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えぬを
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TENET
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Between the sheets
何でもない日常。あとはもう、シーツの中。
暗闇の中手刀が放たれ躱す。反対から伸びた人差し指と中指が目を潰しに来た。夜目が効かなければ確実に仕留められる。
慌てて後方へ身を引けば、目の前にいたはずの男が消える。ぐん、と腰を低く落としてタックルを仕掛けてくる。寸前で躱し、逃げる。それでも背を向けたら仕留められると分かっているからこそ、踊るようにステップを踏んで大股で跳ねるように退いた。
──でんき。電気のスイッチどこだっけ。
ひゅ、と空を切る音。ち、と掠った頬で鳴る摩擦音。
──あいた。あっつ。
ばつん、と音がして室内が一気に明るくなる。引いた体のちょうど脇のあたり。電気のスイッチがうまく当たって反動で明かりが点いた。
「ニール」
両の拳を構えたまま、男はダークブラウンの瞳をきょとん、と瞬かせた。戦闘態勢を一気に解いた男は、黒豹の様に鋭い眼光から一気に親しみある下町の猫のような瞳を煌めかせた。
──あぁ、もうほんとその大きな瞳、いつかぽろりと落ちちゃうんじゃないの。
「
……
気配を消して窓から侵入してくるのは感心しない」
「他に言うことないの」
「おかえり」
「ただいまいやちがうでしょ僕がこうして忍び込んだ理由! 見て! 分かるでしょ」
大きく手を振ってニールはばたばたと袖から裾から振り回す。担いできたはずの大きい布袋は先程の揉み合いでどこかに行ってしまった。ニールの格好を上から下まで眇めた男は、顎に手を当ててうん、と頷いた。
「ようこそ聖ニコラウス、ここに子供はいないぞ」
「ほら、××隊のとこの◯◯。クリスマスの時、仕事で帰れなかったでしょ」
「あぁ、」
命じたのはあなただったけど、と皮肉にもならない小言を呟きながら、遅まきながらのクリスマスパーティをしたのだ、とニールは赤い帽子を脱いだ。
「サンタ役に適してる人間がいないから僕が代わりに」
適しているかどうかは別として、クリスマスはとうに1ヶ月も過ぎている。
「
……
子供達の反応は?」
「『わぁい』」
直立不動、無機質な声音で両手を挙げてニールが再現したそれに、男は脳内で◯◯の次のボーナスは弾んでやろう、と心に誓った。親心とその同僚の涙ぐましい時期外れのサプライズに、精一杯の表現力で挑んだ子供達を褒めてやりたい。
「それで? 気配を消して侵入した理由は?」
「形から入ろうかなって」
ニールの答えに男は肩を竦めた。
「あ、ちゃんとプレゼントもあるよ」
赤い衣装に身を包んだブロンドの若いハンサムなサンタは、窓際に取って返すと大きな布袋を抱えて戻ってきた。袋からシャンパンを取り出す。にこにこと笑いながら差し出されるそれを受け取ろうと男が手を伸ばす。するとニールはすい、とシャンパンを持つ右手を引いた。左腕を伸ばし、男が伸ばした右手の袖口に、人差し指を引っ掛ける。手触りのいいシャツの袖口を持ち上げて、中指をもぐりこませた。
示唆するような仕草。いつもの手順。いつも体を拓かれる時の暴き方。
「こら」
するりと返す手首から、ぷち、と袖口のボタンが外され、するすると袖をからげていく。男の右腕が外気に晒される。
触れられる感触と、ニールの辿る冷たい指に、腕の毛が総毛だつ。それを見て、ニールはふふ、と笑った。
「手癖が悪いサンタだな」
「鍵開け得意なんだ」
「知ってる」
そう言えば互いの任務が忙しくてクリスマスは一緒に過ごせなかった。別にイベントを重視するようなタイプでは互いに無いけれど、暖かい家族の触れ合いに充てられたらしい年下の恋人は、外から忍び込んだせいか未だに頬と鼻の頭が赤い。
男はすい、とニールの眼前に近づいた。優位に愛撫していたはずのニールは、年上の恋人の急接近に思わず目を見張る。
すり、と鼻がこすり合わされる。
流れるようなノーズキス。
思わずシャンパンを手放せば、眼前の男が見事それを掴んだ。
「
……
口にしてくれないの」
「仕返し」
──危うく首の骨を折ってしまうところだっただろ。
と、男は物騒な台詞を口にして笑った。ことん、とシャンパンがテーブルに置かれ、男は晒された右腕をニールの首裏に回した。
驚かそうと窓から侵入したのはなかなかにドラマチックな演出だったかもしれない、とニールは思考した。
──またやろ。
◇
ひんやりとした冷たさに目を覚ます。
無意識に隣の温もりを探すも、そこには何もない。シーツは生ぬるく、恐らくは数分前に抜け出した年上の恋人がいたはずのそこは今はもう冷えていくだけの布だ。彼が横たわってさえいればそこは楽園にも等しいのに。
