだと騒ぎ続けたが、やがて疲れたのかソファの背もたれにもたれかかって眠ってしまった。
私が何であるかを忘れたのでしょうか?彼はそんな疑問を心に抱いたが、まだ幼い少年に恨みを一生抱いておけというのも残酷な話である。ソファの端に畳まれていたタオルケットを少年の腹に被せ、そのまま立ち去った。


あの時の少年のあどけない寝顔は、彼の頭にこびりついては離れなかった。
そして、今の弱りきった少年の姿と比べてしまう。かつては敵であった自分の前でも腹を見せて呑気に眠っていた彼が、食事ですら拒み、睡眠すらも取れずに衰弱していく。

そしてある日の朝、その時は来た。
少年は、事切れたかのように動かなくなっていた。
ふと少年だったものの右手を見ると、そこには桃色のリボンが握られていた。少年のものとは思えない、女物の髪飾り。それには、血が滲んでいた。
隊員の中でも飛び抜けて小さかった彼は、皆から可愛がられ愛されていた。そんな少年の死に、皆は口を揃えて嘆く。

"君を救えなくてごめんなさい"と。



「愚かだと思いますか?人一人さえ救えない奴が、世界なんて救えるはずもないって」

そっくりな顔で、綺麗な笑みを作る。
その笑みから感じ取れるのは、全てを知っているということ。彼は、何かを知っている。

「次に死ぬのは、貴方ですか?」

聞くつもりは無かった。それなのに、無意識に、口からポロリと転げ出たそれは、青年レオンの瞳を見開かせた。
そして少し驚いた顔を浮かべた後に、レオンは笑った。

「私は死にませんよ。やらなければならないことがあるので」
……それは、どういう意味で」
「世界がこうなってしまったのも、私達が止められなかったからなんです」

レオンは、彼の手を取った。

「行きましょう、クローヴィス」
……答える気は、無いと」
「無いわけでは。けれども、今はやめておきましょう」

きっと、その時はすぐに来ます。
そう、言葉を残して。







地獄というのはそう簡単には終わらない。地獄が訪れれば次の地獄がやってくる。

あの後も、数々の地獄を彼は目にした。

無愛想な剣士の青年は仲間の少女達を逃がす為に自らが囮となって、その後は姿を現すことは無かった。
青髪の医療部の少女は、森の中で弱気な弓士少年の怪我の手当をしている際に、魔獣に背後を取られ食いちぎられた。弓士の少年も同じく餌食となった。
猫を連れた新人隊員の少女は炎を避けて進むために、建物の瓦礫の上を際に足を滑らせ、運悪く鋭い瓦礫の上に腹から突き刺さって絶命した。
勇敢でお人好しな隊長は、それから降り注ぐ落石に頭から押し潰された。
その姿を目にして小気を失った副隊長は、意味のわからぬ言葉を発しながら走り出し、崖から転落し崖下で無惨な姿となって発見された。

そして……
そして……………
……………………………………


「レオン。もう、やめませんか。これ以上進んだって、何も」

レオンは、振り返った。

「駄目ですよ、彼らの思いを私たちは継がなければならないのですから」

彼は、そう言った。


その後も、二人は歩き続けた。クローヴィスにはどこに向かっているのかがわからなかった。わからないまま、只々無心に足を動かした。人間の身体というのは脆い。ずっと歩き続ければ足は痛みで疲労を訴え、空腹が続き、徐々に弱りきっていくのを感じた。途中にはいくつもの危険があった。それを、レオンは彼から遠ざけさせた。

そしてある時、ふと顔を上げると……目の前には1つの塔があった。天の先へ続く高い高い建物。それは、明らかに異端な空気を放っていた。

「着きました。上まで行きましょう」

レオンは笑った。その姿はボロボロだった。自分よりも遥かに。何故なら、レオンは何度も彼のことを庇っていた。降り注ぐ落石、崩れ落ちる瓦礫、襲いかかる魔獣全てから庇っていた。

………………

クローヴィスは何も言わなかった。そのまま、塔の中へと歩みを進めた。



そこは、世界の果てへの入口だった。




「此処はバベルの塔天と地を繋ぐ一本の道。そして……私達の"敵"が控える場所」













──────力は、力とは、使い道によって善にも悪にもなるわけで。


けれども、破壊の力が善になることは無い。
そう思っていたが、間違いなようで。

青い瞳の彼は言った。

「要は、ものなんて使い様なんです。技術だってそうでしょう?正しく扱える者が手にすれば文明の発展に繋がりますけど、悪人が手にすればあっという間に戦争まっしぐらですから」

悪を滅するために力を使えば、破壊の力も"正義"になると。青年は言った。

「私達はまだ、正義を見失ってはいません。人々が命を懸けて紡いでくれたものそれが正義です。私達は、エデン大陸の住民の一人として、その正義を全うしなければなりません」



"悪"を壊すために進むのだと。
"破壊"の力で正義を貫くのだと。
彼はサファイアの様な瞳を輝かせ、自信満々に述べた。

そうして、世界の果ての塔を一つ一つ登る。
真っ白な空間は、果たしてどこまで続くのだろうか?

