mado-ga-las1
2020-10-31 18:11:58
3261文字
Public
 

きみのなかみ(バソマン)

性癖に素直になったら何がしたかったのかよく分からなくなりました。捏造、戦闘と怪我、戦闘不能(消滅?)描写注意。

湾曲した薄い鋼が体の中心を貫いている。その冷たさを感じた瞬間にやることは決まっていた。
折れた木刀を手放す。サーベルの柄を掴む手、その手首を掴んでさらに深く切っ先を進めるように引き寄せた。鋼の温度が体温と同化していく。引き抜こうとする力を感じたが、力を籠めてそれを阻めば抵抗は止んだ。代わりに銃口が額に向く。
マスターに名を呼ばれた。伝わってくる焦燥、無力感、それはどれもマンドリカルドにも覚えのある感情で、だからこそ手は離せなかった。帰ったらここにいる全員に謝らねえと、と血を吐きながら考えた。
光の無い濁った紺碧と目が合う。ぎょろりと剥かれた目玉の焦点は合っておらず、表面にはマンドリカルドの像が歪んで映っている。目の前のものを屠ること、それだけしか頭にない狂気。大局を見るべき指揮官の振る舞いではなかった。彼の思考回路が正常に働いていれば、同行していたアサシンの姿が見えないことくらい、彼はとっくに気付いただろう。
バーソロミューの背後、マンドリカルドの正面。気配遮断を解いた望月千代女が宝具を開帳する。マンドリカルドの額に鉄が押し当てられ、皮膚がじりりと焼ける音がした。
――――!」
彼女の声を聞いた気がした。本当は聞こえなかったはずだ。それよりも先に、自分の頭蓋に穴が空く音がしたのだから。


