頻子
2024-10-21 01:18:43
2390文字
Public KODR二次
 

ニュートの散髪(KODR)

しんみりベケニュ
ニュートの軽い負傷に気が付かないタイプのベーケス2世(だいぶ気に病んでいる)

 ニュートは、ときどき髪を切ってもらう。魔界に来てからはちょっと大変だ。
 ニュートは無種族で、次期魔界王なのである。
 うっかり首筋に噛みつかれないようにしないとならないし、ハサミがあぶないから、護衛がつくのである。今日の護衛はベーケス2世。髪を切るのは吸血鬼の青年だった。たまには女の吸血鬼がよかった。ニュートがこぼすと、ベーケス2世はにこっと笑った。どういう意味の笑い方かはよく分からなかった。
 ベーケス2世は、「ニュートがさっぱりするところを見ててやるぞ!」と言っていたが、かなり眠たそうだった。ニュートの毛先をつまむのを、かすかににらんでいた。次期吸血鬼の長がいる、というだけで効果は十分らしく、吸血鬼もかなり緊張していた。
 魔物たちの中でも、吸血鬼はそれなりに地位が高い。人狼みたいにつまみ食いもしないし、ゾンビみたいにものをなくしたりもしない。
 口を利くのは許可されていないらしく、話しかけても吸血鬼は恐縮して首を横に振るだけだった。
 何か読みたい。
 ニュートが頼んだが、ベーケス2世は首を横に振った。
「じっとしてなさい。一時間もかからぬから……ふぁあ」
 あとは座って、何やら目をつむってしまっていた。
 ……
 座ってじっとしているのは、簡単そうに思えて意外と難しい……
 ベーケス2世は得意みたいだ。お疲れみたいだから、ちょっとそっとしておいてあげよう、と、ニュートはきめて、ぴたっと姿勢をつくっていた。
 ちょきちょきとハサミで髪の毛を切られる。まっすぐになっているつもりでも、傾いていくらしく、ときおり、そっと頭をもって、真ん中に直されるのだが、触れるのがあまりよろしくないらしく、触れるか、触れないか程度でくすぐったい。ぱらぱらとおっこちてきた髪の毛を、布で取り除かれるが、それもまた、力加減が足りていない。
 へっくし。
 ニュートは、くしゃみをしたはずみで大きく動いてしまった。
 あっ。
 ひんやりとした感触があった。
 ハサミをとり落とした音。
 吸血鬼は見るまでもなく慌てている。
 それからたらっと、何かが垂れる感触。遅れて、じわっと痛みが広がっていった。
 おそるおそる手のひらを後ろにやると、べたっと血が付いた。さいわい、ちょっと切っただけ、だと思う……
「ん、どうした?」
 ベーケス2世が起きてきた。
「何かあったか?」
 なんでもない、とニュートは言った。ベーケス2世にお世話をされていたころならともかく、ニュートはりっぱな青年だ。これくらいのことで泣かないのだ。
 次期魔界王に傷をつけたなんて知れたら、この吸血鬼の運命が暗いものであることは間違いがない。
……?」
 ベーケス2世は怪訝そうな顔をしたものの、それ以上何も言わなかった。
 たぶん、すこしあやしかったのだが、ベーケス2世は別の解釈をしたようだ。
「ニュート、似合ってるぞ。かわいくしてもらってよかったな!」
 ベーケス2世は適当なことを言って、また目を閉じた。ニュートは心底ほっとしたのだった。
 このことは、内緒にしよう。なかったことにするのだ。
 ぴちゃっと、血が垂れた。
 ニュートは善いことをしたと思った。きっと感謝してくれるだろうと思って、後ろを振り向いた。
 吸血鬼はつられるように、その血のシミを見つめてうごかなかった。

 ◆◆◆

 ベーケス2世が気が付かなくてよかった。
「ニュート、庭園を回っていこうか? ……もう部屋に戻る? そうか……
 あの吸血鬼は、もう口もきけなくなってしまって……何もできなくなってしまっていて……。ハンカチで傷口を押さえるのが精一杯だった。さすがに言い出せなかったようだ。
 散髪も、作業、半分くらいで終わってしまったのではないだろうか……本当にへんになってないか気になってきた……
 フランコールに見てもらおう。それで、褒めてもらおう……
「あ……
 廊下の向こうから、ゾービナスが駆け寄ってきた。
「ニュートちゃま、どうされたんですの!?」
「うるさい。髪を切ったくらいでいちいち騒ぐな」
「そういう話じゃありませんわーっ! ケガ! ケガしてますわー!」
 ベーケス2世は目を見開くと、ニュートの手を掴んでポケットから掴みだした。ハンカチには血が染み着いている。
「いつケガした? さっきか?」
 ニュートはふるふると首を横に振った。わかんない。いつの間にかけがをしていたのだ、と言い張る。さっきじゃない。ベーケス2世も寝てて気が付かなかったじゃないか。……ちょっと恨みがましいことを言って、ベーケス2世のせいにしてみると、なんだか本当にちょっとはそんな気がしてきて、じわっと涙がにじんだ。
「ニュート!」
「ニュートちゃま! 大丈夫ですわ! ゾービナス、ばんそうこう持ってますからね!」
 あの吸血鬼を許してあげてね、とニュートは言った。じぶんがくしゃみをしたからいけなかったんだ。ベーケス2世は、しばらく苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。それから、不意に表情を変えると、にっこり笑って言った。
「うん、ニュートはやさしいな!」
 それで、ニュートは何も言えなくなってしまったのだった。
 あの吸血鬼は、おうちに帰れただろうか。誰かに怒られやしなかっただろうか。少なくともお城で見かけることはなくなったのだった。もしかしたら善いことをしたのかも、という気分はすっかりしぼんでしまった。フランコールは「ニュート様は立派なことをされたと思いますよ」と言って、ニュートをなぐさめてくれたのだった。
 それっきり、ベーケス2世はその話をしなかったのだが、切り傷が治るか治らないかのときに、そっと髪にお花を挿す真似をして、本当は傷が残っていないか確かめていたのを知っているのだった。