今年の十二月二十四日は日曜日で、東京の街はクリスマスを祝う人々でごった返している。私にとっても貴重な休みで、この日のために買っておいたお気に入りの紅茶を飲みながら、ちいさなケーキでも食べようかな、なんて思っていた。
けれど実際は、昼間から居酒屋で一目もはばからずわんわんと泣きわめいて、大きな瞳を真っ赤に腫らしている友達を慰めている。
「なんで!? なんでよりにもよって今日なの!?」
「うん、うん」
せっかくの休日に酔っ払いの友達を宥めすかしている私も、思うところがないわけじゃない。けれど、彼女の言い分も仕方のないことだった。クリスマスイブにデートのドタキャンを告げられるのは、多分とてもつらいから。
「仕事が入るのはしょうがないかもしんないけどさぁ、あたしだってずっと今日楽しみにしててさぁ、二日前にわかってたんならその時言ってくれればいいのに、デート自体忘れてたなんてさぁ……」
「そうだよね。本当に、ユウナは悪くないと思うよ」
彼女が飲み過ぎないように、様子を見ながら水を渡す。いざという時に職場から出動要請が出ても困るから、私は烏龍茶だけで済ませていた。皮付きのフライドポテトを齧りながら、やるせない話を聞いている。
「……あたし、本当はどうでもいいと思われてるのかな」
「そんなことないよ! 彼氏さん、ちゃんと埋め合わせはしてくれるんでしょ? それにプロジェクトが今一番大変な時期だって、ユウナも言ってたじゃない」
うん、と沈んだ表情で涙をぽろぽろとこぼしている彼女は、小柄でかわいい。おおきなたれ目は睫毛も長くて、女の私から見ても、はっきりと美人だと理解できた。性格も、大事な時はきちんと意見が言えて、けれど普段は気遣いを優先する。そういう切り替えがきちんとできる子だから、お酒が入った時に荒れてしまっても、私はなんとなく許せるのだった。
――少なくとも、中学時代の友達とは全然違う。
ふいに、彼女のスマートフォンからメッセージアプリの通知音が鳴る。じと、とその画面に視線を遣った彼女の目が、すこしだけ丸く見開かれた。
「彼氏さんから?」
「……うん。珍しく、敬語で謝ってる。スタンプとか絵文字なしの長文で」
どうやらあちらは本当に反省しているらしく、よかったじゃない、なんて私は笑ってみせた。
「すぐには許してあげられないだろうけど、既読スルーだけはしないであげようよ。今日は私が付き合うからさ」
「……麗が言うなら、スタンプくらいなら返してあげてもいいかな」
えらいえらいと褒めれば、彼女はすこしだけ口をとがらせて、恋人宛にスタンプをひとつだけ送っていた。
とろりとした目と、ふんわりと赤い頬から見ても、彼女がすっかり出来上がっているのがわかる。
「こんな日に呼び出したあたしが言うのもなんだけどさぁ、麗もなんか予定なかったわけ? イブなのに」
「ないよ、イブなのにね」
烏龍茶のおかわりをすこしずつ飲みながら、次は何を頼もうかメニューに視線を落とす。甘いものがいいな、と思って、アイスクリームの欄を見た。
「ふぅん」
じぃ、とこちらを見る表情はなんとなく疑わしげで、私にはそれが不思議で、ちょっとだけ怖かった。けれどこういう視線を、私も内心は高校時代から彼女に向け続けていたのかもしれない。
「麗さぁ、すきな人居るでしょ」
「なん、な、なんで?」
ひどくすっとんきょうな声をあげながら、思わず目線を正面へと戻してしまうと、彼女は、ああやっぱり、なんて顔をしている。
「ずっと言うか言わないか迷ってたけど、前と表情だいぶ違うもん。明るくなったし、かわいくなったし。あ、麗って本当はこういう感じで笑ったりするんだって、最近気づいたんだよね。それにずっと、いろんなこと我慢してたんだろうなって」
「そんなことないと思うけどなぁ……」
困ってしまったまま、口元を隠したくて烏龍茶のグラスを持っていく。ちびちびと飲みながら誤魔化す私を見て、責めてるんじゃないよ、と彼女は続けた。
「そういう人が出来たから、無理しなくなったのかなって思ったの。だから、あぁ良かったなぁって。あたしは麗の弱いところとか、見たことないから。見せられる人ができたんだって」
彼女は私より人をよく見ていて、やわらかい強さを持っている。なんだかそれを再確認できたことがうれしくて、すこし、泣きそうになった。
だから、ちいさく頷く。
「……うん。大丈夫じゃない時は、ちゃんと、大丈夫じゃないって言えるようにしてる」
「そっか。どういう人? 職場の人? 警察官とか出会いなさそうだけど」
どこまで話していいのだろう。黙って頷いてから、うんうんと考え込む。彼女は私の本来の趣味を知らないし、何をコンプレックスにしているかも話したことがない。けれど今の私は、なんとなく彼女にひみつをすこしだけ打ち明けられる気がした。
「……職場の、先輩。すごく、背が高いの。やさしくて、きちんと叱ってくれる」
「最高じゃん」
即答してくれたのがうれしくて、うん、と頷く。その時の私の笑顔は、多分つくりものじゃなかった。
それから彼女を家まで送って、いつも通りの買い物を済ませて自宅に着いた時には、夜の十時を回っていた。
変わらない日常のサイクルを終わらせて、大事に仕舞っておいた紅茶の封を開ける。クリスマス仕様のそれは甘い香りがして、ひと息つくには十分の安らぎをもっていた。
「……これ飲んだら寝よ」
明日職場に持っていく荷物のなかには、お気に入りのお店のクッキー缶がある。皆で食べてもらえればうれしいし、控えめに信頼できる人達とのクリスマスも味わえる気がした。
ほんのりと苦みのあるココア味と控えめなジンジャー味は、きっとあの人も食べられる。
ありがとう、と言ってもらえたら、それが私にとってのクリスマスプレゼントだ。
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