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kaede
2024-10-22 11:53:50
3977文字
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二人きりになると燐音くんにめちゃめちゃデレられる一彩くんのはなし
燐一
最近燐音くんがわたしの脳内でひいろ〜ひいろ〜ってめちゃめちゃ一彩くんにベタベタしてたので書きました
「ひいろォ〜」
と、兄さんが小さな子供みたいに僕に擦り寄ってくると、僕はとても嬉しくなる。兄さんの大きな身体に包まれるのも、胸をじわっと満たす兄さんの匂いも、蜂蜜みたいに甘い声も。
暇なら部屋に来ないか、と兄さんに誘われた時点で、兄さんの目的はわかっていたから、ウム、と了承の意味の返事をした。本当は学校の課題をやるつもりでいたのだけれど、提出は三日後だから急ぐ必要もない。
一緒に兄さんの部屋まで行くと、同室の二人はいなかった。今まで
……
具体的に言うなら過去二回、ずっとそうだったから、今回もそうだろう、と予想していたのでことさら感情が波立つこともない。だから兄さんに倣って兄さんのベッド、兄さんの隣に腰掛けた途端、本当に何の前置きもなく抱きしめられるのも、想定通りだった。
「兄さんは甘えん坊なんだね」
今まで言語化に至っていなかった思考が初めてはっきり浮かんできたから、そのまま言うと。
「甘えてるとかじゃねェンだけど
……
いや、まァ、そうだな」
兄さんは否定なのか肯定なのかはっきりしない返事をして、僕の髪に軽くキスをした。これも、嬉しい。
「いつもそうしてればいいのに」
「いつもって?」
「寮のみんなの前でもそういう甘えん坊なところを見せれば、兄さんについているあまり良くないイメージも、だいぶ払拭できると思うよ」
「クレビの天城燐音はそういうキャラじゃねェの」
「でもいつもは僕の前でもそういうキャラ? だよ?」
「今は一彩のお兄ちゃんの天城燐音なンだよ」
「ふうん
……
?」
いまいちよくわからなかったけれど、今の僕の前では本当の自分を見せてくれている、という解釈をすることで一応、納得した。故郷で一緒に暮らしていた頃の兄さんとは少し違うところがあるように思うから、『本当』の部分の信憑性はあまりないけれど。『本当』は、『ありのまま』に置き換えた方がいいかもしれない。うん、その方がしっくり来る。
兄さんはきっと、ありのままで僕に接してくれているのだろう。
「つうか、そんなことたァどうでもいいンだよ」
言いながら兄さんが僕を押し倒す。ベッドで二人、くっついてごろごろするのもいつものことだったから、やっぱり特段、驚くこともなかった。
「は〜
……
一彩はかわいいなァ
……
」
横倒しになった僕をぎゅうっと抱きしめて、兄さんがしみじみと呟く。ちょうど僕の肩口に顔があったから、吐く息が服越しに僕の身体に染み込んで、そこだけ、温度が上がる。
兄さんにかわいいと言われるのは嬉しい。好きだ。
兄さんの熱に染められるのは少しばかり、不思議な感じはするけど、楽しい感じもする。
そうやって兄さんが僕を抱きしめたまま、しばらくは深いため息を何度かつくのも、いつものことだった。そのため息の意味の具体的なところは僕にはあいにくとわからないのだけれど、伸びをしたときに気持ちよくて思わず声が出てしまうのと同類のものだろう。というのは感じるし、兄さんが僕を愛してくれているのが疑いようもなく伝わるから、この時間も僕は好きだ。
一彩、とねだるような声がしたから、もぞもぞと兄さんと目が合う位置まで、僕の体位を基準に考えるならマイナスのy軸方向へ移動する。僕の顔を認めた兄さんは満足げに笑って、僕の目にかかっていた前髪を丁寧に払った。
「最近、どうだ?」
質問としてはいささか具体性に欠ける物言いだったけれど、これも初めてのことではないから、兄さんが僕に何を求めているのかはちゃんとわかる。僕と二人でいる時の兄さんは、僕の学校での話とか、友達や先輩がたと何をして過ごしたのかとか、そういうことを聞きたがった。普段は僕の話なんて聞き流しているようなのに。いや、そう見えるだけで、本当は僕ですら話したかどうかはっきり覚えていないことをちゃんと覚えていてくれたりするのだけれど。
「昨日、藍良と食レポの練習をしたんだ」
「へェ。お前、そういうの苦手そうだもんな」
「ウム。でも本当はただ旬の味覚を楽しみたかっただけなんだけどね」
「一彩は食いしん坊さんだもんなァ」
「食べることは人間の生命維持活動に必要な機序のひとつだし、本能だよ」
「そーだな」
とろけるように微笑んだ兄さんの手が、僕の頬をふわりと包んで、輪郭をなぞってゆったりと動く。まるで、宝物を愛おしむみたいに。目を閉じると、冷たくも熱くもない、ちょうどいい熱が僕の皮膚の下まで浸透していくのがよくわかった。
「一彩? 眠たくなっちまったか?」
「ううん。兄さんの手の心地よさを味わって
……
堪能して? ええと
