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Ca(か)
2024-10-23 01:02:41
7324文字
Public
haikaveh SS
完全無欠をひとすくい
教令院時代のふたりが話題の限定パフェを食べに行く話
非常にまずいことになった。
由々しき事態、危機的状況と言っても過言ではない。一刻も早くこの状況を打開しなければ、教令院どころかスメールシティ中にまであらぬ噂が流れはじめることは想像に難くない。俺ひとりならば他人からどう思われようと構いはしないが、今回ばかりはそうもいかない。なぜなら今まさに問題を起こそうとしているのは向かいの席に座ってニコニコしながら給仕を待つカーヴェであり、彼の手元に開かれたメニュー表には"大好評! カップル限定・ラブラブツインパフェ"の文字が踊っている。
一刻も早くこの状況を打開しなければ
——
プスパカフェの限定メニューが食べたいカーヴェによって、ラブラブツインパフェなるものがオーダーされてしまう。
どうしてこうなった。いったい俺はなにを間違えて、今こんな状況にいるのだろう。給仕が俺達の席に到着するまであと五歩
——
もはや考え直せとも言えない状況で、しかしなにもしないままというわけにもいかない。「食べ物ひとつのためにそんな嘘をつくな」「いつ俺と君がそんなことになったんだ」など言いたいことは山ほどあるが、実際言ったところでいい方向に行くはずもないことは明白だ。それなら一体どうすれば
——
と考えている合間に、給仕はまた一歩こちらへ近づいてくる。まだだ。まだ諦めてはいけない。これまでこつこつ埋めてきた外堀を、こんなところで木っ端微塵にするわけにはいかない。
ほんとうに、いったいどうしてこんなことに
——
……
。
俺は脳みそをフル回転させながら、その片隅で事の発端となった昼の出来事を思い出していた。
◇◇◇
「昨日からずっと考えてたんだけど
……
やっぱり君じゃなきゃだめなんだ、アルハイゼン。僕と一緒に来てほしい」
午前中の授業を終え、ハルヴァタット学院の黒い扉を抜けてすぐのところでカーヴェに呼び止められた俺は、彼に手を握られるが早いかずいぶん熱心な口説き文句を浴びせられた。懇願するその声は思ったより大きくエントランスに響いてしまい、道行く教令官はおやおや、まあまあと微笑み、居合わせた学生たちはみな一様に俺の顔とカーヴェの顔を交互に見て顔を赤くしていたので、なんらかの誤解を招いたことは間違いない。振りほどこうにもしっかと握られた手はびくともしないので、ひとまず移動するぞとカーヴェをそのまま引きずるようにしてエントランスを縦断し涼亭へ続く扉をくぐったのだった。外を歩く最中にも「君以外考えられないんだ」「まさか君は、僕以外に誰かいるのか」など、聞き耳を立てる人間に片っ端から妙な期待をさせて止まないカーヴェをどうにか涼亭の隅に座らせて、そこでやっと俺は盛大に嘆息した。
「
……
なにからなにまで訳がわからないが、まずは君の言い分を聞こう。さっきから言ってるのはなんの話だ?」
「それはもちろん、カフェへのお誘いだよ。昨日話しただろ?」
けろりとカーヴェは言ってのける。なにがもちろんなのかもわからないが、そもそも昨日どうこうというのにも記憶がない。
「話したか?」
「話したよ! ほら、放課後にふたりで知恵の殿堂にいたとき、僕の同期がちょっとだけ話しに来て
……
ああ、いや、君は会話に参加してないつもりだったのかも。僕だけに話しかけてると思ったのか」
「事実そうだろう。彼は俺の知り合いではなかったし、君と話しに来ていた。知恵の殿堂は私語禁止のはずだが」
「そういじけるなよ。君との資料集めのほうが先約だったから、僕だっておしゃべりを早めに切り上げただろ? ともかくそのときに彼が話してたんだよ。プスパカフェの限定パフェは噂どおり最高だったって」
そんな話だったろうか、と昨日のことを思い返してみる。しかし当事者意識のないことは記憶に残りづらくはっきりしない。まあカーヴェがそう言うならそうだったのだろうと俺は思い出すのをすっぱり切り上げて、カーヴェに話の先を促した。
「コーヒーがおいしい店なだけあって、モカホイップが絶品なんだってさ。だから僕も君と行きたいなって昨日から思ってたんだ」
