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虫甬
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依存性の幸福
過去はもう焼き捨てた。
これからの人生は別物である。自身を縛っていた足枷は簡単に外れた。
自由になった身なのに自ら願ってこの道を選んだ。後悔すらも封じて兄の手を握る。
あたたかい。布越しの指を絡めて微笑む。
自分は幸せになるんだろう。
硝子の破片を踏みしめて、痛みすらも忘れ、何度も心の中で唱え続ける。
これからの人生は全て兄の手によって導かれる。幸せになってゆく。多くの可能性を捨て去って、幸せな夢を見続ける。たった一人に愛でられる宝石になってもいい。ガファンが太陽のように照らしてくれるから。
それがホンルにとって「幸せ」なんだと。決して疑わなかった
——
疑えなかった。
兄弟の住処は広く立派らしい。なんて噂話が膨らむ。というのも二人の出身と立場からの想像が勝手に育ったせいだ。ガファンはそれを否定しない。肯定もするが、決して誰も迎え入れない。
一方で弟のホンルは噂に興味がなく、ぼんやりと世界を見つめるばかり。住まいについて口にしない。それどころか、他人との会話を好まなかった。彼なりの理由があって話さないし、ガファンがいれば口を開く。
今日もまた、同じN社に所属する一人に噂のことを尋ねられていた。しかも、ホンルなら聞き出せる
——
謎の自信を持ちつつ帰り際に声をかけていた。ガファンは思惑を読み取りながら、弟の背を撫でる。本題はすぐに入り、ホンルは落ち着いた仕草で口を開く。
「兄さんとの生活は楽しくて、良いものですよ。とても幸せです」
良質な絹のように柔らかい声がふんわりと言葉を紡ぐ。でも、と静かに目を伏せる。この先なんて話せばいいのか分からない。子供のような幼い仕草に誰もが息を詰まらせてきた。十分に育った外見に反して、中身は空っぽで幼子のよう。誰かが「生き人形だ」など例えた事もある。
憐れみを受けてもホンルは一切動じない。彼はガファン以外を見ていないのだから、そもそも気づいていないけれど。
「ホンルは甘えん坊だな。兄さん以外とは話したくないのかい?」
黙する弟を抱き寄せてガファンは笑い、目で警告する。これ以上は踏み入るな。緋色の眼には嫉妬が浮かんでいた。過保護だと指をさされてもガファンは動じない。あらゆる疑念を刺されても振り払うし、逆に突き刺してくる。下手に怒らせると命が危うい。やはり今日も噂にたどり着けず、勇敢な冒険者は撤退してゆく。もう二度と無暗に問いかけないだろう。
いいの? とホンルが顔を上げる。感情の浮かばない瞳はガファンだけを映す。
「さぁ。帰ろう」
こくり。小さく頷いて身を寄せる。その間にもホンルは考えていた。あの時、いや、いつもなんて返せばよかったのか。もう少し誰かと話が出来たらいいのに。頭がぼんやりして考えらない。きっと兄さんから渡された「お菓子」が甘すぎたせいだ。
長い睫毛を伏せてホンルは息をする。段々と悩みがどうでもよくなってゆく。ドロドロに溶けて心の器から零れ落ちる。残ったのは「兄と生きて幸せ」という感情だけ。
あぁ。幸せだなぁ。まどろみながらゆっくりと、口を柔らかくした。
兄と生きることが幸福であり、生きる意味であると弟は妄信している。
『邪魔されたくない。この空間は兄さんと自分だけが居ればいい。他人を迎え入れたくない』
何度もホンルが懇願するので、一度も他人を招けなかった。だからといって困る事もないしそれでいい。たった二人の空間。愛おしささえ感じてしまう。
薄着で交わっても文句など言われない。堂々と口を交わらせ密着していられる。
「ん、むっ
……
ふぁ
……
っ、兄さ
