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シノハラ
2024-10-22 12:49:38
3601文字
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アルカヴェ♀
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付き合ってないアルカヴェ♀で不用意な先輩を叱る羽目になる後輩
「賞与
……
ほら、そろそろそういう季節だろう?」
「ああ、そうだな」
「君はそれをもらう側だけど、僕はそれをあげる側で
……
ええと、つまり」
「つまり雇用者への賞与の数字を捏ね繰り回しているうちに、この家に入れる分が綺麗さっぱりなくなったと?」
「うっ、その通りです
……
」
もごりと言い淀んでしまった瞬間に、アルハイゼンに先を越されたカーヴェは思わず肩を狭めてしまう。アルハイゼンには知ったことではないだろうが、事の発端はカーヴェの無計画とかそういうものではないとは主張させていただきたい。
最近のスメールはトップが本来の形に戻った関係もあり、特に砂漠に対してのインフラ整備への資金の投入を続けている。それ自体は非常に結構なことである。
環境は厳しく理想の実現は遥か彼方、その未来を見届けられるのはきっとこの国では我らが草神くらいだろう。けれど、そんなことは関係ない。その未来を今とするはずの子供達が森と砂漠の境を曖昧にして共に手を取るためには、そこから遥か過去の今この時の投資が必要なのだ。
強固な意志を持ち、旗を掲げるその人が人間であれば不安はあっただろう。たとえその人が生涯その火を絶やさなかったとしても、その次に旗を受け取った誰かがその重みに堪えられるかは賭けでしかないからだ。
その中心にいる方がクラクサナリデビであり続けるのであれば、その点の心配は必要ない。少なくとも彼女が先を示し続けるのであれば、カーヴェはこの施策に反対することはないだろう。
それはもう大変結構な事なのだ。その結果、建築界隈はめっぽう売り手市場になっているのはちょっといただけないのだけれど。
元々、工事における肉体労働者の地位というか扱いについては問題があったので、是正されたと見るのが正しいのもカーヴェも承知している。生きていくための基盤を形作る者達の生活が困窮する事が、この国のためになるとはカーヴェだって思っていない。
それはそれとして、カーヴェの懐事情も大変厳しいのである。他所に人材が引き抜かれないように気を付けながら、不満を感じさせない程度の賞与を用意するのがなかなかに難しい程度に。次からの依頼は見積もりにある程度反映することだってできるだろうが、今の分は本当にどうしようもない。
もちろんサングマハベイとはすでに協議済みで、彼女からもある程度の譲歩を引き出した。かの守銭奴からもしかたないと思わせるくらいの状況なのだ。
後は、目の前の男から合意を得ればカーヴェの仕事は終わりである。良し悪しは別として、カーヴェが家賃を滞納するのは珍しい話ではない。何ならツケもよくある話だった。
けれど、生活費の滞納は初めてかつ、他の支払いと性質が異なる。生活費は折半。支払いは各々の財布からして、月末に明細を持ち寄って、多く支払った方に補填が行く仕組みになっている。
カーヴェが台所の仕事を受け持っていることもあり、食費の大半はカーヴェの財布から出て行っている。そして、生活の基本は食事である。
つまり、カーヴェはこれから生活費を支払えないと宣言したばかりか、アルハイゼンからモラを受け取らなければならないのだ。さすがに面の皮が厚すぎる。けれど、今後の円満な現場の作業員との関係を思えば、靴の二、三舐めてでも達成しないといけなかった。
「本当に申し訳ないと思うんだけど、袖の一ミリもなくなってしまって」
ない袖は振れない。絞っても何にも出てこない。アルハイゼンがどれだけカーヴェを視線で咎めようが、そこら辺をひっくり返して出てくるモラはすでに使ってしまっているのだ。
「本当に何もなくて、もし君が今すぐ何かほしいって言うならそれこそ体で払うしかないくらいで
……
」
勢いで口を滑らせる態を取って、カーヴェは太腿の上に突いていた手の指をぎゅっと丸める。今までの借金への態度を考えれば、おそらく彼が受け入れてくれる事は分かっていた。
ただカーヴェは今回の申し出が甘え腐ったものではなく、のっぴきならないものであると理解してほしかったのだ。アルハイゼンからの心証なんて今更ではあるから、自分のプライド絡みの問題でしかないのは重々承知しているが。
