幸運

ダーリンランデヴー! / エリザ・ムーンライト

 エリザ・ムーンライトは幸運の女神を信じている。

「ッ、うあああ〜〜ーーー!!!! 外れたあ!」
 情けない叫び声とともに、エリザはテレビの前で膝から崩れ落ちる。今日の資金は底をついた。この大穴を当てさえすれば、どうにか取り戻せる手筈だった。もちろん、当てさえすれば、の話である。この土壇場で当てられる手合はほとんどいない。エリザもその一人、無謀を追い続けているだけだった。
「絶対、絶対勝っていただろあれは……ッ! はあ、今日は終わりだ……
 とはいえ、そこはオルドポルターが誇る正義の味方、Ag:47の職員。決めた金額以上には手をつけないだけの理性はあった。溜息と共に立ち上がり、エリザはとぼとぼと椅子に戻る。すらりと伸びた長身も、端から見ればいささか小さく映るだろう。

 エリザ・ムーンライトは不運だ。
 宝くじは当たったことはなく、賭け事は負け、傘を持たない日には雨が降り、そして自動のはずのドアも彼女には反応しない。
 犬の如く、道を歩けば棒だか電柱だかトラブルだかにぶつかる人種だった。
 椅子に腰掛けたエリザは、不貞腐れたように唇を尖らせながら足を組んだ。ポケットに片手を突っ込み、もう片手の指先でテーブルの表面をリズミカルに叩き、全体重を背もたれに預ける。背もたれが壊れないことを内心祈りながら。

 不意に頭の中で軽やかな声が響く。
「賭け事、やめないの?」
 いつか聞いた問いかけだった。思い返すようにエリザは瞼を閉じる。甘えるような声色にはどこか呆れのような色もあり、それをわかっていてもなお、エリザは「どうかな」と答えたのだった。
 金の絡む賭博からは手を引いてもいいかと思ったが、日常の細やかな運試しまでやめることは憚られ、結局はずるずると賭け事もやめられないままだった。
 そうして当時の彼女――問いかけた張本人――からこっ酷く振られてしまったのだが、それもまた、エリザに言わせれば「ツイていなかった」のだ。
 ツイていないのは日常茶飯事だ。
 ツイていないからこそ、エリザは今、この職に就いている。
 あの誕生日、運悪くショッピングモールに行かなければ、そしてそこに運悪くダーリンが襲ってこなければ、運悪く人質にならなければ、きっとエリザは、今頃そのあたりのカフェで働いていたことだろう。アイスクリームショップでもいい。行列に並ぶ人々を笑顔て躱していくのも楽しかっただろう。
 しかし、そのもしもの未来を、エリザはとうに思い描けなくなっていた。
……はあ、よし。気を取り直すか」
 組んでいた足を解き、勢いよく体を起こした。
 今日は休日だが、体を鈍らせるわけにはいかない。いつまでもツイていないままじゃ仕方がない。さっさとトレーニングルームにでも行ってしまわないと。そばに置いたままの端末をポケットに滑り込ませ、沈んだ気持ちを奮い立たせる。
 運が悪いのは今に始まったことじゃない。それでも何かに賭けてしまうのは、いつだって、肌がひりつくような可能性を味わいたいから。そして、いつか、「私はツイていた」のだと、大声で笑ってみせたいからだ。
 エリザ・ムーンライトは幸運の女神を信じている。
 いつか自分に微笑んで頬にキスをして、ありったけの幸運を恵んでくれるはずだと。それが叶うのなら、例え会場は地獄だって構わない。信じていなけりゃこの生に意味はない。
 幸運の女神を信じることだけが、自分を信じる唯一の縁だ。