シノハラ
2024-10-22 12:50:37
2718文字
Public スクシオ
 

有機生命体は寝た方がいいですって話(スクシオ+シの友達のチュ)


「教授ってば、十八時間耐久討論したんだって?」
「は?」
 依頼を受けていた仕事の進捗報告会を兼ねた夕食の席での発言だった。いつも通り数分遅れてやってきたアベンチュリンにいつも通り文句をつけてから、メインまで平らげてボトルも少々追加した。
 これも美味しい。この酒は当たりだ。そうやってご機嫌そうに食事をしていた彼が、そういえばと突拍子もない指摘をしてくる。突拍子はないが、残念ながら心当たりは異様にあった。
「僕にはホテル併設のカジノで夜な夜な金を巻き上げてないでさっさと寝ろって言うのに、自分の事になるとそうなんだ?」
 少々唇を突き出して不公平だとポーズを取ろうとするアベンチュリンに、レイシオは沈黙を保つしかない。
 事の発端は自身の愚行である。そこから後の経緯はおそらくこうだ。
 レイシオの取り扱いに思うところがあったスクリューガムが、今後の改善のためにとでも考えたのか誰かに相談を持ちかけた。おそらく相手は模擬宇宙とかいう本人の同意があるとはいえ倫理に抵触し気味な仕組みをしているシステムのために顔を合わせる機会があるらしい天才クラブの面々か、もしくはそのシステムで疑似的とはいえ時々死にかかっているナナシビトである。ヘルタやルァン・メェイがわざわざ他人の話をナナシビトにした可能性は極めて低いので、ナナシビトが居合わせていたと考えるのが妥当だろう。
 とかく、何らかの方法で情報を得たナナシビトは最近星穹列車に顔を出すようになった目の前の友人との話のネタとしたらしい。スクリューガムが話した情報より、何割か面白おかしく脚色されている可能性を考慮する必要があるだろう。
 ただ、少なくとも今現在アベンチュリンが開示した情報は残念ながら、一つも盛られていなかった。十八時間ぶっ続けでレイシオがスクリューガムと討論だか議論だかをしたのは嘘偽りのない事実なのだ。
 宇宙ステーションの一件からもう少々出来事があって、スクリューガムとは時折顔を合わせるようになった。コネクションなんてものはあるに越したことはなく、彼のような気質の人であるのなら願ってもない。
 人々が仕事を始める時間帯にカフェに入って、雑談めいた近況報告をするのが常である。その中の一つにお互いの興味を引いた事象があって、気がつけば延々と話し込んでしまっていた。コーヒーしか頼んでいなかったテーブルに昼食を乗せることになり、他所で食べたいものがあるとスクリューガムが言い出したので途中で別のカフェに移った。
 それから日が落ちるのを待って、その星の特産を扱う店で夕食を摂る。特徴的な酒があるのだと異星人である自分達に店員は勧めたが、丁重に断らせてもらったのだったか。デザートを待ちながら明日の予定を確認し、互いにどうとでもなりそうだったので近隣のホテルを予約した。当然ながら、その間自分達はずっと一つの事について話をしている。
 ホテルに着いて壁を手に入れたレイシオが疑似的なホワイトボードを展開し、互いの思考を吐き出し始めた。何度もスクリーンを保存しながら白紙に戻し、時には相手の書き込みの横に発展させられそうな仮説を書き散らしながら聴覚と視覚を同時に刺激する。
 そうするうちにぽろりと、思い返すのも恥でしかない発想がレイシオの口を衝いたのだ。穴があるどころでなく、穴しかない。ぎりぎり外周が薄く存在するから穴があると分かるくらいの、学び始めの学生ですら口にするのを躊躇うようなそれが自分の声の色をしていたのには本当に驚いた。
 慌てて口を閉じたのはたしか、丑三つ時ももう終わった頃だったと思う。もう外界にまろび出してしまったそれは引っ込めて完全になかったことにはできない。ぴたりと固まってからそれでもせめて撤回しなければと思った頃に、スクリューガムはああ、とはたと気がついたとばかりの声を上げた。
 随分と付き合わせてしまいましたね。そう、スクリューガムは自分も時間を忘れていたのだと白状した。それから適当に気安くて簡単な謝罪があったのちに、素晴らしい時間でしたが今日はここまでにしましょう、とレイシオを労る。そうなって初めてオーバーヒート気味に回転し続けていた頭が急ブレーキをかけたらしく、レイシオはようやくはっきりと疲労を意識できたのだ。
 小さく息を吐いてから、レイシオは彼の勧めに従うことにした。簡単に身を清めてからベッドに上がり、気がついたらおはようとは言い難い時間までぐっすりと眠っていた。
 アベンチュリンがどこまで詳細に知っているかは知らないが、事の全貌はこれである。無機生命体であるスクリューガムとは違って、レイシオは眠らなければ脳に深刻なダメージを受ける生き物だ。
 それはもう愚鈍とかそういう次元にある話ではなく致し方がないものなので、レイシオがきっちり管理しないといけないのである。夜も更けたカジノに何時間も居座ろうとするアベンチュリンに小言を言うのももちろんそれが理由だと言うのに、目の前の娯楽に気を取られてなあなあにしてしまったレイシオが全部悪い。だから、今目の前でにたにたと笑っているアベンチュリンにレイシオは文句を言うこともできないのである。
――この宇宙には分からないことがいくらでもある」
「そうだね」
 平静を保つように喉に言い聞かせながら、レイシオは言葉を紡ぐことにする。アベンチュリンはレイシオの御託に付き合うつもりになったらしく、楽しそうに相槌を打ってきた。
「そういうものがそこにあるとき、同時に解はそこで開示され続けている。あとはそれを誰かが見えるようにすればいい。その誰かは天才でも凡人でも構わない」
 知識が特権であるにも拘わらず、真理への口は万人に向けられている。スクリューガムと話しているとレイシオは強くそれを意識できた。
 善悪、凡非凡。その人の性質に拘わらず、そこに誰かが辿り着ければいい。そうすれば、自分達の世界はほんの少しだけ広がって見通しがよくなるのだ。
 その感覚に夢中になって、自分は食しか維持出来なくなっていたわけだ。正真正銘のアホだ。この愚行を前にしては何の言い訳も並べられない。
「たのしくて、つい」
 観念してレイシオが弁解の一切を放棄すると、ふ、とアベンチュリンの声帯が震えた。そのままからからと笑われて、暴言の一つも放ちたくなるがマヌケを庇うような行為はたとえ自身のためであっても――いや、だからこそ愚の骨頂でしかない。
 そうして何とか口を噤むレイシオを見ながらひとしきり笑ってから、ようやく自由になった喉を使ってよかったね、とレイシオの友達は目を細めて口にした。