※いちファンの、アフスト後編解禁(2024年7月3日)時点での解釈考察です。こんな風に考えてたやつもいるんだなあ、と思ってってね。
おかえりブレイバーン!!
どう落ちるのかまったく予想はできなかったけど(できるかあんなもの)、オチは読めずとも、ぼんやりと「まあこうなるだろうな」と思っていた方向に行ったな、というのが読後の印象でした。
ひとつは、「人間とロボット」に着地するだろうな、という予想。これは、監督が作品を何度も「ボーイミーツロボット」であると表現していたので、そういうお話なんだろう、と。
私の個人的な好みとしては、人間と意志を持った機械(生命体)という組み合わせが好きで、その人間が意志持ち機械に搭乗してくれるとさらに大好きなので(例:ターミネーター2、ナイトライダー、ゾイド、変則だけどモルカー)、再会してくれた場面では心からお祝いしたくなったし、なんかこうすごく明るくて爽やかだな、って思ってしまった。どうしよう、「私の中に来てくれ」が全然きもちわるく見えなかった。やっぱり私はもうダメかもしれない。
もうひとつは、スミスがイサミに対して、恋情や性愛とまで呼べる感情を持っていたとしても、それらは成就せず、また成就したとしても明確には描かれないだろうな、というもの。
私としては「もうくっつけよ!!」なんですが、ゴールインするのはこの作品の掲げるテーマとは、またちょっと違う気がしたので。
それはそれとしてスミスは!??
と、直後は思った。
せっかく肉体を得て復活したスミスが、再びロボットの姿になってしまった。ブレイバーン復活はとても嬉しいけど、でも、どうして……。
しかし、しばらくしてから、自分は「スミスがいなくなったこと」ではなく、「人間の肉体のルイス・スミス」が喪われたことを残念がっているんだな、と気づきました。
イサミの隣に相棒として、人間のルイス・スミスがそこにいてほしかった。イサミ、スミス、ブレイバーンがいることが心地よかった。
でも、スミスが変身してブレイバーンになることにも納得している。ブレイバーンはルイス・スミスの憧れた、理想の完璧なヒーローロボットで、そのロボは自身(スミス)が「ヒーロー」だと憧れた男(イサミ)と一つになることができる。自分すらもヒーローになれる。
イサミというヒーローに憧れ、だがそのヒーローはブレイバーンを選んだ。ヒーローの真の相棒は人間では足りない。ブレイバーンのような存在でなくてはならない。8話までにそう思ってたなら、肉体を捨ててブレイバーンそのものになるのは、これ以上ない喜びなのかもしれない。ルイス・スミスという男にとっては。
現状、スミスとブレイバーンは同時に存在できない。
あくまでも現時点で。
最終話を待つ一週間の間、柄にもなく展開色々予想してたメモが残ってるのですが、色々考えた中で共通してたのは、「最終戦後、ブレイバーンが残るならスミスは戻らない。ブレイバーンが大破なりなんなりして、その存在が消えるのであれば、スミスは戻ってくる」というもの。
11話まで見てきて、変化球(ていうか魔球)の頻発はあれど、お決まり王道は外さず押さえて真正面からやってくれてた印象があったので、それなら彼らについてはそうなるだろう、と。
というのも、9話を見てから長々と考察たれたメモも残っていて、自分を納得させるために固めたひとつの解釈がベースになってました。
そもそもスミスという人間がいなければ、ブレイバーンが生まれることはなかったので、ブレイバーンの人格の核にはスミスがいる。
「ブレイバーン」を構成する外的・機能的要素にはクーヌス、オルトス(とスパルガイザー)。
その性格は、スミス由来の「ヒーロー好き(仕草、演出にこだわる)、ヒーロー願望、イサミへの好意の感情」で、この「イサミへの感情」にクーヌス淫蕩ブーストがかかってしまい、イサミ大好き不審ロボになったのかなと。
(個人的には、スミスのイサミへの感情は、規格外のクソデカ友情親愛憧憬では説も持ってる。クーヌスが誤解するレベルで。でも同時に男として惚れてるとも思ってる)
だから9話でブレバが一瞬「俺」になったり、10話のノーマル(バッド)エンドや11話ラストのような極限状態において、核のスミスが露呈することがある。という具合の。
ブレイバーンとは完全にイコールスミスだったのか、同人格あるいは別人格なのか、と、私(とおそらくほとんどの視聴者)が気になっていたことにイサミがつっこんでくれてましたが、ヒロとの会話での「スミスであり、スミスではない」を見て、これだよこれ、と腑に落ちました。
イメージは映画『マスク』に近い。
古い映画なので簡単にあらすじを書くと、
お人好しで気弱、言いたいことをビシッと言えないことがコンプレックスの主人公は、ある時不思議な仮面を拾う。それは装着した人の本性を引き出し、容貌を変え、まるで魔法のような力まで与えてくれるものだった。
主人公はこの仮面の力を借り、一目惚れした女性に告白しようとするが……
みたいなやつなんですが。
この映画の中で主人公は「ほんとはこうしたかった、言いたかったんだ」というのを、仮面の力でガンガンやってくんですね。でも根は親切でいい性格なので、当然善良な人を傷つけるような真似はしない。
ただ、
・使い初めの頃は制御が効かず仮面の力に振り回されてて記憶がない
・使いこなしていくごとに、仮面のない通常状態でもガツンと言ったりやったりすることができるようになっていく、成長・変化の物語
というあたりは、合わないけれども。
「彼でありながら、彼そのものではない」という感覚は捉えづらいところがあるけど、私としては『マスク』がかなり参考になるかも、と思いました。
とはいえ、スミス完全退場はないと思う。
いうても、いちファンたる人間の、ただの願望に過ぎないのだけど。そしてしれっと続編前提で書いてるけど。
確かに「ボーイミーツロボット」を推してはいるが、スミスが蔑ろにされてるわけでもない。ていうか主人公のひとりだ。
あとメタ視点になるけど、ここまで盛り上がっておいて、もし二期だ劇場版だ、となった時、「阿座上さんが出ない」なんてことはさすがにないだろう。そうだろマサミィ
なので、ブレバンお得意のトンデモ展開で、「ブレイバーンとスミスが分離した!?」みたいなことになっても私は驚かない(むしろ願ったり叶ったりだ)。
そもそも、「勇気爆発だ!!」で人間の肉体が機械生命体の身体に変わってる時点で、もう何が起きても驚けない。分離ではなく、ブレイバーンが瀕死ダメージ受けると、最終話のようにまた人間体(スミス)に戻る、という可能性だってある。
あとはとどめの「……ほんとに?」があるので。素直に捉えれば「ほんとにこれでめでたしめでたしかな?」なんだろうけど、まさかこのアフスト自体にもミスリードが嚙まされていて、「実はそうじゃなかった」みたくなってるとか……!? といらん深読みをしそうになっている。
でも公式、そういう面倒なひねりは入れなさそうだけど……どうだろう。
そういうわけで、初見時こそ「ルイス消えたんだが!?」と悲しくなったものの、今のところは「まあそこ(ブレイバーン)にいるしな」「(メタ的にも)スミス(阿座上さん)が今後一切出ないことはないだろうよ」と、これまでのスミスへの待遇から考えて、あまり悲観視しないようにしてます。
まあ、ここまで考えておいてなんですが、「原作の人そこまで考えてないと思うよ」案件のような気もしますが。
にうら@2024/07/09
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.