The name of the one-time partner is "None"

ニコニコホワイト諜報機関。人目憚らずイチャこくニル主。偽名ネタバレあり。気が気じゃないニールと無自覚プロタゴさん。モブ視点。

「1、2、3で行くぞ。いい? 行くよ? ワン!」
「うあ」
言い終わると同時に、がつ、と物理的な音をさせて左肩が本来の位置に嵌る。左右の手首を繋ぐ鎖をガチャガチャ言わせながら、俺は肩を押さえた。
「〜〜、っ、お前〜!」
「はは、変に緊張されて体が固くなるとうまくいかないからさ」
朗らかに笑うその顔は、右の口端が切れて血が滲んでいた。殴られた跡だ。
「ハンサムが。もったいない」
「お互い様だろ」
「嫌味かよ」
組織から指示され、臓器売買の疑いのあるマフィアの屋敷に忍び込んだはいいが、思ったよりも敵が多かった。
ブローカーに内通者がいたらしく、忍び込んだ俺と、今回仲間として組んだマックスは敵に捕まり、拘束されたまま早二日が経っていた。手枷と足枷は地下の柱に繋がれている。
俺たちの所属する組織がどこであるかを吐かせようと、数時間おきにマフィア達は拷問にやってくる。施される拷問行為は段階を追って激しさを増し、酷くなっていた。
しかし、今のところ俺とマックスはなんとか口を割らずにいる。床に叩きつけられた時に外れた俺の肩を、騙し打ちで治した今回だけの相棒は、殴られた時に舌を噛んだ。口の端から血を流したままのハンサムな顔は痛々しい。大丈夫かな。いや、信じて待つんだ。希望は、ある。
「俺さ、元々CIAにいたんだ」
突然の俺の話しに、マックスは視線だけを流してきた。個人情報を垂れ流すのはご法度だけど、俺自身の話しならば隠す必要もないだろう。
「〝任務中に敵に捕まったなら、自白させられる前に自殺ピルを飲む〟。それが当たり前だったのにな」
スカウトされて入った今の組織はどの諜報機関にも属していない。時間軸を行き交い、探り、過去と未来を行き来し世界の平定を保つ。たった一人の男により形成されたこの組織は様々なハブネットワークを持っている。そのため警察組織や英国機密情報員でもない俺たちは、マフィア達からしても目的や行動に予測がつかないため扱い難いようだ。調べても俺たちの組織の実態にはたどり着けない。
今回の臓器売買も、末期癌に侵されたある科学者が臓器移植を望んでいるという情報に端を発する。移植が済んだその科学者は代わりの〝皮〟を着て、丈夫な体と明晰な頭脳で八年後に核兵器に代わる新たな脅威の代物を生み出す〝予定〟だ。その移植自体を防ぐため、俺とマックスがマフィアの屋敷に忍び込んだ。
「〝名もなき男〟」
……
「お前は会ったことあるか?」
マックスはひたと俺を見つめると、首を横に振った。
……噂じゃ存在するかさえも怪しいんだろ」
「はは、そうだな。でも、希望は持てるだろ」
──死ぬな、殺すな、逃げて、生き伸びろ。
組織の方針だ。諜報機関としてはあり得ないほどに甘い。けれど、それのどこが悪い。人として至極当然の行いと心持ちだ。自分の命が守れなければ、世界だって守れない。そんな世界と俺たちの命を双肩に負う名もなき男──組織の長だ──に関するまことしやかな噂。
「元諜報員だとか、イギリス貴族の爺さんだとか、異国の妙齢の女性だとか」
……やたら具体的だな……
「ほかにもあるぜ、中東の石油王だとか、世界有数の大富豪だとか、果てはAIまで!」
「素晴らしい!」
ひとしきり笑う。肩に響いたが。マックスも痛い、と口の端を押さえた。
「いいじゃねぇか、いようがいまいとさ」
使い捨てじゃない、逃げろ、生きろと言ってくれるボスがいるのなら、姿なくとも信じたい、と思う。俺の言葉にマックスはなんとも言い難い顔をした。
「神格化するのもどうかと」
「そんなんじゃねーよ、ただ」
「案外俗っぽいかもよ」
──結局みんなそういうギャップにやられちゃうんだ。
「? マックス、なんのこと──」
にわかに部屋の外が騒がしくなった。銃声、爆発するような音。なんだ。
両腕と両足を鎖に繋がれたまま、俺とマックスは警戒して立ち上がった。音を立て、蝶番を跳ね飛ばして地下室の扉が開く。モスグリーンの戦闘服。駆け込んでくる仲間たち。助かった。数人が俺の周りを囲み、すぐさま鎖を解いてくれる。
ほら、やっぱり俺たちの組織は仲間を見捨てない。そう言ってやろうとマックスを見やる、と。駆け寄る一人の兵士の顔を凝視していた。わずか数十センチほどマックスよりも背の低い兵士が腕の鎖を解いていく。
……鍵開けは僕の専門なのに」
「今回ばかりは俺に譲れ」
会話の内容から察するに、どうやら顔見知りらしい。鎖を解かれ、安堵と疲れと空腹でフラついた俺を、メンバーのうちの一人が支えてくれた。そのまま肩を貸してもらう。地下室になだれ込む数人、奥を確認しろ、と指示する見慣れたベレー帽の上司は、上層部のうちの一人だ。噂では組織のナンバー2だとか。そんな大物までもがお出ましとは、この任務はそれほどの大事になっていたのか。
「お前からの交信が途絶えた時は流石に肝が冷えた」
振り返ると、マックスと兵士が向き合って会話を交わしている。分厚い手袋を外して兵士がマックスの唇の傷を、そっと撫でた。
……それでなんであなたが来ちゃうかな」
「お前の救出に俺以外の誰が?」
睦言のような返答。唐突に俺は思い出す。まことしやかな噂のその続き。
──組織のトップには、たった一人だけ直下で動く部下がいる。名もなき男の、〝男〟──
マックスと目が合う。苦笑するそれに、俺は脱臼したのと反対の手で返事をする。
きっと、組織内にいたとしても、もう彼と会うことはないだろう。俺に笑いかけたマックスに気づき、兵士もこちらを振り向いた。厚みのある瞼を瞬かせ、長いまつ毛に覆われたダークブラウンの瞳。わずか開いた唇。
「お前も、大丈夫か」
低く穏やかな声で、わずか眉根を寄せた、心配そうな顔。
なるほど、神格化するまでもない。マックスが心配するのもわかる。俺だって思わずくらり、と来てしまいそうなほどに、魅力的な人物だった。マックスが人目憚らずその兵士の顎を掴んで自分の方に向ける。
「いたい! 何するんだ◯◯◯!」と、マックスの本名なのか愛称なのかを叫ぶ人。
「そうやってところ構わず端から篭絡させてくのやめてよ!」
痴話喧嘩のような誹りあい。抱えられながら地下室の破壊された入口へ向かうと、ベレー帽の上司の苦虫を噛んだ顔とすれ違う。呆れたような目で二人を見つめていて、俺は思わず笑いながら聞いてしまった。
「いつもああなんすか」
「いつもああなんだよ」
すごく嫌そうな顔をして、ベレー帽の上司は二人の元へ向かった。俺は三つ巴になった口論を背に聞きながら、本来の任務に戻る。
一度きりの名も知らぬ相棒、俺は世界を守るから、君は彼を守れ。
世界と俺たちと、そして、君を守るその人を。