「プスパカフェならひとりで行きにくい店でもないだろう。どうして俺まで」
「限定パフェはペアでの注文が条件なんだ。そうなると相手は君以外考えられなくって
……
。一回でいいんだ、放課後に一緒に食べに行かないか?」
このとおり!とカーヴェは半ば拝むようにして頼み込んでくる。行くのは良いが、その誘い文句はもうちょっとどうにかならないのかと思わずにはいられない。天然の人たらしは選ぶ言葉も絶妙で、これが無意識だというのだから厄介だ。気を持たせるような言い回しに胸の奥がきゅうと鳴るのも聞こえないふりをして、この発言に他意はない、期待するなと己を叱咤するのにももう慣れた。その他大勢がいくら勘違いしようとも俺だけは騙されたりするものか。そんな気持ちでじっとりとカーヴェを見つめたあと、もうひとつ嘆息して頷いてやった。
「
……
今日か明日ならいい。明後日は五コマ目を入れてる」
「ほ、ほんとか? やったあ! じゃあ今日行こう、善は急げだ! 現地集合なんてつれないことは言わないで、エントランスで待ち合わせて一緒に行こう」
そして迎えた放課後、約束どおりエントランスで合流した俺たちは集めた資料の取りまとめについて話しながら長い坂を歩いて下り、トレジャーストリートを抜けてプスパカフェへと向かった。道中、アイスがああでクリームがこうだとパフェ談義に花を咲かせる人々とすれ違ってからそれなりに予想はしていたが、店に到着してみるとテラス席まで客でいっぱいになっており、噂に違わぬ繁盛ぶりだった。
「わ。どうしよ、いっぱいかも。アルハイゼン、待つのはきらい?」
「別に構わない。君と話していればすぐだし、このあとに急ぐ用事もないよ」
「よかった! それじゃ店員さんに空きを訊いてくるよ。もし待つようだったら、さっきの話の続きをしような」
そう言うとカーヴェは入口に立つ給仕のところへ駆け出した。声や動きの端々に弾みがあって、よほど来るのが楽しみだったのだということがわかる。自分だってパフェやパンケーキの類はきらいではないけれど、こういう機会でもなければ混雑する店に足を運び、流行りの限定メニューを食べることはなかっただろう。たまにはこういうのも悪くはない。それに同行者について「君以外に考えられなかった」なんて言われれば、どれだけ重い腰だって羽根のように軽くなるというものだ。勘違いをするつもりはないけれど、向けられる信頼を嬉しく思う気持ちまで否定するつもりもない。カーヴェが自分を選んでくれたことについては、素直に喜んでもいいと思った。
なんとなくいい気分のままふと足元の伝言板に目をやると、目玉商品の紹介が目に留まる。チョークで描かれたイラストの横には様々な宣伝文句が添えてあり、そういえばこういうものをまじまじと見たことはなかったなと暇つぶしがてら眺めることにした。店長によるこだわりのブレンドコーヒー、それに合うように開発を重ねたハニートゥルンバ、
開花
プスパ
の名のとおりうつくしく開いた花が添えられたパティサラプリン
——
見れば見るほどどれもおいしそうで、限定メニューの真新しさだけの繁盛ではないことが窺い知れる。いつかカーヴェとの議論のお供に、糖分補給用としていくつかテイクアウトするのもいいかもしれない
……
と考えていたところへ、ひときわ目立つようにラミネートされたポップが目に入った。
やたらと装飾されているせいで読みづらいが、簡単ではないほど挑みたくなるのが学者のさがだ。太い丸文字を根気よくひとつずつ解読していくと、そこには
——
"大好評! カップル限定・ラブラブツインパフェ"とあり、予想だにしない文言の登場に思わず目を剥いた。
「カッ」
「か?」
あまりの衝撃に口から単語の半分が飛び出してしまったものの、もう半分はどうにか喉の奥に押し戻した。俺の声に振り向いたカーヴェが不思議そうにキョトンとした目でこちらを見ているので、なんでもないと首を振ってみせる。動揺を悟られぬよう一度深呼吸して再度横目で確認したが、たしかにそこにはカップル限定ラブラブツインパフェと書かれていて、加えてほかのメニューをもう一度読み直したが、どのメニューにも限定の文字はない。
つまり総合的に考えて
——
昨日話題に上がったらしい限定パフェとは、これのことなのではないか。
(
……
本気か?)
