カフェのオープン作業を終えて開店まであと数分というところで、一緒にシフトに入っていた恋くんが「由鶴、これ」と俺に絆創膏を差し出した。反射的に受け取ってから自分の体を見下ろし、首を傾げて恋くんを見る。
「俺、どこか怪我してる?」
「あぁごめん、そうじゃなくて、ここ」
恋くんはすこし笑いながら自分の首筋を指差した。俺は彼と鏡合わせのように手を持ち上げ、制服のシャツから覗く首筋に指先を触れさせてから、そこに何があるか思い当たり「あ」と口を開けた。
うんうんと頷く恋くんにありがとうとごめんねをちゃんと言えないまま、絆創膏をぎゅっと握って更衣室へと駆け戻る。ロッカーの鏡を見れば、思った通りそこには赤い痕が残っていた。
「いつもは見えるところに付けないのに……」
昨日の夜のことを思い出そうとして、当然頭の中には快感にとろけた恋人の甘えた表情が浮かび、パンッと両手で頬を打った。まだ朝だし、というか、仕事中だし。とにかく今は絆創膏で隠しておこう。
コンコンと扉をノックされ「はい」と答える。扉を開けた恋くんが「大丈夫?」と聞いてきて、俺はシャツのボタンを一番上まで留めながら曖昧な笑みを返した。
「ごめんね、教えてくれてありがとう」
「いーえ。由鶴がキスマ付けてるなんて珍しいところ見れたから俺のことは気にしないで」
「わ、わすれて……」
「あはは、忘れてあげない。ほら、もうオープンだよ」
「恋くん〜……」
恋くんはくすくす笑いながらさりげなく俺の首元を確認して、それがきちんと絆創膏で隠れていることを認めると、パシッと俺の背中を叩いて店内へと連れ出した。お客様に見つかる前に恋くんに見つかってよかったと、俺はそう思うことで恥ずかしさを誤魔化した。
玄関を上がってすぐ、俺は逢さんを壁に押し付けて唇を重ねた。逢さんは一瞬驚いたように目を見開き、だけど少しも抵抗せずにそのまま瞼を閉じてキスを受け入れてくれた。
持っていた荷物を床に落として、逢さんの腕が俺の首に回る。その手が首に貼られたままの絆創膏を引っ掻き俺はピクッと反射的に体を震わせた。
「怪我でもしたか?」
「……心当たり、ありませんか?」
不思議そうな目で俺を見つめる逢さんから唇を離し、少し下に下がってシャツの襟元へ顔を埋める。まだそこに残る香水の香りを嗅ぎながら白い肌に舌を伸ばして震える首筋にちゅっとキスを落とした。痕を残すつもりはない弱い吸い付きに逢さんが甘く呻き声を上げる。
「……わか、った、……俺だな」
「はい、あなたです」
「……由鶴は、あまりつけないよな」
「え? キスマークをですか?」
「ん」
「……つけてもいいんですか?」
「……」
反応を見るために顔を上げると逢さんは目元をふわりと染めて可愛らしく目を逸らしていた。心臓がギュッと締め付けられ、肩を掴んでいた手に思わず力が入る。
「逢さん」
「……風呂、入るか、いっしょに」
「はい」
「即答……」
「だって……。……というか、もしかして俺って結構キスマークついてますか?」
「……すこし、……わりと」
「じゃあそれも、一緒に確認しましょうか?」
「……増えたら悪い」
「見えないところでしたら、どうぞ、好きなだけ」
「そんな簡単に言うな」
はぁとため息を吐く逢さんに、口角が上がった唇でキスをする。本当に好きなだけ良いんですよ。あなたに付けられる痕が嫌なはずない。他の誰にも見つからない場所に、逢さんの痕をつけてほしい。
「俺、あんまりキスマークをつけたことがなくて。教えてもらえますか?」
「……実演して?」
「ええ、逢さんの教えやすい方法で」
「言葉で説明するのは難しいかもな」
「ふふ。それじゃあ、やってみせてください」
軽口を叩き合いながらようやく玄関から部屋の中へ上がり、だけどリビングまで行くことなくそのまま浴室へと向かう。パチッと電気をつけた明るい脱衣所で逢さんのシャツを脱がし胸元に唇を触れさせた。本当にあんまり得意じゃないんだけど、やり方を知らないわけではない。ぢゅっといつもより強く肌に吸い付き離すとそこには薄く痕が残った。逢さんは自分の体を見下ろして、その痕を指先でなぞる。
「薄いな」
「ですね……。もっと強く?」
「ああ。おまえのことだから痛いだろうと遠慮しているんだろう」
「そう、ですね。……やっぱりお手本を見せてもらおうかな」
俺が自分の服に手をかけると、逢さんはまだ脱ぎ切っていなかったシャツもスラックスも潔く脱いでいった。先に扉を開けて浴室の中へ入った逢さんはこちらを振り返り裸になった俺に手を差し出す。
知らなかった。あなたの白い肌には、赤い痕がよく似合う。
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