「どこまでやるつもりでいる?」
「
――
へ?」
「どこまで相手に触れる、または触れさせるか。奉仕の有無、方法。挿入の如何」
メニューによって支払いは当然変わってくるだろう、とアルハイゼンはこともなげに言い放つ。いやそれはそうだけど、と浮かんだ感想は当然音にできなかった。
カーヴェが言葉を失っているうちに、アルハイゼンが少し視線をカーヴェから外して思い出すような仕草をする。それから手であればいくら、口であれば、本番を含むなら、なんて言いながら数字を諳んじた。
小休止を挟んだとはいえ、迷いなく出てきた数字にカーヴェは目を丸めてしまった。ひょっとしたら男性であればその辺りの相場を知っていて当然なのだろうか。
いやでもだってアルハイゼンだぞ、とやたら思考の元気な部分が主張してくる。ついさっきまでカーヴェの指示に従ってわいわいやってくれていた、日の元で褐色に焼けた快活な男達とはやっぱり彼は違うのだ。
とはいえ書物にそんな情報が記されているとは思えないし、となれば現地で相場観を掴むしか方法はないのではないだろうか。生娘のような反応をしてしまっているが、二次性徴を迎える前に出会っている子の性欲の片鱗に触れるのは正直ショックだった。いや、生娘なのだが。
アルハイゼンの視線が戻ってきて、ぱちんと目があってしまう。一体自分がどんな顔をしていたのかは判然としなかったが、彼の瞳孔が少し縮こまったような気がした。
「
……
生活費の滞納の件は分かった。支払いの見込みは?」
「え、と、再来月にスポットの仕事が入れられた、から前払いが来月に来て、それで払えると思う」
実際に図面を引く手前のコンセプトを出すまでの仕事が運よく、というよりサングマハベイの計らいで舞い込んだのだ。実作業をする建築家はカーヴェも名前を知っている教令院を出たばかりの男で、仕上がりが今から楽しみな案件である。
「ではそれで。君が払った分はこれだけあれば埋められるだろうから、今月分は来月にまとめて集計しよう」
「あ、うん、ありがとう」
机に置いてあった財布をアルハイゼンが手に取ると、普段彼がカーヴェに渡す額よりも倍近いモラを手渡してくる。手のひらを差し出すとその上に紙幣が置かれ、癖がついていたせいでふわりと逃れそうとするそれをアルハイゼンが指先で押さえようとして、微かにその指が跳ねた。
「君の窮状は理解したが、君はもっと言葉を選ぶべきだ。君の言葉を俺が真に受けて本当にしてしまうことくらい、さして難しい話でもないと分からないはずもないだろう」
カーヴェが渡されたモラをしっかりと握ったのを確認してから、乱れのない声音でつらつらとアルハイゼンがカーヴェの脇の甘さを指摘した。たしかに彼の言う通りで、アルハイゼンの良心とか裁量に甘えるのが前提の発言だったと言われれば否定のしようがない。
「
……
ごめん」
カーヴェが何とか謝罪を口にすると口元がきゅっと引き絞られて、目を伏せながらアルハイゼンが立ち上がった。用件は済んだとばかりに背を向けて自室に引っ込んでしまった彼がいた場所を一人取り残されながら見つめて、彼の言葉を思い出しながら手の内のモラを意識する。
彼が唱えるように口にした内容と、それに付随する対価。これだけあればぜんぶ、できてしまう、のではないだろうか。彼がカーヴェのたわごとを本当にしたいと考えていたのなら。
彼の言葉が全て脅かしだったと、カーヴェは考えるべきなのだろう。彼が詳らかにしたメニューの裏で、彼が文字以上の情報を脳裏に思い浮かべてなどいなかったと。では、あの指の震えは、カーヴェから視線を外した瞬間の感情を押さえ込むようにも見えた横顔はなんだったのだと要らぬ主張が聞こえてくる。
軽い気持ちで、随分と危ない橋を渡ってしまったと今更ながらに理解した。彼の横顔は学生時代の記憶を含めてもその片鱗すら見た記憶がないもので、随分な悪事を彼に働いたのだとじわりと罪悪感が湧き上がってくる。それと同時に、形容が難しい疼くような感情も。
――
できるかもしれない。そう、彼の指が紙幣越しに弾んだ振動を思い出しながら、カーヴェの思考が要らぬことを考える。彼とであれば、ひょっとしたら。
たぶん、あの指先が触れていたのが例えばカーヴェの脇腹だったとして、嫌悪感は抱かなかったはずだ。意識すればむずりとなる脇腹をごまかすように自分で擦り、せっかく苦言を呈するだけで納めてくれた彼のためにもカーヴェはきつく頭を振って頬に集まり始めた熱を追い払った。
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