天(遅咲)
2023-11-30 15:20:22
2216文字
Public TRPG
 

みちのえらびかた

未華ちゃんの話。サイレン清掃会社バレ有り

 夜闇のなかでスコープを覗く。赤いワインを揺らした、高級そうな背広の男に照準を合わせる。いいぞ、と隣で無骨に呟く父の声を聴きながら。
「お前のタイミングで撃てばいい。出来るはずだ」
 引き金をひく。サイレンサーの付いたそれは最低限の音しか響かせない。わたしの放った銃弾は、分厚い硝子を穿って男の頭蓋に赤い泉を噴き出させる。
「よくやった」
 それだけ言って、父は素早く帰りの支度を始めるから、わたしもライフルを仕舞って、連れだってビルの屋上から消えた。
 当時、本来なら毎日きちんと小学校に通うべき年齢のわたしにとって、文字の読み書きや計算よりもこの仕事のほうが覚えが速かったように思う。それが決して良いことではないことはわかっていたし、父が親としても正しくないことも知っていた。
 けれどたまに顔を出す学校で、知恵遅れと揶揄されることもなかったのは、父の知り合いに家庭教師のようなものをしてもらっていたからだし、健康状態にも問題はなかった。
 それに、わたしを育てる父が向けてくれる眼差しが、間違いなく親の愛情であることはわたし自身が理解していたのだから、それだけで十分だった。
 顔も覚えていない母の愛を知らずとも、それでよかった。

 十二歳の頃、無口で無愛想な父の、新たな依頼の請負についていった日のことだった。彼はわたしが十歳になった時には、子連れ狼と馬鹿にされても現場に娘を連れていくことが増えた。
 今思えば、自分が居なくなった時にわたしがこの社会で一人でもやっていけるように、という考えだったのだろう。おかげで様々な知識を得ることができたし、きっと必要以上のものを覚えてしまった。
 真冬が近い夜の帰り道、きらびやかな街で楽しげにはしゃぐ人々の姿に、クリスマスが近いのだと思い至る。親子ふたり、目立たぬように人混みをぬけていく。
 ふいに、幼いわたしの目に映るものがあった。雑貨屋のかがやくショーウィンドウに並んでいるぬいぐるみやオルゴールは、きらきらとわたしを惹きこむようだった。思わず立ち止まってそれを眺めてしまって、すぐに我にかえる。
「ごめんなさい」
 数歩先で立ち止まり、こちらを見つめる父に謝ってそちらへと向かおうとすれば、彼のほうからこちらへと戻ってくる。ぱちりと瞬きをした時には、父のごつごつとした手をひかれ雑貨屋へと入っていた。

 コートと背広で会社員に扮した父の隣、地味なワンピースを着たわたしに、いらっしゃいませ、と店員が声をかける。
「ゆっくり御覧になってくださいね」
 そこは外から見た時よりもきらきらとまばゆく明るい店内で、様々な商品に目を丸くしたのを覚えている。父の顔を見上げれば、一言ぽつりと呟いた。
「ひとつ、すきなものを選んでいい」
 そう言われて、わたしはひどくひどく迷ったのだった。欲しいものなんて特になくて、けれどどれもがかわいくて、きれいで、魅力的だったから。
 女性客の多い店内をおずおずと巡るわたしの後ろを、静かに父がついてくる。傍から見れば、すこしばかり滑稽な姿だったかもしれない。もしくは、ごくごく普通の親子に見えたのだろうか。
 迷った挙句に選んでほしい、と父に告げた時は、淡々とこう返されたのだった。
「自分で選びなさい。自分にとって何が一番大切かを選ぶことも、訓練だ」
 そうしてかなりの時間をかけて選んだのは、こまかな装飾の施された花の意匠のバレッタだった。髪留めなら、アクセサリーとして何事も邪魔することなくつけていられる。今にして思えば、年齢の割に随分と大人っぽい物を選んだなぁなんて笑ってしまう。
 TPOに合わせた服装はできても、ファッションセンスというものはあまり育たなかったから、このちぐはぐさは元来の性質なのかもしれない。
 プレゼント用に包装されたそれがちいさな紙袋に仕舞われると、店員から受け取った父はすぐにその紙袋をわたしへと押しつける。
「ありがとう」
 うれしさを隠せなかったわたしがそう伝えた時の眼差しは、やはり父親の目をしていた。

 それから一年も経たないうちに、父はあっけなく死んだ。十三になったわたしを珍しく連れていかなかったのは、まだ未熟な娘を連れるには危険が伴う現場だったからだろう。
 知り合いが挙げてくれた葬式は本当にちいさなもので、天涯孤独のわたしはぽつねんとちいさな骨壺を抱いていた。
 父に仕事を斡旋していた知人達は、そもそも中学校にすら通っていなかった少女を憐れんでくれた。けれどわたしは憐れみよりも、同じように仕事を斡旋してほしいと頼んだ。
 親の愛情の再演を欲しがるほど幼くはなく、けれど実力を認めてくれる存在を欲しがったわたしに手を差し伸べてくれる人は、ひとりだけだった。
「未華は、寂しくないのかい」
 まだミルクを入れないと飲めない年頃のわたしの前で、ブラックコーヒーを飲む彼は目尻を下げて尋ねる。
「わたしが何かの役に立てるなら、なんでもいいの。そこにわたしの気持ちは関係ないの」
「そんなことはないよ。きみの実力を知っているから、俺はきみと組む。けれどね、寂しいと思うきみに、なにかをしてあげたいと思うのも本心だ」
「どうして」
 そう尋ねた時に、彼はどうしてだろうね、とまた微笑んだ。その笑顔の意味が知りたくて、わたしは彼から受け取った狼の首飾りに触れて、その赤い眸を視たのだった。