まさかとは思いつつも、冷や汗は背中を伝う。どう見たって俺たちはそんなふうに見えないだろうが、しかしカーヴェは間違いなく、限定パフェが目当てだと言っていた。てっきり期間
限
・
定
・
のメニューを食べたがっているものだと思ってろくに確認もしなかったが、たった一単語の意味を取り違えたせいでこんなことになろうとは
——
言語とはほんとうに曖昧で奥が深い。いや、そんなことを言っている場合ではない。周りを見渡せば友人同士で来店している者も多いが恋人と来ているような者も散見される。その手元にはハート型にカットされたいちごが大輪の花のように盛り付けられたパフェが置かれており、向かい合わせに座った客たちは互いに食べさせあいながら幸せそうに微笑んでいる。あれが食べたくてカーヴェは俺を誘ったというのだろうか。そうだとして、注文を取りに来た給仕に彼が「ラブラブツインパフェを」と言い出したときには、俺もいかにもそうだがという顔をすべきなのだろうか。無理がある。まさかこちらが心を寄せているのをとっくにわかっていて、それをていよく使われて
——
という考えが一瞬浮かんだが、いや、カーヴェがそこまで聡ければこんなに苦労はしていないだろうとすぐさま取り消した。廊下の陰で抱き合う学生カップルを目撃すれば、真っ赤な顔をしながら俺の目を塞いで「アルハイゼン、見ちゃだめだ。君には刺激が強すぎる」などと言いながら足早に過ぎようとする男だ。他人の恋心を弄ぶような恋愛巧者の仕草などできるはずもない。
そうこうしているうちに給仕は店内の空席へ俺達を案内し、俺は促されるままにカーヴェと向かい合うかたちで席についた。そしてどうにかこの状況を丸く、穏やかに収めることはできないかと脳を必死に働かせたものの結局妙案は浮かばないまま、無慈悲にも給仕は俺達のテーブルに到着してしまったのだった。
◇◇◇
「それでは、お決まりの頃にまた伺います」
水とお絞りを配り、一礼しかけた給仕をカーヴェが「あっ、もう決まってます」と呼び止めた。まずい。もう止めるならここしかない。俺は腰を浮かせ、カーヴェの言葉を遮ろうとして
——
……
。
「カーヴェ、待っ」
「えっと
——
この”仲良しツインパフェ”で!」
結局それは叶わなかったが、思いがけない初出単語によって一瞬時が止まった。
……
仲良しツインパフェ?
数度の瞬きののち、横目でもう一度メニューを見た。するとカーヴェの指差す先にあったのはラブラブツインパフェ
……
の、隣のページにある”新学期応援! 教令院学生限定・仲良しツインパフェ”だった。
正真正銘、完全なる早とちりである。最も冷静になるべきは自分だったというオチだ。いくらカーヴェがときに無茶をするやつだとはいえ、たかがパフェひとつのために、後輩に出たとこ勝負で恋人のふりをさせるだなんてことをするはずがなかった。とはいえ衆目環視の中、すわ告白かという言葉を吐きながら手を握ってくる人間をどれほど世の常識に当てはめていいのかということについてはおおいに議論の余地があるのだが。
とにかくこの五分ほどのことに限っては、俺の独り相撲だったというわけだ。
「
…………
」
「アルハイゼン? どうしたんだ」
「
……
なんでもない」
目をぱちくりと瞬かせるカーヴェと呆然とする俺とを交互に見たのち、どうやらこのまま進めても大丈夫らしいと判断した給仕はにこやかに接客を続けた。
「仲良しツインパフェを一組ですね。それでは学生証の提示をお願いします」
「わかりました。ほらアルハイゼン、君も出してくれ」
ああ、うん、と俺はまだ半分呆けながら言われるがままにアーカーシャを操作し、給仕に向けて学籍情報の画面を共有する。ふたりぶんの画面を確認した給仕はありがとうございます、とオーダーシートにさらさらとメモをとり、控えを切り取って机に伏せた。
「妙論派の先輩さんと知論派の後輩さんですね。それではお持ちいたしますので、少々お待ちくださいませ」
そうして今度こそ給仕は一礼して去っていく。それをぼんやり見送りながら、俺は疲れがどっと押し寄せるのを感じていた。
なんだったんだ。いや、結果的にはなんでもなかったのだ。それがいちばんだし、どうかそうであれと思っていたのだから最も良い結末ではあるのだけれど、頭上に「徒労」の二文字がのしかかってくるような重さを感じて、みっともないのも構わずに机にごちんと伏せた。こうなったら糖分を取るしかない。もとよりそのつもりで来てはいるが、今となっては疲労回復のためという名目が出来上がった。ばかばかしいことについて脳を酷使してしまったのだから、ありったけの糖分を送り込んでリフレッシュしなくてはならない。
