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和綺
2024-10-20 22:03:22
3060文字
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多分ひどく寒かった冬のある日
五歌ワンライ/ワンドロ
第4回:割とマジで嫌い
悠と硝と歌
ひとは嬉しいことが起きたときのことは朧気になりがちらしい。
だから、虎杖悠仁はそれがいつの会合のときだったのか、いまいち覚えていない。
別に抱えきれなかったという訳ではない。同期には既に話してあったし、何言ってんだろうなと三人で呆れて、笑い飛ばし済みだ。
庵歌姫というひとを、悠仁はあまりよくは知らなかったけれど、まずなによりあの東堂をして、大好きだと手放しで言うくらいのひとなのだと、半ば畏怖のような気持ちは抱いていた。
だから、多分きっと、正しいひとなのだとも思っていた。悠仁の恩師のように。
「
……
歌姫せんせってこんななんだね」
思わず呟いた悠仁の視線の先では、件の彼女が若手の誰かの首根っこを抱えて、ビール瓶をマイク替わりに大熱唱をしている。真っ赤な顔の泥酔状態なのに、べらぼうにうまい。
呪力が乗っているようでもないのに、びりびりとよく響く。
「ああ、虎杖は初めてか」
隣では、家入硝子が先ほどから水のように飲んでいるグラスを片手に、悠仁に目を向けた。
「うん。酒解禁になったの結構最近だし。任務が被ったりしてて」
くすり、と硝子の唇が弧を描く。
「別に、その前だって飲んでたろ」
「あ、あはははは」
図星をつかれて、けれど肯定もできず、悠仁は笑って誤魔化して、ビールグラスに口をつけた。うまいともまずいとも思わないが、喉越しが好きなので、悠仁はもっぱらビール党だ。自分ではわからないが、そこそこ強いらしい。けれど、それはアルコールが毒判定になっているせいかもしれない。
前に隣のお医者さんに聞いたことがあったけど、飲んで異変がないならいいだろ、とあっさりとした返事をもらったので、それならいいか、と悠仁も思っている。
「しょうこ~~飲んでる~~?」
「うわっ」
へべれけの手本のような歌姫が硝子と悠仁の間に滑り込んできて、悠仁は危うくグラスを落とすところだった。
「飲んでますよ~先輩も楽しそうですね」
いつも冷静でクールな顔しかしない硝子が、抱きついている歌姫相手に朗らかな笑みを浮かべているのを、悠仁はなんとなく見ないふりをしながら、横目で見やった。
なんか、カップルみたいだな、と時々思う。仲が良い女のひと同士はこんな感じなのかな、と今度同期に聞いてみようと決める。
「あら、いたどり? そこにいるのはいたどりね?」
硝子に抱きついた体勢のまま、下から覗き込まれて、悠仁は噎せた。
「げふっ、げふっげふっ
……
あ~炭酸が痛ぇ
……
」
おしぼりで口元を拭っていると、硝子が背中をさすってくれる。
「ありがと、硝子さん」
「ん」
もういつものクールな顔に戻った硝子が、言葉少なに頷く。その間で半ば体を伏せながら、ちびちびとビールを飲んでいた歌姫が笑っている。
「えと、あの、大丈夫? 歌姫せんせ」
一応歌姫に呼びかけたつもりだが、もしかしたら伝わらないかもしれないので、なんとなく硝子にも伝わるように、ちらりと見上げる。
「だーいじょうぶよ! 私先生よ? だから大丈夫!」
「うわ酔っ払っいの訳分からん理屈」
「酔ってない!」
ぐわと起き上がった歌姫の腕が悠仁の肩に回る。そのまま横に揺れながら、わしゃわしゃと髪がかき混ぜられる。
「いたどり! あんたはいい子ね! いつもよくがんばってる! 同期とは仲良くやってる?! うん! よし! じゃあ歌いなさい!」
「うわでか!」
耳元でわんわんと大熱唱が始まってしまい、悠仁は思わず耳を塞いだ。うまい。きれいな声だ。だけど声量が半端ない。
「せんせ! せんせ! もちっと音下げて! 耳がやばい!」
