mado-ga-las1
2024-02-22 02:22:34
2198文字
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夜空へ/あの日のシアターへ(晴永)

書きかけで挫折している、晴永双方宝具0のペーパードライバーが書いている、現パロ

……の高速道路情報をお伝えします……
窓に頭をもたせかけていたせいで、隔てた先の外気温は新八の髪の毛に移っていた。暖房で温まった胴体と、動かしていなかった末端の冷たさ。車の座席で寝こけてふと起きた時に特有の温度感覚は、小さい頃の家族旅行を新八に思い出させた。自分で車を運転するようになってからは思い出すこともなかった幼少の記憶は、ある時から年一回、冬の時期には必ず蘇ることになった。
車はのろのろと、いつでも止まれる速度で走っていた。長期休暇も終わりがけ、帰省なり旅行なりを目いっぱい満喫した人々が、日常へと帰っていく。新八もその一人だ。もぞりもぞり、身じろいでからうん、と腕を前に伸ばす。と、寝起きの耳に声が届いた。
「起きたか」
運転席の男はちらりとこちらに視線を寄越しただけだった。新八は眠い目を擦ってから、その横顔を観察する。目元に疲れが見える。両手で握ったハンドルを人差し指がトントン叩き、かと思うと親指と擦り合わせている。唇をちょっと噛んでは離す動き。それはもう分かりやすく、晴信は渋滞に辟易していた。
……吸えよ大将。気ぃ使わなくていいんだぜ」
「悪い」
即座に窓を開ける仕草の忙しなさが少しおかしい。これもここ数年で定番になったやり取りだ。新八は少し乗り出して前方に伸びる車の列を観察した。ブレーキランプがイルミネーションの点滅めいて、順に点灯しながらこちらに近づいてくる。見計らって、箱から一本取り出して渡し、ライターを差し出す。晴信がハンドルから片手を離し、受け取った煙草を口に挟む。こちらに顔を向ける。
「つけるぞ」
「ああ」
吐息だけの返答がむず痒い。この瞬間だって何度も体験しているのだが、慣れないままの心臓が跳ねてしまう。けれども親指は内心と裏腹に一回の動作でライターを点火した。冬の夜の空気に揺れる火を手で守り、煙草の先に移す。新八は一連の動作を、晴信の伏せられたまつ毛に気を取られながらでもこなせるようになっていた。

新八と晴信の間を隔てるものは幾つかあり、中でも一番大きいと思われるのは物理的な距離だった。家業を継いで本社のある地に居を構える晴信と、そこから離れた土地で警備の仕事に従事する新八。だが現代の通信技術の恩恵にあやかりつつ、こうして時期を合わせて長期の休暇を取ることで埋めていた。年に一度の埋め合わせで、満足とはいかないまでもまた次の一年を過ごせる。決して寂しくないとは言わないが、関係としては気に入っていた。お互い以外にも大切なものがたくさんあり、お互いにそれをよく知っている。そうでなければ成り立たない。得難い相手だと、少なくとも新八はそう思っていた。自分も彼にとってそうであればいいと思っているが、果たして。
音量を絞られたラジオによれば、この車は渋滞のちょうど真ん中にいるらしい。時刻を告げて深夜帯の番組に戻り、知らない洋楽が流れ始める。車列はまた緩やかに流れていた。
「新八」
晴信はぷかぷかと煙を吐いて、やはり前を見たまま言った。
「お前、定年後はこっちに住め」
へ、と間抜けな声が出た。
「急になんだよ」
思わずシートから背を離した。晴信は至極真面目な顔のまま、前の車の尻を眺めていた。口元に残る煙も消えないうちに彼は言葉を続けた。呆気に取られる新八を置いて。
「お前が寝ている間、考えていた」
どうにもならんことに苛立つ時間があるならお前のことを考えようと思った。事も無げに言ってのける横顔はやっぱり真面目くさっていて、運転も慎重なままだった。窓の外で緩やかに後ずさっていた背の高い明かりが完全に停止する。気が付かないほど静かな制動に、渋滞の只中とはいえ今まで目を覚まさなかったのはこのおかげか、と新八は現実逃避気味に考えた。
「定年って……気が長すぎるだろ」
口をついて出たのは純粋な呆れだった。度量のでかさは身に染みて分かっているつもりだったが、数十年先の未来までも見据えているのか。いつも目の前ばかり見ている新八には少し、遠すぎる話に聞こえた。
「そう思うか?」
晴信は背もたれに背をつけた。赤い光が数珠繋ぎになって二人の車まで続いていた。ハンドルから完全に手を離して唇から煙草を取り上げる。煙を吐き、首を傾け、新八を見た。笑みを湛えた唇を煙の向こうに見とめ、新八は何かざわつくような、落ち着かないような心地になった。
「俺がお前と出会ってから十五年経つ。今さら二十年や三十年くらいどうってことないだろう」
「その十五年のうち十年くらい、お互いのことなんか知りもしなかっただろ、俺たち」
「お前はどうか知らんが、俺はその十年間、あの映画館の夜を思い出さん日はなかった」
嘘つけ、と新八は言おうとして、言い損ねた。さっきまで疲労を滲ませフロントガラスを睨んでいた銀灰色の瞳は、星空を映したような輝きを宿している。宝物を見つめる少年のように。
新八の脳裏に満天の星空がよぎった。数日前、この車で山奥へ天体観測に行った時の記憶だ。その上に、スクリーンに投映された夜空がオーバーラップする。木々の先端の代わりに四角い枠で縁取られた、夜空へ墜落する主人公が見た宇宙。この映画だって数日前に晴信と見たものだ。しかし記憶の中のスクリーンはどうしてか、晴信の家の一室の馬鹿でかいホームシアターではなく、十五年前のあの映画館だった。