Just The Way You Are

ガーターリングネタが好きなので…この後はお察しなニル主の趣味を詰め込んだ小話し。ニールと女性が絡んでますがニル主です。ブルーノマーズの例の歌。

衣装室から花嫁が出てくる。振り返ったカジュアルなタキシード姿の花婿が、花嫁を見てにっこりと微笑みかけた。
「世界一きれい」
「馬鹿。でもあなたも素敵」
幸せそうな花嫁の笑顔、それが少しだけ眉根を寄せた不安げな顔になる。
「緊張してるの?」
「うぅん、ただ……
「大丈夫、心配いらない。僕が君を守るから」
……ありがとうニール」
花嫁は安心したように微笑む。本当に綺麗だな、とニールは思った。腕を差し出すと、細くしなやかな腕がそっとニールのそれに絡んでくる。ニールはその手をそっと優しく握り返し、花嫁を見つめた。
「準備はいい?」
「えぇ」
扉が開く。一直線に伸びる神の御前への道のり。些か緊張した面持ちで進む花嫁の手を、再度優しく軽いタッチでニールは叩いた。
花嫁がそれに気づいてニールを見上げ、微笑み返した。結婚式に緊張する花嫁を優しく和ませる新郎との仲睦まじい様子。参列者たちはその微笑ましい様子に手を叩き、二人を祝福した。美しく艶やかなブロンドをまとめ上げ、被せられたヴェールに包まれた花嫁のトレーンは長く伸び、いたく神聖だ。頬を上気させた花嫁の様子は緊張と多幸が伝わり見ている方も幸せになる。加えてそんな美しい花嫁をエスコートする新郎もとびきりのハンサムだ。ブロンドを撫で付け、秀でた額、彫りの深い眼光にはブルーグレーの美しい瞳がはまり、目を伏せればまるで教会に飾られた彫刻のように美しかった。気だるげな雰囲気を纏った瞳で花嫁を見返す。誰もが幸せな新郎新婦の門出を祝い、幸多かれと祈る中。
悲鳴が響いた。
続く一直線のヴァージンロードに一人の男が飛び出した。目が真っ赤に充血している。男は花嫁を見て叫んだ。
「き、君は俺のものだ!そうだろう、なんで、なんで、そんな男と!なんでなんでなんで!」
叫びながら男が手に持ったナイフを振り回し、花嫁に向かう。参列者たちの悲鳴。新郎が花嫁を庇おうと前に出る。と。
参列席から一人の青年が飛び出し、襲いかかる男に体当たりをした。
「彼女に触るな!」
「なんだおまえぇええ!」
腰にがっしりとしがみついた青年は、ナイフを持った男の振り回した肘が目の縁に当たる。掛けていた眼鏡が割れて飛んだ。
「くそくそ、はなれろぉお!」
男がナイフを振り上げる。新郎が走りだす。逃げ惑う参列者。決して男を離さない青年に、振り下ろされるナイフ、花嫁の悲鳴——
「ぅぐ、あ!」
振り上げた暴漢の腕を後ろから捻り上げ、肩甲骨を突く。がつ、と鈍い音がし、肩が外れる。
「あぁあ! いたいぃい」
暴漢の腰にしがみついていた青年が、泣き叫ぶような声に呆然と離れる。痛みにうめく暴漢の後ろから乗り上げ、外した肩をなおも締め上げ、万力の力で持って押さえつける。膝をも使って暴漢を後ろから拘束するダークネイビーのスーツを着た男性がそこにいた。
ポケットチーフは艶を放つワインレッド。ホワイトのドットでカジュアルダウンしたライトブルーのタイが、荒事に乱れて内側のジレからこぼれ落ちた。それを暴漢を押さえつけるのとは反対の手でつまんで跳ね上げ、首にからげる仕草が堂に入る。
「間に合わないかと思ったよ……
駆け出した先、先に暴漢を取り押さえた件の人物に向け、ふぅ、と安堵のため息をこぼし、若干責めるような口調で呟いたニールに男は苦笑した。
「すまない、参列の位置の奥に居すぎたな。マダム、申し訳ない。些か乱暴に押しのけてしまったが怪我はないだろうか」
……いいえ、ないわ。心配しないでヒーロー」
あわやの出来事に歳を重ねた配慮で持って、参列の老女がジョークに絡めて返答したそれに、参列者達は一気に肩の力を抜いた。
暴漢の男は鼻から口から泡を吹いて気絶している。眼鏡が飛んだ青年の元に花嫁が泣きながら駆け寄った。
……やぁ、マイディア。あまりにも君が綺麗すぎて目に毒だから、僕には今の視界がちょうどいいかも」