「え~」
不満げな声を上げながらも、ボリュームが絞られる。そうなると、途端に極上のBGMとなって、悠仁はじっくりと耳を傾けた。
「噂は聞いてたけど、すっげーね?」
笑いかけると、枝豆を口に付けていた硝子がふふんと笑った。
「今日はおとなしい方だよ」
「まじか
……
これ以上やばいときとかあんの?」
「あるよ。いつだったか、個室の襖が全部吹っ飛んだ」
「え、暴れて?」
「まぁ、そう。あと窓ガラスにひびが入ったり」
「うわぁ、結構武闘派?」
「いやそれは歌で」
「歌で?!」
「そう、うっかり気持ちよく呪力乗せちゃって」
「うわぁ
……
」
声量だけでもものすごかったのに、これに呪力が乗ったならどれほどの威力だろう、と悠仁は見もしていない情景がありありと目に浮かぶような心地だ。
「そういうときって誰が止めるの?」
「うーん
……
」
歌姫とて準一級の呪術師だ。生半可な相手では難しいだろうし、女性という意味で手を出しにくいむきもあるかもしれない。悠仁とて力で制圧するのは容易いが、できるかと言われれば怪しいところだ。
「そうだな。先輩にとっての天敵かな」
肩を竦める硝子の横顔は優しくて、どことなく呆れている気配もする。だから、悠仁にもそれが誰のことを指すかわかってしまった。
「歌姫せんせとは仲悪かったの?」
心持ち声を落とした悠仁に、硝子が目を向ける。
「
……
先輩いわく」
「うん」
「『割とマジで嫌い』」
「えっそうなの?!」
「そう」
そう言われれば、あまりふたりでいるところを見たことはなかったかもしれない、と悠仁は懐かしい記憶を辿る。
「あー
……
昔のあの交流会のときも、なんか喧嘩してた、かも
……
」
「どうせあいつがまたおちょくってたんだろ」
マイク越しではあったが、確かに悠仁の記憶でも、その声はからかっているようではあった。常日頃からそういうタイプではあったが、活き活きしてるなと思ったことを覚えている。
「あ、でも楽しそうだったよ」
「あいつはな」
フォローのつもりではあったが、しきれないこともわかっていたので、悠仁は、はい、と小さくなることしかできない。
「学生時代からずっとそうだったよ」
きっとずっと何度も繰り返してきたんだろうことが感じ取れる疲れが滲み出ていた。その気持ちは悠仁にもよくわかって、何度、大人なのにな、と思ったかしれない。
けれど、そこに嫌悪はないのだ。それ以上のものを与えてくれたことを知っているから。
硝子のふと零れた息が、仕方ないな、と笑っているようだ。
「先生ね」
「うん?」
もしかしたら知っているかもしれないなと思ったけれど、悠仁に話したということまでは知らないかもしれない。直接聞いたのは、自分だけだったのかもしれない、という気持ちが、悠仁の口を開かせる。
「忘れていいよ、って言ったんだ」
そんなこと、しないよ、って悠仁は今でもそう思っているけれど、そんなふうに望んだ彼の気持ちも大事にしたかった。
「ふぅん
……
」
生き残った彼の同期は、伝説の生き証人みたいなそのひとは、いつも通りクールにそう言っただけだった。
グラスに口をつけ、水みたいに飲みながら、視線を落とした先にある頭を撫でている。
「ですって先輩」
その声を聞いて、悠仁は歌姫の存在を思い出した。忘れていたわけでなかったが、すっかり静かになっていたので、潰れてしまったと思っていたのだ。
「生意気ね」
かくして、伝説の存在のようなかの人の先輩は、先ほどとは打って変わった声で言った。
「私、あいつのこと、割とマジで嫌いなのよね」
「はい」
応える硝子の声が楽しそうに弾んでいる。
「だーれがあいつの思うとおりになんてしてやるもんですか!」
びりびりと窓にひびが入りそうな、襖が吹っ飛ぶような声で、庵歌姫は、そう吠えて、悠仁は思わず耳を塞いでしまった。
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