……
好きだなって思ってたんだよ」
上手な言い回しが思いつかない。
「ふゥン
……
」
目を開けた先の兄さんは、僕ではなくて僕の向こう側
……
もしかしたら僕の内側を見ているような目をしていた。何を見ていたんだろう。何が見えていたんだろう。
「兄さん?」
僕が呼ぶと、兄さんの目が目の前にいる僕を認識したのがわかったから、ほっとした。
……
多分、ほっとした。別に不安だったわけでもないから、正確にはもっと違う感覚だったのかもしれないけど、他の言い回しはすぐには思いつかない。
なんて僕が考えているうちに兄さんの顔が近づいてきて、唇が僕の頬に触れた。
「これは?」
「これ?」
「どう思った?」
手ではなくて、唇で撫でられるのはどう感じるのか、ということだろうか。
多分、そうなんだろう。
「好きだよ。大事にされてるようでとても嬉しいな」
「ようで、じゃねェだろ」
呆れ混じりの笑い声と一緒に、もう一度、キスされる。
「お前のことはいつだって大事に思ってるよ。これまでも、これからも」
「
……
ウム」
嬉しい。
けど、嬉しいだけじゃなくて。
ホットミルクに砂糖を少し入れてくるくるかき回したみたいなこの感覚は、何て表現すればいいんだろう。
「そうか、好きなのか」
と、兄さんは唇の両端を軽く持ち上げ緩やかにカーブさせて、また、僕を見つめた。
兄さんが嬉しそうで、僕も、嬉しい。
……
嬉しい? それだけだろうか。
身体の奥で何かが炭酸水みたいにぱちぱち弾けているのに?
「じゃあ」
また、兄さんの顔が近づく。
また、唇が触れる。
今度は、僕の唇に。
「これはどうよ」
「どうって
……
突然食レポしろと言われても」
「お兄ちゃんは食いもんじゃねェだろ」
「もののたとえだよ」
突然だったから、だろうか。
僕は今、明らかに混乱している。そんな自覚は、あった。
食レポ、なんてわけのわからないことを口走ってしまう程度には。
「
……
嫌ではないよ」
「そっか、これは駄目か」
「駄目とは言ってないよ」
「でも、良くはねェンだろ」
返す言葉に詰まってしまう。その通りだからだ。
でも、嫌ではない、の対義語としておおむね相応しいのが、良くない、だ。という点においてその通りなだけで、僕の気持ちはそうじゃない。
ただ本当にわからなくて、嫌ではない、という言葉しか引っ張り出せなかっただけで。
「悪かったな。もうしないから」
勝手に話を終わらせないでよ、兄さん。
「もうしないの?」
「良くはなかったんだろ。お前の嫌がることはしねェよ」
「嫌ではない、と僕は言ったよ」
「じゃあ、良かったのか?」
「それは
……
」
早く。
早く何か、言わないと。
でないと、兄さんは完全にこの話を終わらせてしまう。
「それは、もう一度してみないと、わからないよ」
兄さんのまじろいだ目が、少し、大きくなる。それから、流れるように細くなる。
「
……
じゃあ、また今度な」
僕は知っている。
兄さんがこの目をする時は、よく考えもせずに勢いで発しただけの浅はかな僕を傷つけないよう相手をしてくれているだけで、その場限りの約束をしているだけだと。
兄さんの中に、今度、はない。
だから、なかったことにされたくなくて。
「今では駄目なのかな」
僕が訴えると、兄さんは僕の頬をするりと撫でて、くすぐったそうに笑った。
「心配しなくても、お前に乗り越える準備ができたら、また、するから。約束する」
「準備? 乗り越える?」
「ほら、この話は一旦終わりだ。お兄ちゃん眠くなっちまったからよ。一緒に昼寝しようぜ」
兄さんが僕の背中に手を回してぽんぽんと軽く叩いて、そのまま、僕を抱き寄せたから、僕はまた、兄さんにすっぽり包まれる。
きっと兄さんはこのまま、この話の結論を曖昧にして、なかったことにする気なんだ。
そうはさせない。
「本当に約束だよ、兄さん」
見上げた僕の前髪に、兄さんがキスをする。
「今の俺はお前だけの天城燐音だから、絶対に嘘はつかないよ。ちゃんと、待ってるから」
「待ってる?」
「うん。待ってる」
兄さんは一体、僕の何を待っているの?
そう訊きたかったのに、訊けなかったのは、どうしてだろう。
訊いても兄さんははぐらかすだけで答えてくれないとわかっていたから?
僕が自分で乗り越えると信じて待ってくれているらしい兄さんの期待を裏切りたくなかったから?
……
なんとなくだけど、心当たりのようなものがあるから?
どうして僕は『嫌じゃない』と答えてしまったんだろう。
どうして僕は『好き』『嬉しい』って言えなかったんだろう。
どうして僕は躊躇ってしまったんだろう。
もう少しでわかりそうなのに。
だからもう一度
……
いやじゃないから
……
いえなかっただけだから
……
きっとほんとうは
……
だから
……
だからもういちど
……
前髪越しに溶けていった兄さんの熱が僕の身体をすみずみまでぽかぽか温かくして、僕はそのまま、眠ってしまった。
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