「〜〜、っ、馬鹿!」
ぐぅ、と歯を食いしばり、目を真っ赤にして花嫁は青年に抱きついた。



院生時代の友人の一人から相談を持ちかけられた。ニールは警察関係に連なるそれっぽい組織で働いていると、旧友たちには伝えてある。その中の一人、女性の友人から、ストーカーに悩まされていると相談があったのはつい最近だ。
ポストに投函された盗撮された彼女と恋人の写真はズタズタに引き裂かれていた。止まらない不気味なメールの通知。警察に相談を、という段でそれはぴたりと止んだ。恋人と婚約し、式の日取りも決まり、あと数日という時に再度始まったメール。〝誰にも渡さない〟という文言だけが繰り返され、ストーカーの人物自体に全く心当たりのなかった彼女は姿なき悪意に晒され続けた。
ただ二言三言交わしただけでもそれを好意と捉え、想いを拗らせていく者もいる。捕まえようにもどこの誰かも掴めない状態だった。本来幸せの絶頂にあるべき彼女からの話しを上司に相談したら、しばらく思考した末、それは間違いなく式当日に姿を現すだろう、と男は断言した。歪んだ執着心が辿り着くのはそこしかない、と。
ニールと男、そして彼女とその婚約者が立てた計画。それは、ニールが花婿になり代わり、花嫁を守るというもの。どこから情報が漏れるか分からないため、参列者の数人にだけそれを伝えていた。結果、堂々と舞台に姿を現したストーカーの男は、ニールが婚約者の男と入れ替わっていることにさえ気付かなかった。彼女しか眼中にないのだろう。それは愛ではない。心を置き去りにしたままのただの独占欲と歪んだ執着心、そして身勝手な振る舞いだ。
気絶したストーカーは警察に連行され、事情を聞かされた参列者達は教会の外で休んでいる。
眼鏡が割れた際に、目の縁が少し切れただけで済んだ彼女の婚約者は、汗を拭きつつ恐縮しきりだ。
「すみません、僕は控えてろって言われてたのに……
「私の心臓を止める気? あぁ、本当に無事でよかった……
本来であれば、ストーカーが現れたなら、新郎に化けたニールと参列者に紛れた男とのふた方向から捕らえる予定だった。
ニールは一番近くで彼女を守り、格闘技術の高いニールの上司であれば有事の対応が早い。参列席から怪しい人物がいたならば早めに教えてくれ、と伝えていたはずの彼女の婚約者がまさか一番最初にストーカーに飛びかかるとは。これにはニールも男も肝を冷やしたが、一番彼を心配したのは花嫁に違いない。
「君に飛びかかろうとしている男が目の前にいるんだよ? 黙って見ているなんて……
体が勝手に動いてしまった、という花婿に、花嫁は静かにその手を握った。
ニールと男は彼らの平穏が保たれる手伝いが少しでもできたなら、とその光景を微笑ましく見守った。やがて参列者たちに呼ばれ、教会の外へ向かう新婦と真なる新郎に、僕たちはこれで、とニールが告げる。
「参列はできない?」
「ごめん、おめでとう」
彼女の問いかけに、ニールは眉を寄せて微笑みで返答した。明らかに素人でない二人組の男はここで消えるべきだ。
……本当にヒーローになっちゃったんだね。私、参列者のみんなになんて説明したらいいかな……
悩む友人が花嫁姿のまま腕を組んだ。
「ほら、ヒーローは正体を隠してすぐに去るものだから」
新郎が笑いながら彼女の腰に手を添えた。
そうだね、そうだよ、と微笑みあう新郎と新婦の本当の式はこれからだ。ニールと男はそのまま教会の裏口へと向かう、が。
「ニール、待って」
花嫁がニールを呼び止めた。ニールが振り返ると、彼女の手の中には純白のチュールレースがふんだんにあしらわれたガーターリングが乗せられていた。
「これ、あげる」
「え」
「ガーターリング。あ、身に着けたものじゃないから安心して」
「いやそうじゃなくて」
「私たちには少し刺激が強すぎるから、ガータートスはやらないことにしてたの。でも衣装を用意してくれた担当の子がサムシングブルーに合わせて準備してくれて……記念にってくれたの。綺麗でしょ? 可愛いからあげる」