レオンの身体はボロボロだったが、クローヴィスが彼の身体を内側からエネルギーで支えることで、辛うじて登ることが出来ていた。

そうして長い螺旋状の階段を登り

光が射す場所へ辿り着いた。


──────彼は、感じた。このエネルギーを、彼はよく知っている、と。


…………貴方、は」


『──────』

それは、彼の問いに返事をすることは無い。
ただし、それは彼にはよくわかった。

それは、怒りに満ちている──と。


「れ、レオン!
彼を見てはなりま…………………………は?」


レオンはクローヴィスの想いを信じていた。
クローヴィスはレオンの言葉を信じていた。

信じていた。

信じていたのに。


突き刺さっていた。
彼の左胸部に、一本の剣が。


そしてその剣を握っていたのは、


紛れもない自分であった。


「どう……して……………


どう、して?
わからない。わかるはずもないだろう。
だって自分は、第二のデストロイヤーを倒すために彼と、ここまでやって来て、

それで、それで、なんだっけ?

……………………
…………やっぱり、貴方は最後まで天の声を聞かされて、しまうのですね」

ボタボタと、赤が白い大理石の床を染める。
ひゅうひゅうと苦しげな呼吸が聞こえ、光を失いかけたサファイアを、瞼は隠そうと閉じる。

ああ、神なるものよ。天のものよ。
我らの父なる神よ。
我らをこころみにあわせず、悪より救い出したまへ。

彼はただただ祈る。けれども祈る理由はわからない。祈る?なぜ?どうして?
それは、私の前に、父なる神がいらっしゃるから?

私はデストロイヤー、父なる神の忠実なる下僕、世界を滅ぼすもの。


──────嗚呼、父なるものの声が聞こえる。
この場所へ足を踏み入れた瞬間、その御顔を拝んだ瞬間……自分のいる場所はここなのだと、彼は理解した。



世界を、滅ぼさねばならない。














手を伸ばす。美しい空だった。
その空で、新たな破壊の意思が、嗤っていた。
歪んだ笑顔で、嗤っていた。

そして、人となった破壊の意思は、
涙を流して、笑っていた。


彼は天の手によって生まれた。
もともと天なる存在だったのだ。
ここに来たのだって、何となく理解はしていた。結末はわかっていた。
それでも、

希望を信じる事を、やめることなど出来なかった。

(だから、私は後悔はしていません。どうせあの場所に残っても近いうちに死ぬ命、であれば1%の確率であっても、世界を変えれる未来に掛けるべきだと。そう思っていましたから)

視界が歪む。意識が朦朧とする。
刺された場所は痛むわけでもなく、ただただ全身が寒くて、だけれども死ぬことは怖くなくて。

(唯一気がかりがあるとすれば)

それでも、ぼやける視界に彼を写す。
壊す者であるのに、その使命に背いて世界を愛してしまった─────

(そんな貴方を、この世界に取り残すことです)


手を伸ばす。震えていたし、もしかしたら思ったよりも手は伸びていなかったかもしれないが。

それでも、彼に向かって手を伸ばす。
自分とそっくりな見た目の彼。
救助隊の仲間に笑顔を見せていた彼。

レオン達が必死に守り抜いた世界を美しいと述べた彼。


この世界を、愛してくれた彼。


救えなくてごめんなさい。
またひとりぼっちにしてしまってごめんなさい。

貴方に、世界を壊させてしまって、ごめんなさい。



そこで、レオンの意識は途切れた。















「──────、──」


広がるのはただの地獄で

自分は天に支配されていることは変わらなくて

もう一人のデストロイヤーは嗤っていて




貴方は、私の目の前で死んだ。
死んでいた。
死んでしまった。
壊れた。
壊してしまった。
誰が?
私が?
私が、壊してしまった?

私が、彼を、殺した


「う…………………なんで


その青空のような青い瞳が、二度と開かれることはないだろう。
彼の中で力を使っていたクローヴィスは、突如、久しく耳にした"あの声"に全てを奪われた。
そう、天の声。

──────その声を聞いた途端、彼の頭は、視界は、真っ白になり、

エネルギーが溢れ出した。
自分の内にいる彼の破壊衝動に人間の肉体が耐え切れるはずもなく──────

クリスタルエネルギーを多量に浴びたその身体は石化し、
クリスタルの塊となった。


「嗚呼、可哀想に。貴方は、人になってしまったのですね」

破壊の意思が、"デストロイヤー"が、嗤う。

「案ずることはありません。貴方は、貴方の手でこの世界を滅ぼすのですから」

それは、もう一度嗤った。

刹那、彼の身体の奥底から膨大なエネルギーが強制的に抽出される。それは辺り一面に広がり、さらに広がり、


全てが崩れ落ち、瓦礫となり、塵となり、





この世界からは、誰もいなくなった。























ここは世界の終末。

人々のおわり。

物語の閉幕。


全てが失われた場所の夜空は、深く、澄んでいた。きらきらと、流れ星が降り注ぐ。

「──────」

とうに壊れてしまった彼。
彼を壊したのは彼自身であった。


私は忘れていました。
私が"壊す者"であったことを。
貴方たちの温かさに触れなければ、
この世界を美しいと思わなければ、

私が、この世界にやってこなければ、


この世界は今もまだ、物語を紡いでいた。



「──────、世界のおしまいを見るとは、こういうことだったのですね」



その声に、応えるものは誰もいない。

彼は、未だに眼前に聳え立つ、立派なクリスタルを見上げた。
あの子だったもの。自分が壊してしまった、あの子だったもの。

私も其方へ行きます。


ですから、もしももう一度があるのなら、

今度は、私を貴方が壊してください。








Fin.