mado-ga-las1
2021-04-25 23:30:16
2644文字
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間違いなくあなたは(バソマン現パロクラブアルゴ)

わたしの天使だ。 * テキライで書いたやつ加筆修正。またまた別世界線のクラブアルゴ。主に受の女性関係の話がめちゃくちゃ出てくる・ボロアパート住まいのバソ等々地雷原なので注意。続くかもしれないし続かないかもしれない。4/28追記:着想と題名→(https://youtu.be/OVwCr2MESfo)

上の階から天使が落ちてきた。

 明け方のことであった。一つ上の階から何やら揉めているらしい男女の声が聞こえる。うんざりするには十分な事態だった。帰宅直後の、アルコールでガンガン鳴っている頭に響いて仕方がない。直接文句を言うことすら面倒で、明日大家に苦情の電話を入れることにして浴室へ足を向けた。
 シャワーの最中にも上階のいざこざは着々とそのボルテージを上げていたらしく、浴室を出る頃には床を駆けまわるような音までしていた。ちょうど真上の部屋なのだから間取りはそう変わらないはずなのに、走り回るようなスペースがどこにあるのだろう。シャワーを浴びてすっきりした頭はむしろこの状況を面白がり始めていた。
 騒動の舞台はベランダに移ったらしく、はめ込まれているはずの柵がガシャガシャと危うい音を立てている。そこに凭れ掛かるような間抜けはこのアパートにはいない。老朽化が進んでいると誰もが知っているからだった。要らぬ野次馬根性が首をもたげて、私はベランダへと向かった。
 ベランダへ通じる窓に手を掛けたちょうどその時、くぐもった金属音が聞こえた。それが一階上のベランダの柵の断末魔だと理解する前に、右手はカラカラと窓を開けていた。
 白み始めた空を背景に、人間が落ちてきた。
 哀れな柵の残骸と一緒に、仰向けで落ちてきたその人は何やら白くて薄くて大きなものを体に纏わりつかせていた。ふいに風が吹いて、白いものが大きく広がる。
 その姿はまるで天使だった。

「うぐえぇッ」
 そんな馬鹿なことはなかった。天使の喉から出るにはあんまりにも汚い悲鳴を上げて、ズシャアともガシャアともつかない音を立て、それは羽ばたくことなく落ちた。アパートの敷地を囲むように生えている植え込みが墜落先だった。手入れが碌にされておらず伸び放題なので良いクッションになっただろう。
 ベランダから下を見る。男がひとり、植え込みの上に大の字になって伸びていた。体の下には大きな白い布が無造作に広がっている。見たところベッドシーツらしきそれは、常緑の硬い葉のお陰で至るところに穴が開きぼろぼろになっていた。もう正規の用途では使えまい。
 ドタドタと階段を降りる音がして我に返った。揉めていたのは男女、落ちてきたのは男なので今階段を駆け下りていったのは女の方だろう。少し待ってみたが、見下ろした植え込みの周りに彼女は現れなかった。意図せずベランダから人間を突き落としてしまったことにショックを受けたのか、それとも冷静な判断でそうしたのかは分からないが現場から逃げたらしい。薄情なものである。それはこの騒動をそれぞれに見物していたであろう他の住人たちにも言えるのだが。
 恐らく見物人の誰一人として通報していないだろう。そんな確信を持ちつつ私は部屋の中に戻る。カラカラと窓を閉めると、玄関へと向かった。


「やあおはよう」
……はよざいまーす」
 見込み通り、汚い天使くん(仮)は生きていた。三階のベランダから落ちた彼は伸び放題の植え込みに助けられて、私がやってきてから数分後に目を覚ました。ゴミ出しや行き帰りの時に何度か見た顔だったが、一つ上の部屋の住人だったとは。黒髪とむやみに鋭い双眸は、とてもじゃないがステンドグラスの天使には似ていない。
 翼の正体だった白いシーツは彼の首に絡まっていた。彼はまず首の布を外そうとしたが、絡まってなかなか上手く取れない。仕方なく、首が絞まらないようにシーツとの間に片手を入れて飛び降りることにしたらしい。植え込みから降りるのに手を貸してやると、引っ掛かったシーツはぶちぶちびりびり音を立てて千切れていった。シーツを気にするような素振りを彼が見せるので、握った手を引いてやる。ベランダから落下した時点でシーツの運命は決まっていたのだ。彼は素直に従った。ひと際大きな音を立ててシーツが裂け、半分くらいが植え込みに残った。
「痴情の縺れか」
「それ以外になにがあるんすかね」
開き直りの速さには目を見張るものがあった。
「首ぃ、絞められたんすよね」
「シーツで?」
「シーツで」
「同棲してた子?」
「ここ住んでたら自殺志願者でもない限りベランダの柵に体重かけないでしょ。同棲相手は別にいます」
「うわあ」
「面白がってんな」
 彼はとあるクラブの名前を口にした。働いていた店で、自分はただの黒服だったのに、いつの間にやらこんなことに。流されやすい性格らしい。
「ああ、あそこの」
「知ってるんだ」
「ライバルだからね」
 ほら、イアソンって知ってるだろう。そう言うと彼は口をぽかんと開けた。悪評は他店にまで轟いているらしい。何よりである。


「泊めてください」
 玄関を開けたら汚い天使くん、もといマンドリカルドがいた。名前はさっき聞いたばかりである。
「追い出されたね」
「はい……
 しかし何というか、手慣れている。必要最低限の持ち物だけ入れているらしいナップサックを肩に掛け、哀れっぽい目付きで見上げてくる。天然なのか計算なのか、頼れるのはあなただけです、みたいな雰囲気を醸し出すのが妙に上手い。
「一晩泊めるのはいいが、その後は?」
「ツテが無いわけじゃないんで、なんとか……
 言葉が萎む。なるかなぁ、と唇が動いた。ソファに座らせた彼の服は部屋着らしきパーカーにスウェットで、髪にはまだ葉っぱがついている。
 ところで今気付いたのだが、彼はアシンメトリーの独特な髪型をしている。右側に前髪を流しているが、毛先は頬の辺りまで落ちている。さりげないふうを装って隣に座ると、横顔には美しい陰影が描き出されていた。
「いいよ、もう少しいても」
 さりげなく葉っぱを取ってやりながら、私はそう口にした。マンドリカルドはえ、と顔を上げたが、またその視線が落ちていく。
……その、実は。店もクビになって。まだなってないんですけど多分そうなるっていうか。だから家賃とかがちょっと」
 なんと、上の部屋で同棲していた相手が店のオーナーの娘だという。なんだって天使なぞと見間違えたんだろう、随分とんでもない拾い物をした。してしまった。
「そうかい。じゃあうちにおいで」
 めいっぱい瞼を見開いて、マンドリカルドは今度こそまっすぐにこちらを見た。
「うち、とは、お店のことであってますかね」
「口利きくらいはしてあげられるよ」
 ややあって、彼は深々と頭を下げた。
「お願いします」