天(遅咲)
2021-12-03 21:18:09
2966文字
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わだちがSNSを続けている話

わだち夢SS

『わだちがSNSを続けている話』

 三面六臂の人型機体が、誰も居ない筈の廃墟をゆく。さめざめと耳をくすぐる囁きの嵐に導かれるように、俺を乗せたキャバリアは瓦礫をかき分け慎重に進んでいた。崩壊した居住区らしき廃墟の奥底は、天井がすっかり剥がれ落ちている。差し込む陽射しと雨垂れに救われたのか、そこはもう人間の住処ではなく、植物達が我が物顔で根城にしていた。
 キャバリアから降りて、植物達の城にお邪魔する。そう数年も経過していないはずなのに、苔むした地面は踏み心地が良い気がした。
「どこですか」
 声をあげても、返事がかえってこないことはわかっている。嵐のような囁きは、自分達を見つけてほしいとだけ乞うていたから。
 ふいに、緑のなかでちかりと鮮やかな黄色が目に留まる。足元に咲くたんぽぽは、ちいさいながらもしっかりと根付いているようだった。
「あとでね」
 自然にこぼれた呟きに、わたげもない黄色の花は揺れる。先へ進むほど、さっきまで見えていた青空は狭くなっていった。ようやくたどり着いた最奥の扉を、巨大腕に変形させた擬神兵器でこじ開ける。
……見つけた」
 縮こまって抱き合うように眠る遺体は、随分と傷んでしまって損傷が激しい。幼いこどもであることは判断できたけれど、専門家ではない俺には、それ以上はわからなかった。
 2人同時に巨大腕で抱きあげて、からだが欠けぬように慎重に運ぶ。肉や皮のひとかけらも、落としてはいけないから。
 植物達の根城まで戻ってきて、そっと日の当たる場所にこども達を降ろす。擬神兵器をショベル状に変えて、地面を掘る。
 電子音にしては儚い、やわらかな通知音が耳に届く。ポケットに入れたそれを無視して、黙々と掘り続けて数十分。こども二人が入れる程度の穴が完成して、遺体をそうっと巨腕で抱く。なるべく離れることがないよう、丁寧に。掘った土をかける時も、俺のふたつの眼は二人のからだが見えなくなるまでその姿を視ていた。
 新しい盛り土の上に、石を積みあげる。咲きこぼれた花畑にしゃがみこんで、ふたひら摘んだ。
「ごめんなさい。すこし、わけてください」
 人のわがままを植物達が許すとも思えないけれど、この唇は勝手に呟く。積んだ二輪を石の上に置けば、陽光が墓標と花を照らす。
 おやすみなさい。そう語りかければ、囁きが少しだけ静かになった。
 ポケットに手を突っ込んで、通知音を出した張本人を取り出す。予定の時刻を過ぎたゆえのアラーム音をようやく止めて、なんとなくそれを眺める。
 どうしてこんなものを持っているのかわからない。俺にとって、それは携帯電話だった。
 偶然助けたジャンク屋が、お礼がしたいと言って組み上げてくれたモノ。電波を幅広く受信して、ある程度文明が発展している世界なら大抵どこでも通話が可能。異様に長持ちするバッテリーに、カバー要らずの頑丈さと、防塵防水防火仕様。ありがとう、と心から礼を言ったものの、ああ、もったいないな、という気持ちがあるのも確かだった。
 電話を掛けてくる相手はいない。メッセージアプリを使って、たまに知り合いの猟兵と連絡のやり取りをする程度。最低限の通信手段として必要なのはわかっているけれど、殆ど触ることのない機械は、バッテリーが三週間は充電しなくて済んでいた。
 感謝の気持ちをあらん限りに込めてくれたジャンク屋に、思いきり使い倒してくれと言われたことが、なんとなく申し訳なかった。機械に疎くはないし、携帯自体も使い勝手が良いように調整されている。
 ただ、多くのつながりを求めない俺には、必要がないような気がしていた。
 ――あの子に会うまでは。
 カメラアプリを起動して、先程見つけた黄色いたんぽぽを撮影する。素人が撮っても十分に花の彩を映してくれるらしく、シャッター音は一度きり。
 用事を済ませた俺の帰り道は、心なしか到着した時よりも進みやすい。植物達が早く失せろとでも言いたいのかもしれない。ほんの少し眩暈がしたのは、ここが丈夫な植物達以外、もはや人間なんかが過ごせる環境ではないからで。
 設定したアラームはある程度の目安にはなった。多少はこの毒素に耐えられる躰だからこそ、無理が出来る。あの子達を、恐らく自分達の家で眠らせることが出来た。
「遅くなりました」
 置いていった時と変わらず鎮座する機体に乗り込んで、返事が来ることもないのに声をかける。いきなり崩れ落ちることもないだろうけど、瓦礫をかきわけたのもある。慎重に来た道を戻って、再びきらめく外のひかりに目をほそめる。
 此処に来た時はあんなにひどい曇り空だったのに、出口を抜けて現れた空はすっかり晴れていた。どれだけ荒廃した大地でも、空の青さはやけに眩しい。ピットの窓を開けて、携帯電話のカメラを向ける。やっぱり、シャッター音はたった一度だけ。
 毒素を吸った躰も、しばらく休めば勝手に浄化される。俺の意思とは関係なく、あの子がそうしてくれるから。座席の傍に置かれたリュックから、包装されたちいさな固形栄養剤のいくつかを取り出し口に放る。少しずつ咀嚼して感じる味はやけに濃い。安いそれを食べなくたって、俺は多分死なないけれど。
 空いた手で携帯電話に触れて、SNSアプリを開く。人差し指で一文字ずつコメントを打って三分程度で投稿ボタンを押せば、すぐにフォロー数の少ないタイムラインに写真が投稿された。
『綺麗に咲いていました』
 自分が打ったそれだけのコメントが表示されたのを確かめて、ぼんやりとさっき埋葬した遺体を思い出す。きょうだいだったのだろうか、友達同士だったのだろうか。もう聴こえない囁きは、なにも教えてくれない。
 確か、彼女くらいの年頃に見えた。この世界とは違う発展を遂げた、人類の滅びたサイバー都市。あの世界で出会った、キマイラの女の子。あの子がこの世界に居なくて、よかったと思う。同時に、あんな風に眠らせてやるしかできなかった、顔も知らない二人の肉塊がだぶる。
 ふと、アラームとは別の通知音が鳴る。携帯電話の画面を見れば、投稿に反応が来たメッセージがポップアップしていた。
「早いな……
 SNSアプリを開けば、見慣れた空想の魚のアイコン。いいねをつけてくれた彼女は、ちょうどタイムラインを見たのかもしれない。
『きれいなたんぽぽだね!』
 ひらがなで打たれたコメントの末尾には、花の絵文字がついている。思わず口元が緩んだ時、またぽつぽつといいねで反応が届き始める。
……皆、偶然開いてたんですかね」
 ようするに、これは生存報告。俺が生きているということを、知りたいという人への報せ。俺からコメントすることは滅多にないし、猟兵同士ですぐに連絡がほしいならメッセージアプリがある。けれど、そんな必要もない時の方が多いから。
 ――そういう人達がいることは、うれしい。
 タイムラインが一行だけ動いたから、最新情報に更新してみた。コメントと同じアイコンのユーザーが投稿したのは、美味しそうなシーフードカレーの写真。
『おにいちゃんとカレーをたべたよ!』
……おいしそうですね」
 いいねボタンをクリックすると、赤いハートが色づいた。
 こちらの空は、青い。