〝可愛いからあげる〟、の真意とは。
ニールは自分よりも遥かに背の低い彼女を器用にも上目遣いで見る。彼女はニールの後方に立つ上司だと紹介した男に視線を流し、それからニールを見た。可愛らしいウィンクを添えて。
──バレてる。
「私たち、外に出て説明するから」
暗に教会内は他に誰もいない、と賢く美しい学生時代の盟友は、こっそりとニールに告げた。
「助けてくれてありがとう。きっともう会えないんでしょう?」
……多分。元気でね。君の幸せをずっと願っているよマイディアフレンド」
「あなたも。幸せにね。さようなら、ニール」
頬に友情のキスを施し、それを優しく見守っていた伴侶のそばへ彼女は戻った。二人が教会を後にする。
「花嫁の父のような顔をしてるぞ」
揶揄うように男がニールの顔を覗き込んだ。
「お前のタキシード姿が見れたことを彼女に感謝しなくては。眼福だ、ハンサム」
額に落ちかかる前髪をかきあげられて、ニールは胸ときめかせ、手に握ったそれを思わず握りつぶした。
「おい、それ」
「あ」
無惨に握りしめられたそれはニールの長い指の間からレースがこぼれ落ちていた。繊細なチュールレース。リボンはブルーだ。
花嫁の太腿から新郎が咥えて外し、それを未婚の男性に投げて渡す。ガータートスは余興として有名だが、明け透けなその余興は顰蹙を買う場合もある。ただ、それを受け取った独身男性は次に結婚する、という言い習わしがあるのも確かだ。真偽のほどは別として、それをなんとも言いがたい顔で握ったまままのニールに男が吹き出した。
……笑わないでよ、僕だってどうしたらいいか」
「ふふ、着けてみせようか」
「え、うそ、ほんとに」
思わぬ言葉に思い切り期待した目で見返してしまった。
参列者に並んだ男のスーツはカジュアルだけれど品がいい。胸ポケットのワインレッドが少しだけ艶やかだ。厚みのある瞼から流し目で見つめられて、揶揄われたと気付いたニールが不服そうな顔をする。意趣返しに聞いてみたかったことを聞いてみる。
「彼女と並んだ僕を見て、〝自分と出会わなければ、幸せな結婚をして家庭を築けたのに〟……とか思わなかった?」
裏を返せばそれは、彼女と並び立つ姿を見て少しは妬いてくれたろうか、というわずかな期待と、可愛げのある反応が見たかっただけだ、が。男はきょとん、と目を見開いた。
「言って欲しいのか」
「いや、こういう時の定番の台詞かなって」
ふむ、と男は思考する。
「野暮なことは言わない。それだけが幸せの定義ではないし、俺にそれを聞くのか? お前が俺とこうなることを、お前と知り合う前から知る俺に」
「祖父殺しのパラドクス?」
「自由になりたいなら俺を殺さないとな」
…………なにそれ。すごい殺し文句。あなた結構僕にベタ惚れだよね」
「着けてみせようか、と言っているだろう?」
「ぇえ……
本気だったの? と瞳の色と揃いのタキシードを着た色男は、花も恥じらう体でガーターリングを握りしめたまま顔を覆った。
その指の間から、男はガーターリングをするりと抜き取る。ゴムの入ったそれを左腕に嵌めた。
「ちょ、」
コントラストが美しい。視界から入る情報量が多すぎる上に、行いから目が離せない。男は腕に嵌まった白いレースの端を弄りながら、まるで物理学の講師のように考え込んで話し出した。
「ん……俺の太ももには入らないな。ふくらはぎは辛うじて。足首なら問題な」
「早く帰ろう」
がっしりと男の両肩を掴んで睨みつける勢いでニールは言った。腕に可愛らしくも美しいガーターリングを嵌めたまま、男は小首を傾げた。
「結局これはどうする?」
「持って帰るに決まってるじゃない、あなたごと」
男が着けたガーターリングごとその左腕を持ち上げ、ニールは結ばれたブルーのリボンを歯に挟んだ。引く。解いていく。
本来であれば神聖な教会内で愛の誓いでも立てるべきなのかもしれないけれど。あけすけな誘いと戯れの方が、自分たちには相応しい。
ニールはそのまま長いブルーのリボンを男の左薬指に結んだ。