……
ん」
積極的な弟の背を撫でながら応える。ガファンは控えめに口を動かす。代わりにホンルが激しく、ちゅる、と舌を吸ったり口内を舐め回したり忙しない。
「す、すき
……
にいさん
……
にぃ、ひゃ
……
」
腰を押し付けて愛欲を主張させる。こんなにも昂っていると弟が求めても、ガファンは静かに相手をする。冷たいと文句を言われるが熱を露にしない。心の中で轟々と滾らせる。
兄弟で愛し合う、おかしな話だと冷静になりつつ喜びを噛み締めていたい。この感覚はきっとホンルには分からないだろう。彼を手中に収めるまでの苦労あっての今がある。
「ぁ、んぁう
……
っ」
じれったいのか、ホンルが甘く鳴いてわざとらしく誘う。ここまで調教するにもだいぶ悩んだし時間もかかった。そろそろ頃合いか。これ以上放置すれば拗ねた子供のように泣き喚く。気持ちはわからなくもない。何をしても無反応では退屈だ。
愛おしい。後頭部を掴んでガファンはようやく舌を伸ばす。ずるんと滑らせては引いてを繰り返す。上や下。頬肉もしっかりなぞる。
腕の中で震えるホンルは恍惚のあまり、大粒の涙を流す。決して息苦しいからではない。その場合は大きく咽てガファンを突き飛ばす。
「
……
満たされたか?」
「は、う、はぁ
……
っ」
問いかけに頷きつつ、二人を繋ぐ銀の糸が途切れぬよう口を開けている。しっとり濡れた口周りは色欲に溢れ、ガファンの本能を逆撫でた。なんて愚かで可愛いのだろう、ご飯を待つひな鳥よりも弱弱しい。
ぷつん、と互いの唾液で縫った線が千切れる。すぐさまホンルから求めて愛撫を再開しだす。どこか慌てている雰囲気を感じ取ってしまう。ふと思い返す。触れていないと気が狂いそうとホンルが泣きじゃくるので、渋々ながらガファンは対応した。すぐに安心したのか落ち着く。あれ以来同じ症状は出ていない。
「まだ、まだしたい、もっと
……
お願い、兄さん」
もっと深い繋がりを与えたい。依存させたい。沸き上がる欲望に蓋をして、そっと指で封じる。
「食事を忘れてまで繋がっていたいと? 随分と淫らに育ってきたんだな」
するりと臀部を揉むと甘美な喘ぎを発した。グン、と肩に重みがかかる。ふうふうと荒い発情をしめす弟を一瞥し、ガファンは大人の態度を示す。
「やだ、やだ
……
こんなに、したのは
……
兄さんの、おかげなのに
……
!」
「ダメだ。我慢出来るよな、可愛い弟?」
「ううぅ
……
」
「あぁこら。離れるんだ」
これではまるで動物じゃないか。突き飛ばすように囁くと、ようやくホンルは諦めた。赤く熟れた頬と染まった耳を視線で撫でる。それに気づいたのか両目を向けるので、ジッとガファンは視線を絡ませた。
ふんわりと蒸気する姿が色欲を増幅させる。いまにも破裂しそうなまでだが、あえて放置を選ぶ。熟成させればより美味しくなる。我慢の果てに得た快楽は強烈だ。ただし焦らしすぎない。駆け引きに興じながらガファンは口を緩める。
「兄さん、我慢出来たらご褒美くれる?」
「もちろん。ホンル。夕ご飯の支度をしよう」
「今日は
……
何をすればいい?」
そうだな、と考えるふりをする。
時折、鬱陶しいと頬を叩きたくなる。擦り寄るなと引き剝がしたくもなる。あんなにも欲して奪い取ったくせに、追い詰めたいと嗜虐心が唸ってしまう。暗い鏡面から伸びる手を切り捨てて、傍らでひっつく弟を抱き寄せた。
「ホンル」
「どうしたの、兄さん」
「幸せか?」
「
……
幸せだよ」
透き通った声を発したホンルを見つめ、ガファンは「そうか」と返す。硝子玉の瞳に何が見えているのだろうか。問いかけを飲み込んで額に唇を落とす。くすぐったそうに喘ぐ弟は、幸せそうだった。
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