クリスマスが終われば、世間はすぐに年越しに切り替わる。少し味の濃い味噌汁を飲みながらテレビを眺めていれば、動物園のカピバラが温泉に入っているほのぼのニュースだった。
「どこの動物園も、カピバラを風呂に入れるんだなぁ」
「そうなの?」
穏やかに質問を投げかけてきた彼に頷く。あたたかい白米を口に運んで、飲み込んだ後口を開く。
「地元の動物園もカピバラが風呂入ってんすよ、柚子浮かべたお湯の中。眠そうにしててかわいくて。なんか最近ふれあい広場も改装して、モルモットが電車ごっこするらしいっす」
思い出せば、そのほかの動物の姿が目に浮かんで彼に話していた。ユキヒョウや虎のファンサのこと、今はもう居ない、長寿のおばあちゃんカバのこと。
懐かしいなぁとこぼせば、モクヨウさんは普段と変わらず目を細める。
「行きたい? その動物園」
「え」
「雨宮くん、動物すきでしょう。連れてくよ」
「や、でも今から石川県とか、絶対雪だし」
そこまで続けて、口を噤む。きっとオレが遠慮するほうが、この人は悲しいんだ。それは嫌だから。
「……行けるなら、行きたいかなぁ」
「他に行きたい場所、ある? どこでもいいよ。海外は難しいかもしれないけど、なんとかする」
モクヨウさんなら、本気でなんとかしそうだった。オレに残された時間は少ないから、その最期の瞬間まで付き合ってくれるつもりなのがわかる。
「そうだなぁ」
味付けに四苦八苦しているおかずを口に運んで咀嚼。美味しいけど、まだ少し味が濃い。それでも白米が進むから、これはこれでアリだと思う。
「……水族館。能登にあって、網にかかったりしたこどものジンベエザメを保護して専用の水槽に入れてるんす。で、無事に大きくなったら海に放して、また次に引っかかったジンベエザメを……っていうループ」
「網、引っかかっちゃうの」
「よくあるらしいすよ。んで、名前がみんな、モモベエとかナナベエって感じ」
ふふ、とわずかに笑ってくれたのがうれしい。できるだけ、彼には笑っていてほしかったから。
「イルカショーもあるし、ペンギンが散歩するし、あ、クラゲのコーナーも綺麗です」
「そう……きみ、本当に生き物がすきなんだね」
いつもと変わらぬ微笑は、あの月の夜以外崩れたことがない。わざとそうしているんだろうな、とは思いつつ、指摘する気にはならない。
「すきですね、触るのは怖いけど」
「そう」
ごちそうさまでした、と手を合わせる。一人分の食器類は、全て彼がさっさとシンクへと持っていってしまう。
「おいしかった?」
「やっぱりちょっと濃いです。でも、昨日より味噌汁が飲みやすかったっす」
「改良の余地ありかぁ」
わざわざ石川県の米味噌を取り寄せてくれたから、もう十分な気持ちではあったけど。許してもらうまでは、オレが終わるまでは、この試食役は続く。
「てかモクヨウさん、今日も夕飯抜きのつもりっすか」
ふいに、口からついた言葉。オレを見る綺麗な瞳が、ぱちりと瞬きしている。
「味見でお腹いっぱいだからね」
「絶対足りないでしょ」
彼が毎日の食事を疎かにしているのが気にかかる。オレが終わってからも、ちゃんと食べてくれるか心配だった。
「でも実際お腹いっぱいなんだよ」
これが嘘か本当かの区別はつかない。だから、何気なく彼の頭に手を伸ばす。
綺麗でやわらかい髪を撫でて、またひとつ我儘を増やす。
「オレが居なくなった後も、ちゃんと飯、食ってくださいね」
「……わかったよ」
不服、と言った様子はない。罪を犯してまでオレを生かそうとしてくれた彼は、オレをそれなりに気に入ってくれている。
その優しさに応えられるのは、こんなことしかなかった。
「きみは本当に素直でいい子だね」
「我儘放題すけど」
「言ったでしょう、素直だって」
オレのことは、忘れてくれたらいいと思う。今は休業中だけど、あの中華屋でまたおいしいごはんをつくって暮らしてくれたらいい。
「それじゃあ、予定立てようか。石川旅行」
「うっす」
モクヨウさんはソファに腰かけて、スマートフォンで検索を始める。
オレはその隣で、二人で眺めるであろう生き物達のことを考えていた。
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