俺の事情を知る由もないカーヴェはというと、お目当ての品を注文し終わって安心し、まわりをきょろきょろ見回しながら楽しみだなあと呑気に構えている。
「早く座れて良かったな! 君も待ち遠しいだろ」
「ああ、早く食べたい。糖分が切れてる」
「あれ、珍しいな。午後の授業が難しかったのか? わからなかったら言うんだぞ、僕は君の先輩なんだから」
ふふんと先輩風を吹かせながら頭をわしわし撫でてくるカーヴェに「人の気も知らないで」と胸中で言いかけて、やっぱりやめた。
「お待たせいたしました。妙論派さんと知論派さんの仲良しツインパフェです」
少しして運ばれてきたパフェを見て、カーヴェはわあ、と声を上げて目を輝かせた。背の高い器の中にはコーヒーゼリーやホイップクリーム、シリアルがうつくしく層を作っており、チョコレートムースの土台の上にはバニラとチョコレートのアイスがひとつずつ、丸く整えられて乗せられている。絶品と噂のモカホイップも惜しむことなく絞られていて、真っ白なバナナが冠羽のように飾られているそばには不思議なかたちをしたクッキーが寄せられており
——
それが教令院の制帽をかたどったものということに一拍遅れて気がついた。ふたつの制帽が寄り添っているかたちをしたそれは、リボンと院章の部分がそれぞれの学派の色をしたチョコペンでふちどられている。所属学派を復唱して確認されたのはこのためかと合点がいった。
「すごい
……
! 話には聞いていたけど、実際に見ると感動も段違いだな。なんだか食べるのがもったいない
……
こんなとき写真機があればなあ。いや、スケッチすればいいのか。えーと鞄、鞄」
「カーヴェ。アイスが溶ける」
「あ、ごめん! 食べ終わってからにするよ」
そう言ったあともカーヴェはパフェをあらゆる角度からためつすがめつ眺め、どこからスプーンを入れようかと悩みながら最後にはバニラアイスとモカホイップを半々に掬い、いただきますもそこそこにそっと口に入れた。途端にんん!と嬉しそうに唸り、君も早く食べてみろと言わんばかりにこちらに向かって頷くので、俺も自分のパフェにスプーンを入れてひと匙目を口にした。ほろ苦いモカホイップが濃厚なチョコアイスと混ざり合い、ちょうど良い甘さになって舌の上で溶けていく。くっついてきたシリアルのカリカリとした食感も楽しい。ホイップやアイスが溶けてシリアルがしんなりしてしまわないうちに食べ進めたほうがよさそうだと次のひとくちを大きく掬っていると、向かいのカーヴェが「ふは」と笑った。
「
……
なんだ」
「いや、ごめん。君は好きなものを食べるときのひとくちが大きいから、パフェがよっぽどおいしいんだなあと思って。来てよかっただろ?」
「もともと来たがったのは君だろう」
「そうだけど、君だって夢中で食べてるじゃないか。ふふ、やっぱり君と来れてよかった。こういうのは一緒に楽しめてこそだもんな」
くすくす笑ってカーヴェもふたくち目を掬い取った。口に入れ、またしてもんんん!と満足そうに唸ってはじっとしていられないというふうに足をぱたぱた鳴らす。先輩らしからぬ行儀の悪さをたしなめながら、俺もふたくち目、みくち目と食べ進めた。掬っては口に運ぶスプーンの動きの合間に雑談を挟んで、追加で頼んだホットコーヒーに舌を温めてもらいながら、ふたりでパフェを堪能する。早く食べないとアイスが溶けてしまうから議論も読書もお預けだけれど、こんなひとときがあってもいいと思った。家に帰ればひとりきりの食卓だから、同じものを食べながらお互いの顔を見て、うまそうに食べるなあと思うこの時間が得難いものだということをふたりともよく知っている。この先も続いていくであろうカーヴェとの日々の中ではいつか同じ家に住むことになるかもしれないけれど、もしそうなったあかつきには、今と同じように向かい合って食事ができたらきっともう寂しくない。それどころか毎日が楽しいだろうなと思った。
「なあアルハイゼン、来年もこのパフェを食べに来ようよ。そのときまでに貯金して、共同研究の前準備ってことで写真機も買ってさ」
「来年も
仲良し
だったらな」
「なんだよ、それ。間違いないだろ?」
最後までとっておいた制帽のクッキーをかじりながら、疑いもせずカーヴェは屈託のない笑顔でそう言った。
対して俺はとぼけて見せながら「さあな」と返した
——
もしかすると、一年後にはまた違った関係性になっているかもしれないなんて、ある種の予感めいたものを含ませながら。
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