長い腕の中に囚われたまま、マンドリカルドは無抵抗を決め込んでいた。気楽な軽装の下で男の大きな手が飽きもせず肌を撫で、時折思い出したように唇が額や頬や首筋に押し当てられる。この部屋に来てから、かれこれ十分ほどこうしていた。
帰還ののち、種々の検査を受けてから、レイシフトに同行したサーヴァントたちに謝罪をしたり、マスターに無謀を叱られたりしているうちに、あっという間に時間は過ぎていった。マンドリカルドよりずっと多くの検査を終えた直後のバーソロミューと鉢合わせたのは、夕食を済ませて自室に帰る道中だった。
マンドリカルドは少々の困惑とある種の納得を以て、この状況を受け入れていた。ベッドの上で壁に背を預け、伸ばした脚の上に向かい合うようにマンドリカルドをのせ、バーソロミューは一心に彼を撫で回している。背骨の形をなぞる。腹筋の凹凸をなぞる。かと思えば腕を取られ、赤いインナーシャツが皺を作るのも構わず前腕、肘、二の腕と指を滑らせる。手首を掴んだかと思えば、持ち上げて手の甲に唇を寄せる。無駄な肉の無い太ももを這う手のひらは、曲げられた膝小僧をくるりと撫で、ガゼルのように引き締まったふくらはぎから足首を五指で緩く包んだ。色を含まない接触は、マンドリカルドのかたちを確かめているようだった。
力を抜いてその胸元に寄り掛かったまま、腕の中からこっそりと、秀麗なかんばせを窺う。伏せられた碧眼の翳りを、電気も点いていない部屋のせいにできるほど察しが悪いわけではなかった。そろそろいいだろう、と掴まれたままの腕には構わずに、胸板に手をついて体を起こした。
ぱちりと目が合う。影を湛えながらもなお美しい青がたちまち笑みの形に細められる。しかし、普段の人好きのする笑顔、恋人として過ごす時間に向けられる蕩けるような微笑、そのどれとも違っていた。
そんな顔で距離を詰められても、応じる気にはなれなかった。手のひらでその口を覆うようにしてストップをかける。とりあえずキスでもして誤魔化そうとするやり口に流されてやる気はなかった。
「それで」
それが二人がこの部屋に入ってから初めて発された人の声だった。
「何だったんすか、あれ」
粗方の敵性体を倒し、状況が収束しかかっていた時。討ち漏らしたらしいキャスターが放った魔術をバーソロミューが食らった。その場で膝をついた彼を心配したマスターが覗き込んで、次の瞬間にマンドリカルドは彼女を突き飛ばしていた。ほとんど本能的な、虫の知らせとでも言うべきものだった。マスターを退避させろと叫んだ口内に血が溢れ、そこで初めて、自分の腹をサーベルが貫通しているのに気付いた。
バーソロミューは少し不服そうな顔をしたが、手が離れると素直に口を開いた。
「詳しくは分からない、と」
だろうな、とマンドリカルドは頷く。今回のレイシフトには、行動不能状態に追い込む技能を持ったサーヴァントは同行していなかった。マスターに被害が及ぶことだけは何より避けねばならず、だからああするしかなかった。カルデア式の召喚であれば、戦闘不能となっても霊核を砕かれていなければ帰還できる。
とはいえ、帰還後の霊基は一度再構築を経たものである。あの狂化を付与されたかのような異常の痕跡は、綺麗さっぱり失われてしまった。
「恐らく精神異常の一種だろうとは聞いた。アスクレピオスがダ・ヴィンチと一緒に映像の解析をするそうだが、それで有益な情報が得られるかどうかは微妙なところだろうね」
マンドリカルドは、自身のメディカルチェックを始める前に慌ただしく医務室から出ていった、かの医神の後ろ姿を思い出した。彼は傍目にも分かるほどに、新たな症例に心躍らせていた。
……何も覚えてない、んだよな」
「そうだね。背中に衝撃を受けたことまでは覚えているが、そこからの記憶はまったく無い」
お陰でアスクレピオスに詰め寄られて参ったよ、と男は笑った。どことなくわざとらしい笑い方だった。
「俺の腹ぶっ刺したこともか」
「君の頭を撃ち抜いたこともね」
踏み込めば、すぐに応酬される。「聞いたよ、大活躍だったそうじゃないか」
「んな良いもんじゃねぇっすよ」
己を呼ぶ必死の声が蘇る。守ることにどうにも不慣れで、憧れの護国の将軍のようには、どうやってもなれそうにないと早々に悟っていた。それでも、いざとなれば捨て身の戦法しか取れない自分に、腹が立って仕方がなかった。自分を召喚したのは、サーヴァントを人として扱おうとする一人の少女なのだ。
「マスターには嫌なもん見せちまったし、あんた含めて色んな奴に迷惑かけたし」
「おや、私は気にしていないよ。不可抗力だろう」
気にしていない。嘘だな、とマンドリカルドは思う。
「じゃあさっきまであんた、何してたんすか」
検分されている、というよりもあれは、動物のマーキングめいていた。憮然とした顔のマンドリカルドに、バーソロミューは諦めたように一つ息を吐いた。
「本当を言うと、ね。分からないんだよ」
珍しく、戸惑いのある声だった。
「覚えていなくて良かったのか。ひょっとしたら、残念なのかもしれない」
今は何にも覆われていない指先が額に伸びる。記憶違いでなければ、触れた箇所にはあの時銃口が押し当てられていた。
マンドリカルドは数度瞬きをした。それから、短い眉を寄せて眉間に皺を作った。
「そりゃあ、強欲なこって」
欲しいものは全て手にし、その手の中にあるものは自分のものだと信じて疑わない。マンドリカルドには男のこういうところが好ましく、そして受け入れがたかった。
「そうでなければ海賊など務まらない。違うかい?」
指の腹で額をさする動きを止め、それから長く垂れた側の前髪へと滑る。どうやら普段の調子を取り戻してきたらしい。問いかけには否定も肯定も返さず、ただ髪を弄ろうとした手をさり気ない動きで掴んで降ろした。
……それなりに凹んでいるんだよ、私も。自分の意思ではなかったとはいえ、恋人を手にかけたのだから」
「それとこれとは別っす」
途端に眉を下げて悲しそうな顔になったのを一蹴する。少しくらい良いじゃないか、と食い下がってくるので、じゃあこっちで我慢しろ、と襟首を引っ掴んだ。
「俺か俺のメカクレか、どっちが好きなんすかあんた」
触れ合わせる。知っているままの柔らかい感触に、何故だかひどく安心した。
「どちらも、では不満かな?」
……もうそれでいいわ、面倒になった」
もう一度、今度は舌を出してぺろりと舐める。無言の希望を汲んで、薄い唇が舌を食み、招き入れられた口内で二枚の舌が絡んだ。