それにしたって寒い。
ごそごそとシーツの中で寝返りを打ち、少しでも暖かい場所を、と探るも、寒い。
──寒過ぎだろ。
ニールは寝起きのぼさぼさ頭としょぼしょぼとした目を瞬かせながら、仕方なくシーツから顔を出す。
「うそでしょ
……
」
──なんで開けてんの。
窓を開け放ち、片手にコーヒーカップを携えた年上の恋人は、素肌にナイトガウンを羽織ったまま窓辺に佇んでいた。裾から覗く素足が寒々しいのに、ニールは締まった足首とアキレス腱に見惚れた。
「
……
がんぷく」
「起きたのか」
振り返る男は朝の光に輪郭を彩られている。宗教画のように美しい。
ぼくのこいびとせかいいち、と起き抜けの寝ぼけた声で、再度シーツに包まろうとするニールに、猫のようにするりと寄った男はベッドの縁に腰掛けた。
「もう起きろ。陽も高い」
「
……
なんでそんなげんき」
抱き潰した記憶は確かにあるのに、朝からすっきりとした姿を晒す年上の恋人には些か不満が残る。一緒にシャワーを浴びたかった。
ほんのりと湿った男の髪を眺めながら、ニールは渋々シーツから顔を出した。
男が噴き出す。
「毎度お前の髪は柔らか過ぎてクセがすごいな」
「あ、ちょ、」
さわんないで、と少しも嫌そうじゃない声でニールが訴える。男はなおもニールの柔らかい髪を漉く。ほんのりと口角の上がるその楽しげな、愛情深い表情を、ニールはぼう、と眺めると、無意識にその左耳に手を伸ばした。
「つめたい
……
」
男の耳たぶは氷のように冷えていた。窓を開けたまま窓辺になんて立っているから。
あたためてやりたくて、ニールは思わずそこをしごいてなぶった。
「ン、いじるな」
男が夜と同じ温度の吐息を吐く。調子にのって、その小さな孔を広げるかのように耳たぶを引いた。いやらしい、ぽつんとした丸い孔。
「
……
ねぇ」
下腹に灯った熱がそのまま口をついて出れば、過たずそれを理解した男は厚みのある瞼を一旦伏せた。密度の濃いまつ毛がふるりと震えて持ち上がれば、ニールが一等好きな大きな瞳がひたと見つめてくる。
今日は昼過ぎまで予定はない筈だ。姉にも等しい同僚がこっそり昨夜のうちに教えてくれた。ホイーラーの助言を告げれば、男は「うちのファミリーは末っ子に甘い」とため息を吐いた。
「そういえばなんで窓なんか開けてたの」
ふとした疑問を口にすれば、男は瞳をきょろりと右へ、左へ。あれはどこだったかと探す仕草。やがてそれを見つけた男は笑みを浮かべたまま左耳をいじるニールの右手を引いた。
「あ、ちょ、うわ寒」
するりと肩から滑り落ちるシーツを慌てて引き上げ、シーツおばけと化したニールは男に手を引かれる。シーツを引いてとぼとぼと歩いていく。素足に床の冷たさが堪える。
男は歩きざま棚からグラスを取り出した。
──何それそんなものどうするの。
それを持ったまま開け放たれた窓際にニールを連れて行く。開け放たれた窓の向こう側を見て、ようやくニールは理解した。
「どうりで寒いと」
窓から覗く一面の雪景色。昨夜ふわふわと散っていた雪は夜通し降り続いたのだろう。ベッドで上になって下になって男の内側を暴くのに夢中になっていたおかげか全く気づかなかった。昨夜の思い出を回顧すれば頬が火照る。
──僕の恋人の肌は、強く掴むと弾力があって、わずか沈んだ僕の指とのコントラストが堪らない。
その様をまざまざと思い出して、早くベッドに戻ろう、と男の腕を引くも、何を思ったか、男は手に持っていたグラスをひっくり返した。
「そういえばそれ何するつもりで」
ニールが問いかける言葉の途中から、ひっくり返されたグラスは窓枠に積もった雪に沈んだ。しゃく、と儚げな音を立てて掬われる雪の表面。グラスの淵から滴り落ちていく溶けた水滴と、ほんのわずか、結晶が残ったまま底溜まる雪。
男の意図を理解して思わずニールはぼやいてしまう。
「ソルベのつもり?」
いつの間にか封を空けていたらしいシャンパンが注がれる。雪はすぐに溶けた。
「雪なんて大気中の塵埃の結晶だよお腹こわぅぶ」
ちゅ、と湿った音を立てて、黄金色のシャンパンが注がれたグラスの縁がニールの唇に押しつけられる。溶けた雪がニールの唇の上で、炭酸とともに跳ねた。
「
……
朝からしらふでなんてできるか」
ニールからわずか視線を逸らした男の目元がほんのりと潤んでいた。
ニールは男の言葉に一瞬呆然とし、脳内でその言葉を反芻し、やがて咀嚼した。ぱん、とニールの頭の奥で何かが弾ける音がする。
──多分理性の扉が破裂した。クラッカーみたいな音だな僕の理性。
男の手からシャンパンを奪い取り、煽り、そのまま含んで男の唇に噛み付いた。
こくりと嚥下された喉の動きを感触で悟ったニールは、ほんの少し唇を離して、男の熱い唇をちろりと舐め上げた。
両の腕の間に男を閉じ込めたまま、ぱたん、と窓を閉める。
あとはもう、
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